過去編は最終回までやってから希望が多ければノロノロ更新しようと思います。
そうして、ひとしきり泣いたあと──
「ねえ、ヤチヨ……今までのこと、聞かせて?
私、ヤチヨの全部を知りたい……/」
「うん……私も、彩葉には全部を知ってほしい……/」
二人の間に、やわらかな空気が満ちていく。
ようやく巡り合えた者同士だけが持つ、静かな熱。
──二人はとてもいい感じの雰囲気になっていた。
(よしよし……じゃあ邪魔者は退散しますかね)
この空気を壊すのは野暮だ。
そう思って、そっと場を離れようとした──
その瞬間。
ガシッ!!
「……っ!?」
足首を強く掴まれ、体勢が崩れる。
危うく転びかけながら振り返ると──
酒寄さんが、俺の足を掴んでいた。
いや、掴んでるっていうか──
ミシ……ミシミシ……
明らかに力強くない?これ……握り潰す気では?
「今からヤチヨの過去を聞くのに、どうして──
八千年一緒にいたミコさんが、いなくなろうとしてるんですか?」
抑揚の少ない声。
「……いや、せっかく再会できたんだし、
二人きりの方がいいかなーって──」
「それに」
ぐっ、と指に力がこもる。
「この前、"KASSENに乱入してきたの"って……
ミコさんですよね?」
「っ……!」ビクッ
「私……あれ、本当に傷ついたんですよ」
低い声。だが、感情ははっきりと滲んでいた。
「目の前で、かぐやを連れて行かれて……
あの時、どんな気持ちだったか……
ゴゴゴゴ……と、目に見えそうなほどの圧が
立ち上る。
さすがは酒寄さん。
的確に人の痛いところを攻撃してくる。
「ヤ、ヤチヨ……」
助けを求めて視線を送ると、
「うーん……ごめんね。
ヤチヨも、ミコトがいた方がいいかな〜」
あっさりと裏切られた。
「ヤチヨだけじゃ、忘れちゃってることも結構あるだろうし」
「……はあ」
観念して肩を落とす。
「わかったよ……」
「ありがとうっ、ミコト!」
ぱっと花が咲くような笑顔。
……まあ、これを見せられると断れないよな。
「むうぅ……」
隣で、酒寄さんだけが不満げに頬を膨らませていた。
「……決めた!」
ぐっと拳を握りしめて
「私、八千年分……全部聞くまで寝ないから!」
(いや、それは無理でしょ……)
どう考えても三日や四日で終わる話じゃないんだから。
「ふふっ……無茶言うねぇ」
ヤチヨは困ったように笑いながらも、
どこか嬉しそうだった。
そして、ヤチヨが軽く手を振る。
その瞬間──
空間が歪み、景色が塗り替えられる。
気がつけばそこは、見慣れたアパートの一室だった。
「彩葉には、まだ懐かしいってほどでも……
ないか?」
「ヤチヨだって似たようなもんだろ。
毎日のように見てるんだから」
実際、いくらヤチヨといえども、そうでなければ
ここまで正確にアパートの部屋を再現はできなかっただろう。
机の上には、お菓子とコーラ。
まるで、“生きてきた時間”そのものが、
空間として定着しているような再現だった。
「それじゃあまずは──縄文時代に着いた時の話からね」
そうして、語りは始まった。
──八千年前から続く、長い長い物語が。
「それでね!ミコトったら、私のことナマコって
言って気絶しちゃったの!」
「いや、いきなり謎生物が人語を話し出したら、
誰だって気絶するだろ……」
「私も、電柱から赤ん坊出てきたのには結構
びっくりしましたよ」
「泣き声も凄かったですよねー」
「そうなんですよ!中々泣き止まなくって──
あれ?もしかして……あの時壁ドンしたのって」
「「やべっ」」
笑いを挟みながらも、時代は流れていく。
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縄文、弥生、平安、戦国──
そして、江戸。
「──こうして、私とミコトは吉原で一ヶ月間離れ離れになったけど、また仲直りできたんだ!」
そこまで語り終えたあたりで──
「……彩葉、おやすみなさいよ。死んじゃう」
「……ぇ?」
酒寄さんは、本当に一睡もせずに話を聞いていた。
丸2日間、ずっと。
「……いや、今の話聞いて眠れるわけないじゃん!」
途中、酒寄さんの体調が心配になったので、
何度か布団を引いたり、環境音のASMRを流したりして快眠へ誘おうとしたのだが、それらは不発に終わった。
むしろ、
『こっちは真剣に聞いてるんですから……
邪魔、しないでください』
と怒られる始末だった。
「ヤチヨはともかく……ミコさんも全然眠たがってませんよね。本当に睡眠必要じゃないんですね……」
実際に丸2日間、寝ない上に飲まず食わずでもピンピンしてるのを見て、本当に不老不死だということを認識したみたいだ。
「まあ、自分は必要ないですけど、ヤチヨに関しては……」
そう言いかけた時、
「ネムッテ!ネムッテ!」
ちょうど、FUSHIのアラームが鳴った。
「ごめんね、彩葉。
ヤチヨの方が寝る時間になっちゃった……」
それだけ言い残すと、
バタリ
と糸が切れた人形のように、倒れて眠ってしまった。
「ヤ、ヤチヨ!?」
「大丈夫です。ただ眠っているだけですから」
さて、こうなるとヤチヨはしばらく起きないので、
話の続きはまたヤチヨが起きてからになる。
時計をチラリと見ると、今の時刻は22時。
ギリギリ電車もまだ走っている時間だが──
「どうしますか?一回家に帰るなら送って行きますけど」
「………」
一瞬。
少し、考えたような間の後に、
「……いえ、今日はこのままここに泊まらせてもらえませんか?」
「わかりました。布団は酒寄さんが使っていいので。
ご飯も買ってきたものが冷蔵庫にあるので食べてください」
そうして、ツクヨミからログアウトし、
自分のアパートに帰った。
そして、次の日。
アパートに着くと──
酒寄さんが尋常じゃないほどの汗をかいて
横たわっていた。
「……FUSHI?」
「あ……その、これは……」
「お前、"何やってんの"?」
自分でも驚くほど冷たい声がとび出る。
とりあえず酒寄さんが生きていることを確認して、
ツクヨミにログインすると、FUSHIから事の顛末を
聞かされた。
どうやら俺が帰った後に、
酒寄さんに"八千年分の記憶"を見せたらしい。
え?八千年分の情報を?一晩で?バカなの?
ようやく八千年ぶりに再開できたと思ったら
3日でさようなら、なんて可能性もあったのだ。
……笑えないにもほどがある。
そうして、容赦なくFUSHIを叱りつけていると──
「ごめんなさい、
静かに、けれどはっきりとした声で彼女は言う。
強い意志と、覚悟。
まるで、昨日とは別人のようだった。
「私がFUSHIに頼んだの……だから、怒らないであげてください」
──心なしか、彼女の俺への態度が少し柔らかくなった気がする。
八千年分の記憶──か。
それを“受け取る”と決めたのは、
並大抵の覚悟ではなかったはずだ。
「……まったく」
大きく息を吐く。
「酒寄さんに免じて許すけど……
FUSHIは、ほんっと〜〜〜によく反省するように!」
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「それで?どうしてミコさんはあの時、俺らの邪魔したんですか?」
「本当に悪かったと思っています……」
短く、そう答える。
言い訳はしない……
できる立場でもないと、わかっているからだ。
視線の先には、帝さん。
その隣には、酒寄さんや他のメンバーたち。
「まあまあ、お兄ちゃん落ち着いて。今から話すから……」
あれから数日後──
ヤチヨの“秘密”を、あの戦いに関わった全員に共有するため、こうして集まることになり、俺もその場に駆り出されていた。
帝さんとは、顔を合わせた瞬間──
『てめぇ!なんでかぐやちゃんを守るのを邪魔した!!』
と胸ぐらを掴まれて問い詰められた。
(この兄妹、怒るとマジで怖い……)
その後、酒寄さんが仲裁に入ってくれて、
ヤチヨの真実について話した。
すると、
「……ヤチヨちゃんが、かぐやちゃんだったとは……」
帝さんが、ぽつりと呟く。
「わかr……わか……」
一瞬、納得しかけて──
「……いや、わかるかいな!!」
盛大にツッコんだ。
よかった。
これで、わかる!って言われてたら
もはや恐怖を感じるもん。
「えぇ……うそ。本当に……かぐやちゃん、なの……?」
「うん!芦花!真美!久しぶり!」
「私たちも……また会えて……本当に嬉しいよ!」
八千年という時間を越えた再会を喜び合う三人。
その光景を、俺は壁にもたれながら静かに眺めていた。
──結局。
俺の“不老不死”については、誰にも話さなかった。
『みんな、ミコトさんが不老不死だって知っても、
言いふらしたりなんてしませんよ?』
酒寄さんは、そう言ってくれた。
別に、信じていないわけじゃない。
けど──
自分だけ時間から切り離された存在なんて知れば、
どうしたって距離ができるし、気を遣ってしまう。
それが、嫌だったのだ。
「……まあ」
隣から声がする。
帝さんが、同じように壁に背を預けていた。
「そういう事情があったなら、ミコさんにこれ以上
とやかく言うつもりはありません」
(よかった……)
胸の奥で、ようやく息が抜ける。
だが、その安堵は次の瞬間、吹き飛んだ。
「代わりに──」
嫌な予感しかしない間。
「俺たちのチャンネルに出て、KASSENで戦ってくれれば!」
「はぁ!?嫌に決まってるじゃないですか!
"絶対"に出ませんから!」
間髪入れずに言い切る。
即答。迷いなし。我ながら完璧な拒否だ──
「あ〜あ……ミコ……」
呆れたような声に振り向くと、ヤチヨが憐れむような目をしてこちらを見ていた。
「また、"絶対"って……はぁ…」
完全に、「終わったなこいつ……」という顔していた。
……いや、その顔やめろ。
今回は本当に出ないし……出ないよな?
なんか不吉な予感がしてきたんだが……
──まあ、でも
ツクヨミの中でなら、余計なことを考えず、
こうしてみんなと関われる。
……それだけで、十分だろう。
「ミコさん」
気づけば、隣に立っていたのは酒寄さんだった。
帝さんは、ヤチヨたちの方へ向かっている。
「改めて……ヤチヨのことをずっと守ってくれて、
本当にありがとうございました」
と頭を下げられる。
「いやいや、そんな大したことは──」
「そんなこと、ありません」
言葉を、はっきりと遮られる。
「ヤチヨは、ミコトさんがそばにいてくれたから……ここまで来れたんです」
と断言するように言い切る。
まるで、
(……ああ──そうか)
遅れて気がつく。
彼女はヤチヨの記憶を見ただけではなく、
"意識も同化していた"から……
「ずっと……
「……そうですか。それなら──よかったです」
静かに、そう続ける。
「酒寄さんも──」
「楽ではない道のりだとは思いますが……
俺もできる限り協力はするので。
応援しています」
「はい!」
力強く、頷く。
その目には、もう迷いはなかった。
「“ハッピーエンドまで連れていく”って、
決めたので!」
その言葉で、ふと思い出す。
──あの日。
八千年分の記憶を見た後のこと──
ヤチヨは彼女に、こう言ったらしい。
“また一緒にパンケーキが食べたい”と。
この前までは、酒寄さんには遠慮していたというのに、
それも無くなり──
また……昔みたいに、甘えられるようになったみたいだ。
『私、やりたいことができたんです!だから──』
そして、あの時の言葉。まるで──
『"本当のハッピーエンド"まで、
ミコトさんも付き合ってくださいね!』
かぐやのような笑顔で、彼女はそう言った。
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それから、10年の時が流れた──
いよいよ今日はかぐやの義体が完成し、
その起動実験が行われる日だ。
この10年、俺も彼女の研究に出資し、プログラム周りの開発にも協力してきた。
設計思想のすり合わせから、神経接続の最適化アルゴリズムまで──気づけば、他人事では済まない領域にまで踏み込んでいた。
もっとも、
出資を頼まれた時の第一声は──
『ミコトさんもお金出してください!ヤチヨのためなんですから、惜しんだりなんかしないですよね?というか、拒否権はないです!』
……だった。
交渉も説得もあったものじゃない。しかも、途中には
『この神経系の実験、"ほぼほぼ"大丈夫なんですけど、ほんの少〜しだけ"危険性"があるので……ミコトさん、実験体になってもらっても良いですか? これもヤチヨのためですから!』
……笑顔で言うな。
しかも“ほぼほぼ”ってなんだ。“少しの危険性”の中身を説明しろ。
……あの一件で記憶を見て以降、遠慮というものをどこかに置き忘れてきたらしい。
そして、さすがに研究室に顔を出し、ずっと姿が変わらないのを見つかると俺が新たな研究対象にされそうなので、最近は研究室には行っていない。
今日も俺は、その瞬間をタブレット越しに見守っている。
モニターの向こうでは、"とある少女"を模した義体が、静かに横たわっていた。
そして──
キュイィィン……
低く唸る駆動音とともに、内部システムが順次起動していく。
微かに指先が動き、やがてゆっくりと瞼が開いた。
「……う……うわぁ……おもぉ……」
最初の一言は、あまりにも彼女らしくて。
思わず、口元が緩む。
「そりゃあ機械の体だからね」
「あっ!パンケーキ!」
じゅるりとよだれを垂らしそうになる"かぐや"。
「味覚はもうちょいお待ちあれ!」
「もう!一秒だって待てないのに〜」
ぶーぶーと文句を言いながらも、その表情は嬉しさで満ちている。
その姿を見た彩葉さんが、目に涙を浮かべる。
『起きていきなりパンケーキとは……食い意地張ってんな〜』
俺が軽口を叩くと……
「ミコトー!」
「こら!まだ安定してないから走らない!」
そんな忠告も聞かずに。
かぐやが駆け寄って、タブレットの前でぴたりと止まり、画面を覗き込む。
「うわー!なんか不思議な感じ!」
きらきらと目を輝かせながら、彼女は言った。
「いつもはこっちがタブレットから現実にいるミコトを見てるのに、私がタブレットに映るミコトを見てる!」
『……そうだな。今度はちゃんと、また現実で会って、いろんな場所に行こう』
一拍、間を置いてからそう言うと──
「うん!」
迷いのない、いつもの返事。
「私も、早くミコトに会いたい!」
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ヤチヨside
「う〜ん。観客席にいるミコト見つけられるかな〜」
無数のペンライトが揺れる光景は、まるで星の海だ。
その中から、たった一人を見つけ出すなんて──
「いや、今回は流石に見つけるのは無理でしょ」
彩葉の言う通りだ。
ヤチヨカップ最終日のKASSENとは違って、
今回の"復活ライブ"は、現実では観客が五万人もいるのだ。
さらに、ツクヨミ側の同時接続者数は、それ以上に膨れ上がっている。
「あっ!そういえば、さっきヤッチョのところにミコトからメールが来てたよ〜」
「え〜!?ずるい!なんでかぐやのところには来てないの──!!」
頬を膨らませて抗議するかぐやに、思わず小さく笑みが漏れる。
──かぐやの義体が正式に完成してから、私は人格を完全に二つに分けた。
今までの分身とは違う。
"二度と元に戻る事のできない完全な別人"に。
彩葉と共に、"現実"で生きることを選んだかぐや。
そして、
ツクヨミの歌姫として生きることを選んだ私。
彩葉は言ってくれた。
──いずれは、私のための義体も用意する、と。
その未来を、私は静かに楽しみにしている。
焦る必要はない。
だって──もう、失わないと分かっているから。
────────────────────
十年前のある日。
本当の意味で彩葉と再開した後──
『えっ?別に俺のことはいいから、
酒寄さんと一緒にいろよ』
ミコトは、私にそんなことを言った。
これからは自分といる時間は減らして、
その分、"彩葉と一緒に過ごせ"と。
……まったく。何なんだろうか、この男は──
私が義務感で一緒にいるとでも思っているのだろうか?
……本当に、"こっちの気持ち"も知らずに。
「ダメに決まってるでしょ!」
思わず、声が強くなる。
「ミコトは、目を離すとすぐ碌でもない生活するでしょ!これからも、ちゃんとそばにいるから!」
「お前は俺のオカンか!!……まったく」
そう言いながらも、
その口元はわずかに緩んでいて、どこか安心したような表情をしていた。
(ほんと……素直じゃないんだから)
──確かに、昔は少し違っていた。
自分の犯した過ちに対する、拭いきれない罪悪感が心の大半を占めていた。
あの時。
“絶望した表情”で、自分自身を傷つけていた彼を見た瞬間──
私は決めたのだ。
たとえ、拒まれたとしても。
どんな形になっても。
必ず、彼のそばに居続けると。
……けれど、今は違う。
これは──
私自身の、意思だ。
"愛する人"の隣にずっと居たいと願う、
ただそれだけの想い──
────────────────────
「かぐやには内緒かな〜!」
くすり、と小さく笑う。
だって、あれはヤチヨだけに向けられたメッセージなのだから。
そして、
照明が落ち、会場のざわめきが一瞬で波のように引いていく。
最後にもう一度だけ、彼からのメッセージに目を通す。
【最高のライブを期待してる
──ヤチヨの一番のファンより】
飾り気のない、短い言葉。
でも、それだけで十分だった。
(ほんと、8000年も支えてくれるファンなんて、いないよ……)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
──ヤチヨは果報者なのです!
「二人とも、いくよ!」
彩葉の声が、空気を切り裂く。
その瞬間、幕が上がる。
光が、音が、歓声が、一斉に押し寄せてくる。
さあ──
今日も、最高のライブを届けに行こう!
これで完結……にしてもいいんですけど、これだとミコトがまだハッピーエンドになってないんで、もう少しだけつづきます。あと3話で最終回です。
以下、補足。
ミコトはヤチヨに遠慮して8000年間ご飯を食べず、ヤチヨもそんなミコトの配慮には気づいていたので、パンケーキを食べたいという願望を口に出すことはありませんでした。そもそも、二人の間には食に関する思い出はほとんどないので。
これを引き出すのは彩葉にしかできなかったわけです。