喪失が疼痛は消えず -弟子の性癖をぐっちゃぐちゃにして逝くTS師匠-   作:クソデカ感情好き

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渇き

 お互いの事を知るために会話を続ける。

 イザベラのことを聞いた次は、フェンリックのことを話す番だった。

 二人の興味は、フェンリックの扱う武術に向けられた。

 

 

「『気門流』の大元について、実のところ俺はよく知らないんだ。師匠は東方の国の出身らしいが、そちらに行ったことはないからな」

「へえ……同門の人に会いたいとか、腕試ししたい、みたいことは思わないのかしら?」

「それはないな。あまり興味がない」

 

 師の伝えた武を極めることこそ最も強くなる方法である、とフェンリックは信じている。

 彼女が亡くなった後も鍛錬を積んでいるが、未だあの域には達していない。

 

「ただ、大元の気門流も体内の「気」を練り込んで身体を強化し敵を打倒する、という部分は同じらしい」

「……ところで、フェンリック様の話を聞いて一つ疑問に思ったのですが」

 

 興味深そうに話を聞いていたロザリアが小さく手を挙げた。

 

「あなたの言う「気」とは魔力と何か違うものなのですか? 話を聞く限りでは魔力による身体強化とあまり変わらないように感じますが……」

「ああ……俺は魔法について学んだことがないから、師匠の受け売りしか話せないが……」

 

 そう言って、フェンリックは急にいかめしい顔を作って眉間に皺を寄せた。

 腕を前で組み、偉そうに話し出す。

 

「いいかクソガキ。魔力は大気中に存在する酸素みたいに当たり前のものだ。魔法は外部の魔力を利用して外に放つ技術ってワケだ」

 

 数秒、気まずい沈黙が下りた。

 

「……その変な話し方は?」

「師匠のマネだ」

「キャ、キャラの濃いお師匠さんだったんだね……」

 

 自信満々のフェンリックに微妙な顔をするイザベラ。

 師匠なる人はもっと人格的に優れた人物だと思っていた。フェンリックがあまりに自慢げに話すからだ。

 しかしモノマネを聞く感じだとロクデナシの気配がする。

 そんな風に考えるイザベラをよそに、フェンリックはまたモノマネをして説明を続けた。

 

「気門流を扱うには大気中の魔力を自分のモンにする必要がある。意識的に体に魔力を取り込み、練り込み、己の「気」とする。その練り込みの程度によって「気」の質が上がり、より強くなれる。ま、テメエみたいなクソガキはまだまだ練り込みが足りねえから弱いってわけだな! ガッハッハ!」

 

 変な口調で言ったフェンリックが何かを呷るマネをした。どうやら師の手癖らしい。

 

「ところで、何故モノマネを?」

「今のは俺の言葉じゃなく師匠の話だからだ」

「いや、だからって真似する必要はないと思うけど……」

 

 フェンリックの意外な面を見たイザベラは困惑しつつもどこか面白そうだ。

 一方、ロザリアは今の話を聞いて真面目に考え込んでいた。

 

「では、通常の魔法を使う人間が「気」を扱えばより強くなれるのでしょうか?」

「かもしれないが、「気」はまともに扱うのに五年十年の修行が必要になる。既に武器があるのならそちらを磨いた方がいいだろう」

 

「気」の練り込みには時間が必要だ。

 既に戦う術を持っているだろうロザリアが気門流を身に着ける必要があるとは思えなかった。

 

「なるほど……とはいえ、あなたの言う「気」の概念は、身体強化の魔法に通ずる部分がありそうです。また詳しく聞ければと思います」

「俺で良ければな」

 

 そう答えたフェンリックは、少しばかり嬉しそうに見えた。

 

 

 ◆

 

 

 しばらくは穏やかな平野をただ歩くのみだった。魔物の出没報告もある地域だが、フェンリックたちの周囲に姿は見えない。追手の影もどこにも見えなかった。

 しかし、変化は突然訪れた。

 

 遠くの方から悲鳴が聞こえてきた。切羽詰まった、命の危機を感じさせるものだ。

 真っ先に反応したのはフェンリックだった。

 

「ッ……俺は先に行く」

 

 フェンリックはそう言い残すと風のような早さで悲鳴の元へと走って行った。

 あまりにも迷いのない行動に、一瞬で置いていかれた二人は顔を見合わせた。

 

「人助けのために生きていた、というのは嘘ではないようですね」

 

 

 走り出すと同時に視覚を「気」によって強化する。フェンリックの視界には、魔物に襲われる人間の姿が見えていた。

 

「ッ……!」

 

 時間がない。脚に回す「気」を限界まで増やして加速する。

 景色が一瞬にして流れていき、ひゅうひゅうという風切り音だけが耳に入ってくる。

 

「気門流四乃条、軽功舞!」

 

 大きく跳躍したフェンリックは空中で踏み込んで、さらに加速した。

 軽功舞は足元に発した「気」によって足場を形成し空中移動を可能にする技だ。

 三次元的な動きを可能にするだけでなく、足場にした気で体を押し出して、加速することもできる。

 重力を感じさせず悠然と移動する様は、まさしく舞踊のようだった。

 

「軽功舞与転(よりてんじて)一乃条、是即(これすなわち)──天崩拳!」

 

 軽功舞により加速したフェンリックは空を蹴って加速すると勢いそのままに拳を振り下ろした。

 その視界の先にいた魔物は巨大なゾウのような姿をしていた。

 

 三メートルにも迫る巨躯を持つ魔物は、まさか己の上を取る存在がいるとは思いもしなかったのだろう。

 頭蓋に突き刺さる拳をモロに受けた。

 

「Buoooo!」

 

 魔物の悲鳴が響き渡り、長い鼻がぶんぶんと振られる。

 会心の一撃に見えたが、巨大な魔物が倒れることはなかった。

 殺意に満ちた目がフェンリックの姿を捉え、巨木のような鼻が振り下ろされる。轟音が鳴り、地面が激しく揺れた。

 

「しぶといな……!」

 

 回避と同時に飛び上がったフェンリックは、再びゾウの頭部分まで跳躍すると、先ほどとまったく同じ場所へと踵落としを決めた。

 

「O、oooo……!」

 

 頑丈な頭蓋骨を粉砕され脳に深刻なダメージを受けた魔物はフラフラとバランスを崩したかと思うと、やがて激しく倒れ込み動かなくなった。

 

 

「──あ……ありがとうございます、助かりました!」

 

 魔物を倒したフェンリックに感謝を述べたのは、行商らしい男の二人組だった。

 彼は感謝の言葉に答えるより先にあたりを見渡して問いかける。

 

「被害は?」

「あ、その、最初に一人……」

 

 彼の視界の先には、地面に落ちたトマトのようにぐちゃぐちゃになった人間の死体があった。

 周囲には吐瀉物の如く撒き散らされた血と肉片。

 激しく損壊した頭部は、もはや元の顔の形を推測することすらできない。

 あの巨大な鼻を叩きつけられたのだろう。即死だ。

 

「……間に合わなかったか」

 

 おそらく最初の悲鳴があの人間が殺された時のものだったのだろう。

 駆け出した頃にはもう終わっていた。そのことにフェンリックは眉間に皺を寄せて考え込んでいた。

 

「いえいえ、とんでもない! 私どもが助かっただけでも幸運です。本当に、ありがとうございます」

 

 そう感謝の言葉を告げられたも、フェンリックの表情は晴れないままだった。

 

 

「それで、何でそんな暗い顔してるのかしら? 結局、二人は助けられたのでしょう?」

 

 後から合流して事情を聞いたイザベラはそう問いかけた。

 しかしフェンリックは厳しい顔のままだ。

 

「違う、一人を助けられなかったんだ」

「……フェンリック様」

 

 ロザリアは彼の弱りきった横顔をじっと見つめていた。

 何者にも負けない強さを持っていると思っていた彼の、弱さ。

 

「……なぜ、俺だけが助かった?」

 

 あの日から胸に巣食う疼痛を口にする。

 思い出すのは、大切な人が自分をおいて逝く姿だ。

 師匠なら救えたのではないか。もっと上手くやったのではないか。

 できないのなら、どうしてあの時一人だけ助かった? あの燃えゆく村で、皆と一緒に死ぬべきだったのではないか? 

 

 指先から体が冷えていく。深海に潜り込んだように、冷たい静寂へ──

 

「ッ……フェンリック様。失礼、しますよ」

 

 ふと、温かさを感じた。頭の上に優しい温み。

 傍らにいたロザリアが、自分の頭に手を載せていた。

 

「い、いやだったら手を退けてくださいね……」

「……」

 

 彼は答えることも手を退けることもなかった。

 

「昔、母にこうしてもらって元気をもらったので、その……」

 

 自分からやっておきながらロザリアは恥ずかしそうだった。

 その温みに、フェンリックは師が頭を撫でてくれた時を思い出した。今のように優しい手つきではなく、乱暴で、粗雑な手だ。

 

 その時の師匠の言葉をふと思い出す。

 

『サバイバーズギルト及びPTSDってとこか。生まれ故郷があの様だったからな。 ま、オレにはお前に寄り添う事はできねえ。ロクデナシでヒトデナシだからよ。だから、もしお前に寄り添ってくれる人が現れたなら──大事にしろよ』

 

 その言葉に、フェンリックは未だに納得できていなかった。だって、あの手はあんなにも温かかったのだから。

 

 

 ◆

 

 一方のロザリアも、フェンリックの頭に手を当てながら物思いに耽っていた。

 

 ロザリアにとって異性の頭を撫でるなど初めての事だった。彼女自身、自分の行動に困惑していた。ただ、いても立ってもいられなくなった。

 彼の瞳を見て、まるで砂漠を彷徨う放浪者のようだと思った。

 灼熱地獄に干からびていく一方の砂漠。

 多少の水を、救いを得ようとも、すぐさま渇きの地獄へと叩き落される。

 

 彼の在り方はそんな救いのないものだと、思ってしまったのだ。

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