ルノワール男爵の憂鬱 作:道造
このオズヴァルド・フォン・シュタインは認められたい。
誰にでも無い、義父であるルノワール男爵と、現王ヴィルヘルム様にだ。
「アナタ、そろそろ出番ですわよ」
「わかっているさ」
ちょこんと、私よりも大分背の低い妻が私の隣を座っている。
心配そうな顔だ。
私がどこまで勝ち抜けるものか、運良くベスト4までは辿り着いたけれど、と考えているのだろう。
安心しろ、とりあえず決勝戦までは確定だと妻に言ってあげられれば良いが。
あのエルポトロは強敵、僅かなれど負ける可能性はあった。
確定でないことを私は口にしたくない。
相手への侮りを口にすることは、そのまま自分の負けに直結するように思えた。
「……」
考える。
このオズヴァルドは栄光の道を歩いてきた。
誰からも優秀だと呼ばれ、小さい頃から神童扱いを受けてきたし。
軍の士官学校に入り、子爵の嫡男ゆえに軍属の道こそ選ばなかったが首席で卒業した。
身体の弱い父が永遠の眠りに就く前に、代替わりを果たして当主として見送る事も出来た。
これ自体は立派な経歴だ。
ルノワール男爵が後見人を務める、事実上の義娘を娶ったというのも良かった。
もちろん私は彼女のことを愛しているし、彼女をトロフィーワイフのような形で迎えたわけではないが。
自分の立場を強化する計算が無かったと言えば嘘にはなってしまう。
やはりルノワール男爵が後見人をしている娘の夫に相応しい男であると認められているのは世間に証明出来た。
エミリア嬢に断られたという過去に対しては、少しケチがついたがね。
別にこめかみに青筋立てて怒るようなことではない。
彼女は彼女の愛する男に、ルノワール男爵に嫁げばよいのだ。
その自由を選ぶ選択肢が彼女にあった。
とにかくだ。
結論から言えば、私は世間では、このヴィルマイア王国では特別な立場にある。
若手貴族としては異例の出世を遂げているのだ。
所有している領地経営は困難なく運営している。
元来の家業である外向けの――外務卿として外交も果たしているし、少しずつ実績を積んでいるところだ。
他人は私を羨んでいる。
それは私の自尊心を満足させたし、十分な扱いを受けている。
しかしだ。
どうにも満ち足りぬものはある。
それは現王ヴィルヘルムからの視線であり、自分の側近にはもっと面白い人材をと。
口にはされねど、そう考えていることが私にはわかっている。
このままでは、私は王の右腕として認められないのではないか。
元々、子爵ではあれど子爵風情である。
ルノワール男爵がいることから、爵位よりも実力差が尊ばれるヴィルマイア王国といえど。
私はこのまま、ただの俊英で埋没するのではないか。
その懸念があった。
「アカシア」
「なんですか、アナタ」
妻の名を呼ぶ。
誰にも口にしていないが、私には野心がある。
それは爵位を上げたいとか、沢山の女をはべらかしたいとか、まして下剋上などではなくて。
単純に、今の時代のヴィルマイア王国の上級官僚としての地位が欲しかった。
それこそ歴史に自分の名を刻むような。
例えばルノワール男爵が官僚達と作っている教科書、あれが後世に続けば歴史の教科書も作られるだろう。
その歴史の教科書に、私の名前を残したい。
私は優秀であるから、今の時代がどれだけ激動であることかを客観的に理解している。
ならば、ルノワール男爵やヴィルヘルム現王様には届かないにせよ。
私とて、この時代に優秀な王の右腕がいたと名を残したい。
歴史にその名を刻み、自分の血族達がそれを誇れるようにしたい。
私だって男の子なのだ。
人に認められずして、何が人生か。
歴史の転換点に立ち会わずにして、男の本懐を果たせたとはとても言えぬ。
「ヴィルヘルム様とルノワール男爵に気に入られる方法を君は知っているかね?」
とりあえず、妻に問うた。
答えは知っているが。
「一つは優秀な問題解決能力があること。二つは温厚篤実であること。三つは――強さでしょうか?」
「その通りだ。君は本当に賢い。さすがルノワール男爵から直に教育を受けた義娘だ」
つまり、知性と徳と武勇である。
私はすでに士官学校を首席で卒業したし、性格においても申し分はないだろう。
知性と徳は示した。
ただ、武勇に関しては実力を示していないのだ。
それどころか、もちろん恨むつもりは全くないがエミリア嬢に満座の席で負けている。
これを失点とは見做さないだろうが――どこか。
ヴィルヘルム様は私の事を本当に『つまらない奴』だなと見做してしまっている。
それは薄々気付いている。
このままではダメだった。
なにか、もっと、面白いことを。
「つまり、ここで弾けなければならないのだよ。特筆すべき有能であることを示さねばならぬ」
「アナタは十分に優秀な男だと思いますが?」
「それをどうやって証明する? もちろん術はある。本日この場にて」
私はエミリア嬢に勝てないだろう。
それは分かっている。
なれど、勝ち負けとて過程という物が存在する。
食らいつくのだ。
必死に犬のように食らいついて、ここにオズヴァルド子爵ありと世に見せつけねばならぬ。
そうでなければ、私自身が王の右腕を名乗れそうになかった。
「エミリア嬢に食らいついて見せよう。ライトニングプラズマの対抗策も考えている」
「あら、そんな物があるんですの?」
「あるさ。あのパーティーで恥を掻いてから、ずっと考えていた」
よく考えれば、あれが良くなかったのだろう。
エミリア嬢を責めるつもりはないが、まあ不意打ちとはいえ淑女に失神させられるのは恥だった。
彼女が悪いのではなく、抵抗できなかった私が悪いのだ。
あれを知ってヴィルヘルム様は「頼りなし」と考えているのではないか。
その懸念がある。
「本日この場の決勝戦において、私はエミリア嬢のライトニングプラズマを打ち破って見せよう。そして、足掻く。どこまでも足掻いて見せよう。それができれば、現王様も男爵も私を認めてくださるはずだ」
「応援しています」
そろそろ出番だ。
私は妻を連れて、出入り口まで歩く。
そして大手を振って出て行き、未だ出てこぬエルポトロを待ちながらに。
観覧席を見つめて、大きく手を振ろうとして――
「あれ?」
そこにいるのはジョバンニ枢機卿。
そして横にヴィルヘルム現王様。
そしてだ。
少し離れた男爵の席は、空席であった。
「ルノワール男爵は何処へ?」
私は首を傾げた。
ジョバンニ枢機卿とヴィルヘルム様は前のように、時折に脛を蹴飛ばし合うような醜態を見せていないし。
なんなら満足げな笑みすら見せている。
どうも男爵は電撃的和解を済ませ、早々に立ち去ったようである。
では何処へ?
私としては男爵に、準決勝もちゃんと見届けていただき、どうか出世への口添えを頂きたいところなのだが……。
今回の最大目的はお二人を和解させることであり、それはすでに済んだようだが。
なれど、用件が済んだからといって、男爵が中途半端に席を立って帰ることも有り得ぬ。
それは闘技者へ失礼だからだ。
ならば、別の用事があって席を立ったのだろう。
私は男爵が何処へ行ったのかと、不思議を抱いて首を傾げるばかりであった。
まあいい。
決勝戦にはおそらく戻ってくるだろう。
「かかってこい、エルポトロ。よい試合をしよう」
私はただただ、腕組みをして。
私がエミリア嬢に対策するのと同じく、エルポトロも私への対策を練っているだろう。
そんな予感をしながら、ただ対戦相手を待ちかねることにした。