喪失が疼痛は消えず -弟子の性癖をぐっちゃぐちゃにして逝くTS師匠-   作:クソデカ感情好き

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俗世

 急いで荷物を纏めて、街の外へ。いつどこで襲撃を受けるか分からない以上、人のいる場所に留まる理由はない。

 衛兵に助けを求めることもしなかった。この街のどこまでボーモント家の息がかかっているか分からない。

 

 フェンリックとイザベラ、ロザリアの三人は街道を歩きながら改めて状況を確認していた。

 

「ええ、ひとまずは隣街まで行きましょう。場所を変えればしばらくは追手にも補足されないでしょう」

 

 命を狙われるようになってから、二人は街を転々としていたようだ。

 しかし今回はただ逃げるだけではない。目指すは南。つまりは目的地である南方大陸の方面だ。

 今まではボーモント家の力は及びづらい辺境の街へと逃げることしかできなかった。けれど、彼がいてくれるなら行けるかもしれない。山脈を越えて、新天地へ。

 

「それにしてもフェンリックは、今まで何をしていたの? あんな力を持っていたのに、一介の冒険者をやっていたなんて信じがたいのだけれども……」

 

 冒険者は基本的に立場が低い。難易度の低い魔物の討伐や採取は依頼数が安定せず、安定した収入を見込めないからだ。

 名の売れた冒険者なら稼ぎも跳ね上がるが、そういった人間は大抵首都のような栄えた場所に行く。

 フェンリックのように腕っぷし一つで立身出世を狙える男はこんな場所にいるはずではなかった。

 

「俺がこの力を得たのは護るためだ。手の届く誰かを助ける方が性に合ってる」

 

 たしかに、危険な依頼をこなせばより多くの人の助けになるかもしれない。けれどそうしているうちに誰かひとりの小さな希望を取りこぼしてしまうかもしれない。

 自由な冒険者であれば融通が利く。困っていそうな人間にすぐ手を差し伸べられる。

 

 ──これは半分言い訳だ。誰かを救うという代償行為によって己の疼痛を慰めるための詭弁。喪失の疼痛は代償行為で治らない。なら、小さく、多くを救った方がいい。

 その方が自分が救われた気になれるから。

 そんな己の醜い本心を隠すように、フェンリックは言い訳を口にする。

 

「それに、師匠も俗世にかかわらずひっそりと人を助けていた。俺はそんな生き方に憧れたんだ」

 

 この憧れの気持ちだけは本物だ。それだけは、断言できる。

 

「へえ……フェンリックはそのお師匠さんのことが大好きなのね」

「そうだ」

 

 迷いのない断言は、問いかけたイザベラの方が逆に赤くなってしまうほどに真っ直ぐだった。

 

「フェンリック様はお嬢様と同じようにどこか世間ズレした方ですね」

「ちょっと、私が世間ズレしてるって!? これでも最近色んなことを勉強してるんだから!」

 

 茶々を入れてきたロザリアはイザベラが頬を膨らまして反論する。

 

「お料理だってできるようになったし、掃除だって早くなったでしょ!」

「ええ、ええ。そうですね?」

 

 必死になって反論するイザベラに対して、ロザリアは余裕のある笑みで微笑むだけ。

 二人の力関係の窺い知れる光景だった。

 

「二人は主人と使用人という関係性、で良かったのか? 随分と仲が良さそうだが」

「まあね。でも家から逃げ出した以上、使用人とかメイドとか関係ないって私は言っているんだけどね。それでもロザリアは私と一緒に居たっていうから……」

「ええ。お嬢様は私がいないと困るでしょうから」

 

 軽く言っているが、今のイザベラに仕えるとは命を捨てる覚悟があると言っているも同然だ。

 使用人らしからぬ立ち振る舞いといい、ロザリアという女性には謎が多い。

 

「いつでも逃げていいんだからね」

「逃げませんよ。お嬢様のためですから」

 

 もう何度もそのやり取りをしているのだろう。

 二人はそれ以上問答をしなかった。

 

「イザベラは貴族の出ということは魔法を使えるのか?」

 

 これから長期間にわたって護るとなれば、彼女の自衛能力はある程度把握しておきたい。

 そう思って投げた問いに、イザベラは一瞬だけ顔をしかめた。

 

「使えるけど、あまり期待しないで欲しいかも? 所詮は汚れ血の魔法、みたいな?」

 

 汚れ血、という言葉をイザベラは自嘲気味に使った。

 聞きなれない言葉にフェンリックは僅かに眉を顰める。

 

「別に、血がなんだっていい。試しに使ってみてくれないか」

 

 伝統的な血筋を持つ人間は魔力が高い傾向にある。そのため、魔法の世界では血筋に劣る人間を劣等種と呼んで憚らない。

 平民の母を持つイザベラもまた、蔑まれてきた。

 けれどそんなことはフェンリックには関係のないことだ。

 彼の修める武術は弱者が強者を打ち倒すための技術。そう師より伝えられた。

 であれば、血筋の劣等を理由に魔法を否定するのはおかしい。人の価値はそんな下らないもので決まらないとフェンリックは信じている。

 

「ッ……じゃ、じゃあ、いくわよ? プラント!」

 

 詠唱と共に現れたのは、植物のツタだった。地面より突如生え出たそれはうねうねとその場で蠢いた。

 

「そ、その、気持ち悪いかもしれないんだけど、でも、私の魔法だとこれが適正っていうか、他はあんまり使えないっていうか……!」

 

 言い訳のようにイザベラが早口に言う。

 

「いや、これは面白いぞ」

 

 しかしフェンリックの反応は、彼女の予想とは違っていた。彼は興味深そうに目を見開いて地を這うツタを見ている。

 

「足元にツタを出せば足をひっかけられる。予備動作が少ないのもプラス要素だ。それに、この太さなら防御に回しても良さそうだ。勢いがないのも防御に専念すればデメリットになりづらい……」

「えっ……そ、そう……」

 

 貴族間における魔法の評価は見た目が第一だ。特に実戦に出る機会のない貴族はその傾向が顕著になる。そんな環境の中でイザベラの魔法は酷評されつづけていた。

 地味。小さい。汚い。気持ち悪い。

 ロザリアの慰めの言葉すらいつか耳に入らなくなり、魔法を人前で披露するのをやめた。

 どのみち、役に立たない技術だ。人を害するほどの力もない。

 

 けれどフェンリックはそんな魔法に価値を見出した。こんな地味な魔法でも使いよう次第では役に立つと気づいてくれた。

 そのことが、自分でも不思議なほどに胸の奥を温かくするのが分かった。

 

 

 ◆

 

 

「オレたちは武を魅せるために鍛錬をするわけじゃない。目標を達するために武術を使うんだ。モテたいならこんなド辺境から出ていった方がいい」

 

 オレの言葉を聞いたフェンは、納得した様子を見せつつも少し不満げだった。

 山岳地帯に居を構える今の生活では、人家に行くのはせいぜい一か月に一度程度のペースだ。正直、若い人間には酷な環境だとは思う。

 

「でも師匠。師匠の技や為したことが知られていないのは悔しいというかなんというか……」

 

 ああ、大人びて見えていたけどコイツもまだ子どもだな。

 

「いいんだよ。そういうのは故郷で十分やった。それに、前も言ったけどオレは俗世とあまり関わりたくない」

「……それは、どうしてですか?」

 

 半仙として、俗に染まりすぎるのもよくないという意識もある。けれど、それ以上に。

 

「面倒くせえんだよ。たとえば他流試合なんてするだろ? 道場に入ったらまず主に挨拶。その後その直弟子にも挨拶。そこで将来有望な弟子を紹介されて、ペコペコしてくるのを眺めて、で『あ、私こういうものですー』とか言って名刺を渡されて、渡された以上こっちも渡さなきゃいけねえから名刺を取り出して、で名刺が切れたら補充して肩書きが変わったから新しく刷り直して……」

「し、師匠……?」

 

 しまった、うっかり前世の恨み言が漏れちまった。フェンが困惑した顔で首を傾げていた。

 

「師匠はたまに本当に何を言っているか分からない時がありますよね。もしかして酔ってますか?」

「うるせえクソガキ。酔ってねえよ」

 

 そう言いながらオレは手持ちの瓢箪に口を付けた。

 そんな様子をフェンは呆れた目で見てくる。すっかり生意気に育ちやがって、この弟子は。

 

「とにかく、お前が俗世に降りたいっていうなら止めはしない。今のお前の腕でも、生計を立てるくらいわけねえだろ。強さを見せつけてモテモテになれるかもしれんぞ?」

「……そこに師匠がいなければ意味ないじゃないですか」

 

 拗ねたように呟くフェンは、やはりここから出ていく気はないようだ。

 勿体ないな、と少し思う。オレのように人生をやり尽くした燃えカスと違い、彼はまだ未来ある子どもだ。

 武に身を捧げるのはもう少し後でもいい。それよりも色んな経験をした方が、精神鍛錬という面ではプラスに働くかもしれない。

 

「まあ他流試合とかは論外にしても、たまには都会の方まで行ってみるか?」

 

 そう聞いてみると、フェンはパッと顔を明るくした。

 そんな分かりやすい様子に苦笑してしまう。

 

 どうやら、彼が仙人の域に達するのはまだまだ先のようだ。

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