柔らかな風が、カーテンを揺らしながら部屋へと吹き込んでくる。 窓の外から聞こえる小鳥たちのさえずりに耳を傾けながら、私は机に向かい、黙々と勉強を続けていた。
そんな私の姿を見て、お母さんが優しく頭を撫でる。その手の温もりが、心地よかった。
「あなたはいい子ね、璃琉」
「……うん」
撫でられる心地よさに身を委ねながら、ふと窓の外へ目を向ける。そこには、剣を手にして鍛錬に励む姉の姿があった。
汗を流し、何度も何度も剣を振る。その姿は真剣そのもので、まるで自分を追い込むことさえ楽しんでいるように見えた。
そんな姉を見つめていると、胸の奥に小さな違和感が生まれる。お母さんに頭を撫でられている今は、こんなにも心地よいはずなのに。
どうしてだろう。胸の奥だけが、もやもやしていた。けれど、その感情が何なのか。
当時の私には、まだ分からなかった。
◇
「……おい、天海?」
「あ、えっ!? どうかした、レネ?」
私は、ぼんやりと前を見つめていた天海に声をかけた。これから任務だというのに、さっきからどこか上の空だ。
今、私たちはフェルターと仙空、そして特別組の三人で、敵のアジトへ向かっている。
第一部隊は別件を追っており、それが片付き次第、こちらへ合流する予定だ。
「どうかしたっていうか、これから任務なんだぞ。ぼーっとするな」
「うん……ごめんね! やっぱり昨日アニメ見すぎたせいかな!」
「……あぁ」
口ではいつもの調子に戻っている。けれど、その笑顔の奥には、どこか陰りがあった。アニメを見すぎたから、なんていうのは明らかに嘘だ。
別に、他人の事情を根掘り葉掘り聞く趣味はない。ただ、任務を前にして様子がおかしいのは困る。
そう思っていた時だった。
「みなさん、着きましたよ」
先頭を歩いていたフェルターが足を止める。そして、前方を指差した。その先にあったのは、白い壁に覆われた四角い建物だった。私たちは近くの茂みに身を隠す。
「あれが奴らのアジトです。ここからは慎重に、作戦通りにいきましょう」
「「「「了解」」」」
私たちは四手に分かれ、それぞれの配置についた。
作戦はこうだ。私とフェルターは正面の入口から突入。天海とリアンは建物の左右に分かれ、敵の逃走を阻止する。そして仙空は、逃走阻止のため屋根にある窓から建物内部を確認し、能力によって敵の位置を把握する。
私とフェルターは、入口のすぐ近くまで移動した。この中に、誘拐事件の主犯たちがいる。黒いフードを被った男たち。
脳裏に過去の光景が蘇る。あの時、私の友達を奪った奴ら。私の平穏を脅かした奴ら。こいつらが、あの時の連中と無関係だとは思えない。胸の奥から、どす黒い感情が込み上げてくる。
「レネ君」
不意にフェルターの声が聞こえた。
「いいですか。僕たちの目的は生け捕りです。必要以上の戦闘はしないように」
その言葉で、私は我に返った。いつの間にか、殺気を放っていたらしい。
「……はい。分かっています」
「それなら大丈夫です。行きましょう」
フェルターが一歩踏み出す。私も続こうとしたその時。
「客人かー。珍しいなぁ」
「……!」
入口から、一人の男が姿を現した。薄灰色の尖った長髪。漆黒の瞳。そして、首元には青いマフラーを巻いてきた。
男は、まるで本当に客人を迎えるかのように、軽い調子で笑っていた。敵意がない。殺気もない。それどころか、私たちを敵として見ている様子すらない。
気持ち悪い。普通なら、敵と対峙した瞬間には何かしらの悪意や緊張が伝わってくる。なのに、この男からは何も感じない。
まるで、私たちなど最初から敵として見ていないかのようだった。
「レネ君、下がってください!」
フェルターの声に反応し、私は咄嗟に地面を蹴って後方へ下がる。フェルターの顔を見ると、いつもの紳士的な笑みは消えていた。
「彼の名は
フェルターは、影遠から視線を逸らさない。
「隊長クラスでも、手を出してはいけないレベルの相手です」
「ERROR……五冠……」
その言葉を聞いた瞬間、背筋に緊張が走った。ERROR。世界各地で事件を引き起こしている、謎の闇組織。その組織は、皇帝、五冠、上級、下級という階級で構成されている。
その中でも五冠は、WPOの隊長クラスですら遭遇すれば戦闘を避けるべき相手だ。
「はは。俺ってば、結構有名人なんだな」
影遠は、楽しそうに笑った。その態度には、危機感の欠片もない。
「……」
どうする。こいつを相手にしている間に、アジトの中にいる二人が逃げればまた被害が出る。けれど、目の前の男を無視して突入するのも危険だ。
私が判断に迷っていると、フェルターが静かに口を開いた。
「……レネ君」
「はい」
「僕が彼の相手をします」
「フェルター隊長……」
「ここで撤退すれば、中にいる敵に逃げられてしまう可能性が高い。そうなれば、被害を増やすことになります」
フェルターは一度、影遠を見た。
「僕が彼を引きつけます。その間に、レネ君は正面から突入してください」
「……でも」
「大丈夫です」
フェルターは、笑みを浮かべる。
「勝機ならありますから」
「……了解」
「話はまとまったか?」
影遠が、ゆっくりとこちらへ歩き始めた。
「ええ」
フェルターも一歩前へ出る。
「僕があなたの相手をします」
二人の距離が少しずつ縮まっていく。一歩。また一歩。そして、人一人分ほどの距離まで近づいたその瞬間、影遠が拳を振り上げた。
「っ……!」
拳がフェルターに届く、その瞬間。
「……っふ。反転事象」
フェルターが呟いた次の瞬間、影遠の身体がまるで見えない力に弾き飛ばされたかのように、遥か後方へと吹き飛んでいく。
「そちらは任せましたよ!」
「了解!」
フェルターはそのまま影遠を追い、走り出した。私は一人、建物の入口へ向かって駆ける。そして耳元の通信機を起動する。
「こちらレネ。現在、フェルター隊長が想定外の三人目の敵と交戦中です」
『……了解。まだ対象の二人は中にいる』
仙空の声が返ってくる。
『レネ隊員はそのまま突撃して。天海隊員はそのまま待機。リアン隊員はレネ隊員と合流して――』
「……え?」
突然、身体が揺れた。いや、揺れているんじゃない。引っ張られている。
「なっ……!?」
身体が建物の中へ向かって強引に引き寄せられていく。咄嗟にワイヤーを手の中に生み出し、近くの木へと投げつける。ワイヤーの先端が木に絡みついた。
「くっ……!」
必死に踏ん張る。だが、引き寄せる力は止まらない。むしろ、どんどん強くなっていく。
「……っ!」
ミシミシッと嫌な音が響いた。見ると、ロープを巻き付けた木が大きく軋んでいる。同時に、目の前の建物にも亀裂が走った。
「まさか……!」
そして――バキバキバキッ!!建物そのものが、大きく崩れ始めた。
「……!!」
瓦礫が宙へ舞う。ワイヤーを巻き付けていた木も耐えきれずに折れ、私の手からワイヤーが離れた。その瞬間。視界の向こうに、二人の男の姿が見えた。ファーマスとエビルだ。
「……っ!」
身体を引き寄せていた力が消え、私は宙へ放り出される。体勢を整え、地面へ着地する。
私、仙空、リアン、天海。私たちは、崩壊した建物の跡地で二人を取り囲むように立っていた。
「歓迎するよ、WPO諸君」
エビルが、静かに口元を歪める。
「随分、手荒い歓迎だなぁ」
仙空が軽く肩をすくめる。するとファーマスが、楽しそうに笑った。
「俺たち流のおもてなしってやつだぜ」
ファーマスが品定めをするように私たちを見る。その目が私を捉える。
「……まずは、お前からだ」
「――!」
瞬間、ファーマスの姿が消えた。
「速っ!」
気づいた時には、目の前に拳が迫っていた。咄嗟に両腕を交差させ、顔の前を守る。
「ぐっ……!」
拳が腕に叩き込まれる。重い。衝撃を完全には殺しきれず、身体が大きく後方へ吹き飛ばされた。
「レネ!」
リアンの声が聞こえる。だが、ファーマスはすでに私を追っていた。
「逃がすかよ!」
「……っ!」
私は空中で身体を捻り、右手を伸ばす。
「くっそ!」
ワイヤーを近くの木へと投げつけ先端が幹に絡みつく。そのままワイヤーを引き身体が勢いよく上へ引っ張られた。
「なっ!?」
ファーマスが驚きの声を上げる。私はそのまま空中で身体を翻し、ファーマスの背後へ回り込む。
全身の力を込め、蹴りを叩き込む。
「ぐっ……!」
ファーマスの身体が地面へと叩きつけられた。土煙が舞い上がる。私は着地すると、すぐに周囲を確認した。その直後、追ってきたリアンと合流する。
「……レネ、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ」
私はファーマスを蹴り飛ばした方向を見つめる。立ち込める土煙の向こうで、一つの影がゆっくりと立ち上がった。
「……ははっ!いい蹴りだ!」
奴は笑った。次の瞬間、全身からオーラが溢れ出す。ドンッ!と、重い衝撃が大気を震わせた。
肌をじりじりと焼かれるような圧迫感が、周囲一帯を支配する。
「レネ、俺は後方から援護する。接近戦は任せていいか?」
「ああ、分かった」
短く答え、私は地面を蹴った。正面から突っ込むと見せかけ、右へと旋回する。ファーマスの側面を取ったところで、生み出したワイヤーを投げつけた。
狙いは捕縛だ。だが、ワイヤーが奴の体に届く寸前、その手に掴まれた。
「っ!」
次の瞬間、体が前方へ引っ張られる。
私は即座にワイヤーを消した。拘束するつもりが、逆に相手の手を借りて接近する羽目になるとは。ならば、この距離を利用する。
引き寄せられる勢いに逆らわず、私はファーマスの懐へ踏み込んだ。拳を繰り出す。奴は腕で受け止め、反撃とばかりに拳を振るってきた。身を捻ってかわし、間髪入れずに二撃目を放つ。
「ほらほら!どうした、そんなもんかぁ!?」
「ちぃ……!!」
拳と拳がぶつかり合う。接近戦では実力が拮抗しているため、捕える余裕なんてない。
一度体勢を立て直すため、距離を取ろうとした瞬間、
「なっ……!」
後ろへ下がったはずの体が、強引に前へ引き戻された。まるで、見えない手に掴まれたかのように。
「これは……さっきの!」
対象を引き寄せる能力。おそらく、それがファーマスの能力だ。
能力はわかったが、理解したところで、引き寄せられる体が止まるわけではない。私は歯を食いしばった。
そのとき、ファーマスの横から光線が飛来した。ファーマスはとっさに掌を翳し、オーラの防御壁を展開する。
しかし光線は防御壁を貫き、そのままファーマスの手をも貫いた。
「なっ、何……!?」
ファーマスの顔に、明確な動揺が浮かぶ。同時に、私を引き寄せていた力が弱まった。
その隙を逃さず、私は体勢を立て直す。
「創生【
掌から炎を纏った光線を放つ。閃光がファーマスを呑み込み、炎がその体を包み込んだ。
私はすぐさま距離を取り、リアンのもとへ戻る。
「助かった。すまん」
「ああ……礼には及ばない」
「それと、あいつの能力だが、対象を引き寄せる能力だ」
「……なるほど」
リアンが短く応じる。そのときだった。炎の中から、ファーマスが現れる。
体の右側には火傷が広がっている。相応のダメージを与えたはずだ。それなのに、奴は何事もなかったかのように立っていた。
呼吸を乱すこともなく、こちらを見据えている。
「……」
「……」
違和感を覚えた直後、ファーマスが何かを呟き始めた。
「……っ!リアン!」
私はとっさに腕を構え、エネルギー弾を放った。リアンもすぐさま追撃する。しかし、一手遅かった。
ファーマスの全身がオーラに包まれる。膨れ上がったオーラに、エネルギー弾が打ち消された。
オーラはその体を覆い尽くしたかと思うと、奴の肉体そのものが急激に巨大化し始めた。腕が太くなり、肩幅が広がる。やがて、その巨体は三メートル近くにまで達した。
「うおおおおおっ!」
ファーマスの咆哮が響き渡る。
直後、爆発するように衝撃波が広がった。
「ぐっ……!」
暴風にも似た衝撃に押され、私とリアンは吹き飛ばされた。
名前:フェルター・ワイズ 名前:
年齢:29歳 年齢:27歳
身長:172cm 身長:166cm
能力:反転 能力:
各項目(10段階評価) 各項目(10段階評価)
攻撃:6 防御:8 攻撃:3 防御:6
体力:9 オーラ:8 体力:7 オーラ:6
能力:10 技術:5 能力:8 技術:3