ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第十三話「エミリア、順当に勝ち進む」

 

「なかなか面白い試合でしたわね。お父様が出資しただけあって見事な物ですわ。あのプロレスラーという人種は」

 

 先ほどの試合を、師父にそう評する。

 

「プロレスか? なかなか市井では流行していると聞くが」

「師父はそう思いませんの? お父様は楽しんで観覧しておりましてよ」

「ふむ。面白いといえば面白い。そして強いの弱いのではなく、上手くやった、というのが正直なところだ。巧みである。腕力より格闘頭脳を褒めたい」

 

 師父は腕組みをしながら、エルポトロというプロレスラーを査定する。

 

「というと?」

「もちろんエルポトロは鍛え上げられた戦士だ。強い。仮にルノワールが相手ならば真っ正面から叩きのめせるだろう」

「お父様の弱さをあまり認めたくはありませんが、そうでしょうね」

 

 お父様は暴力を得意とはしていない。

 仮に能力という物が神に配分されているとすれば、お父様のそれは知能に対してが殆どである。

 まあ、そもそもお父様に暴力を振るう馬鹿がいても私が守るし、周囲からの純粋なリスペクトがある。

 隠れた護衛だって沢山いるのだ。

 あまり警戒しなくてもよいのだが。

 

「とはいえ、相手もそんじょそこらの騎士ではない。ベスト16に残ったのだ。強者だ」

「まあそうですわね」

 

 相手も弱くはなかった。

 それは王国最強トーナメントの層の分厚さが証明してくれる。

 

「そして、それはエルポトロもわかっていた。魔力による身体強化を十全に振るえば、肉体を極限に鍛えたエルポトロとて互角であったろう」

「しかし一方的に勝ちました」

「頭を使ったのだ」

 

 こつこつ、と拳で頭を軽く叩いて、師父がそう仰る。

 

「不意打ちのティヘラ、素早くバックドロップ。脳天を揺らしてのスリーパーホールド。組技の戦闘術に優れているプロレスラーにとって優位の闘いに上手く運んだ。試合の流れを自分のものとした」

 

 試合展開を最後まで言い捨てて、ぱとぱちと拍手をした。

 

「見事なものだ。試合の運び方には私さえも学ぶところがあるな」

 

 戦い方か。

 私も枢機卿を相手にどう立ち回るか、考えなければならないが。

 これといって解決策は見えない。

 枢機卿があまりにも強すぎるためだ。

 何か――このトーナメントで経験を積めればよいのだが。

 

「師父、このトーナメント。どうなると予想されますか? 具体的には、私の決勝戦の相手ですけれど」

 

 私の方のブロックは決勝戦まで、相手が小粒だ。

 残念なことに、あのエルポトロには劣る相手しかいない。

 だから、気になるとすれば決勝戦で当たるのは誰か?

 つまり――

 

「オズヴァルド子爵か、エルポトロのどちらになりましょうか?」

 

 予想を口にする。

 決勝まで勝ち抜いてくるとすれば、そのどちらかであった。

 

「まずオズヴァルドだろうよ。才能が違いすぎる」

「結局、才能ですのねえ」

 

 師父の答えは、少し残念な回答であった。

 父はかつて、このように口にしたことがある。

 人はあらかじめ才能の多寡は決まっている。

 それは事実だ。

 しかし「環境に文句を言うやつに晴れ舞台は一生来ない」という一本の思想がお父様には存在した。

 環境に文句は言わず。

 自分に才能がないと嘆くばかりではなく。

 積み上げて、積み上げて。

 時に崩れて。

 それでも最後まで一つの塔を積み上げて、その階段を上りきった人間にしか見えない光景が存在するはずだと。

 お父様は本気でそう信じていた。

 そして、時折、私たち義娘や義息子、そして現王であるヴィルヘルム様にもそのように教えてきた。

 はて、ヴィルヘルム様はその思想に強い影響を受けていることを、お父様はちゃんと理解しているのかしら。

 時々疑問に思うのだ。

 現王は、そうはいっても夢すら見られない貧民の三男坊は現実に存在するではないか。

 なれば、せめて夢という果実を得る権利を。

 たとえ道は狭くとも、最後に出来たのが小さな塔であっても。

 積み上げて積み上げて、その塔の階段を上る権利を全ての者に与えるべきではないのか、と。

 お父様の思想が立場に恵まれた者だけが口に出来るつまらないもの、そう侮辱されることを、本気で忌避していた。

 あの現王は普段こそ温厚ではあるが、お父様の浪漫が嘲笑を受ければその場で激高するだろう。

 けっきょく、とどのつまりはロマンチストなのだ、あの二人は。

 ヴィルヘルム様とは兄弟のように育ったので、兄弟以上の感情はあの方に持てないが。

 私はお父様に対しては、素直にそういうところが好きだった。

 だから惚れたのだ。

 ……話を戻そう。

 

「では、オズヴァルド子爵が私に立ち向かうことは可能でしょうか? 私はあの元婚約者にはあまり期待していないのですけれど」

「オズヴァルドはつまらん。優等生にすぎる。お前の勝ちはその時点で明らかになる」

 

 でしょうねえ。

 泥臭くない。

 彼は有能だが、その有能さ故に、あらかじめできた名誉の階段をただただ歩いてきた。

 崩れることもなく、一心不乱に。

 もちろん彼には彼の努力があることを理解はしている。

 だが、私の敵にはならないだろう。

 

「だがな、もしエルポトロが勝ち上がってきたら、それは面白いことになるだろう」

「私に負けの可能性があると?」

「そうは言わないさ」

 

 師父は否定するが。

 

「だがな、エルポトロがオズヴァルドに勝てる可能性も数パーセントと低い。なれば、一パーセントの可能性があれば、死に物狂いでエルポトロはお前に挑むであろう。それならば面白い。とても面白くなる」

「お父様の言うところの、窮鼠猫を噛むという奴ですか?」

「巨人の足下に必死に縋り付いただけのはずが、実はアキレスの腱であったという結末に至るかも知れないだろう?」

 

 師父は一つの可能性を口にした。

 残念ながら、それはない。

 

「師父、私はたとえ相手が鼠であろうと蟻であろうと、たとえどんな艱難辛苦を乗り越えてきた勇者であろうと油断するつもりはありませんわ。私の目的に立ち塞がる者は全力で打ち倒すのみです」

 

 むしろ褒め称える。

 相手は立ち向かってきただけで勇者だ。

 それだけ自分が強いという自覚が、このエミリアにはあった。

 

「お前はそれで良い。我が弟子よ。さて、試合だ」

「そうですわね」

 

 私は控え室から師父とともに出て行き、四角いコロッセウムに登場する。

 そして、ベスト16まで見事這い上がってきた勇者に対して。

 強烈で無慈悲なるライトニングプラズマの一撃で、敬意を持って仕留めた。

 申し訳ないが、容赦はしない。

 なにせ私の目的は決勝戦後にある。

 あの枢機卿に勝負を挑むまで、体力は温存しなければいけなかった。

 

 

 

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