ミコトside
しばらく休みなしで屋台を巡り、
食べ歩きを楽しんだあと、
俺たちは人混みから少し外れた
ベンチへと腰を下ろした。
屋台の喧騒はまだ遠くで続いているが、
ここまで来ると幾分か落ち着いていた。
「ふぅ〜〜〜……」
隣では、かぐやが満足げに息をついている。
焼きそば、たこ焼き、りんご飴。
ひと通り食べ尽くした結果だろう。
「いやー、それにしても──」
かぐやが何気なく口を開く。
「今日祭りに来たのが彩葉だったら、
今頃ヒーヒー言って、弱音吐いてるだろうね〜」
彩葉体力ないからな〜、と続けてぼやく。
「……あ〜、確かに。
この前、富士山登った時も──」
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今年に入ってすぐ、四人で"とある事情"から富士山を登っていた時のこと。
空気は薄く、足場は不安定で、
ただ歩くだけでも体力を削られていく。
(久々に持ったけど……やっぱり"これ"、重いな……)
言葉に出した瞬間、ここにいる二名から、
めちゃくちゃ怒られそうなことを思っていると。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
荒い呼吸を繰り返しながら、彩葉さんは一歩一歩、必死に足を前へ運んでいた。
そんな中──
「……彩葉ー!遅いよ〜!」
とっくに余裕の表情で先を行くかぐやが、
振り返って手を振る。
高度も疲労も関係ないと言わんばかりの
軽さだった。
「ちょっと休憩にしますか?」
かぐやの隣にいた俺も、
さすがに見かねて声をかける。
『もう!彩葉ったら、普段ずっと研究室にこもって
デスクワークばっかりしてるから、体力ないんだよ〜』
かぐやの首からぶら下がったスマホ越しに、
ヤチヨの呑気な声が響く。
「う、うるさい……っ!はぁ……っ!
体力っていう“概念”がないあんたたちと……
一緒に、しないで……!」
息も絶え絶えに反論する彩葉さん。
その言葉を聞いたかぐやが、途中で買った金剛杖にあごを乗せ、悪びれもなく言い放った。
かぐや「まあ、仕方ないか……。
彩葉もう"三十路"だもんねー」
ミコト「そんなこと言うなよ。
30歳なんかまだまだ全然若いって」
ヤチヨ『そうそう!30歳なんて富士山で表すと
10合の内の0.04合目くらいだしねー』
——約8000歳 × 3
彩葉(30歳)「あんたら“8000歳トリオ"基準で
私の年齢を語るな!!」
全力のツッコミが、山に響く。
「ふ〜ん……じゃあさー」
含みのある言い方で、
「若者は若者らしく頑張ってよ!」
かぐやが悪ノリで言う。
「よーし、じゃあかぐや!
誰が一番先に頂上に着くか競争な!」
俺もそれに乗っかる。
「その勝負受けて立つ!」
『かぐや!ミコトには負けちゃダメだよ!』
「え、ちょっ……待っ——!」
制止の声も虚しく。
「「『よーい、ドン!』」」
三人は一瞬で視界の先へと消えていった。
「……はぁ!?
ちょっと──置いていくなってばぁぁぁぁ!!」
悲痛な叫びが、山にこだました。
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「──って、なってたもんな」
ちなみに、その後はちゃんと彩葉さんを待っていました。
「いやー、歳をとるって残酷だねー」
かぐやが、どこか他人事のように言う。
「俺らには縁のない話だもんなー」
俺も、軽く肩をすくめる。
時間の流れというものが、自分たちにはあまりにも曖昧すぎる。
「でもまあ……」
少しだけ間を置いてから、
「俺は"普通に年取って"みたかったけどなー」
「……何それ、私への当てつけ〜?」
少しだけ頬を膨らませるかぐやに、
「そーでーす」
あっさりと答える。
「あー!ミコトがひどいこと言ったー!」
すぐに大げさなリアクションが返ってくる。
立ち上がって、こちらを指差すかぐや。
その様子が、あまりにもいつも通りで。
思わず、
「「……ふふっ!」」
同時に吹き出した。
「あははははは!」
……まったく、だから早く話しておけば良かったのに。
今では、こうして"笑い話"にできるのだから。
「ほら、次の場所行くぞー!」
立ち上がりながら言う。
「うん!まだまだ遊び足りないもんねー!」
かぐやもすぐに立ち上がる。
その足取りは、さっきと同じく軽い。
肩が触れそうな距離で、自然と歩幅が揃う。
言葉にすることはないが、それが当たり前のように続いている。
──8000年。
長いはずの時間も、こうして並んで歩いていると、
ただの“いつもの延長”にしか感じられなかった。
それが、少しだけ可笑しくて。
少しだけ、心地よかった。
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彩葉side
飲み会も無事に終わったので、
二人の待つ家に帰宅する。
そして、
「二人ともただいまー。今日は勝手にどこに行って
──」
リビングの扉を開けた瞬間、言葉が途中で止まる。
帰ってきたらまず説教を一つ──
そんな準備をしていたはずなのに、
そこには──
ソファに仰向けになって寝ているミコトさんと、
「くか〜!……くか〜!……ふへへ……」
その上に覆い被さるようにして、
左胸にぴったりと耳を当て、幸せそうに眠るかぐやの姿だった。
完全に脱力しきった寝顔。
無防備で、安心しきっていて、
まるで子供のようだ。
一方のミコトさんはというと、
「う…ゔ〜〜〜ん………っっ…」
胸の上に乗った重みのせいで寝苦しいのか、
うめき声を上げながら、
なんとか引き剥がそうとしている。
だが──
がっちりホールドされており、びくともしない。
「……ふふっ」
その様子に思わず、小さく笑みがこぼれた。
「ほんと……仲良いな〜この二人は」
兄妹のようだが、
もう少しだけ距離の近い何か。
けれど、それを言葉にするほどでもなくて。
結局、記憶で見た“いつもの二人”という表現に落ち着く。
「……起きて、二人とも」
そっと近づき、軽く身体を揺する。
「「んぅ……」」
ほぼ同時に、気の抜けた声が返ってきた。
ゆっくりと、まぶたが持ち上がる。
「……あれ、彩葉?……おかえりー」
「……あー、重っ──『重?』……ナンデモナイデス……」
ミコトさんのぼやきを、かぐやが即座に拾う。
寝起きのくせにそこの反応だけはいい。
だが、二人ともまだ意識はぼんやりしているようで、
状況を完全には理解していない。
──だからこそ。
「それで?」
わざと、声のトーンを一段落とす。
「二人は私に内緒で、
「「……あ」」
その一言で、空気が変わった。
さっきまでの眠気が、一瞬で吹き飛ぶ。
目に見えて分かるくらいに、
二人の意識が“現実”へと引き戻される。
そして次の瞬間、
「ち、違うんだよ!彩葉!これはミコトから誘ってきて……!」
かぐやが、即座に裏切った。
「やめろお前!この体勢で言うと変な意味に誤解されるだろ!あと、人を売るな!」
ミコトさんも即座に反論する。
……うん、やっぱりいつも通りだ。
そこに少し安心する。
そして、
「ミコトさんはもう帰っても大丈夫だよ」
一歩引いて、あっさりと言う。
「今日はかぐやの面倒を見てくれてありがとう。
……かぐやには話があるから」
「あー!ずるい!なんでミコトだけ〜!?」
不満を爆発させるかぐや。
「へっ、日頃の行いってやつだよ」
ミコトさんは勝ち誇ったように笑う。
その様子を見て、ふと西洋のことわざが頭に浮かぶ。
"何も知らぬことは最も幸福である"
──まさしく、今の彼にピッタリの言葉であった。
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ミコトside
なんとか難を逃れた帰り道。
夜風が、少しだけ心地いい。
(いやー……今日は楽しかったな)
自然と、そんな感想が浮かぶ。
人混み、屋台、くだらない会話。
全部ひっくるめて、悪くない一日だった。
(特に……)
ふと、思い出す。
さきほどの、かぐやの顔。
怒られると分かった瞬間の、
あの分かりやすい表情。
(……あれは傑作だったな〜)
思わず、くすっと笑いがこぼれる。
今頃、彩葉さんにこってり絞られているだろうか。
今日、外に連れ出してしまったのは自分のため、
少しだけ同情はする。
少しだけ。
そんなことを考えながら、自分のアパートへ戻る。
鍵を開け、扉を押し開けると──
当然、部屋は暗い。
──はずだった。
リビングの奥。
タブレットの光だけが、ぽつりと浮かんでいた。
「……おかえり、ミコト」
聞き慣れた声が、静かに響く。
ゆっくりと視線を向けると、
画面の中には、ヤチヨの姿。
その表情は、柔らかい。
いつも通りの、穏やかな笑顔。
──だが。
「──今日は、
「あっ──」
その一言を聞いた瞬間、背中に嫌な汗が流れる。
逃げ場は、なかった。
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FUSHI side
淡い光に満ちた仮想空間《ツクヨミ》の
プライベートルーム。
現実の喧騒とは切り離された、静寂の空間。
FUSHIはそこで、
ひとり穏やかな時間を満喫していた。
なぜこんな場所にいるのか。
理由は──極めて単純だ。
(今ごろミコトは……ヤチヨに捕まって、
逃げ場なしの説教タイムだろうな……)
脳裏に浮かぶのは、正座させられ、逃げ場を完全に封じられたミコトの姿。
今までに何度も見てきた光景。
もし自分がその場に居合わせていれば、まず間違いなく巻き込まれていたはずなので、こうして避難したわけだ。
──ミコトは、相変わらずだ。
かぐやのことも大切に思っているからこそ、放っておけない。
それ自体は理解できるし、否定するつもりもない。
しかし。
そのたびに、ヤチヨの地雷を寸分違わず踏み抜く。
しかも無自覚で。
そして、最終的に自分のところへ泣きついてくるのだ。
(……あいつ、反省って機能がついてないのか?)
小さくため息を吐く。
──それでも。
八千年。
気の遠くなるような時間の中で、自分をずっと
守り続けてくれたのは、他でもないミコトだ。
ミコトがいなければ、このちっぽけな身体も、
とうの昔に消えていたのだ。
(……仕方ない…)
ほんの少しだけ、口元が緩む。
(あと二時間……いや、一時間で限界が来そうだな。そしたら助けてやるか……)
そう決めて、再び静寂に身を委ねようとした
──その時だった。
突如、空間に光が走る。
(……嫌な予感…)
そして、
「あーーー!FUSHI!やっぱりここにいた!」
静寂は、一瞬で粉々に砕け散った。
騒がしい声とともに、ミコトのアバターが出現し、一直線に駆け寄ってくる。
「ミコト!?なんでここに……!
いや待て、お前、今“説教中”のはずじゃ……!?」
「"説教中"だよ!現在進行形で!
だから助けを呼んだのに全然反応しないし──」
その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
……空間の温度が、すっと下がった。
そして、次の瞬間──
ゆらり、と。もうひとつの影が音もなく現れた。
「──人の顔を見るなり逃げるなんて……
どういう了見なのかなー、ミコト?」
ヤチヨであった。
その顔には、にこやかな笑顔が浮かぶ。
──だが、目は一切笑っていない。
「い、いやその……これは、
実は緊急事態が起こって……」
ミコトの声がわずかに上擦る。
「へぇ〜〜〜。じゃあ──」
ヤチヨは一歩、静かに距離を詰める。
「今日、私以外と“デート”したのも緊急事態なんだ?」
「ぐっ……言い方!」
あっさりと言い訳を嘘だと見抜かれる。
「──ていうか、私以外って……
──はい。地雷踏んだ。
「…………」
ヤチヨの雰囲気がさらに恐ろしくなる。
……全く。その説明で納得するなら
毎回こうはなってないだろ……
「ひっ……FUSHI、頼む、なんとかして──
今回はマジで無理……」
縋るような視線が向けられる。
「毎回同じこと言ってるの、自覚あるか?」
「ある!でも今回が一番ヤバい!!」
「それも毎回言ってるだろ!!」
(……はぁ)
深いため息が、自然と漏れる。
(なんでこいつら、両想いのくせに毎回こう拗れるんだ……)
視線の先では、完全に捕食者と獲物の構図が出来上がっていた。
そして、悟る。
これはもうどう足掻いても巻き込まれる、と。
逃げ場など、最初からなかったのだ──
「──いい加減にしろお前らぁぁぁ!!
痴話喧嘩のたびにこっちを巻き込むなぁぁぁ!!」
FUSHIの魂の叫びが、
仮想空間いっぱいに響き渡った。
──────────────────────
そんな日々も過ぎ去って行き。
ここからは少し未来のお話。
2100年?
ミコトside
ゆっくりと、意識が浮上する。
重たいまぶたをこじ開けると、
最初に視界へ飛び込んできたのは、
見覚えのない白い天井だった。
「……知らない天井だ…」
乾いた声が、やけに遠くに響く。
身体を起こそうとして、わずかな違和感に気づく。
「……?」
少しだけ……
もう、数えきれないほど長い時間
感じたことのなかった感覚。
視線をゆっくりと巡らせる。
無機質な壁。最低限の家具。
枕元にある何十年も前の型のスマホ。
生活感はあるが、どこか仮住まいめいている空間。
──あのアパートは、とうに手放した。
それからも、住居を転々としてきたが──
ここは、そのどれとも違う。
まるで──
独り身の人間がまだ生活を始めたばかりのような部屋。
そんな部屋のベッドで、俺は一人で寝ていた。
「………"ヤチヨ"……?」
無意識に、その名前が口をつく。
いつものように、すぐ隣から返事が返ってくるはずだった。
何気ない声で、あるいは呆れたように。
けれど──
返ってくる音は、何一つない。
静寂だけが、部屋の中に満ちていた。
人と同じように、"身体を得て"──
昨日まで確かにここにいたはずの存在。
一緒に暮らし、
同じ時間を重ねてきたはずのヤチヨは──
次回、ついに最終回!
あ〜やっと終わる