ルノワール男爵の憂鬱 作:道造
我が弟子エミリアは順調に勝ち残っている。
だが足りぬ。
何もかも足りぬ。
このままでは実力不足としかいいようがない。
「このままではいかんぞ、エミリア。説明するまでもないが、足らぬ」
「分かっておりますが、強敵に恵まれませんでしたわ。今年のトーナメント参加者は小粒ですのね」
目的はトーナメントの優勝ではない。
あの枢機卿に一泡吹かせることだ。
師としては我が弟子に復讐を委ねることであり、エミリアにとってはルノワールからの愛を手に入れることである。
だが、その目標を達成するには何もかも足りていない。
「……」
エミリアはここまで順調にトーナメントを勝ち進めている。
本音を言えば、ここで経験が欲しかった。
エミリアが爆発的に成長する何か。
要するに立ち塞がる壁というべき存在だ。
しかし、生半可な――それこそエミリアがライトニング・プラズマという技を禁じるといった。
そんな制限を設け、その上で拳打をトーナメントの参加者と交える。
それでは足らん。
そのようなことをするぐらいならば、私と組み手でもしている方がマシであった。
必要なのは恐怖だ。
一瞬の油断が心の臓をつかみ取るような、恐怖に対して向き合うこと。
それを何処かで得られればと思ったが、エミリアの実力が高すぎた。
「さてはて」
ついにベスト4だ。
ここまで敵はいなかった。
しかし、やはり現状は理想とほど遠い。
何処かで成長機会を見つけねばならなかったが――どうしたものか。
「師父」
横を歩くエミリアから、警戒の声がかかる。
理解している。
眼前には、人の気配があった。
「何者か?」
声を上げ、誰何する。
すっと人影が現れた。
それを目視して、理解する。
ベスト4まで残った、次戦のエミリアの相手であった。
満身創痍の体躯、我が国では無名の騎士であり、王国の所属ではない。
「オットー・ブラントと名乗っております」
そう名乗りを上げて、片膝をついた。
騎士としての作法であるが。
「失礼ながら、片膝をつかれる理由がないな」
他国の騎士であるのだ。
忠誠、敬意、叙任、どれに対しても意思を表明される理由はない。
もちろん、オットーと名乗る彼がベスト4に残った願いとして、我が王国の騎士となることを望むことは可能だ。
亡命してくる騎士は珍しくもない。
それにしたって話が早すぎる。
それをするとすれば、トーナメントの終了後でもよかった。
「……服従、そしてこれからの忠誠の証と受け止めて頂ければ」
「仕官希望か?」
「はい。我が国にもはや未練なし。少し早いのはわかっております。トーナメント終了後に、ベスト4まで残った成果により謁見機会を設けて頂くのが理想でしたが――」
オットーが言い淀む。
苦渋の表情であった。
「何か事情でも?」
「大変恥ずかしながら、ベスト4に至るまでに満身創痍の身。明日のトーナメントにてエミリア殿に挑む前に、このまま追っ手に殺される可能性の方が高いでしょう」
なるほど。
事情ありの騎士か。
まあ珍しい話でもないがな。
「つまり、今も追われていると?」
「はい。闘技場の出入り口を追っ手が見張っているでしょう」
ふむ。
少し悩む。
「オットーよ、君に問う。亡命した理由に羞恥は存在せぬか?」
「私を逃がすために喉を突いて命を絶った父母と。騎士として身を立てた、我が開祖の祖霊を証人として。決して騎士として恥じるようなことはしておりません。私は国を裏切りませんでしたが、国は私を裏切りました」
オットーの顔を見た。
真剣である。
よくよく顔を見れば、まだ若かった。
下手すれば20歳にも満たぬかもしれぬ。
「――」
オットーの瞳は燃えていた。
憎悪の色がある。
民が餓えているから、それを養うために逃げてきた領主。
戦犯や収賄の冤罪を被せられて国を追われ、命からがら逃げてきた騎士に文官。
信仰が異端として追われてきた錬金術師。
亡命者にも種類はあるが。
彼の言葉をそのまま信じるとすれば、尋常な経緯ではない。
「もし断れば、いかがする?」
「潔く討ち死に致します。追っ手の一人でも多くを道連れにして」
「ほう」
本気である。
彼が口にした言葉、どれも何一つ嘘は交じっていないだろう。
それだけで気に入った。
「師父、どうしますの?」
「どうやら本気のようだ。ここで手を差し述べねば、王としての名が廃るわ。師父としてお前にも顔向けできぬ」
エミリアにそう返事をして、オットーへ立ち上がることを促す。
「それにだ、丁度良い。エミリアよ、暗殺者と戦ったことはあるか?」
「いえ、残念ながら」
「それは良くないな。あのヒリヒリとした緊張感を味わっていないとは。多対一で、専門の訓練を受けた連中が襲いかかってくる時の命のやりとりほど楽しいものはないぞ? 私もかつてはよくやったものだ。伊達に王をやっていたわけではない」
本当に丁度良い。
満身創痍とはいえ、ベスト4まで勝ち残った騎士に対する追っ手だ。
生半可な暗殺者ではあるまい。
「オットーよ、敵の詳細はわかるか? 具体的な強さだ」
「暗殺者はおよそ四名。二人は大した事がありません。一人は私と同等。更に一人は――私よりも強いかと。ここまで逃げ切れたのは執念のようなものでして」
「よろしい」
おそらく、オットーが満身創痍なのはトーナメントだけが原因ではあるまい。
暗殺者の追っ手を躱しながら、死に物狂いでここまで這い上がってきたのだ。
非常に好ましい。
執念ほど、人の生き様を彩るものはない。
「エミリア」
「わかってますの。私がその四名を仕留めればよいのですね? 師父は手出し無用でお願いしますわ」
「うむ」
素敵だ。
本当に運が良い。
ここに来て、エミリアの力量を上げる糧が、モルモットが現れてくれるとは。
「さて、オットーよ。満身創痍のところを済まぬが、まずは囮となって貰おうか? ただ助けることは容易だが、それでは貴殿も不服であろう。暗殺者を捕縛してこそ、お前の面子も立つというものだ」
「承知!」
オットーは満身創痍のまま、憎悪の色を隠そうともせずに返事した。
おそらく、オットーの傷は大分深いな。
すぐにルノワール病院に放り込むべきだろう。
だがまあ、まずは追っ手の確保よ。
できれば生かして捕らえるべきだが、ここでエミリアに『殺人』を経験させておくのも悪くないか?
どうせ暗殺者など殺したところで、何処からも不平の声はあるまい。
ルノワールからの苦情は真剣に怖いが、奴の不満の声を聞くのは慣れている。
事情を知れば、アイツのことだ。
窮鳥懐に入れば猟師も殺さず。
そう口にして、オットーを見捨てることは道義に反すると考えるだろう。
あの男は生きている上で、誠実や倫理に異常なまでにこだわる男だ。
オットーの存在は良い言い訳になる。
「世の中、上手い方向に転ぶようになっているものだ。運命の女神は私に微笑んでいる」
さすがに、これを幸福と呼ぶのはオットーに申し訳ないのでしないが。
暗殺者たちよ。
潔く、我が弟子エミリアの糧となってくれ。
本来の対戦相手であったオットーよりも強く、暗殺者としてあらゆる手を使い、我が弟子エミリアの命を奪わんとせよ。
死に物狂いで抗って、そして負けて死んでもらう。
私とエミリアは少し離れたところで身を隠し、見守ることにした。
決意を秘めたオットーが、囮として身を乗りださんとする姿を。
闘技場の出口は、闇夜に包まれていた。
若干違和感がありますが、とりあえず二章最後まで書いて
気に食わなかったら後で直します。