君の楽園0にOPを付けるとしたらosterreichさんの「無能」ですかね
WPO管理室。壁一面に設置された巨大なモニターには、試験会場のリアルタイムな映像が映し出されていた。崩壊した都市を駆ける受験者たち。果敢に怪物を狩る者。一般人の救助に奔走する者。上空を舞う生物型カメラが、その一挙手一投足を冷徹に記録している。
「さーて、今年の奴らはどうかな?」
そう言いながら、モニターを覗き込んだのは、淡い桃色のミディアムヘアを揺らす女性──WPO第二部隊副隊長、
「どうだい、仙空副隊長。有望な受験者は見つかったかい?」
声をかけたのは、水色の髪の男──WPO第二部隊隊長、フェルター・ワイズだった。フェルターは仙空が指さした画面に視線を落とす。
「特に注目しているのはこの子だね!
「へぇ。確か、天海副隊長の妹さんだったか」
「そうそう!」
(まぁ、ほんとはもっと注目しているやつがいるんだけどね……)
仙空は、賑やかに笑うフェルターの隣で、ひっそりと別のモニターに視線を移した。そこに映るのは、必死に食らいつく一人の少女の姿。
(レネ・アレント。あの光莉が育てた子が、どれほどのものか……見せてね)
◇
最悪だ。試験終了まで、残り十二分。私は焦燥感を覚えながら、崩壊した都市の荒れ地を駆け回っていた。最初は順調に怪物を倒せていたのだが、
「こいつら、時間とともに強くなっているな」
明らかに手強さを増していく怪物たちに、周囲の受験者たちも手を焼いているようだった。手元の時計型装置に表示されたスコアは85ポイント。これが合格ラインに対して多いのか少ないのかも分からず、次の出方に悩む。
「嫌なシステムだな……」
そう悪態をついた瞬間、街中にアナウンスが響き渡った。
『終了まで残り十分になりました~。ここでミッションを追加しま~す。内容は、とあるビルに取り残された男の子の救出です。なんとミッションをクリアした人にはプラス30ポイント! ビルの位置はマップに示してあるので頑張ってくださ~い!』
30ポイントはデカい。他人のスコアが見えない以上、上乗せできるポイントは確実に取っておくべきだ。
このミッション、乗るか──そう決意した瞬間、腕の装置がピコンと電子音を鳴らした。男の子のいるビルの位置を示すナビが表示される。
「……運がいい」
思わずニヤリと笑みがこぼれた。私が立ち止まっていた目の前のビルこそが、まさにその指定場所だったからだ。そのままビルに向かって歩き出そうとした、その時。
「あれ? 君は!」
背後からの声に振り返る。そこにいたのは、試験会場まで私を案内してくれた、あの金髪の女の子だった。
「君もミッションをやりに来たの? そうだよね、他の人のポイントが分かんないし、なるべく多く獲得しておきたいもんね!」
「……そうだな」
無防備に近づいてくる彼女に対して、私は自然と臨戦態勢をとっていた。案内してくれたときのふわっとした雰囲気とは違う。笑顔の裏に、肌を刺すような好戦的なオーラが満ち満ちていた。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったね! 教えてよ!」
「……名前を聞くなら、自分から名乗るのが普通じゃないか?」
「それもそうだね! 私は
「レネ……レネ・アレント」
「いい名前だね、レネ!」
天海が満面の笑みを浮かべた──次の瞬間、
「……は?」
地面が激しく砕け、天海の姿が掻き消える。気づいたときには、彼女の拳が目の前に迫っていた。咄嗟にオーラを両腕に集中させ、顔の前で交差する。
凄まじい衝撃。身体が軽々と宙を舞い、数メートル先の瓦礫へと強烈に叩きつけられた。速すぎる。痛みよりも先に、圧倒的な速度への驚愕が脳を支配した。
(……光莉との組み手のおかげだ。あれが無かったら、今の初撃で終わってた)
「すごいね! 大体の人は今の一撃で終わるんだけど」
息をつく暇もなく、次が来る。私は神経を極限まで研ぎ澄ませ、肉薄する天海の拳を紙一重で回避した。
「今度は見えるぞ!」
そのまま彼女の死角へと回り込み、渾身のパンチを叩き込む。しかし、天海はそれを難なく片腕で受け止めた。「パン!」と硬質な、重い音が鼓膜を震わせる。
「硬っ……!」
まるで鋼鉄を殴ったかのような手応えに一瞬だけ気を取られた。その隙を見逃さない天海の容赦ないカウンターが私の身体を捉え、私は背後のビルの壁まで吹き飛ばされた。
痛みを堪え、瓦礫の中から身を起こす。肩や額からは、赤い血がだらりと流れ落ちていた。
「もろに入ったのにまだ立てるんだ。すごいや!」
「生憎……ボコボコにされるのには、嫌というほど慣れてるんでね」
この異常なパワー。おそらく彼女の能力は「身体強化」の類だ。なら、こういうパワータイプの対策は頭に叩き込んである。
「いくぞ。創生【
私は自身の目の前に、オーラで構成された強固な障壁を作り出した。
「バリヤーね。そんなものすぐに割ってあげる!」
天海が突進してくる。強烈な拳が繰り出された。だが、私の創り出した壁は、傷一つつくことなくその衝撃を受け止めた。
「なにっ!?」
(今だ!)
天海が驚愕に動きを止めた一瞬の隙。私は再び彼女の背後へと回り込む。
「創生【リミテッドブラスター】!」
至近距離から、眩い光線が放たれた。
「ぐっ……!?」
放たれた光線は天海の身体を巻き込み、彼女ごと背後のビルへと衝突し、激しい爆発を引き起こした。私は素早く距離を取り、立ち込める煙の様子を窺う。
煙が晴れると、そこには負傷して膝をつく天海の姿があった。しかし彼女はすっと、何事もなかったかのように立ち上がった。ダメージは受けているはずなのに、その眼光は少しも衰えていない。
「びっくりしたよ。まさか私の力で割れないバリヤーがあるなんてね」
天海は不敵に微笑み、こちらを真っ直ぐに見据えた。
「でも、その創壁の仕組みは分かったよ。オーラ攻撃に対する強度を下げる代わりに、物理攻撃に対する強度を極限まで上げたんでしょ? 証拠に、私の物理攻撃は防げても、同等クラスのオーラ光線で私の身体ごとバリヤーが割れた」
「……正解だ」
ただの脳筋じゃない。戦いの中で冷静に相手を観察している。私は背筋が冷たくなるのを感じながら、彼女の次の行動を警戒した。天海は、掌をこちらへと翳す。
「オーラ激流!!」
彼女から放たれたのは、先ほど私が放ったものの数十倍の威力を誇る、圧倒的な光線の濁流だった。咄嗟にオーラを固めて防御の姿勢をとるが、抵抗も虚しくその暴力的なエネルギーに押し潰される。
「うああっ……!」
天海は攻撃の手を緩めない。一気に距離を詰めると、怒涛のラッシュを叩き込んできた。能力を発動する隙さえ与えられない。彼女の純粋な力が私の防御力を完全に上回り、私はただ肉体を破壊されていくしかなかった。
(駄目だ……勝てない……)
薄れゆく意識の暗闇の中で、走馬灯のように過去がフラッシュバックする。耳を刺す悲鳴。嘲笑う声。あの泥に塗れた路地裏の光景。
──そうだ。私は、まだこんなところで負けるわけにはいかない。奴らに、あの理不尽な世界に復讐するまでは。
「はあああ……!」
私は底に眠るオーラを爆発的に解放した。その気迫に危険を察知したのか、天海が素早く後ろへ跳んで距離を取る。私は溢れ出すオーラを全身に纏いながら、静かに相手を睨みつけた。
「お前だけは……ここで潰す!」
「っ!いいね、 だったらねじ伏せてあげる!」
一瞬だけ圧された璃瑠だったが、すぐに構え直す。
私の出血は激しい。もう何度も殴り合いをする体力も、攻撃を受ける気力もない。次の一撃に全てを込める。お互いの視線が交錯し、火花が散る。
先に動いたのは天海だった。一瞬で間合いを詰め、拳が突き出される。
(劣勢の時こそよく観察しろ。相手が優位に立っている時、僅かな油断が出てくる。勝機はそこにあるんだ)
頭の中で、光莉の落ち着いた声が再生される。私の脳は、驚くほど冷静だった。あえて、ギリギリまで拳を引きつけて回避を試みる。その瞬間、天海のオーラの流れが視えた。
(オーラが少ない……。そうか、こいつはオーラ消費を一定以下に抑え込むことで、その代償として身体能力を飛躍的に向上させているんだ……!)
二撃目の拳が迫る。私はそれを最小限の動きでしゃがんで躱した。完全に想定外だったのか、天海の体勢が大きく揺らぐ。
その好機を逃さず、私は彼女の軸を払うようにして腕を掴み、一気に起き上がった。そのまま背負い投げの要領で、彼女の身体を地面へ叩きつける。
「ぐはっ!?」
「ここだ! 創生【シャイニングスピア】!」
至近距離から、極限まで圧縮した光のオーラを撃ち込む。けたたましい轟音と、眩い閃光が周囲を白く染め上げた。
「……くそ」
光が収まり、土煙が静まる。
私の目の前には──なおも無傷で佇む天海の姿があった。だが、彼女のオーラは目に見えて激減している。おそらく、直撃の瞬間に大量のオーラと引き換えにダメージを完全軽減したのだろう。
「惜しかったね……!」
次の瞬間、天海が凄まじい速度で突進してきた。その勢いのまま、ドゴォォンと大きな音を立ててビルの壁が激突によって破壊される。
「……は?」
しかし、破壊された壁の前に佇む天海は、困惑の声を漏らした。なぜなら、そこに叩きつけられたはずの私の姿がなかったからだ。彼女は即座に周囲を警戒する。
「ふぅ……危なかった。腹部を掠めるだけで済んでよかった」
私は彼女の突進を寸前で見切り、死角から本命である男の子のいるビルの内部へと滑り込んでいた。天海はまだ、私がどこからか奇襲を仕掛けてくると思っているはずだ。今のうちに救助者を確保する。
息を切らしながら階段を上がり、二階の廊下へ。人から放たれる微弱なオーラの残滓を手がかりに進む。
「……見つけた」
窓の側で膝を抱えて丸くなっていた少年を発見した。この子が救助対象だ。私は少年の前にしゃがみ込み、両腕を広げて手招きをする。
「おいで。助けてあげる」
少年がゆっくりと立ち上がり、こちらへ歩いてくる。私はその小さな身体を引き寄せ、離さないようにしっかりと抱きしめた。あとは、救助地点へ運ぶだけ。
残ったすべてのオーラを足の裏に集中させる。そして、一気に爆発させた。
ガシャァァン!! と派手に窓ガラスを突き破り、私は少年を抱いたまま救助地点へと空中を跳んだ。
窓の割れる音に、地上の天海がハッと振り返る。その顔には、完璧に出し抜かれたことへの驚きと焦燥が張り付いていた。
「くそ、やられた! あの殺気も、決着の宣言も……全部私をこの場に釘付けにするためのブラフだったのか!?」
追撃を警戒し、私は空中から璃瑠の姿を正面に睨み据え続けた。
着地寸前、最後に視界に映った彼女の表情は、どこか悔しげで、それでいて穏やかなものだった。
「……勝負は私の負け、か。レネちゃん……しっかり覚えておくよ」
そのまま私は、少年を抱えた状態で救助地点の真ん中へ激しく転がり込んだ。直後、頭上から終了のアナウンスが響く。
『え~、制限時間が来ました。これにて実戦試験を終了しまーす。負傷者は傷の手当てをしますので、係員の指示に従って動いてくださーい』
「……終わった」
全身の痛みが一気に押し寄せ、私は地面に倒れ込んだまま、深い意識の闇へと手放されていった。
◇
数日後。いつものように目を覚まし、一階に降りると、光莉が一枚の封筒を手に持って私を待っていた。
「おはよ。何、その紙?」
「これか? レネ、お前宛てに届いてたぞ」
そう言って光莉から手渡されたのは、WPOの紋章が入った手紙だった。内容は、言わずもがな試験の合否通知。
私はゴクリと息を呑み、恐る恐る中身を開く。そこには、はっきりと印字されていた。
「合格……合格だ……!」
たった二文字。けれど、その文字からどうしても目が離せなかった。
あの鬱蒼とした森での修行。頭が割れそうだった勉強の日々。何度も何度も地面に転がされ、泥を舐めた時間。そのすべてが、無駄じゃなかった。
「合格おめでとう。これからよろしくな」
光莉が優しく笑い、私の頭をワシャワシャと撫で回す。
「……うっさい、撫でんな」
悪態をつきながらも、私はその温かい手を、無理に振り払うことはしなかった。