2044年
かぐやの復活ライブから2年後。
「それじゃあ、ミコトさん。悪いけど、かぐやのことよろしくね」
玄関先で靴を履きながら、彩葉さんが振り返る。
今日は職場で飲み会があるため帰りが遅くなるらしい。
そのため、一日かぐやと一緒にいてほしいということで二人の暮らしているタワマンに呼び出されたのだ。
──要するに、留守番兼
「任せて──「まっかせてよ彩葉!ミコトのことは、ちゃんとかぐやが面倒見とくからさ!」
「「どう考えても逆だろ(でしょ)」」
俺の言葉を遮り、見当違いのことを言い出した
かぐやに同時にツッコミが入る。
「えー!なんで〜〜〜!?」
いつもの調子で騒ぐかぐやに対して──
「とにかく、家で大人しくしててね。いい?」
その一言に、ほんの少しだけ“圧”が混じる。
「はーい!」
返事だけはいいかぐや。
「……じゃあ、いってきまーす」
わずかに訝しむような視線をこちらに残しつつ、
彩葉さんはドアを開ける。
「「いってらっしゃーい」」
──パタン。
扉が閉まる音が、やけに静かに響いた。
数秒の沈黙。
そして、
「……さて」
かぐやがくるりとこちらを振り返る。
「何する?とりあえず、コラボ配信する?」
「"とりあえず"で俺をライバーデビューさせんの
やめろ?」
いきなり、やりたくないことランキング上位常連をぶっ込んできたので、即座に却下する。
「えー、絶対バズるのにー」
ぶーぶーと口をすぼませながら拗ねるかぐや。
「炎上の間違いだろ」
そんな物騒な未来予想はさておき。
今日はせっかくなので、かぐやを連れて行きたい
場所があるのだ。
「そんなことより──"これ"、行こーぜ?」
スマホの画面を差し出す。
そこには、
『全国のグルメが集まる!春フェスタ開催!』
と大きく表示されていた。
「えっ!グルメ!? 行きたい!!」
それを見たかぐやが一瞬で目を輝かせる。
けれど、
「……あっ」
すぐに、その表情が曇った。
「でも、彩葉が“遠くには行っちゃダメ”って……」
その言葉に、俺は小さく息をつく。
……まあ、彩葉さんがそう言う気持ちもわからなくもない。
──あの復活ライブ以降、かぐやは再び一躍有名人となった。
街を歩けば声をかけられることも珍しくないし、
場合によっては騒ぎになる。
それに加えて、自分の見ていないところで体に異常が出た時が怖いから言っているのだろう。
……にも関わらず。
このお転婆は度々一人で遠出しては、
心配をかけて怒られているらしい。
今日はそれが原因で、監視役として呼ばれたわけだ。
(まあ、自業自得ではあるのだが……)
彩葉さんも一緒にいる休日くらいしか好きな場所に行けないというのは、少し可哀想に感じたため──
「それって"一人では"っていう意味だろ?
今日は八千年も守ってきたボディーガードが
ついてるんだから、問題ないだろ」
こうして、祭りに誘っているわけだ。
「……ひひっ」
かぐやが悪戯っぽく笑う。
「まったく──ミコトは悪いやつだね〜〜」
「悪童のかぐやさんには、言われたくないな〜」
そうして、軽口を叩き合う。
「……で? 行く、行かない?」
と改めて聞いてみると。
「──行く!!」
食い気味の即答が帰ってきた。
「じゃあ、かぐや変装用の衣装着てくる〜!」
「早くしろよー。彩葉さんが帰ってくる前に
戻らないとまずいんだからな」
「わかってるって〜!」
やっほーい!と飛び跳ねながらバタバタと部屋に駆けていく。
そして、
どの服にしようかな〜、なんて呑気な声が聞こえてくる。
「……絶対わかってねぇな」
小さく呟く。
──まあ、でも。
これだけ嬉しそうにしてくれるのなら誘った甲斐があるものだ。
彩葉さんには申し訳ないが、
まあバレなければ問題ないだろう──
そんなことを思いながら、かぐやと春祭りに向かうため、家を留守にする。
──なお
かぐやの義体にはGPSが仕込まれており、
何処にいるかは彩葉から確認できるため、
すぐにバレることになるのだが……
二人はまだそれを知らなかった。
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「ふお〜〜〜〜〜!!桜きれ──!」
帽子を深く被り、伊達メガネで変装したかぐやが、両手を広げて声を上げる。
春フェスタの会場は、満開の桜に彩られていた。
淡い桃色の花弁が風に揺れ、ひらひらと舞い落ちてくる。
その下では、屋台の煙が立ち上り、香ばしい匂いが混ざり合っていた。
あちこちから聞こえる歓声。
──完全に、祭りだ。
「
かぐやがぴょんと一歩前に出て、遠くの特設ステージを指差す。
視線の先では、ちょうど誰かが歌い始めたところだった。
「かぐやも出たい!」
何の躊躇もなく言い放つ。
「いや、さすがに飛び入りは無理だろ」
苦笑混じりに返すと、
「え〜、絶対盛り上がるのに〜!」
と、心底残念そうに肩を落とす。
……いや、実際盛り上がるのは間違いないのだが。
「お前、バレたら彩葉さんにカンカンに怒られるからな?」
「あっ」
一瞬で、かぐやの動きが止まる。
もしもその映像がSNSなどにあげられて、
後日、彩葉さんに見られたらそこでアウト。
二人とも即説教ルート行きだ。
「……たしかに」
妙に納得したように頷いた。
そうして、
屋台を見つけては立ち止まり、次の瞬間には別の方向へ。
人混みの中をくるくると動き回るかぐや。
視線も、足取りも、完全に子供のそれだ。
だが──
その“はしゃぎ方”を、俺は知っている。
あの仮想空間《ツクヨミ》での夏祭り。
あの時も、こんな風に無邪気に駆け回っていた。
違うのは、今はそれが“現実”だということ。
風が頬を撫でる感触も、
屋台から漂う匂いも、
ざわめきの温度も。
すべてを、
……その事実が、ほんの少しだけ、胸を温かくした。
「……迷子になるなよー」
「なるわけないでしょ!何歳だと思ってんのー?」
そんなことを言いつつも、やはりはしゃぐのをやめないかぐや。
(やっぱり、俺がしっかりしないとな)
今日は自分が保護者役のため、
かぐやに流されないようにしなければ!
と改めて気合を入れるのであった。
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彩葉side
時刻は、12:20。
私が所長を務める研究室は、現在、昼休みの真っ只中にあった。
誰かがコーヒーを淹れる音。
端末を操作する微かなタップ音。
小声の雑談が、ところどころで交わされている。
──束の間の、憩いの時間。
そんな中で。
「えぇっ!?」
……場違いなほど大きな声が、室内に響いた。
視線が一斉にこちらへと集まる。
「あっ……ご、ごめんなさい」
慌てて頭を下げるが、心臓の鼓動は収まらない。
──理由は、はっきりしている。
視線を落とした先。
手にしたスマートフォンの画面には──
かぐやの位置情報が表示されていた。
表示されている現在地は、自宅から大きく離れている。
明らかに、"外出している"位置だ。
(な、なんで……?)
朝、はっきりと家で大人しくしているようにと言ったはずだ。
かぐやもそれに対し、ちゃんと返事はしていた。
──"返事だけ"は。
いや、でも。
今日はミコトさんに、かぐやの世話役という名の
監視もしてもらっているのだ。
だから、勝手に外出など出来ないはずなのだが……
「……まさか…」
嫌な予感が、頭をよぎる。
次の瞬間。
『──彩葉、彩葉』
聞き慣れた声とともに、画面が切り替わる。
映し出されたのは、
どこか呆れたような表情の"ヤチヨ"だった。
「ヤチヨ!た、大変なの!今、かぐやが──」
『う〜ん、そのことなんだけど……』
食い気味に言葉を重ねてくる。
なにやら心当たりがあるような物言いだった。
『……これ、ミコトの【ふじゅ〜ペイ】の履歴』
「え?」
次の瞬間、表示されたのは──
ステーキ串
牛タン串
牡蠣のバター焼き
イカ焼き
お好み焼き
かき氷
………
……
…
カシャン、カシャン、と軽快に積み上がっていく
決済ログ。
そして──
合計 ¥20,168
「……あー…」
思わず、遠い目になる。
GPSの位置情報。
そして、この異常なまでの食べ歩き履歴。
ここまで揃えば、もはや考えるまでもない。
「……完全に、お祭り行ってるね」
『だね〜』
ヤチヨが肩をすくめる。
『ミコトの位置情報を見たらさ、“今日は彩葉の家にいる”って言ってたのに、全然違う場所にいるんだもん。そりゃ気づくよね〜』
「……ミコトさんの携帯に、位置情報アプリ入れてるの?」
『そうだよ〜 ……あ、でもこれミコトには内緒ね?
──勝手に入れてるから』
──それは倫理観的に大丈夫なのだろうか?
一瞬そう思ったが。
自分もかぐやに同じようなことをしているため、
あまり強くは言えなかった。
……とはいえ。
「しまったー……」
額に手を当てる。
「ミコトさんが、かぐやには甘いのを忘れてた……」
そこまで自分の考えが至らなかったことを後悔する。
……かぐやが"身体"を手に入れてからというもの。
ミコトさんは、内心それが嬉しくて仕方ないのか、
かぐやを今まで以上に甘やかすようになったのだ。
止める側に回るはずの人間が、
むしろアクセルを踏む側に回っている。
これほど厄介なことはない。
『彩葉も人のこと言えないと思うけど……』
「うっ」
即座に刺さる正論。
確かに、私も昔以上にかぐやの言うことを拒否できなくなっているため、言い返せない。
むしろ、思い当たる節が多すぎる……
だが、それはそれとして。
「……でも……食べ歩き……か──」
ふと、言葉が緩む。
脳裏に、ある光景がよみがえる。
──あの日。
かぐやの義体に、初めて味覚が実装された日。
まだ、かぐやとヤチヨが別れる前の話──
────────────────────
「──ねえ、本当にこれでいいの?」
目の前の皿を見下ろしながら、思わず眉をひそめる。
そこに乗っているのは、パンケーキ。
……とは言っても。
ふわふわでも、甘くもない。
高校時代、極貧生活の中で作っていた
──“粉と水だけ”のそれだ。
膨らみもなければ、香りもない。
ただ焼いただけの、素朴を通り越した代物。
お世辞にも美味しいとは言えないものであった。
「うんっ!これがいいの!」
そんなものを前にしても、かぐやは嬉しそうに声を上げる。
「……でも、」
そう言って、隣に座るミコトさんへ視線を向ける。
「ミコトもこれでいいの?かぐやと違って別に思い入れもないんだし、こんな"クソ不味いの"じゃなくて、もっと美味しいもの食べた方がいいんじゃない?」
「──かぐや?」
静かに、圧をかける。
「アンタ今、だいぶ失礼なこと言ってるからね?」
誰が作ったと思ってるのか。
じっと睨むと、かぐやは「あっ」と口を押さえた。
テーブルには、同じパンケーキが三つ。
かぐやが味覚を得たなら、自分も食べる──
そう言い出したミコトさんの分も、同じものを用意してある。
「……いいんだよ」
張り詰めかけた空気を、ミコトさんがふっと緩める。
「いきなり美味いもん食べたら、舌がびっくりするだろ?」
「………」
──とりあえず、黙って聞いておこう。
彼は人差し指をピンと伸ばし、もっともらしく続けた。
「だから、まずは"不味いの"で舌を準備運動させるんだよ」
「よーし分かった!あんたら二人とも食べなくていい」
即、皿を引こうとする。
二人して人の料理に好き勝手言いやがって!
「あー!うそうそ!食べるから〜!」
かぐやが慌てて皿を引き止める。
「「いただきまーす」」
そして、パンケーキに手を伸ばし、そのまま口へ運ぶ。
パク、と軽い音。
それを見た私は……
(……絶対マズイって言うだろうなー)
そう思って見ていると──
「「…………っ」」
ぽろり、と。
二人の目から涙がこぼれた。
「……え?」
予想外の反応に、言葉が詰まる。
「え?え?そんなに泣くほど不味かったの?」
「……うん……まずい……っ、けど──」
涙を零しながら、それでも。
「ずっと……これが食べたかったんだ……っ」
かぐやは、震える声でそう言って、
もう一口、パンケーキを頬張った。
その表情は、明らかに“美味しい”とは別の感情に満ちている。
──味を感じる。
ただ、それだけのことを。
八千年間、ずっと待ち望んでいたのだろう。
ただ、かぐやが涙を流しているのはそれだけが原因ではなく──
「そっか……」
ミコトさんが、ぽつりと呟く。
「食事って……こんなに、幸せなことだったんだな……っ」
その目からも、静かに涙が落ちる。
かぐやと同じように。
「ミコト……やっと……ご飯、食べてくれたね……っ」
かぐやが、本当に嬉しそうに呟く。
その一言で、すべてが繋がる。
──八千年。
ミコトさんは、ほとんど何も食べてこなかった。
味覚を持たないかぐやの隣で、自分だけがそれを楽しむことを、選ばなかったからだ。
たったそれだけの理由を、八千年も続けてきた。
どれほどの“我慢”だったのか。
食べなくても死なない。
理屈では理解できても、それを“選び続ける”ことは、きっと別の話だ。
食事という行為は、今も昔も、人にとって大きな楽しみの一つなのだから。
それを、ずっと。
ただ一人のために、手放してきた。
「………」
気づけば、目の前のパンケーキを見つめていた。
「せっかく作ってみたんだし……私も食べてみるか……」
あまりにも感動してパンケーキを
食べる二人を見ていたら、
──もしかしたら意外と美味しいのでは?
と思い食べてみると
パク──
「──クソ不味っっっ……!?」
即、吐き出した。
「何これっ!?ボッソボソだし味ないし!
よくこんなの食べてたな、過去の私!?」
「「…………」」
二人は私のリアクションをしばらく見つめた後。
「「ぷっ……あははははぁ──!!」」
堰を切ったように、同時に笑い出した。
涙と笑いが混ざった、ぐちゃぐちゃの顔で。
それが、やけに楽しそうで。
少しだけ、悔しい。
「ふー………よし!」
かぐやが勢いよく立ち上がる。
「じゃあ、かぐやちゃんが“ちゃんとした”料理作ってあげる!なんかリクエストあるー?」
「このままだとパンケーキがトラウマになるから、“ちゃんとした”パンケーキ!」
「……ちゃんとしてなくて──悪かったねぇ?」
じとっと睨みつけると、
「……さ、さっそく準備準備〜〜」
「……か、かぐやー!俺も手伝うー!」
二人は露骨に話題を逸らし、
そのままキッチンへと足早に去っていった。
「逃げたな……」
小さく呟く。
「……ねえ、ミコト」
「ん?」
「これからはさ」
一拍、置いて。
「一緒に、いろんなもの食べようね」
「……うん、そうだな」
──その声は、どこまでもまっすぐだった。
────────────────────
「──二人とも、食べ歩きを楽しんでるんだ……」
画面の向こうで、ヤチヨがやわらかく微笑んでいた。
その声音は穏やかで、どこか懐かしさを含んでいた。
──きっと。
さっきの光景と、重ねているのだろう。
自分は"こちら側”にいながら、
ようやく得たはずのものを、遠くから見つめている。
その距離が、ほんの少しだけ胸に引っかかった。
(私も、早くヤチヨの体を作らないと!)
いまだ待たせてしまっているヤチヨを見て、
改めてそう思っていると。
「──でも、」
次の瞬間。
にっこりと、笑顔のまま。
「人に今日は家にいてねって言われてたのに、
こっそり抜け出して──
声音だけは、妙に軽い。
けれど、
「これは帰ってきたらお説教かな〜〜〜」
その奥にある“圧”は、全く隠せていなかった。
(あ〜……これはミコトさん帰った後、
大変だろうなー)
内心でそっと同情しつつ。
「そうだね……」
静かに頷く。
「人の言いつけ破って出かけるなんて──」
一拍置いて、
「帰ったら、ちゃんと叱ってやらないと!」
そう心に決めたのであった。
一方、その頃──
「ミコト!かぐや、次はあれ食べたい!」
手にフランクフルトとポテトを持ったかぐやが、
次の店へと興味を示す。
「よーし!任せろ!
かぐやはちょっとずつだけ食べろよ。
残ったのは全部俺が食べるから!」
そうして、店へと二人して走り出す。
「この会場の屋台、全部制覇するぞ〜!」
「祭り最高〜〜〜!」
キャッキャ!ワイワイ!
……絶賛祭りをエンジョイ中の二人は、
帰宅後に待っている未来を、
まだ、知らない