今回めちゃくちゃ久しぶりに主人公の苗字が出てきます。
皆さん忘れていると思うので予習しておくと苗字は「天津」です。
では、どうぞ
「この8000年間、過ごしてみてどうだった?」
視線を向けるがヤチヨは、こちらを見ていない。
ただ、夜空を見上げていた。
(……なんだよ、急に)
いつもの軽さがない。
冗談でも、からかいでもない。
——ちゃんと答えてほしい
そう言われている感じがした。
「……まあ」
少しだけ考えてから、
「正直、死にたくなることの方が多かったかな……」
あっさりと言う。
あまりにも長すぎて、もう重さを感じないだけだ。
「ミコト、一時期さ」
ヤチヨが口を挟む。
「尖った石で、自分の腕グサグサ刺してたよね」
「……あー、あったな」
思わず苦笑する。
「笑い事じゃないよ!あれ見た時、私頭真っ白になったんだからね!」
ああ、あの時は本当に。精神的にやられていたのだ。
タイムスリップしてから、800年くらいが経ったとき。
「……あの頃はさ」
遠くを見る。
思い出す、というよりは——引きずり出す感覚。
「何百年も、同じことの繰り返しで」
集落に居着いて。
自分たちを残して、みんな亡くなって。
また別の場所に移って。
不気味がられて、追い出されて。
そんなことの繰り返し。
「大勢の人と話してる時は、まだマシだった」
現代と比べて、娯楽は無いに等しかったが、人と話しているだけで退屈はしなかった。毎日何かしらの新しい出来事があった。
ぽつり、と落とす。
「でも、人と接してない時は……ほんと、何もなくって」
やることもなく、どこに向かえば良いかもわからない、終わりのみえない時間。
かぐやと話してはいたから、1人でいるよりはマシだったけど、それでも退屈はすこししか紛れてくれなくて。
それで、少しだけ刺激が欲しくてやっていたのだ。
……いや、実際は——
このまま"出血死とかしないかなー"なんて、望んでいたのだが。
残念ながら毎回傷はすぐに塞がってしまった。
そして、ある日、それがかぐやに見つかって。
めっっっちゃ怒られて、その日以来、かぐやがいつにも増して話すようになった。本当に迷惑をかけたなーと思っています。
……それでも、何のために生きているのかわからなくて、死にたくて。
でも、それは許されなくて──
「は〜あ……ほんと、なんで不老不死になんかなっちゃったのかなー」
空に向かって呟く。
「理由のない不老不死なんてないよ」
ヤチヨが静かに言う。
「そのうち、理由が分かるかもね」
「……だといいけどな」
適当にそう返す。
すると、ヤチヨが少しだけ間を置いてから——
「ミコトはさ」
声のトーンが変わる。
「“お父さんとお母さん”に、今でも会いたい?」
そういえば、今までの8000年間、自分の家族についての話はしたが、こう言った質問をされるのは初めてだと思った。
「……どうだろうな」
言葉を選ぶ。
「正直、そんなに……かも」
あっさり出た答えだった。
そもそも、両親の顔も、声も、もう思い出せなくなってしまった。
……両親との仲は結構良かったと思う。
2人とも、一人息子である自分のことを愛情をこめて育ててくれたし、自分もそんな両親が大好きであった。他の家庭を見ていてもかなり幸せな家族だったはずだ。
「本当は?」
とヤチヨが問いかけてくる。
やっぱり、ヤチヨにはお見通しみたいだ。
「……本当はさ」
少しだけ、息を吸う。
「“ちょっとだけ”期待してたんだ」
それは──
ヤチヨには悪いけど、この世界がヤチヨがいた世界ではなく、自分が元いた世界である可能性。
もし、そうだったら、自分はまた両親と再会することが出来る。
そんな考えを持ち、8000年前から"絶対に忘れないように"と文字をかけるものに家の住所を書き、それが朽ちて読めなくなったら、また新しいものに書いてを繰り返して──
そんなことを何百回も繰り返して、ついに迎えた2005年。
自分の両親が、都心とは少し離れた場所に、一軒家を建てて暮らし始めた年。
住所の書かれた紙を手に、その場所に向かう。
目的地が近づいてくると、向かう足は自ずと駆け足になっていた。
自分が育ち、家族との思い出の詰まった場所。
そんな、もう家の外観も忘れてしまったが、確かに覚えていた住所が示す場所。
そこには──
【小林】
「………」
自分の苗字である『天津』の表札はなく、別の苗字が書かれていた。
グシャリ、と住所の書かれた紙を握りつぶす音がやけに遠く聞こえた。
未来が変わってしまったのか。
そもそも存在しないのか。
理由は分からなかった。
ただ一つだけ。そこに両親の影はなかった。
──それでも、まだ諦められなかった。
この世界には、何か自分との繋がりがあるのではないかと。
そう思っていた──
酒寄彩葉の存在が、確認できるまでは。
彼女がこの世界にいる時点で、全ての可能性は無くなった。
ここは自分のいた世界ではなく、ヤチヨのいた世界だという確信を持ったからだ。
この世界には、自分の生まれた証も、血のつながった者も、知り合いも、誰1人存在しないのだと。
……果たして、自分がいなくなった後、両親にはどれだけ心配をかけてしまったのだろう。
父とは成人を迎えたら、酒を飲み交わしたかった。
母には自分が就職して働き始めたら、
給料で美味しいものを食べさせたかった。
両親が年老いたら、自分が支えてあげたかった。
……そんな話をしていても自分の目からは、涙は流れなかった。
もうそんなことは何千回も考えすぎて、今更泣く気になどなれなかった。
——そう思っていたのに。
ピチャッ
水滴の落ちる音がした。
「……ん?」
隣を見る。
「…っ……」
ヤチヨが、泣いていた。
「……泣くなよ」
少し困ったように声をかける。
自分のために泣いてくれる、心優しい相棒を必死に泣き止ませようとする。
慌てて涙を拭おうとするヤチヨ。
「ごめん……ごめんね……っ」
「いや、別にいいって」
苦笑しながら言う。
「……ありがとな。俺のために泣いてくれて」
「ごめ……ごめんなさ……」
うまく言葉になっていない。
……あー、もう。
「ほら」
ぐい、と引き寄せる。
「えっ——」
そのまま、胸に抱き寄せた。
「心臓の音聞いてると、落ち着くんだろ」
「泣き止むまで、これでいいから」
——そこで気づく。
「……あ」
しまった。
今は胸に心拍数を計る機器をつけていないため、心音は聞こえないのだ。
「……ごめん。意味なかったな」
苦笑しながら、離れようとする。
すると——
ぎゅっ、と。
逆に、強く掴まれた。
「……もうちょっとだけ」
小さな声。
「このままで、いさせて」
その言葉に、何も返せなかった。
そして—
ドンッ!
夜空に花火が上がった。
腹の底に響く音が、夜を震わせる。
同時に、空が光る。
ぱっと開いた大輪の花火が、夜空を鮮やかに染め上げた。
「……けどさ」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「今は──本当にそんなに寂しくないんだ」
ヤチヨがつくったツクヨミでは、みんながアバターで過ごすため、相手の本当の姿はわからない。
だから──
例え何十年経っても見た目が変わらない、こんな
「この長かった8000年も」
視線は空に向けたまま。
「ヤチヨがいたから、ここまで来れた」
そこで一度、息を吐く。
「……だから、ありがとな」
短く、それだけを残す。
しばらくの沈黙。
花火の音だけが、夜に響いていた。
やがて——隣から、
「……うん」
優しく、柔らかい声。
「私もミコトがいたから、ここまでこれた」
ヤチヨは、小さく笑って。
「こちらこそ、ありがとう」
今度は泣かずに、空を見上げた。
その横顔を、花火の光が優しく照らしていた。
今回は後々重要になる要素が結構あります。