ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第九話「つらいつとめを せにゃならぬ」

 

 枢機卿には凄くお世話になったし、間違いなく聖職者としてかくあるべきな良い人だけれど。

 うん、何やっているのだろうと思うときが普通にある。

 具体的には先王様とのボクシングじみた殴り合いについてである。

 先公爵が、世間には決して漏らすなと言いつつも教えてくれたのだ。

 枢機卿と先王様が、私の所属はどちらが正しいかで滅茶苦茶ドツキあったと。

 第一ラウンドで膝を床につけたのは先王様。

 第二ラウンドで膝を床につけたのは枢機卿。

 最終ラウンドは「勝負はまだ始まってすらおらんぞ。お前も刃物を握れ。闘ってやる」とテーブルナイフに手を伸ばした先王様を、その場にいた先公爵が必死に羽交い締めにして強引に終了。

 枢機卿は「男の勝負で、刃物に手を伸ばした時点でお前の負けだから。そういうルールだから」と一方的に勝利を告げて、床の絨毯に血の泡が混じった唾を吐いて立ち去ったらしい。

 どちらも何してくれてんねん。

 

「わたしは なんでこのような つらいつとめを せにゃならぬ」

 

 どうしようもないので歌う。

 あのね、確かに私にも悪いところはあったよ。

 中二病というか、高二病というか、第二の人生病というか。

 なんというか、若い頃は自身に対する特別感という奴があった。

 浮かれていたのである。

 どうしようもなく浮かれポンチだったのである。

 自分が何をやっているのか、自分で理解していなかったのだ。

 熱病のように、何か世の中を改革してやると。

 そのようなことも夢見ていました。

 20歳までに左翼に傾倒しない者は情熱が足りない。

 20歳を過ぎて左翼に傾倒している者は知能が足りない。

 どこぞの首相の名言だったかしら。

 あれだ、もう第二の人生で二十歳になった時に、そんな情熱なんて私は尽きてしまったのだよ。

 所詮は個人にできることって限界があるじゃない?

 リヴァイアサン(絶対的な平和と安全を確立する国家権力)が現れるまで無駄な抵抗じゃない?

 恥ずかしい話だ。

 世界平和までは目指していないさ。

 せめて自分の手の目に届く範囲では、人々が憂いなく幸せに過ごせば良いと思った。

 しかし現実には無理じゃん、そんなの。

 どうにもならないじゃん。

 私は現実逃避をしながら、馬車に揺られている。

 屋敷に戻ったら、私室で一眠りしてしまおうか。

 しかし仕事あるしなあ。

 シゼル嬢の件だけでなく、病院には患者さん達が沢山待っているのだ。

 救いを求める患者は、この手で救いきれないほどに訪れてくる。

 逆に、もうお嫁さんなんて絶対に来ないだろう。

 こんなややっこしい立場の私のところに、お嫁さんが来てくれるわけがないと。

 もう何もかも諦めているのだ。

 前世でも童貞で、今世でも童貞である。

 悲しい話だ。

 もう、このままいっそ聖職者を名乗り、枢機卿として人生を終えるのも悪くないかもしれない。

 そんなことを考えるときも確かにある。

 いや、それはそれで面倒臭いな。

 本音を言えば、もう何もしたくないな。

 智に働けば角が立つ。

 情に棹させば流される。

 意地を通せば窮屈だ。

 とかくに人の世は住みにくい。

 私はあれだ、高等遊民になりたい。

 社会の歯車として扱われるのには嫌気が差す。

 いいかげん、こき使われるのには疲れた。

 自宅に引きこもりたいのです。

 事実、病院には引きこもっている。

 仕事はちゃんとしているが。

 

「……」

 

 先王は、まだ枢機卿へのリベンジマッチを諦めていないようだったが。

 現王がちゃんと育ったのを見届けると共に、早々に引退してしまった。

 書類仕事自体は未だに手伝っているようだが、表舞台に二度と立つ気はないだろう。

 時々、お城の庭にて、サンドバッグを殴っている姿が見受けられるのが少し心配なくらいだ。

 先公爵もまた、先王と一緒に引退してしまった。

 私の後見人として大変有り難い立場であったので、私は引き留めた。

 あのような事件があっても、王国と宗教組織の関係が良好なのは先公爵の仕事の賜物であろう。

 だが、その代償は酷い胃痛であり、もうさすがに引退させてくれとの嘆願を誰も断れなかった。

 つまりだ、我々の青春じみた物語はいったん終わっているのだ。

 先王も先公爵も引退するだけの日々が過ぎ去り、枢機卿も年老いた。

 私が10歳の時から駆け抜けて、もう25年だ。

 色々と出来ることはやり遂げた感がある。

 情熱はとうに底をついた。

 私だって、そろそろ休みたい。

 

「子供さえいればな」

 

 子供さえいれば、先王や先公爵のように何もかも子供に押しつけて、引退することも可能だったろうが。

 残念ながら、私にはおらぬ。

 楽隠居は遠い。

 だからといって、現在の王国の愉快なメンバーに。

 若い十五歳の啓蒙思想かぶれの王様、なんか私との会話からギロチンを採用した若きヒゲ公爵、死ぬならば戦場でと決めているハゲ辺境伯。

 あのエネルギッシュな連中にこれからも付き合わされると考えると、もう無理だ。

 私は疲れているのだ。

 たのむから休ませてくれ。

 

「ただいま」

 

 屋敷に帰り着く。

 執事長が出迎えて、メイド長が私の外套を受け取った。

 まあ、とりあえず目下の仕事はこなそう。

 シゼル嬢は今頃どうしているだろうか。

 

「おかえりなさいませ」

 

 と思ったら、メイド服を着たシゼル嬢が出迎えてくれた。

 丁寧に頭を下げてくれる。

 

「おや、その格好は?」

 

 私は客人としてもてなすようにと、家人には告げているのだが。

 

「お世話になっているばかりでは心苦しく。元々、給仕でも針子でも出来ることは何でもしようと考えておりました。メイド長に相談したところ、ではとりあえずメイドの一人として扱いましょうと」

 

 別にいいのだけれどさ。

 というか、なんで当主である私に了解なく決めてしまうかね。

 そんな視線をメイド長に向けるが、素知らぬ顔である。

 

「御当主様、シゼル嬢の立場もお考えください。シゼル嬢を迎えた経緯は、家人の全員が知っています。上げ膳据え膳の扱いをしては、彼女に対する家人の視線も自然と厳しいものになりましょう。彼女は男爵家に対する感謝の意を示さねばならない立場なのです」

 

 それはそう。

 まあ、言われればわかるけれど。

 

「ひとまずは御当主様の側役として扱います。よろしいですね」 

「わかったわかった。好きにしてくれ」

 

 理屈を通されては、もう降参するしかない。

 私は適当に相づちをして、屋敷の私室に向けて歩きながら執事長に尋ねる。

 

「午後の予定はなんだっけ?」

「午前は枢機卿との話し合いで潰れてしまいましたので。そうですね、市井でやっている店舗商売の会計に目を通して頂き、間違いがないか判を押して頂く必要が。また、明日の予定は手工業ギルドに委託している石鹸、砂糖工場の視察を。特に優秀な職人に対しては名を読み上げ、坊ちゃま自らに衆目の場にて褒め称えて頂き特別な報酬を与える必要が。明後日は、坊ちゃまが後見人を務めている、夫を亡くした騎士爵・準男爵の寡婦家庭、あるいは両親ともに亡くした子供達に対しての面会を。一度後見人を引き受けた以上、粗略に扱ってはなりませんぞ。王都から少し離れた、当家の農場や新築のゲストハウスについても、その後に視察を」

 

 少し空気が止まる。

 

「ここは全て代理を出すというのでは駄目か?」

「駄目に決まっているでしょう。全て坊ちゃま自身がやるから意味があるのです」

 

 なんで私がそこまでせねばならんのか。

 私が病院の商売をむやみやたらに広げまくったからか。

 だって砂糖と石鹸は絶対に必要だったし。

 自分と同じく、親を亡くした家庭への同情というものもあって、金に不自由もしていなかったから。

 どうしても後見人が見つからぬ場合は、先王に頼まれて私が引き受けていた。

 そうだった。

 うん、全部私が悪いな。

 執事長に愚痴っても仕方がないな。

 若い頃の私が何もかも悪いのだ。

 タイムマシンがあったら、私は間違いなく過去に戻って自分を止めるだろう。

 やめようよ。

 そんなことしても救われる人は限られているのだよと。

 

「それにしても疲れた」

 

 私は大きな溜め息を吐いた。







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