ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第十四話「名付け親問答」

 試合は何事もなく進み、ついにベスト4が選ばれた。

 知己の内ではエルポトロ、オズヴァルド子爵、エミリアが残っている。

 後の一人は無名の騎士であり、我が国の所属ではないため詳細は不明。

 もちろん試合自体は観覧したが、ここまでの試合で満身創痍である。

 あの様子では、エミリアは苦戦しないだろう。

 ともあれ今日の試合はここまでで、以降は明日である。

 

「エミリアが残るとはな」

 

 私は首を傾げた。

 

「どうして我が師はそうも娘を信頼しておらぬのか? いや、信頼という言い方も違うな。彼女の格闘家としての実力を疑うことが疑問なのだが?」

 

 本当に不思議そうに、王が問う。

 

「確かに乱暴なところがある娘ですが、その、別に人に暴力を振るうのが好きという子ではないのです。初めてトラブルらしいトラブルを起こしたのも、婚約者であるオズヴァルド子爵を電撃で仕留めた時ですし。私に対して技をかけてくるのも、一種の愛情表現だと思っておりました」

「親の欲目で、そう乱暴な子ではないと見てしまうのか。それならわかるが」

 

 素直になれない子の愛情表現的な。

 猫だって意味もなく飼い主を甘噛みするだろう?

 それにも似ている。

 まあ、エミリアは率直かつストレートに「父の事が好きだ。結婚しよう」と言ってくれているが。

 それはそれ、これはこれ。

 

「あれでも手加減しているのだよ。我が師よ。本気で乱暴をしているならば、我が師はひとたまりも無いはずだぞ」

「はあ。私は体術ばかりは教えておりませんので、なんとも言えませんが」

 

 とはいえ、今日の試合を見ていても納得はどうもいかない。

 強いは強いのだろう。

 それはもう認めている。

 だが、試合展開と言えばだ。

 

「全てライトニングプラズマによるストレート一本勝ちでしたね。勿論、なすすべも無くやられる相手には同情するばかりですが」

「うん、余力を残した戦い方だったな。決勝戦の後を考えているのだろう。最後まであの技にて勝ち抜くつもりだな」

 

 王が、横目で枢機卿を見た。

 その視線に対し、枢機卿が微笑んで答える。

 

「私に勝負を挑もうと言うことですな。別に構いやしませんが――私はあと二年もせぬうちに、教皇となるべく、この王国の司教区からいなくなる。それから先は彼女の勝負を受け続けるわけにもいきません」

 

 まあ、確かに。

 エミリアは強い。

 確かに強いのだろうが、後二年の間に枢機卿に勝てるとは思えなかった。

 別に、エミリアが枢機卿に勝てないからといって嫁に娶らないとは限らぬ。

 あくまでも達成条件であって、達成できなかったから何もなし、というわけでもない。

 そう心を許した周囲には口にしているが。

 

「なあ、我が師よ。そこの陰険老人の膝を今回、一度でも折ったならばだ。もうエミリアを娶ってやれ。私はかつて師から同じ教育を受けた身としては彼女を憐れに思うのだ」

 

 王がそのように口にする。

 私とて悩んでいる。

 

「それとて無理でしょうよ」

 

 私はエミリアの強さを疑っている。

 逆に、枢機卿の強さについては信じ切っている。

 私は竜をヘッドロックして、そのまま頭蓋を破壊したと聞いたことがある。

 レッサー(下等)とはいえ竜は竜。

 その破壊した頭蓋は肉を剥がされた後に骨のみで修復され、今でも化石のように枢機卿の館に飾られている。

 アレを見て、エミリアが枢機卿の膝を折れるとはどうしても思えん。

 まして勝つなどとは。

 

「ふむ。男爵はエミリア嬢の事が嫌いなのですかな?」

 

 今度は枢機卿が私の本意を尋ねてきた。

 これについては正直に答える。

 

「嫌いではありません。ただ純粋に義娘です。そして王と同じく、私は教師として彼女を導いても来ました。にもかかわらず、手を出すのは如何なものか。弟子が親に当たる師に恋愛感情を持つのは不敬。そして逆に、師から弟子に、恋愛感情を持つのは道義に悖るのです」

 

 要するに前世における価値観の問題だ。

 そんな価値観、この世界にはないと知ってはいるが。

 私から見ればインモラルにも程があるのだ。

 

「なるほど。言わんとすることはわかります」

 

 枢機卿は、聖職者としてそぶりで理解を示すように頷いた。

 

「シゼル嬢はまあ分かるのですよ。単純に身体が幼い。それゆえ男爵がせめて一年後と結婚を引き延ばしたのはわかるのですが」

 

 シゼル嬢とは婚約した。

 まあそういうことになっているし、彼女が心変わりをしなければこのまま結婚するだろう。

 せめて、あの幼い、少女特有のムニムニとした肉付きと、身長140cmに満たぬ身体が成長すれば良いのだが。

 

「エミリア嬢はもう立派な成人女性です。シゼル嬢やメイド長を娶るならば、もう結婚しても良いのでは? と私も考えるのですが」

 

 それを言われると弱い。

 エミリアの体躯は決して幼いものではなく、まあ身長も165cmと高かった。

 巨乳でもある。

 とはいえ、先ほど口にしたように義娘で、教師と生徒だぞ?

 エミリアには、もっと、何か。

 

「正直、男爵以外に良い男が見つかるとは思えません。そろそろ覚悟なさい」

 

 冷静に諭される。

 枢機卿にも言われてしまえば、まあ困る。

 うーんと悩むが。

 

「名付け親は私が務めましょう。産まれた子への洗礼(バプテスマ)も私が。信仰教育を支える代父母(ゴッドペアレント)も私が。さすがに教皇になってからだと、私自らがこちらの司教区に訪れることは難しくなります。やってやれなくはないですが、立ち去るまでの二年間に儀式を務めておきたい」

 

 それは要するに二年間の間に子供を作れって事だよね?

 枢機卿の事情ではないか。

 まあ、父も同然と慕っている枢機卿に、そう申し出て頂けるのは素直に嬉しい。

 だがなあ、そういった事情に左右される子作りというのもなあ。

 ぶっちゃけ、それ枢機卿がやりたいだけだよね?

 

「いや、我が師の子供の名付け親は、私が務めることになっているから。勝手に決めるではない。陰険老人」

 

 それも初耳なのだが?

 私はネーミングセンスがない方なので後見人代わりの名付け親はまあ探そうと思っていたが。

 現王とか枢機卿とかは嫌だよ。

 なんか変な事に子供が巻き込まれそうだし。

 それにしても子供か。

 子供ね。

 どうしても、自分が子供を抱いている光景というものが頭に思い浮かばぬのだが。

 もう35歳のオッサンなのだ、私は。

 

「15歳の餓鬼が何を言っているのか。男爵の子の後見人など務まる者か。お前はそれより自分の妻を見つける方が先であろう?」

「ちゃんと外国から話は沢山来ておる。陰険爺の心配などいらぬ」

 

 そうなのか。

 そういえば、外国から私に対する嫁入りの話も、昔は沢山あったなあ。

 私が面倒臭い素振りを見せたときに、先王が全て断ってしまった。

 よくよく考えれば、あれは惜しいことをしたな。

 あの時に話を受けていれば、ここまでややこしいことにもならなかったように。

 ただ、忙しかったしな。

 私とて性欲を持たぬ朴念仁ではない。

 だが、子供とは血の繋がりが全てか?

 私の教えを受けた子供達が、沢山いる。

 それはまた子を作ったことと、何も変わらぬのではないかと思う。

 私は枢機卿を父も同然と思っているように、恐れ多いことだが、現王も自分の子のように愛している。

 それを伝える機会はないだろうが。

 男爵風情が、枢機卿を我が父と、現王を我が子というには恐れ多いにもほどがある。

 

「……」

 

 私は言い争い、つま先でお互いの足をガンガン蹴っ飛ばし始めた本当に大人げない二人を見て。

 特に幻滅することはなく、そもそも和解のためにこの席を用意したことを完全に忘れてるなと考えた。

 どうにか明日のトーナメントには、ちゃんと全てを解決しなければ。

 エミリアよ、我が義娘よ。

 お父さんは仕事があるので、私はただこの席でお前の無事を祈ることしか出来ないよと。

 正直、ちょっと情けないことを考え始めて、とにかく二人の争いを止めることにした。





カクヨムのエンターブレイン賞で早期受賞しました。
かなり先ですが書籍化予定です。
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