ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第七話「カルテを探せ!」

 枢機卿の職場にして住まいである、司教館に出向く。

 もちろん先に、病院から修道士の使者は送っている。

 「すぐに行ってもええか? 忙しいとこ邪魔やないんか? せかしとるわけやないんやで」「ええんやで。ワイとアンタの仲やないか。明日にでも来てや」という手紙でのやり取りをこなしたあとだ。

 枢機卿は当然暇ではないだろうから、おそらく他の用件を後回しにして会ってくれるのだろう。

 いささか申し訳ないが、まあ相手の無理も今までずいぶん聞いてきた。

 お互い様ということであろう。

 

「さて、ルノワール男爵、何の用でしょうか? まあ、世間の噂から大体の事情は察しているのですが」

 

 枢機卿がカーディナル・レッドの服に身を包み、私室にて応対してくれる。

 さすがに申し訳ないので、手土産に包んできた物を渡す。

 

「とりあえず、こちらを。いつもの浄財です」

 

 ぎっしり詰まった銀貨袋である。

 何を聖職者に実弾(金)渡してんねんと言われそうであるが、いや、この世界は普通に上位の人間である王様や公爵や辺境伯。

 そして枢機卿と言った宗教権力者に謁見する際にも、その順番を横入りするために根回しの金がいるのだよ。

 私は普通に枢機卿にお会いできるが、まあ本来必要だったはずの金を本人に渡しても問題ないだろう。

 金、金、金、人として恥ずかしくないのか?

 何一つ恥ずかしくないね。

 金はありとあらゆる問題を解決してくれる。

 特に貧困という病に、使い方さえ間違えなければ効果はバツグンだ。

 

「いつも申し訳ない。この浄財は孤児院の予算にでも宛てさせてもらいましょう」

 

 聖職者にも色々な人がいるが、この枢機卿は善よりの人間である。

 多少頑固なところはあるが、私財というものは大体誰かのために使ってしまう。

 清貧を尊ぶことだけが正しいとは個人的に思わんのだがね。

 

「さて、病院の運営は如何ですかな。まあ数字上の報告は伺っているのですが」

「環境の方も順調ですね。修道士も修道女も、皆さんが本当によく働いてくださいます」

「もとより、修道院の役目でもありますから。やりたいものだけがやれるよう選抜もしましたし」

 

 気にすることはないんやで、と枢機卿が頷く。

 もう病院を開業して二十五年になるのか。

 私が十歳の時である。

 両親が死んだ。

 原因は強盗に遭って死んだとか、そういう悲しい過去ではない。

 医者の不養生という話でもない。

 流行病である。

 患者からの感染であり、当時は病に対する治療法が存在しなかった。

 たとえ前世での知識があろうが、この世界特有の病など知るわけもない。

 当時の私が両親を救えるわけもなかった。

 私は一人だけ隔離され、家から修道院に預けられ、流行病が過ぎ去った後に。

 棺に収められる様子を見届けるどころか、両親がすでに荼毘に付されたということを知るだけであった。

 死に顔一つ見られなかったな。

 私はとんだ親不孝者だ。

 先王は医者として流行病に立ち向かっての死は、戦死と何一つ変わらないだろうと口にされて、私を慰めた。

 両親への賞賛と共に、その一人息子である私に男爵への陞爵と家督の相続が認められたが、さて困った。

 これから、どうしようかと。

 私は現代日本という前世持ちではあるが、別に神様だの女神様だのにあって、転生先ではああしてくれだの、こうしてくれだの、そういう使命を背負っているわけではない。

 多分、前世で寝ているときに過労死あたりで急死して、そのまま目覚めなかった。

 起きたらなんか、魔法とかが普通にある中世っぽい世界だった。

 それだけが現実である。

 

「うん、本当に困った」

 

 まあ、両親が戦死判定を受けた、当時十歳に過ぎぬ私には後見人が必要であった。

 世間という名の貴族社会からの同情もあったし、家督を奪おうとする親族もおらぬ。

 すぐに先公爵が立候補してくれて、今後はどうするか。

 公爵家の屋敷に一室を借り、成人の十四歳までは暮らしてもよいし。

 ご両親の残した実家に住みたいなら、それでも構わない。

 家人は信用できる者を手配しよう。

 色々と考えてくれた。

 私は先公爵の配慮に対し、こう口にしたのだ。

 

「私に両親の弔いをさせて頂けないでしょうか? 王は我が両親を戦死と言ってくださいました。ならば貴族の流儀として仇討ちをせねばなりません。流行病の原因を突き止め、治療法を見つけたいのです。その研究許可を」

 

 先公爵がきょとんとした顔で、私を見つめたのを覚えている。

 次に見せたのは、憐れみの表情であった。

 流行病を防ぐためとはいえ、死に顔にすら見られなかった両親の弔いのために。

 十歳の子供が、なんたる悲痛な覚悟をしたものかと思ったのだろう。

 

「好きにいたせ。この公爵も、できる限りのことはしよう」

「では、枢機卿にお会いすることは可能でしょうか?」

「可能だが、何をするのだ?」

「ただ、色々な会話を」

 

 先公爵は訝しんだが、まあ許してくれた。

 私は枢機卿と拝謁して、色々な事を話し合った。

 父が医者として残したカルテ(診療録)と、修道院治療の履歴共有について。

 まだ自分が幼いために医者としては知識不足かつ力不足、枢機卿の紹介にて優れた方のところで修行がしたいこと。

 両親の弔いとして、流行病の治療法を見つけたいこと。

 枢機卿はよくよく話を聞き、質問をし、私がそれに回答するという形で問答は深夜に及び。

 それどころか休憩を挟んで、一週間近くも話し合っただろうか。

 結論から言おう。

 修道院の一つが私に与えられ、修道士や修道女を選抜して人を集め、病院を作ることになった。

 どういうわけか説明すると長いが、そうなったのだから仕方ないのだ。

 あれだ、まあいいや。

 病院という研究場所を与えられた結果、流行病の原因は突き止めたしな。

 治療法も発見し、両親の仇はしかと討ったのだ。

 だから、そこから先は自由なのだが。

 

「ところで、ルノワール男爵。私の後を継いで枢機卿になってくれる話はどうなっております?」

 

 なんか枢機卿の中では勝手にそういう話になっている。

 そんなつもりないよ。

 いつからそうなってしまったの?

 

「私は聖職者ですらないのですが? 世間も何か誤解をしておりますが、あの修道院も枢機卿があくまで私に管理を委託しているというのが現実でしょうに」

「教皇聖下にはすでに話を通しておりますので問題ありません。実は数年前から司祭だったんだよということにでもしておきます。色々な貴族に頼まれての、真実の発見(文書の改竄)は慣れておりますので、可能です。そもそも三十五歳まで貞潔を守っているのですし、そのつもりはあるのでしょう?」

 

 私が童貞な現実と、その話は一切関係がありません。

 あれだ、生まれついての金壺眼と凶相のせいか、マトモな女が寄りつかないというか。

 多分に枢機卿のせいもあるというか。

 

「……」

 

 なんとも言えない表情をしておく。

 とりあえず悩んでいる素振りを見せておく。

 嫌だなんて口にしたら、枢機卿が本気で必死な説得をしてきて、すごい面倒臭い話になるもの。

 

「思えば、貴方が十歳の頃に私の元に訪れたのは、神が与えもうた運命だったのでしょう」

 

 枢機卿は私との出会いを、神から与えられた運命だと、本気で信じているのだ。

 それを説得することは困難である。

 信仰を否定しているようなもんだぞ。

 

「……」

 

 我が国で、貴族社会と宗教組織はこれでも仲良くやっている。

 仲良くやっているのだが、なんかこの話題だけは国家で禁忌事項になっている。

 以前に一度、私がいないときに先王と枢機卿が互いに怒号を張り上げて、掴み合いの大喧嘩をしたことがあるらしいのだ。

 私が貴族か? それとも聖職者なのか?

 面倒臭い話をすれば、領地持ちの貴族が聖職者を兼任した上で戦争だってする。

 そういう人もいないわけではないのだが。

 私は嫌である、そんな面倒臭いことだけはゴメンである。

 何が悲しくて二足も三足も草鞋を履かねばならんのだ。

 ともあれ一度棚上げとなり、それからだ。

 私に婚約の話が一切来なくなったのは。

 みんな巻き込まれるのが嫌になったのだ、気持ちはわかるけれどさ。

 

「……今回の用件について話しましょう」

 

 まあいい、悲しい現実は見ない振りをしよう。

 今回の用件だ。

 

「枢機卿の知る限りで、また調べられる限りで、魔力を持たず生まれた子の治療歴があれば教えて頂きたいのですが。おそらくは、そういった子は修道院に預けられるのも珍しくなかったと思うのですよ」

「世間で噂の令嬢の件ですね。よろしい。引き受けましょう」

 

 枢機卿は笑顔で応じてくれた。

 コイツ、また枢機卿の引き継ぎを後回しにするのかと。

 少しだけ、そんな風に嘆息しながら。

 

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