喪失が疼痛は消えず -弟子の性癖をぐっちゃぐちゃにして逝くTS師匠- 作:クソデカ感情好き
「フェンリックはひょっとして女に興味がないのか?」
酒飲み仲間の言葉にフェンリックと呼ばれた青年は苦笑した。
フェンリックは年の割に落ち着いた青年だった。堀の深い顔の奥にある瞳は冷徹な意志を灯している。
その体躯は細身ながらも恐ろしいほどに鍛え上げられている。
彼がそんな風に問われたのは、美人で有名な女冒険者からのアプローチをすげなく断ったからだ。
彼の一貫した女に靡かない姿勢は冒険者の間で有名だ。恋人はおらず、娼館にもいかず、かといって男にも興味がない。
「興味がないなんてことはない。俺だって恋くらいする。した」
「恋!? あの鍛錬人形のお前がか!?」
大袈裟に驚いた男が面白そうに酒を呷る。その頬は既に真っ赤だ。
「鍛錬人形って……言い過ぎだろ。こうやって酒も飲む」
そう言ってフェンリックは焼酎を呷った。
しかし彼に酔った様子はあまりなかった。
「いやそんなことより、お前が恋したってのはどんな人なんだ? お貴族様か、超絶強い剣聖か!?」
「まあ、剣聖が近いかもしれないけど……あの人はそもそもロクデナシだ。剣聖のように高潔な精神は持ち合わせていない」
それを語るフェンリックの頬はいつもより緩んで見えた。
「へえ! そいつは随分お前とはかけ離れた性格だな!」
困っている人間を放っておけない。フェンリックはそんな人物として知られていた。
お人よし、というよりもむしろ人助け狂いとして知られている。高位の冒険者にも拘らず、報酬にこだわらない。一部の冒険者には目の仇にされているが、多くの人には一目置かれていた。
ぶっきらぼうな聖人、などと呼ばれることすらあった。
「なんでそういう奴に惹かれたんだ? きっかけは?」
興味をそそられたらしい飲み仲間が先を促す。
しかしその表情を見たフェンリックは興を削がれたとでも言いたげにため息をつくと、おもむろに席を立った。
「悪酔いした。悪いが先に出る。これで足りるだろ?」
「ええ!? これからが面白いところだろうがよお!」
テーブルの上に銀貨が弾き飛ばされた。
不満そうな声を上げながらも飲み仲間は彼を引き留めない。
彼の意志を変えることなど不可能だと分かっているからだ。
たとえ酔いが回っていようと彼の強さは健在。喧嘩にでもなればタコ殴りにされるのはこっちの方だ。
せめてもの意趣返しに、その背中に捨て台詞を吐く。
「お前、つまんなくねえのかよお……そんな堅苦しい生き方で……それだけの力があれば、富も権力も女も好きにできるってのによお……」
そんな言葉にもフェンリックは表情一つ変えずにその場を後にした。
◆
冒険者への依頼は仲介者であるギルドの審査を通すと言えど玉石混交だ。単純にギルド側の人員が足りていないからだ。
魔物の討伐から猫探しまで、その依頼は多岐にわたる。
雑多に張り出された依頼の中には明らかに危険度と報酬が見合っていないものもある。
フェンリックはそんな依頼の一つに目をやっていた。
「……なるほど?」
依頼内容は「念のための護衛」。近辺の野原へ薬草を積みに行きたいので、護衛を頼みたいというもの。
胡散臭い、というのが正直な感想だった。
実際、この依頼の適正だろう低位の冒険者は明らかにこの依頼を避けている。
近辺の安い薬草を積んだところで、冒険者を雇う金すら稼げない。この依頼は依頼者にとってコストとリターンが見合っていないのだ。
このパターンで考えられる目的は、依頼で呼び出した低位の冒険者を拉致し、人身売買などに利用する、などの悪辣な犯罪。
実際に過去にあった事例で、冒険者ギルドからも注意喚起が出ている。
「……この依頼を頼む」
そんな怪しい依頼を、フェンリックは受けることにした。
ワザと不慣れな受付嬢の元へ依頼書を出して、判子を貰う。
そうして、彼は依頼者のいる草原へと向かった。
◆
出会い頭に襲われる展開すら予想していたフェンリックにとって、拍子抜けする光景だった。
「あなたが今回の依頼を受けてくれた冒険者ね、感謝するわ! 私はイザベラよ!」
「ロザリアです」
依頼者は明らかに世間慣れしていない少女。衣服の上品さから察するに、上流階級の人間だろう。腰に手を当てて胸を張る様は微笑ましい。年齢は15もいかないだろう。
その後ろには、両手を前に組んでひっそりと立つロングスカートの女性。おそらくこちらは護衛だろう。
立ち振る舞いに隙がない。明らかに修羅場慣れしている。
体内から「気」──魔力の充溢を感じ取れる。
様々な疑問を一旦飲み込んで、フェンリックは小さく頷いた。
「ああ、よろしく頼む」
あの依頼は世間知らずのお嬢様のおままごとだったのか?
フェンリックは野草を積む彼女の背中を観察しながら考えていた。
「ロザリア、見てこれ! かなり高いんじゃない!?」
「ダメですお嬢様。それは雑草です」
「ええええ!」
仲良さげに話す二人はやはり主君と臣下のように見えた。10代半ばであろうイザベラに対して敬語で話す20近くのロザリア。お嬢様とメイドといったところだろうか。
貴族が低位の冒険者に依頼を寄越すようなことはまずない。
やはりこの依頼の意図が分からない。護衛というならロザリアという女性一人で十分だろう。
そう思考を巡らしていると、フェンリックは背後に気配を感じた。
緩く拳を構えながら振り返る。
「何か用か?」
「……気づかれましたか。やはり腕の立つ冒険者のようで」
先ほどまでイザベラの傍にいたはずのロザリアがフェンリックの背後にいた。音も気配もしない移動術。おそらく何かしらの魔法だろう。
「背後を取られるのは慣れてる」
師匠はよく背後を取ってくだらないいたずらをしてきたものだ。
暗殺者のような立ち回りをしたメイドに対して、フェンリックは問いかける。
「お前ほどの手練れが居ながらギルドに依頼を出した意図が分からない。何が目的だ?」
「お嬢様の経験のため、でしたが……ただ、あなたのような手練れを探す意図もありました」
ロザリアの目が真剣なものに変わる。その切実な態度に、フェンリックは姿勢を正した。
彼女は貴族にするように深々と頭を下げた。
「お嬢様を、南方大陸まで連れて行っていただきたいのです」
「……それはまた随分なお願いだな」
南方大陸に行くには、長い旅路を経てヘキデル大山脈を越える必要がある。
強力な魔物が多数存在するヘキデル大山脈は数人で立ち入るのは無謀なほどの危険地帯だ。
「承知の上です。この国にいればお嬢様はいずれ殺されてしまいます。……無理を承知で、お願いしております」
ロザリアがまた深々と頭を下げた。その顔はよく見えない。
「報酬として用意できるものはほとんど持ちあわせておりません。しかし、受けてくだされば、私の……体でお支払い致します」
僅かに声が震えた。手が震えている。
明らかにそういった事に慣れていない人間の態度。
「悪いがお前を抱く気はない」
たしかに、男が喜びそうな提案だった。
客観的に見て、彼女の容姿は優れている。
長い脚。女性らしい丸み。やや冷たい印象を与えつつも整った顔立ち。
しかし、フェンリックの心を動かすことはない。彼が好きになった人は、外見だけでなく内面まで美しかった。彼女の内面がどんな風か、まだ知らない。
返答を聞いたロザリアが俯く。
「そう、ですか……」
「ああ。弱みに付け込んで女を抱いては師匠に顔向けできない。──ただ」
ロザリアが顔を上げる。視界の先のフェンリックは、真剣な瞳だった。
「お前たちが困っているなら、その依頼を引き受けよう。『義を見てせざるは勇無きなり』。師匠の教えだ」
◆
「ええええー! いいじゃねえかよ! おっぱいくらい触らせてくれよおおおお!」
「師匠、恥ずかしいからやめてください!」
うるせえ、飲み屋であんなエッチな格好してるのが悪いだろ!
フェンの制止を受けてパイタッチに失敗した俺は気を紛らわすためにビールを呷る。この店のビールは値段の割に美味だ。
「まったく……なんで師匠はそんな女に興味津々なんですか……師匠は女ですよね……」
「馬鹿お前、男か女かなんて問題じゃねえんだよ。おっぱいか、おっぱいじゃないか。それが問題なんだよ」
「意味わかんないし答えになってないですよ」
オレに口答えするとは、生意気な弟子め。
「そうは言ってもお前、男ならおっぱい好きだろ?」
自分の胸を突き出してみせると、フェンは思いっきりむせた。
「ッ……ゴホッ! ゴホッ! そ、そ、そんなわけないじゃないですか!?」
「お、おお。必死に否定しすぎだろ」
想像以上のリアクションでこっちがひいちまっただろうが。