喪失が疼痛は消えず -弟子の性癖をぐっちゃぐちゃにして逝くTS師匠-   作:クソデカ感情好き

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護るため

「ダ、ダメよロザリア……無関係の人を巻き込むなんて絶対ダメ!」

 

 メイドのロザリアから話を聞いたイザベラの第一声は助けの拒否だった。

 

「無関係ではありません、お嬢様。我々が冒険者である彼に依頼するのです」

「こんな大事に見合う報酬なんて払えるわけがないじゃない! だいたい、キチンと事態を把握していない人を巻き込むのは詐欺と一緒よ!」

 

 思っていたよりも気が強くてしっかりした子だな、とフェンリックは傍らで考える。もっと、世間知らずのポヤポヤしたお嬢様だと思っていた。

 

「あなた、ちゃんとわかっているの? ボーモント家を回すのがどんなことを意味するのか!」

「……ボーモント家?」

「そこからなの!?」

 

 ガーン、という顔を浮かべたイザベラは腰に手を当てて説明を始めた。

 

「ボーモント家は王国で最大規模の権力を持つ侯爵家よ。広大な領地があって、他貴族家との繋がりも強い。それに目的のためには手段を選ばないから、平民相手に暴力でコトを解決しようとすることもある」

 

 この世界ではそこまで珍しい話でもない。持つ者は持たざる者を虐げ続ける。

 

「私はそこの……妾の子よ。父が存命の間はまだ冷遇される程度で済んでいたけど、兄が家を継いでからは本格的に命を狙われるようになった。だから家の力の及ばない他国に出るしかないってこと」

 

 やや早口に自分の身の上を説明した上で、イザベラはビシッとフェンリックを指さした。

 

「分かったでしょう! イチ冒険者の手には負えない話だって!」

「別に……国を出るまでの護衛だろ」

「お馬鹿! ヘキデル大山脈につくまでに妨害されるってこと! それも、正規の騎士団みたいな奴まで使って!」

 

 イザベラはさらに早口に説明し始めた。

 ボーモント家は治安維持のための正規の兵力だけでなく裏仕事をこなす暗殺者のような人材まで抱えている。

 実際に襲撃されたこともある。その時はロザリア一人で撃退できた。しかし今度はさらに人員を増やしてくるだろう。

 

「一度私に味方すれば、あなたまで侯爵家に狙われる。奴らは冒険者の命なんて歯牙にもかけないわ」

 

 そう言って、イザベラは下を向いた。

 

「私に味方する人は、みんな不幸になる」

「お嬢様……」

 

 それは過去の経験から来る諦念のようだった。

 己に味方ができることなどない。他人に期待しない。そんな暗い諦念。

 

 

「──おお、いたいた! あれだあれ!」

 

 微妙な空気の漂う空間に、突如として下卑た声が響いた。

 声の方からは人相の悪い男たちがゾロゾロと歩いて来るところだった。

 どうやらイザベラの追手が来たらしい。

 

「も、もう来たの……!? あなた、依頼なんて忘れて、すぐに逃げて! 」

 

 ロザリアが真っ先に男たちの前に出て、イザベラがフェンリックを背中に隠そうとする。どうやら本当に無関係の自分を巻き込まないようにしているらしい。

 それは十代半ばの少女にできる、精一杯の、いじましい誠意だった。

 自分が殺されようとしている状況で他人を気遣える精神性。

 あるいは今までもそうしてきたのかもしれない。自分に降りかかる火の粉が他人にかからないようにと身を挺して護る姿勢。

 

 誇り高く、好ましい。けれど。

 ──護られるのは嫌いだ。母も、師匠も、自分を護る形で死んでいった。

 

「俺の力は護るためにある」

 

 一歩前に出て、フェンリックは宣言する。

 これは代償行為だ。あの時の無力感を慰めるために人を助けた。無関係の人を助けて、大切な人を助けられなかった無力感を慰めてきた。

 これも一緒だ。誰かを護るのは自我を護るため。誇りを護るため。その延長線上で、この誇り高き少女を助けられればいい。

 

「お前たちの依頼を、俺は引き受けよう。二人の身を護り、山脈を越える。身命を賭してその任を全うしよう」

 

 

 ◆

 

 

 目の前に立ち塞がった男を見てゴロツキたちがざわめく。

 彼らが命じられたのは小娘の抹殺。あんな男がいるなど聞いていない。

 

「なんだあいつ、誰だ?」

「関係ねえだろ。まとめてフクロだ」

 

 草原に展開した男は10人近くにもなる。

 さらに、彼らにはパトロンから受け取った装備がある。

 高位の魔法師であろうと完封できる布陣。これなら貴族の小娘1人とおまけ程度ならわけなく殺せる。

 

 現れた正体不明の男は、得物を持っているようには見えなかった。

 軽装で立つ彼の体格はなかなかのものだったが、武器も持たずにどうにかできる人数差でもない。袋叩きにして終わりだ。

 

「あのメイドの魔法は面倒だ。先に潰すぞ。ほらっ、いけっ!」

 

 ロザリアの元へと男が殺到する。

 その間に立ち塞がったのは正体不明の男──フェンリックだった。

 

「ッ……なんだあいつ……!」

 

 姿勢を低くして走るフェンリックの速さは予想以上だった。

 師の伝えた「気」を使いこなす彼の身体は常人の数倍の力を発揮する。

 フェンリックは脚に気を集中させたまま飛び蹴りを放った。

 

「がっ……!」

 

 埒外の速度で突っ込んだ右脚は男のあばら骨に突き刺さり、数人を纏めて吹き飛ばした。

 師より伝えらえた武術を以ってすれば、この程度は容易い。

 半仙にして武術の達人、東方より来たリャンという女武人の武術──気門流は体内にあるエネルギー「気」によって身体能力を強化することを主軸とした武術だ。

 その直弟子となれば、技を繰り出すまでもなく常人を圧倒できる。荒事に慣れた男相手と言えど、基礎力が違いすぎる。

 彼らが酒や女に明け暮れていた間、フェンリックはひたすらに修行を続けていたのだから。

 

「っ……てめえ!」

 

 着地したフェンリックに、すぐさまナイフを持った男が襲い掛かる。

 地面を大きく踏みしめると、ナイフを振りかぶる男を素手で迎え撃った。

 

「がっあ……!」

 

 男の目には拳はほとんど見えなかった。後から振った拳の方がナイフよりも早く到達。

「気」を活かした拳が肩口に突き刺さると、男はナイフを手放して大きく吹き飛ばされた。

 

 正拳突きはフェンリックの習った気門流における基礎中の基礎だ。

 握った拳を真っ直ぐに突き出す、単純な技。しかし単純ゆえに練度の差が出る。

 右肩から拳にかけての筋肉を「気」で増強。さらに踏み込む脚、支える腰にも「気」を回し威力を爆発的に増加させ、鋼鉄をも砕く威力に仕上げてみせた。

 並の相手であればこれで十分だ。先ほどの男は衝撃に意識を失っているようだった。

 

「オオオオオオ!」

 

 続けて襲い掛かてきたのは、長い槍を構えた男だった。

 ひゅんひゅんと風切り音を鳴らす槍の突きがフェンリックを捉えんとする。

 拳に対してリーチで絶対的有利を持つ槍。続けざまに繰り出される突きを避けるフェンリックは、間合いに踏み込むことができなかった。

 

 しかしそれも、三回も見れば十分対応できる。

 

「シッ……!」

 

 フェンリックが大きく踏み込むのと同時に、ゴウッという大きな音が響き、槍を持った男がバランスを崩す。

 震脚。「気」を集中させて踏み込んだ脚は地をも揺らす威力となる。フェンリックの踏み込んだ地面が大きく抉れた。

 しかし、これはあくまで予備動作に過ぎない。

 腰を落としたフェンリックは震脚の踏み込みのままに正拳突きを繰り出した。

 

「ご、あ……!」

 

 槍よりも鋭い風切り音が鳴った。

 先ほどとは比べ物にならない威力だった。拳が突き刺さった瞬間、男は胃がひっくり返ったような感覚を味わう。拳が撃ち込まれたのは水月と呼ばれる人体の弱点の一つだ。

 地面に倒れ込んだ男は泡を吹きながら意識を失った。

 

「ッ……おい、さっさと撃て!」

「──ファイアーランス!」

 

 事態を見守っていた別の男が動いた。

 杖を持った男が詠唱を完了すると、炎の弾丸がフェンリックめがけて飛んでいった。

 事態を把握していた彼は視覚を強化し、弾道を見切ると大きく拳を振った。

 

「気門流五乃条、気弾破」

 

 超速で振るわれた拳から、凝縮した「気」が飛び出した。それは風となって炎の弾丸へと襲い掛かり、あっさりと消し飛ばしてしまった。

 

「馬鹿な……がっ……!」

 

 驚く暇もなく、魔法を使った男がフェンリックに殴り飛ばされる。

 この段階まで来ると、男たちは完全に腰が引けていた。あんな人間がいるなど聞いていない。

 

 あんなに速く動くなら袋叩きどころではない。剣を振ろうと矢を射ようと避けられて次の一撃で倒されてしまう。

 そもそも、武器を持たず魔法も使わず拳で戦う人間など聞いたことがない。たしかに体内魔力が多い人間は肉体の強化を行えるが、あんな人外じみた動きはできない。

 

 怯えて動きの鈍くなった男たちを、フェンリックは次々と刈り取っていく。

 そうしながら彼が思い出すのは、師匠から貰った言葉だ。

 

『──元々、武術とは弱者が強者を打ち倒すための技術だ。肉体的に優位な相手に技術を使う必要などないからな。だから、フェン。力に溺れるな。弱者を甚振るため力を振れば、お前は弱くなる。「気」の扱いは心の在り様次第だ。──ただし、目標を達するために容赦はするな。お前が正しいと思うことのためなら、その拳を全力で振るえ』

 

 弱者を甚振る力ではなく、正しきを為すための力。

 己は今、正しきを為すことができているのか。そう己に問いながら、フェンリックはその拳を振り続けていた。

 

 

 ◆

 

 

「──終わったぞ」

 

 この人なら、できるかもしれない。

 手傷一つなく帰ってきたフェンリックを見て、ロザリアは高揚を覚えていた。

 これほどの力があれば、イザベラお嬢様をこの国から連れ出せるかもしれない。

 

 半分諦めていた。状況は悪化する一方で、莫大な権力と力に抗う術などない。

 自分に果たせる忠義など、主君と共に逝くことくらい。

 護衛の冒険者を探していたのも半分自棄だったのかもしれない。一人二人を上手く騙して護衛にしたところで、結果は同じだ。

 

 けれど、彼ならば。

 未知の技術を使い、見たことのない強さを見せる彼ならば。

 イザベラお嬢様に、新しい人生を与えれるかもしれない。

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