8月21日
ヤチヨカップの結果発表から3日後。
俺がパソコンに向かって業務に取り組んでいると
──ピンポーン。
インターホンが短く鳴った。すぐに立ち上がって玄関へ向かい、ドアを開ける。
「お届け物でーす。サインお願いします」
配達員から差し出されたダンボールとそれに付いた伝票に自分の名前が確かに印字されているのを確認してから、ペンを受け取った。
「どうぞ」
走り書きのように名前を書き、配達員に渡す。
「ありがとうございましたー」
事務的な声とともに、ずっしりとした重さの箱を受け取る。
今回受け取った箱の中身──それは定期配達にしている、もと光る竹を冷やす際に使う液浸冷却液の入ったボトルであった。
本来なら向こうのマンションで受け取りたいのだが、配達の時間が指定できないため、毎回アパートで受け取ってそれをマンションまで運んでいるのだ。
そうして、外に出るため、一度身支度を整えてから、マンションへ向かうために扉を出ると──
(げっ......!)
視線の先にいたのは、派手な金髪をした少女。
最近ツクヨミでやたらと顔を合わせる、ヤチヨカップ優勝ライバーにして隣人──かぐやだった。
おそらく買い物帰りなのか、腕には食材の入ったエコバッグを抱えていた。
......なぜ俺が彼女との遭遇を内心で嫌がっているのか。
理由は単純だ。下手にリアルで接触すれば、
“タイムパラドックス”が起こりかねないからである。
というのも、俺が8000年前にかぐやと出会ったとき、彼女にとって俺は完全な初対面だった。
なので、いまこの時代でリアルで交流を持ち、記憶に残ってしまえば、過去との辻褄が合わなくなってしまう。だからこそ、ツクヨミでも話す時は常に敬語を使って、万が一にも初対面の際に、ミコト=ミコと結びつかないようにしている。
リアルでの対策としては、普段外に出るときは常に帽子とマスクをするようにしている。これで顔の目元しか見えないため、大丈夫だとは思う......が念のために目もわずかに細めておく。すると、
「こ、こんにちは〜」
配信で見るときの勢いはどこへやら。ほんの少しだけ肩がすくませて、少し気まずそうに挨拶をしてくる。
「こんにちは」
と聞こえるどうかも怪しい声量で挨拶を返し、できるだけ関わらないように、足早に去っていく。
その背中を見送りながら、かぐやは固まった。
(......え、今の......睨まれた?)
じわじわと不安が膨らんでいく。
(もしかして、かぐや......お隣さんに嫌われてる? やっぱり普段ちょっとうるさすぎたかな......)
そう思い今までの生活を振り返る。
夜中の配信テンション、笑い声、壁越しでも遠慮なく響いていたであろうリアクション。
......思い当たる節がありすぎて、逆に否定できない。
むしろ、今まで何も言われなかったのが不思議なくらいだ。
(......よし、決めた。これからは静かにしよう!)
ぎゅっと拳を握り、小さく頷く。
──そう心に誓った。
そして翌日。
「うおおおおぉぉぉ!? マジかこれぇぇぇ!?」
夜中、壁越しに響く絶叫。
誓いは、わずか一日で粉々に崩れ去った。
────────────────────────
トプン、トプン、トプンッ
マンションの部屋に入った俺は、慣れた手つきでケースを開き、液浸冷却液をもと光る竹の入った水槽に補充していく。
そうして、規定ラインまで満たしたところでボトルを戻す。
ケースを閉じる直前、ふともう一度だけ内部を見下ろした。
水の中に沈んだそれは、改めて見てもタケノコにしか見えないが、それでいて、どこか生き物のように感じられた。
「......よし」
短く息を吐き、ケースをはめる。そして、
ミコト【冷却液補充しといたぞ】
ヤチヨに補充を終わらせたことをメッセージで伝える。すると、数秒も経たずに返信が届く。
ヤチヨ【ありがと〜!ごめんね、毎回運ばせちゃって。重かったでしょ?】
ミコト【もと光る竹に比べたら全然軽いし大丈夫!】
ヤチヨが気にしないようにと別に大した苦労になっていないことを伝える。
実際、8000年間もと光る竹を持ち続けたことに比べれば、この程度手間とは思わなかった。
ヤチヨ【……は?
「............」
(終わった......完全に終わった......)
ヤチヨからの返信を見て、自分が完全にやらかしたことに気づく。
......何回も言っているが、もと光る竹はヤチヨの本体といってもいい。
なので今の発言は俺にその気が無くても、ヤチヨからしたら自分が"重い"と言われていると受け取ることができる。
ヤチヨ【ちょっとツクヨミにログインしてほしいん
だけど】
ミコト【スマコン持ってきてない】
ヤチヨ【予備のが机の上にあるから。早く、来い】
──この間わずか7秒である。そのうちの5秒は俺が文字を打つのに要した時間であるため、ヤチヨからの返信はほぼノータイムで返ってきた。
完全にこちらの言動を読まれている証拠である。
わずかな希望に縋るように机に目を向けるが、残念ながらそこには黒いケースに入ったスマコンが堂々と鎮座していた。
ゴシゴシ──と目を擦る。
......消えない。
それでも諦めずに何度も目を擦るが、スマコンは消えてくれない。
ヤチヨ【目擦っても消えないから】
そういえば、もと光る竹には一応、視覚機能が備わっており、ヤチヨもその景色を見ることが出来るのだった。
......俺は観念してスマコンを装着した。
────────────────────────
「違うんだよ。俺にそんな気は無かったんだ」
ヤチヨのプライベートルームにて、俺は正座してヤチヨに向き合っていた。
……最近、この姿勢がデフォルトになりつつある気がする。
「......」
俺の必死の弁明も虚しく、ヤチヨは何も話さず下を向いて黙っており、その静けさが、逆に怖かった。
(た、助けて〜!FUSHIえも〜ん!!)
と俺がヤチヨの肩にいるFUSHIにいつも通り助けを求めようとした
次の瞬間──
ヒュンッ
「うわっ、びっくりした!」
突然目の前にツクヨミ公式サイトのイベント告知が現れた。
────────────────────────
【イベント告知】
期間限定「夏祭りイベント」開催!
ログインするだけで、そこはもう夏祭り!
賑やかな屋台や楽しい催しが盛りだくさん!
屋台の利用に加え、各神々は"自身で出店する
こと"が可能!
友達と一緒に、夏の思い出を作ろう!
そして最終日には——
夜空を彩る花火が打ち上がる!
ツクヨミでしか味わえない特別な時間を、
お見逃しなく!
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……これに書いてある夏祭りイベントとは、毎年恒例となった夏にツクヨミで実施されるイベントのことだ。
今年はヤチヨカップと並行して開催され、プレイヤー自身が夏祭り風の出店を構え、仮想空間上で祭りの賑わいを再現するというもの。
食べ物系の屋台から、ミニゲーム、果てはオリジナルの呼び込みまで——参加者の工夫次第で、いくらでも客を集められる。
つまり、“遊ぶ側”にも“運営する側”にもなれるイベントだ。
さらに本日、イベント最終日には例年にはなかった演出として、大規模な花火が用意されているらしい。
「これに今日、1人で行ってきて?」
「何言ってんの?」
なんの脈絡もなく、ヤチヨがとんでもないことを言ってきた。
「絶対いや!ぼっちに1人で夏祭りに行けとかどんな罰ゲームだよ」
ただでさえ、こういうイベントはグループ参加が前提だ。
フレンド同士で店を回ったり、協力して出店したり——そういう“賑わい”込みで設計されているのだ。
......あっ、ほら!イベントの説明文にも"友達と"って書いてあるじゃん!
「ふーん、じゃあいいんだ?」
なにが──
そう聞き返すよりも早く、室内の照明がわずかに落ち、ヤチヨの背後にあるプロジェクターが点灯した。
映し出されたのは——動画のサムネイル。
【KASSEN SETSUNA でコラボ対決!対戦相手は......ツクヨミの創設者の1人でもある謎の新人ライバー 『ミコ』!】
過剰な煽り文句のテキストと共に、画面にはヤチヨと俺の顔がドンと大写しになっている。
......は?
次の瞬間、思考が一気に加速した。
ヤチヨの配信に出る?
→ 炎上確定
ツクヨミの創設者である件がバレる?
→ 注目を集めすぎて生活終わり
ていうかこれ強制ライバーデビューされてる?
→ 詰み
最悪の未来が、脳内を高速で駆け巡る。
バッ!
視線をヤチヨに向ける。
ヤチヨは、こちらを見て——
「祭り......行くよね?」
にこり、と。
逃げ場を完全に塞いだ笑みだった。
「ぜひ、参加させていただきます!」
もはや断るという選択肢などない俺は即答で
参加表明を示す。
こうして俺は、
ぼっちで夏祭りに行くか、人生を終わらせるかという二択の末——
前者を選ぶことになったのだった。