喪失が疼痛は消えず -弟子の性癖をぐっちゃぐちゃにして逝くTS師匠- 作:クソデカ感情好き
「し、しょう……?」
いつまで経っても、目の前の現実を受け入れることができなかった。
突如として上空から襲い掛かってきた鳥類の形をした魔物。
その嘴の先が、師の胸に深々と突き刺さっていた。
おぞましい魔物だった。
隼をベースとした体は人間の3倍近くはある。何よりも恐ろしいのはそのステルス性能だった。
接敵の直前まで魔力を感じさせず、不意の一撃で敵の心臓を穿つ。
かつて国を挙げて討伐隊が結成されたこともあるが、ついぞ狩られることはなかった。
達人たる師匠ですら避けることができなかった光速の嘴の一撃だった。
──しかし、師匠は一矢報いた。
「……Gu、aaaaaa!」
耳を劈く断末魔と共に鳥型の魔物が倒れ込む。
クロスカウンターの形で放たれた手刀が『不可視の死』の心臓を貫いていた。
そして心臓に穴の開いた師匠がその場に倒れ込む。その目はこちらを見て笑っていた。
「ハッ……ついに終わりか。存外長生きしたもんだ」
「──す、すぐに治療を! 薬は!?」
「無駄だ。もう無理だ」
他人事のように言う師匠はまったく焦っていない。ただ死を受け入れようとしている。
けれど俺には到底受け入れられない。師匠が死ぬなんて考えらえない。
師匠の体を抱き寄せて、傷口を見る。そこに手を当てて、どくどくと流れ出す血をなんとか止めようとする。
「師匠……師匠……!」
血が止まらない。みるみるうちに血の気が失われていく。
命が、潰えていく。
「いやだ……いやだ……!」
譫言のように呟き、血を止めようとする。
体温が失われていく感覚。俺の頭の中には、師匠との思い出が走馬灯のように流れ出した。
女性としては長い手足に、年齢を感じさせないきめ細かな肌。不老の体はすらりとしたバランスを保っている。
黙っていれば美人で、知らない男に声をかけられることもあった。師匠はやたら男に厳しいので、蹴りで応答していたっけ。
そんな彼女は俺の全てだった。
出会いの時。全てを失った俺の絶望を、師匠は笑い飛ばしてくれた。
修行の時。何もできない己を嘆く俺に、師匠は力をくれた。
なんでもない時。孤独になった俺に、師匠は温かさをくれた。酒を飲んでばかりで、どうしようもない人だったけれど、そのぶっきらぼうに優しさに俺は救われたのだ。
「師匠……リャン!」
いってほしくなくて、初めて名前を呼んだ。最愛の人の、名前を。
けれど彼女の温みは俺の手の中で失われていく。
命が終わっていく。
最期に、師匠は震える手で俺の頬を撫でた。
「で、さっきお前言ってたよな。好きだとか、どうとか」
血を吐きながら、彼女は豪快な笑みを浮かべた。
「お断りだ、馬鹿。てめえはもっと良い相手を見つけて幸せになりやがれ」
◆
百年も生きてりゃあ、前世の性別とか性格とか、すっぽり忘れてしまいそうなものだ。
けれどオレは、女になっても、半仙と呼ばれる存在になっても、前世のろくでなし男のままだった。
「はー、やっぱり酒だよなあ。世に救いがあるとすれば、それは酒だけだ。嗚呼、酒よ、我を憐れみ給え、ってな!」
顔の大きさほどもある瓢箪を掲げて酒を流し込む。
安物の焼酎はアルコール度数が高くて、酔いを維持するのには十分だ。
冷めたら飲めたもんじゃないビールとは訳が違う。ほどほどに気持ちよくしてくれるし、うっすらマズい程度だ。
「……焦げくせえな」
鈍化した鼻でも感じ取れる匂い。
さらに「気」を回して嗅覚を強化すると、人肉が焼けた時特有の嫌な臭いまでする。
どうにも、近くで荒事があったらしい。最近はこのあたりも魔物がよく出没する物騒な場所になった。
察するに既にコトは終わった後だろうが、死者の弔いくらいしてやってもいい。
俺はフラフラする足で方向転換すると、匂いの元である小さな山へと向かった。
概ね、予想していた光景が広がっていた。
村らしき場所には焼かれた人家が多数。
その傍らには人骨らしきものがある。
「あー、分かっちゃいたけどこれはひどい」
パッと見、生存者はゼロだ。
この乱れきった俗世において珍しい事ではないとはいえ、世の無常を感じる。
周囲を眺めながら奥へと足を踏み入れる。すると、瓦礫の奥に死にかけの女が横たわっていた。
もう長くないだろう。体は半分近く焼け爛れ、ひゅうひゅうという喘鳴だけが聞こえてくる。
「おい、最期に残す言葉はあるか?」
俺にコイツは救えない。できるとすれば、最期の願いを聞いてやるくらいだ。
「息子、を……」
喘鳴の間に掠れた言葉が紡がれる。
「息子を助けてください……貯蔵庫の中に、隠れて……」
「そうか」
最期の言葉を聞き入れて、村の奥へと足を踏み入れる。
村を襲撃した魔物の軍は、ほとんどが引き上げたようだった。
めぼしい資源は軒並み持って行かれ、残ったのはせいぜい人骨程度。
その中に、唯一動く影があった。
「ギ、ギギ」
人型の羽虫が、人肉を貪り食っていた。
手のひらサイズの昆虫の巨大化した姿は、醜悪そのものだった。
半透明の羽根は陽光を乱反射し奇妙な光を放っている。
細長い節足で人の腕を器用に持ち上げ、自前の鎌で一口サイズに切り刻んでいる。
くちゃくちゃという咀嚼音が止まり、魔物がこちらを振り返る。
上顎と下顎の間には血と肉片がこびりついている。
緑の複眼はギョロギョロと蠢いているように見える。
「くせえな。酒がマズくなるだろうが」
不快なにおいを洗い流すために酒を呷る。
そうしている間に、昆虫型の魔物はこちらに襲い掛かってきていた。
前腕に備え付けられた鎌が高速で襲い掛かってくる。
「ギギギッ!」
「気」を脚に集中させ、半歩右前へ。
轟音が響き、背後の地面に鎌が突き刺さった。
「シッ……!」
体を捻り、「気」の充溢した左脚で蹴り上げる。
命中した途端、魔物の体は爆散した。
血肉が残骸となった村に飛び散り、静寂が訪れる。
切り離された腕の持ち主は、見つからなかった。
「気」によって五感を強化、周囲の気配を探る。すると、一つだけ感じ取れた。
小さな、人間の気配だ。
残骸の中を掻き分けて、台所だったらしいところに辿り着く。石片の中に手を突っ込んで、穴倉の蓋を開ける。
「おい、生きてるか?」
穴の中には、七歳ほどの男の子がいた。
おそらくこの村で唯一の生き残りだろう。
俺の姿を見た彼は、嬉しそうな様子すら見せずにただじっと俺を見つめていた。その瞳に、光はない。
体は無事でも精神の方はそうもいかなかったようだな。
まあ、それも当然か。
「そんじゃ、行くぞ」
はなから返答など期待していない。
俺は男の子の襟をつまみ上げる とそのまま歩き出した。
「……なんで、僕だけ」
「さあな。たまたまだろ」
独り言のように呟かれた言葉に返答する。
案外、出来事に意味なんてないものだ。
◆
人里離れた山岳地帯、その一角にポツンとできた穴倉。そこが俺の住処だ。
俗世に関わりすぎずに生活したいオレにとって、これくらい不便な場所がちょうどいい。
助け出した男の子を担いで帰ってきたオレは、いつもの位置に座って彼を解放した。
「ほれ、とりあえず食え」
半日近くは隠れていただろう男の子に適当な食べ物を突き出す。
だいぶ固くなったパンだが、食べないよりはマシだろう。
「……要らない」
しかし少年は暗い顔でそれを否定した。
痛ましい様子だった。目には暗い光。煤けた頬には涙の跡がいくつも見える。村人が殺されていく音をあの穴倉の中で聞き続けていたのだろう。無理もない。
同情しないわけじゃない。ただ、今の彼に必要なのは悲しみではなく栄養である。
「命を救われて尚、死にたいと言うのか?」
オレの問いに首を横に振る。
「お前は食事せずに生きられるのか?」
彼は首を横に振る。
「なら、食え。食って生きろ。それしかないだろ」
男の子はオレを恨むように睨みつけてきた。そして、パンに手を付ける。
──良い瞳だ。現在に絶望するわけではなく、目の前の俺に挑むように睨みつけてきた。
久しぶりに、俗世に興味が湧いた。
「お前には二つの選択肢がある」
俺の言葉を聞いて、少年はこちらを真っ直ぐ見つめてきた。
俺は指を二本立てた。
「まず、安寧に暮らす選択。この近くに孤児を受け入れている修道院がある。そこにお前を預ける。お前が望むのならそうしてやろう」
そう言いつつも、彼がそれを選ばないだろうことは薄々分かっていた。
指を一つ折る。
「もう一つは、オレの弟子として戦いの術も学ぶ道。お前が望むのなら、武術の基礎くらいは教えてやろう。ただし、この道を選ぶのなら中途半端は絶対に許さない。修行中にうっかりお前を殺してしまうかもしれない。骨の一本や二本は折るだろう。お前が常人の精神を持っているのなら、戦いの道に生き、俺に師事する事はおすすめしない。さて、どうする?」
「──戦いの道に生きる」
即答だった。少年の瞳がギラギラとした光を灯して俺を見つめている。
まあ、予想通りか。彼の瞳を見た時から、予想はしていた。
「力が欲しい。もう二度と理不尽に奪われないために。護りたいものを護れるように。そのためなら人生全部を捧げられる」
「……若い奴が人生全部捧げるなんて軽々しく言うんじゃねえ」
そう言いつつも、オレは彼の瞳にどこか期待していた。
◆
「し、しょう……?」
護りたいものを護れるように力が欲しい。
その願いは、少なくともその瞬間までに叶えることができなかった。