ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第六話「これから」

 

 復讐があっさりと完了してしまった。

 父は家督を剥奪され、一生自宅からの外出禁止令。

 家督を譲り、自由を奪われ、今後は王都市街を歩くことすら許されない。

 死ぬまで自宅に引きこもりだろう。

 ルノワール様は、ほんの一日で私の復讐をあっさりと代行してしまった。

 

「まあ、シゼル嬢の意見を聞くにあたり、この辺りの処分がよいだろうと思ったのだが。どうだろうか」

 

 文句はない。

 顔もろくに見たことないとはいえ、さすがに五歳の弟を巻き込むのはどうかと。

 そういったフィリア(配慮)という愛が私にもあった。

 だから、これでよいのだろう。

 

「何一つ文句はありません。お手数をおかけしました」

 

 両手を膝に置き、ぺこりと頭を下げる。

 さて、私の復讐は終わってしまった。

 これからどうしよう。

 市井で春でも売って暮らすか、いや、そこまでせずとも食べていける道はいくらでもあるだろう。

 もう貴族ではないが、それにしたって給仕や針子の仕事ぐらいはあるはずだ。

 まあ。

 

「さて、これからの話だ」

「はい」

 

 私の運命は、今のところルノワール男爵に委ねられている。

 懐剣でその掌を刺したのだ。

 本意では無かったとはいえ、男爵に傷を負わせてしまった。

 なれば、私の運命は彼に委ねよう。

 それ自体は、すとんと腑に落ち、納得できる。

 

「王直々の命令が下った。君は――なんだ、魔力も持たねば、当然ながら魔法の素質もないと聞く」

「はい」

 

 平民ですら僅かに持つ素質。

 それを私は持たぬ。

 「石ころ」のシゼル。

 それが私の名だ。

 

「やり方は決まっていないし、そもそも決めてもいないのだが。私は君の汚名を雪ぐ役目を拝命した。そのことをまずは伝えておく」

「はあ」

 

 汚名を雪ぐ。

 そりゃあ雪げるならば雪ぎたいが、まあ無理であろう。

 正直言えば、はなから諦めてさえいる。

 

「魔力は鍛えられる。知っているな」

「はい」

 

 一から二にすることはできる。

 これは意外と容易なのだ。

 修行だ! 鍛錬だ!

 宗教的な悟り、精神的な向上。

 肉体や技術、自分の身体を練り上げていく。 

 方法は色々あると聞くが。

 

「やったことはあるか?」

「その、義母が試しに、何度か指導を」

 

 効果はなかった。

 零から一に至ることはなく、私は「石ころ」のままだった。

 

「ふむ、ならば苦痛だろうが、本当に効果がないのかどうか確認のため。同じ指導を少しばかり、繰り返すことになるがよいだろうか。本当に君だけに再現性がないかを確かめたいのだ」

「構いません」

 

 ルノワール男爵は丁寧な方だ。

 必要なことであっても、事前に私に許可を取っている。

 それは王国一の医者という家職において、必要な過程でもあるのだろうが。

 私にはその配慮が、苦痛と言うよりも、大切にされていることが分かって。

 少しだけ身体がモゾモゾとした。

 

「あの、ルノワール様。少しお聞きしたいことが」

「何かね。遠慮なく言ってくれたまえ」

 

 その、なんだ。

 私はその配慮に対することへの不満はなくて。

 

「ここは何処なのでしょう?」

 

 私が今いる場所についての質問であった。

 ここは昨晩眠った、ルノワール男爵の屋敷ではない。

 

「病院である」

 

 男爵の回答は率直にして端的である。

 

「はあ、ここが病院」

 

 名前だけは知っていた。

 一度、マリアンヌ様が私を連れて行こうとして、父の反対により叶わなかった場所だ。

 恥であると。

 仮に私の「石ころ」が病だとして、そのことが明らかになること自体が恥であると。

 障害があることが恥だと、平気で口にするのが我が父であった。

 

「間違いなく病院だとも。修道士や修道女、それに医者がそこかしこを行ったり来たりしてるだろう?」

「はあ」

 

 私がいるのは、個室であるが。

 確かに廊下を見れば、修道士や修道女がせわしなく働いていた。

 ちらほらと、白いローブに身を包んだ医者らしき人も見受けられる。

 

「修道院ではなく?」

「病院である。正教会の枢機卿からの命名許可はしかと得ているのだから、間違いなく病院である。さしずめ、ルノワール病院といったところか」

 

 記憶を辿る。

 マリアンヌ様曰く、ルノワール男爵という凄い方がいて、正教会から修道院を譲られたと。

 十歳にして神童と呼ばれ、枢機卿に拝謁を許され、その場にて心も体も癒やす修道院に対してのより高い要求を求め、嫌がられるどころか感涙させたのだ。

 素晴らしい、ルノワール男爵のお考えは実に素晴らしい、是非とも我が正教会こそが宗教家としての役目を果たそうと。

 一つの修道院を、世俗の民に対する治療の場所として設けようと。

 それはもはや修道院ではなくて。

 病を癒やす院、縮めて病院と名乗っているのだと。

 

「安心してくれ、労働への対価はちゃんと払っている。さんざん働かせておいて、賃金も払っていないと言われたら恥ずかしいし……」

 

 それは逆に安心できない要素なのだが?

 

「修道士や修道女に求められる、私有財産の放棄(清貧)は何処へ行っちゃったのですか?」

「いや、世俗に通じる通貨ではない。安心してくれ」

「というと?」

 

 つまり金貨や銀貨、銅貨などの国家通貨では決してないと。

 ルノワール男爵が、一枚の紙幣を見せた。

 その紙幣には『休む者は錆びる』と書かれており、偽造防止のスタンプが押されていた。

 

「この病院内でのみ使える通貨で、経済はこの病院内で完結している。余所様に迷惑はかけていない」

 

 要するに独自通貨か。

 いや、うーん、それはいいのか?

 ふと、炭鉱通貨(炭鉱夫を外界に逃がさないための独自通貨)という知識が頭によぎる。

 真相を聞かなければわからないが。

 よし、思い切って聞こう。

 

「何に使えるんですか、この紙幣」

「えっと、多角経営で作った市街の猫カフェとか、犬カフェとか。病院で作っている、お酒とかお菓子とかの一部嗜好品の消え物と交換とか、そんなものだ。私有財産にはギリギリならないかなって」

「はあ」

 

 一部嗜好品の交換はわかる。

 ワインなんて修道院で作っているのだから、聖職者に酒を飲むなとも言わぬ。

 お菓子だって修道院の名物があるくらいなのだから、食べたっていいだろう。

 修道院にだって、運営資金たる通貨を稼ぐための外界との場所が必要だからだ。

 だが犬カフェに猫カフェ?

 よくわからない言葉だ。

 

「とある修道院は猫と一緒にベッドで寝てただけで怒られたりするそうだけど、そこまでやらなくてもいいかなって。枢機卿を説得した。動物を愛することが悪とはとても私には思えん。聖職者たるもの、自分だけの私物にしたい欲は捨て去るべきかもしれんがね。お気に入りの猫や犬ぐらいがいたところで、許されるべきだろう」

「はあ」

 

 ルノワール男爵の仰ること。

 まあ犬や猫と一緒に同衾するぐらい許されてもいいだろうと。

 それはよくわかるのだが。

 

「……」

 

 一言で言えば、今までの話を聞く限り、ルノワール男爵とは本当に奇妙な御仁だった。

 何をやっているのだろうか、この人は。

 様々な噂こそ聞いているが。

 私はあまりにも、この御仁のことを知らない。

 知っていると言えば、そう。

 十歳にして両親を亡くしてルノワール男爵家を当主として継ぎ。

 神童と呼ばれ、先王や先公爵に重用され、枢機卿には一つの修道院を譲られて。 

 王国において、家職たる医者としての地位を、唯一無二の確固たる物にしている。

 それぐらいだ。

 

「うん」

 

 私はこくりと頷いた。

 自分の「石ころ」という不名誉が、魔力を手に入れ、魔法が使えるようになるだなんて。

 未だに少しも信じられないのだが。

 駄目でも、なんらかの将来における進路は用意してくれるだろう。

 それだけは男爵を、しかと信頼できる。

 私はこの出会いを、素直に神に感謝することにした。

 

「まあ、ゆっくりやっていこうか」

 

 ルノワール男爵の、金壺眼が優しく閉じた。

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