超かぐや姫! 星の降る音   作:サトウシュン

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とりあえず書きたいものを詰め込んだら、すごい量になってしまいました……

あと、今回だいぶこじつけ感が強いかもしれませんが最後なんで許してください。




最終回 別れを胸に

 

 

 2100年

 

 

 あれから、長い時が流れた。

 

 

 幾度も季節は巡り、

 

 

 数え切れない日常が積み重なり、

 

 

 そして、()()()()()()()()()()もあった。

 

 

 やがて──それらすべてが“過去”へと変わっていった。

 

 

 ヤチヨはツクヨミのライバーを引退し、

 

 

 同時に、長く握っていた経営権も手放した。

 

 

 すべてを終えたあと。

 

 

 彼女は電子の海を離れ、

 彩葉さんが()()()義体へと意識を完全に移した。

 

 

 そして今、

 俺たちは静かな日々を共に過ごしている。

 

 

「……本当に良かったのか?」

 

 

 ふと、そんな言葉が口をついた。

 

 

 長年活動をした月見ヤチヨがライバーを引退する。

 

 

 そのニュースは瞬く間に広まり、

 ネットは大きく揺れた。

 

 

 引退を惜しむ声は、今でも絶えない。

 

 

「……うん。もともと彩葉に会うために作った世界だったしね」

 

 

 ヤチヨは、どこか遠くを見るように言った。

 

 

「本当は、もっとみんなのこと見ていたかったけど……」

 

 

 そこで一度言葉を切り、

 

 

「──“大事な事情”もあるしね」

 

 

「……大事な事情?」

 

 

 問い返すと、ヤチヨはゆっくりとこちらを向いた。

 

 

「うん──すごく大事なこと」

 

 

 その瞳が、まっすぐ俺を捉える。

 

 

 そして、

 

 

 

「あと二週間くらいでね──

 ミコトは、()()()()()()()()()かもしれないの」

 

 

 そんなことを言い出した。

 

 

「……は……?」

 

 

 一瞬、理解が追いつかない。

 

 

「元いた……世界?」

 

 

 ……なるほど。

 

 

 元いた世界………もといたせかい?

 

 

 頭の中で言葉が反響する。

 

 

「……え、ちょっと待って。どういうこと?」

 

 

「あはは、混乱するよね〜」

 

 

 ヤチヨは苦笑してから、小さく頷いた。

 

 

「昔、私が地球に来るとき、隕石と衝突して

 “時空に穴が開いた”って話、覚えてる?」

 

 

「……ああ。それで俺が巻き込まれて、

 こっちの世界に飛ばされたんだろ」

 

 

 七十年前、ヤチヨにしてもらった話を思い出す。

 

 

「そう。その現象が今度──もう一度、起きるの」

 

 

「もう一度って、なんで……あっ」 

 

 

 また隕石との衝突が起こる。

 

 

 それは、つまり──

 

 

 七十年前に地球にやってきた、

 

 

 ヤチヨと意識を分割した存在ではなく、

 

 

 いわば、"オリジナルのかぐや"が──

 

 

「そう。あの時一緒にいたかぐやが、月での役割を終えて、彩葉に会いに地球に戻ってくる。それが、二週間後くらいに起こるの」

 

 

「なるほど……」

 

 

 点と点が繋がる。

 

 

「そのときにまた時空に穴が開くから、世界の修正力とやらで元の世界に帰れるかもしれない、ってことか」

 

 

「そういうこと」

 

 

 ヤチヨは穏やかに微笑んだ。

 

 

 ──だが。

 

 

「……ちょっと待って」

 

 

 胸の奥が、ざわつく。

 

 

「それって……つまり」

 

 

 嫌な予感が、形になる。

 

 

「あと二週間で──

 俺たち、もう"二度と会えなくなる"ってことか……?」

 

 

「………」

 

 

 ヤチヨは、何も答えなかった。

 

 

「なんで、今まで黙って!……いや、それより──!」

 

 

 言葉が荒くなる。

 

 

「何か方法はないのか!このまま別れるなんて──」

 

 

 俺がそう言い終わる前に

 

 

「よくぞ聞いてくれました!」

 

 

 遮るように、ヤチヨが胸を張って言った。

 

 

「……は?」

 

 

 思わずポカンとなる。

 

 

「ヤチヨが何も考えてないと思った?

 ちゃんと秘策があるんだから!」

 

 

「秘策?」

 

 

「その名も──」

 

 

 ヤチヨは一歩近づき、

 

 

「今日からずっと、"ミコトにくっ付いて生活します"作戦!」

 

 

「……へ?」

 

 

 またしても思考が止まる。

 

 

 だが、慌てて頭を回転させ、

 

 

「いやいや、例えくっ付いてたとしても、ヤチヨも一緒に転移できるのか?」

 

 

 そんな単純な話とは思えないんだが。

 

 

「いけるはずだよ。だって、ミコトもこの世界に来るときに服は着てたでしょ?」

 

 

「いや、それは"服"だからで……」

 

 

 "人"は無理なんじゃ……

 

 

「そこがポイント」

 

 

 ヤチヨは自分の体を軽く叩いた。

 

 

「今の私は“人間”じゃない。この体は機械で出来てる──」

 

 

 一拍置いて、続ける。

 

 

「だから、転移のときに“物”として認識される可能性があるの」

 

 

「……まあ、確かに。理屈的には……そうなのか?」

 

 

 思わず腕を組む。

 

 

「少なくとも、“人間扱いされるよりは可能性がある”って感じかな」

 

 

 ヤチヨも確証があるわけではないため、あくまでも可能性の話をしているに過ぎないのだろう。

 

 

 それでも──

 

 

 この手の理論に関しては、ヤチヨの方がずっと詳しい。

 

 

 完全に的外れ、ということもないはずだ。

 

 

 そうなると、つまり──

 

 

 もしも、彩葉さんが義体を作ってくれなければ、

 

 

 俺とヤチヨはここでお別れだったわけだ。

 

 

 しかも、もと光る竹で受肉していたら、俺と同じように、あちらの世界に行った瞬間に、バグによって不老不死になる可能性だってあったのだ。

 

 

「……でも、そうなるとFUSHIも危なかったんだな」

 

 

「そうだね……FUSHIはちゃんと“肉体”を持ってたから」

 

 

「生き物判定、まっしぐらか……」

 

 

 ぽつりと呟く。

 

 

「……まあ、今は大丈夫そうだけどな」

 

 

 そう言って、俺たちは同時に視線を向けた。

 

 

 そこにいたのは──

 

 

 ちょこんと座る、一匹の犬。

 

 

 犬DOGEの姿となったFUSHIであった。

 

 

 ────────────────────────

 

 

 昔、ヤチヨの定期メンテナンスをするために、

 彩葉さんの研究室にいった時のこと。

 

 

「えっ?……FUSHIの身体も作る?」

 

 

 彩葉さんの発言を聞いて、思わず間の抜けた声が漏れた。

 

 

 ついこの前、ヤチヨの義体を完成させたばかりだというのに。

 

 

 今度はFUSHIの義体。

 

 

 しかも──犬DOGEの姿を再現した身体だという。

 

 

「うん。かぐやがどうしてもって言っててね」

 

 

 彩葉さんは、どこか柔らかい表情でそう答えた。

 

 

「FUSHIのこと、元の姿に戻してあげたいんだって」

 

 

 その声音には、かぐやの想いを汲み取った優しさが滲んでいる。

 

 

 それを聞いたヤチヨが、

 

 

「ヤチヨもそれには大賛成だよ!」

 

 

 と嬉しそうに言う。

 

 

 おそらく、自分が隕石に衝突してしまったせいで、ウミウシの姿にならざるを得なかったFUSHIに対して、ずっと思うところがあったのだろう。

 

 

「いや……でも」

 

 

 俺も賛成ではあるんだが、ひとつ引っかかりが残る。

 

 

「ヤチヨと違って、FUSHIって普通に“生きてる身体”持ってるわけじゃないですか」

 

 

 ヤチヨのケースは特殊だった。

 

 

 電子の海に存在していた意識を、

 “受け皿”として用意された義体へ移した。

 

 

 だが、FUSHIは違う。

 

 

 今この瞬間も、血が通い、呼吸をし、

 “生きている存在”としてそこにいる。

 

 

「それでも……機械に移せるんですか?」

 

 

 問いかけると、

 

 

「理論的には可能だと思うよ」

 

 

 迷いのない即答だった。

 

 

「ほら、ヤチヨが“もと光る竹”から、FUSHIに意識を移したでしょ?だから、同じ経路を逆に辿ればいいの」

 

 

 彩葉さんは淡々と続ける。

 

 

「“もと光る竹”を中継点にして、FUSHIの意識を抽出して──義体に転写する」

 

 

 完全に理解したわけではない。

 

 

 だが、少なくとも筋は通っている──そう思える程度には納得した。

 

 

「要するに、“もと光る竹”が鍵ってことだね」

 

 

 横で話を聞いていたヤチヨが、軽くまとめる。

 

 

 そうと決まれば、必要になるのは──その“もと光る竹”。

 

 

 なのだが……

 

 

 胸の奥に、小さな違和感が引っかかった。

 

 

「……あれ? でも──」

 

 

 嫌な予感に背中を押されるように、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「"もと光る竹"って、もう埋めちゃってなかったっけ?」

 

 

 そう言った瞬間。

 

 

 ──空気が、わずかに止まった。

 

 

 ヤチヨと彩葉さんの動きがぴたりと止まり、

 ほんの一拍遅れて、二人の視線が同時にこちらへ向けられる。

 

 

 その揃い方が妙に不気味で。

 

 

「……え、なにその“今いいこと言ったなこいつ”みたいな顔」

 

 

 思わず、彼女たちから足を一歩引く。

 

 

「……ミコト」

 

 

 にこり、と微笑むヤチヨ。

 その笑顔は優しいのに、なぜか逃げ場がない。

 

 

「ちょっとさ」

 

 

 さらりと、続ける。

 

 

「もう一回"もと光る竹"を掘り起こしに、富士山行ってきてくれない?」

 

 

「白滝買い忘れちゃったからスーパーで買ってきてくれない?みたいなノリで富士山登らせようとすんな!」

 

 

 反射的にツッコミが飛び出した。

 

 

 そこで俺は気づいた。

 

 

 この二人は、最初から自分に富士山を登らせる気だったのだと。

 

 

「い、いや……彩葉さんも来ますよね?」

 

 

 わずかな希望にすがるように問いかける。

 

 

「私は無理かなぁ」

 

 

 即答だった。

 

 

「前に登ったときだって、“30歳でもギリギリ”だったんだから」

 

 

 にこやかな口調。

 

 

 だがその奥に、かつて年齢をいじった記憶への静かな報復が滲んでいる。

 

 

「……じゃあ、ヤチヨは──」

 

 

「今の私がこの義体で登山できると思う?」

 

 

 ……答えは"日々の生活"で痛いほど痛感している。

 

 

「………」

 

 

 言葉を失う。

 

 

 かくして──

 

 

 俺は、再び。

 

 

 富士山へと向かうことになったのだった。

 

 

────────────────────────

 

 

「で、彩葉の作った身体に魂を移して──FUSHIも私みたいになったってわけ」

 

 

 ヤチヨは、どこか誇らしげにそう言った。

 

 

 いや、お前が誇らしくすんな。

 

 

 取りに行ったの俺だからな? 

 

 

 あと、実験を手伝っていた頃から薄々思ってはいたが。

 

 

 あの人は、間違いなく“普通の研究者”の枠には収まっていない。

 

 

 倫理観のラインを踏み越える一歩手前──いや、半歩くらいは踏み込んでいる。いわゆる、マッドサイエンティストであった。

 

 

 ──だが、それでも。

 

 

 あの人がいなければ、ここまで辿り着けなかったのも事実だった。

 

 

「そっか……全部、彩葉さんのおかげだな」

 

 

 自然と、そんな言葉が出る。

 

 

 本当に、あの人には感謝してもしきれない。

 

 

「……うん」

 

 

 ヤチヨも、静かに頷いた。

 

 

 そして次の瞬間、空気が一気に切り替わる。

 

 

「──というわけで!」

 

 

 パン、と手を打つ。

 

 

「FUSHIの問題は解決!

 あとはいつ起こるかわからない転移に備えて、二週間くらい“所持品判定”されるレベルでくっ付いてればOKってこと!」

 

 

 いざ、真剣にその作戦を聞いてみると、

 

 

「……嫌な予感しかしないんだけど」

 

 

「安心して!」

 

 

 まったく安心できない笑顔で言い切られる。

 

 

「今日から()()()一緒にいるから!」

 

 

 その一言で、全てを察した。

 

 

 ──そして。

 

 

 その“ずっと”は、想像以上に重かった。

 

 

──────────────────────

 

 

「あ、暑い……っ! は、離れろ……!」

 

 

「ダメ! いつ起こるかわからないんだから、我慢して!」

 

 

 季節は夏。

 

 

 気温三十度超えが当たり前の、容赦ない時期だ。

 

 

 そんな中。

 

 

 俺は今──

 

 

「お前……自分だけ熱感知機能をオフにしてるからって……!」

 

 

 ぎゅうううう。

 

 

 ヤチヨに、文字通り“張り付かれて”いた。

 

 

 腕に絡みつき、背中に密着し、隙あらば体温を共有してくる。

 

 

「何でよりによって夏に帰ってくんだよ!……せめて、春とかに引き継ぎ終わらせてこいよ……!」

 

 

 半ば恨みがましく呟くと、

 

 

「仕方ないでしょ!七十年かけて、ようやく全部の引き継ぎが終わったんだから……どこも日本みたいに春に人事異動があると思わないで!」

 

 

 妙に説得力のある反論が返ってくる。

 

 

「むしろ“二週間以内”って特定できてるだけ褒めてほしいくらいなんだけど?」

 

 

「だからって、この密着は過剰だろ……」

 

 

「安全マージンだよ」

 

 

 清々しいほどに言い切る。

 

 

「仕方ない……そう。これは仕方ないんだよ……」

 

 

 ──と、全然仕方なさそうな顔で言ってくる。

 

 

 むしろ楽しんでいるようにすら見えるのは気のせいか。

 

 

「というか、昔と状況そんな変わってないでしょ?

 八千年間、ずっとくっ付いてたんだから」

 

 

「……確かに──じゃねえわ!今と昔は状況が違うだろ!」

 

 

 危ねえ……一瞬納得しかけたわ。

 

 

「チッ……」

 

 

「舌打ちすんな」

 

 

 

 そして、それは外出時も例外ではなかった。

 

 

「あの……周りからすっごい見られてるんだけど」

 

 

 通りすがりの視線がやたら刺さる。

 

 

 ……そりゃそうだ。

 

 

 真夏にここまでべったりくっついて歩いていれば、嫌でも目立つ。

 

 

「大丈夫!ただの仲良しカップルにしか見えてないよ!」

 

 

「なにも大丈夫じゃないんだが?」

 

 

 腕に絡みついたまま歩くヤチヨ。

 

 

「もしここで転移起きたらどうするの?離れてたらアウトだよ?」 

 

 

 さらっと脅迫のように言うが、その理屈自体は正しい。

 

 

「それは、そうだけど……」

 

 

 反論しきれずに言葉が詰まると、

 

 

「じゃあ我慢するしかないね〜、ふふっ」

 

 

 ヤチヨが楽しそうに笑う。

 

 

「……はぁ」

 

 

 その笑顔を見ていると、

 それ以上反論する気にはなれなかった。

 

 

 

 そして、夜にベッドで寝ていると。

 

 

「……あ、あつい……死ぬぅ……」

 

 

 エアコンは効いているはずなのに。 

 

 

 背中から、じわじわと熱が伝わってくる。

 

 

 振り返るまでもない。

 

 

 後ろから、しっかりと抱きつかれている。

 

 

「大丈夫大丈夫!」

 

 

 妙に元気な声。

 

 

「彩葉なんて昔、夏でも扇風機だけで過ごしてたから!」

 

 

「──あの人は参考にならない」

 

 

 即答だった。

 

 

 あの人は例外枠だから。

 

 

「ねえ……ミコト」

 

 

「なんだよ」

 

 

「……ちゃんと、ここにいるよね」

 

 

 ぽつりと、そう言う。

 

 

 その一言に。

 

 

 思考が、わずかに止まる。

 

 

 (──ああ、そういうことか)

 

 

 今までの間。

 

 

 ヤチヨは、軽い調子で“転移”の話をしていた。

 

 

 いつ起こるかわからない。

 

 

 二週間以内、としかわからない。

 

 

 つまり。

 

 

 今こうしている時間が、突然終わる可能性があるということだ。

 

 

 頭では割り切っているように見えて──

 

 

 本当は、怖がっている。

 

 

「……いるだろ」

 

 

 短く返す。

 

 

「うん」

 

 

 ぎゅ、と。

 

 

 さっきより少しだけ、腕に力がこもる。

 

 

 その力は強すぎるわけじゃない。

 

 

 でも、離したくないという意志だけは、はっきり伝わってきた。

 

 

 やがて、

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

 

 規則正しい寝息が、すぐ近くで聞こえてくる。

 

 

 ヤチヨの力がふっと抜けた。

 

 

 どうやら、眠ったらしい。

 

 

 

 ──離れたくない。

 

 

 そう思ってるのは、ヤチヨだけじゃない。

 

 

 俺だって、同じだ。

 

 

 だったら。

 

 

 それならば、もう意地をはるのはやめるべきだろう。

 

 

────────────────────

 

 

 ヤチヨside

 

 

 次の日。

 

 

 密着生活からちょうど一週間がたった。

 

 

 (まあ、二週間以内とか言ったけど……

 本当は日にちまでしっかりわかってるんだよね〜)

 

 

 昔、月に戻ったとき。

 

 

 FUSHIがずっとストップウォッチ機能を維持してくれていたらしい。

 

 

 そもそも、時を超えるときも、

 

 

 もと光る竹は"何年まで戻って"、と言ったら自動で戻ってくれるわけではなく、どのくらい戻るかを手動で入力しないといけなかった 

 

 

 つまり──

 

 

 “時間を把握していること”が前提になる。

 

 

 だから、そこから逆算すれば。

 

 

 隕石との衝突が起きるのは、あとちょうど一週間後である。

 

 

『なんで、ミコトに期間を余計に教えたんだ?』

 

 

 頭の中で突然声が響く。

 

 

「それは……安全マージンって何度も言ったでしょ? "FUSHI"」

 

 

 今、FUSHIは私の身体の中にいる。

 

 

 意識だけを移して。

 

 

 ちょうど、八千年前に私がFUSHIの身体に入っていたように。

 

 

 

 ミコトに密着生活を宣言したときのこと──

 

 

『じゃあ、FUSHIもこれからずっと俺と一緒にいるか』

 

 

 なんてことを言い出したミコトに対して、

 

 

『いや、こんな真夏にくっついてられるか。自分はヤチヨの身体に入ってるから気にせずに二人で過ごせ』

 

 

 ──と、あっさり私の中に移ってきたのだ。

 

 

 ……いや、ちょっと待って。

 

 

 なんでミコト、私とは嫌がるくせに、FUSHIには自分から言うの?

 

 

『日頃の行いだろ』

 

 

「うるさい」

 

 

 即答で切り捨てる。

 

 

 ……まあ、それはそれとして。

 

 

 期間を余計に伝えた理由は──

 

 

 たまには、こういう日々もいいかなって思っただけ。

 

 

 それに……

 

 

 ピッタリとくっついていれば、一緒にあっちの世界に行ける──

 

 

 正直、そんな夢のようなことが本当に起こるかはわからない。

 

 

 あと一週間で、ミコトとは二度と会えなくなってしまうかもしれない。

 

 

 だったら──

 

 

 最後くらい。 

 

 

 少しくらい、わがままでもいいよね。

 

 

 好きな人に、たくさん触れていたい。

 

 

 そう思うくらい。

 

 

 ──きっと、許されるはずだ。

 

 

──────────────────────

 

 

 リビングにはテレビの音だけが流れていた。

 

 

 バラエティ番組の笑い声が、軽く部屋に響く。

 

 

 ──その中で。

 

 

「……ねえミコト……ちょっと、()()()()?」

 

 

「そうか?……別に、普通だろ」

 

 

「普通……かなぁ?」

 

 

 そう言いながらも、視線はテレビから外さない。

 

 

 いや、外せない。

 

 

 なぜなら──

 

 

 今の体勢が、“普通じゃなさすぎる”からだ。

 

 

 

 私は、ミコトの足の間にちょこんと座らされていた。

 

 

 さらに、背後から覆いかぶさるように腕を回されている。

 

 

 いわゆる──完全ホールド状態。

 

 

(いやいやいやいや、なんでこんな自然にやってるのこの人……!?)

 

 

 内心は大混乱。でも表面上は、あくまで冷静を装う。

 

 

 背中にぴったりと伝わる体温。

 

 

 腕に包まれている安心感。

 

 

 安心するのに、心臓に悪い。

 

 

 彼の呼吸をすぐそばで感じる。

 

 

「ははは!今の見た?」

 

 

「み、見たー。おもしろーい……」

 

 

 嘘である。

 

 

 内容なんて一切入ってきていない。

 

 

(無理無理無理……テレビどころじゃないって……!)

 

 

 デレ期か? 

 

 

 ついに、八千年来なかったデレ期が来たのか?

 

 

『時期が極端すぎるだろ』

 

 

(FUSHI!ミ、ミコトが!ミコトが急にデレたんだけど!?)

 

 

 脳内で必死に訴える。

 

 

『あー……』

 

 

 返ってきたのは、呆れ半分の声。

 

 

『たぶん、変に意地張るのやめただけだろ』

 

 

(なにそれ!?急にやめられたらびっくりするんだけど!!)

 

 

『お前が原因だろ』

 

 

(……えっ)

 

 

『散々くっついてたから、逆に開き直ったんだろ』

 

 

(そ、そういう問題!?)

 

 

『よかったじゃないか。望んでた展開だろ?』

 

 

 (それは、そうなんだけど……!)

 

 

 

 その後も。

 

 

「ほら、ちゃんと手握れよ」

 

 

「う、うん」

 

 

 そう言っておずおずと手を握るとあっという間に、解けないようにしっかりと握られる。

 

 

 指と指を絡める、逃げ場のない握り方。

 

 

「……っ!」

 

 

『なんで焦ってんだ?普段よく自分からしてるだろ』

 

 

 (自分からするのと、人からされるのは違うの!

 それに、心の準備も出来てないし……)

 

 

『めんどくさいな〜』

 

 

(うるさい!)

 

 

 料理をする時も。

 

 

「指、ちゃんと丸めないと切るぞ。ほら、こう」

 

 

 すぐ背後に立ったミコトから手を取られ、

 そのまま、指を包み込むように整えられる。

 

 

「あ、ありがとう……」

 

 

 声が、わずかに震える。

 

 

 (料理どころじゃないんだけど!?距離感バグってるって!)

 

 

『この身体うるせえなー』

 

 

 (勝手に入ってきたのはそっちでしょ!?)

 

 

 

 結局──

 

 

 その日一日、ヤチヨの心拍数が落ち着くことはなかった。

 

 

 そして──

 

 

『……やっぱ一回、自分の身体に戻ろうかな』

 

 

 FUSHIは、わりと本気でそう思った。

 

 

────────────────────

 

 

 ミコトside

 

 

 そんな日々も過ぎていき。

 

 

 密着生活を始めて13日目。

 

 

 お互いが密着生活に慣れてきた頃。

 

 

 家で、二人でソファに座りながらくつろいでいたときのことだった。

 

 

「……なんかさ」

 

 

 ぽつりと、ヤチヨが呟く。

 

 

「こうやってずっと一緒にいるのも、

 この身体に入ってすぐ以来だね」

 

 

 その声は、どこか懐かしむように柔らかかった。

 

 

「……ああ」

 

 

 自然と、あの頃の記憶が蘇る。

 

 

「最初の頃は、心配で目が離せなかったからな」

 

 

 歩くのもぎこちなくて、

 何をするにも危なっかしくて。

 

 

「懐かしいね」

 

 

 ヤチヨが、くすっと笑う。

 

 

────────────────────

 

 

 満を持して──ヤチヨ専用の義体が完成した日。

 

 

「うわ──!久しぶりだなー、現実で動く感覚!」

 

 

 まるで、子供のようにはしゃぐヤチヨ。

 

 

 もっとも、義体に入ったのは一度も経験がないわけじゃない。

 

 

 起動実験や味覚テストのとき、短時間だけ義体に入ったことはある。

 

 

 だが、それももう何年も前の話だ。

 

 

「ミコトさん」

 

 

 後ろから彩葉さんに呼ばれる。

 

 

「なんですか?」

 

 

「……ヤチヨのこと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……? わかりました」

 

 

 その時は、機械の体なので些細な変化も見逃さないように、と言っているのだと思っていた。

 

 

 だが──

 

 

 ヤチヨと一緒に暮らし始めて……

 彩葉さんの言っていることの意味をすぐに理解した。

 

 

 

 家の中を普通に歩いていた、そのとき。

 

 

 ドタンッ!

 

 

「ぎえっ」

 

 

「ヤチヨっ!?」

 

 

 振り返ると、何もない床で盛大に転んでいるヤチヨの姿があった。

 

 

 段差も障害物もない、ただの平坦な床。

 

 

 それなのに、見事なまでの転倒。

 

 

「……いや〜、まだこの身体に慣れてないみたい〜。あはは〜」

 

 

 床に突っ伏したまま、へらっと笑う。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

 手を差し伸べると、ヤチヨはそれを掴んで立ち上がる。

 

 

「う、うん……気をつけるよ」

 

 

 その時は、本当にただ身体に戸惑っているだけだと思っていた。

 

 

 またある日に。

 

 

 俺たちはリビングで、なんとなくテレビを眺めていた。

 

 

「……ちょっと音大きくない?」

 

 

 ヤチヨが眉をひそめる。

 

 

「うん。ちょっと音量デカいな」

 

 

 そうして、俺がリモコンを探そうとした、その時。

 

 

 視界の端で、妙な動きが見えた。

 

 

 (……ん?)

 

 

 視線を向けてみると。

 

 

 すいっ

 

 すいすいっ

 

 

「……?」

 

 

 ヤチヨが首を傾げながら、空中で指をスライドさせていた。

 

 

 (……何やってんだ?)

 

 

 奇天烈な行動をするヤチヨをしばらく観察していると。

 

 

「……あれ?コンソールでない」

 

 

 ボソリとこぼす。

 

 

「いや、出るわけないだろ」

 

 

 反射的にツッコミを入れてしまう。

 

 

「え?……バグ?」

 

 

 ヤチヨはもう一度、真剣な顔で空中を操作する。

 

 

「現実にそんな機能がないだけだ」

 

 

 そう言いながらリモコンのボタンを押し、音量を下げる。

 

 

「……ぶ、物理入力……!?」

 

 

 やけに重々しい言い方すんな。

 

 

 

 またまたある日に。

 

 

 二人で外出するために、俺は靴を履こうとして──ふと違和感に気づく。

 

 

「……ヤチヨ」

 

 

「なに?」

 

 

「なんで……靴左右逆に履いてんだ?」

 

 

「え?」

 

 

 ヤチヨが自分の足元を見る。

 

 

 右足に左の靴、左足に右の靴。

 

 

「……あっ」

 

 

「あっ……て、」

 

 

「だ……だってさ!ツクヨミだとこういうのワンタッチで装着されたし!」

 

 

「便利機能に甘えすぎなんだよ!」

 

 

 そう言った、その時。

 

 

 ピンポーン、とインターホンが鳴る。

 

 

「あ、宅配かな」

 

 

 そういえば、数日前に荷物を注文したんだった。出掛ける前に来てくれてよかった。

 

 

「ヤチヨに任せて!」

 

 

 ヤチヨが勢いよく玄関へ向かう。

 

 

 ──嫌な予感しかしない。

 

 

「お届け物でーす」

 

 

 ドアの向こうから声がする。

 

 

「はーい!」

 

 

 ガチャ。

 

 

 ヤチヨがドアを開ける。

 

 

「こちらに受け取りのサインをお願いします」

 

 

 そうして、荷物についた伝票を差し出してくる。

 

 

「サイン……」

 

 

 ヤチヨは頷くと。

 

 

 なぜか、空中に手を動かし始めた。

 

 

「……何してんの?」

 

 

 思わず声をかける。

 

 

「え?選択しようとしてる」

 

 

「だから、現実にタッチパネルはねえんだよ!!」

 

 

  【荷物を受け取りますか?】

 

 →【はい】

  【いいえ】

 

 

 で選択すれば受け取れるわけじゃねえから!

 

 

 結局、俺が横で指導しながらなんとかサインを終えた。

 

 

 配達員は終始、愛想笑いとも困惑ともつかない表情を浮かべていた。

 

 

 この一件で、俺はようやく確信した。

 

 

 ヤチヨは、"ツクヨミでの生活"が全く抜けていないのだと。

 

 

 おそらく、最初にこけたのも普段通り空を

 飛ぼうとして失敗したのだろう……

 

 

「うぅ……ごめん、ミコト。ヤチヨ、迷惑ばっかりかけちゃって」

 

 

 しゅん、と肩を落とす。

 

 

 その姿を見て。

 

 

 自然と、言葉が出た。

 

 

「迷惑だなんて思わないって」

 

 

 少しだけ間を置いて、続ける。

 

 

「……だって、これはヤチヨが現実で生きている証なんだから」

 

 

 そもそも──

 

 

 この程度で見放すようなら、ウミウシの状態のヤチヨを八千年間も連れ歩いてなどいないのだ。

 

 

「……っ……ミコト……!」

 

 

 その目が、少し潤む。

 

 

 

 ………ここまでは、よかった。

 

 

 だが、問題はその後だった。

 

 

 それからもヤチヨが現実に慣れるまで、

 甲斐甲斐しく面倒を見ていると。

 

 

 数日後。

 

 

「ミコト〜転んじゃった〜!たすけて〜……?」

 

 

 なぜか床に寝転がったまま、両手をこちらに伸ばしてくるヤチヨ。

 

 

 まるで──起こしあげて?

 

 

 と言わんばかりに、全身で訴えているようなポーズ。

 

 

 ……いや、お前さっき普通に歩いてただろ。

 

 

 しかも、表情に妙に余裕がある。

 

 

 他にも、

 

 

「着替え難しい〜。ミコト、手伝って〜?」

 

 

「自分で着ろ」

 

 

「箸うまく使えない〜。ミコト、食べさせて〜?」

 

 

「スプーン使え」

 

 

 ──といった具合で。

 

 

 最初こそ本当に慣れていないだけだと思っていたが、

 どうやら違うらしい。

 

 

 気づけば、俺もいくつかは普通に手を貸してしまっていた。

 

 

 ……なるほど。

 

 

 さては、こいつ──

 

 

 “世話を焼かれる心地よさ”を覚えたな?

 

 

 ……確かに迷惑とは思わないって言ったが、

 

 

 ここまで甘やかすつもりはない。

 

 

 そのため──

 

 

「──助けて?そないなこと気軽に言えるなんてホンマ驚きやわ」

 

 

 以前、彩葉さんが酔った勢いで披露していた母親のモノマネをそのまま再現する。

 

 

「ちょっ、急に怖っ!何で京都弁!?」

 

 

 びくっと肩を震わせるヤチヨ。

 

 

「今後、過度な介護は控えます」

 

 

 淡々と、追い打ちをかける。

 

 

「これからは、自分一人で生活できる力を身につけるように」

 

 

「えっ……そ、そんな──!」

 

 

 ヤチヨの顔から、みるみる余裕が消えていく。

 

 

 さっきまでの“あざとい笑顔”はどこへやら。

 

 

 この世の終わりのような顔をする。

 

 

「急なスパルタ教育やだやだ──!もっと甘えさせてよ──!」

 

 

 悲鳴のような抗議が部屋に響く。

 

 

 結局。

 

 

 ヤチヨは持ち前の学習能力の高さからすぐに現実の暮らしに適応していった。

 

 

────────────────────────

 

 

「はあ……まったく。あの時は甘やかしすぎたな」

 

 

「今はもっと甘やかしてもいいんだよ?」

 

 

「これ以上甘やかしたらダメ人間まっしぐらだろ」

 

 

「ケチ──!!」

 

 

「ケチで結構です……ほら、もう寝るぞ」

 

 

────────────────────────

 

 

 ヤチヨside

 

 

 そして、13日目の夜。

 

 

 部屋の明かりは落としていて、エアコンの音だけが静かに流れている。

 

 

「今日はFUSHIも一緒なんだな」

 

 

「うん」

 

 

 私はFUSHIを抱えて、ミコトとともにベッドに入る。

 

 

 ──密着。

 

 

 ここ数日、当たり前になった距離。

 

 

 けれど。

 

 

 今日のそれは、少しだけ意味が違った。

 

 

(……明日、か)

 

 

 目を閉じても、眠気は来ない。

 

 

 代わりに、頭の中を占めるのは──“その時”のこと。

 

 

 突然訪れる転移。

 

 

 予兆もなく、前触れもなく。

 

 

 ただ一瞬で、全部が変わるかもしれない。

 

 

「……"明日"なのか?」

 

 

 静寂を切り裂くように、ミコトが呟く。

 

 

 少しだけ、息が止まる。

 

 

「……やっぱり、わかっちゃう?」

 

 

「まあな」

 

 

 短い返事。

 

 

 でも、その声はやけに落ち着いていた。

 

 

「FUSHIが全然慌ててなかったからな」

 

 

「うっ……」

 

 

「それに、“二週間以内”なんて中途半端な言い方してた時点で怪しかった」

 

 

「鋭いなぁ……」

 

 

 苦笑いしながら、私は肩をすくめる。

 

 

「……実は、ちゃんとわかってたんだよね」

 

 

「だろうな」

 

 

「明日──ほぼ確実に起きるんだ」

 

 

 言葉にした瞬間。

 

 

 胸の奥が、きゅっと締め付けられる。

 

 

 そのまま、少しだけ沈黙。

 

 

 エアコンの音だけが、妙に大きく聞こえる。

 

 

「……ねえ、ミコト」

 

 

「ん?」

 

 

「私たち、離れ離れになっちゃうのかな」

 

 

 ぽつりと、こぼれる。

 

 

 自分でも、驚くくらい弱い声だった。

 

 

 ミコトは、すぐには答えなかった。

 

 

 ほんの少しだけ間を置いて。

 

 

「ならないだろ」

 

 

 静かに言う。

 

 

「何千年一緒にいたと思ってんだよ」

 

 

 その声は、どこか呆れたようで。

 

 

 でも、確かな自信があった。

 

 

「こんだけ一緒にいたら、もはや同一人物判定されてもおかしくないだろ」

 

 

「なにそれ……」

 

 

 思わず、小さく笑ってしまう。

 

 

「でも……そうだね」

 

 

 その言葉に、少しだけ救われる。

 

 

 それでも。

 

 

 完全に拭えないものが、胸に残る。

 

 

「……怖いのか?」

 

 

 優しく、問いかけられる。

 

 

「……ちょっとだけ」

 

 

 正直に答える。

 

 

 本当は、“ちょっと”なんてものじゃない。

 

 

 でも、それ以上言ったら、崩れてしまいそうで。

 

 

「……ねえ」

 

 

「ん?」

 

 

「もし、さ」

 

 

 言葉を選ぶ。

 

 

 選ばないと、怖くて口にできない。

 

 

「本当に、離れちゃったら」

 

 

 それでも、言う。

 

 

「……どうする?」

 

 

 沈黙。

 

 

 数秒。

 

 

 でも、その数秒が、やけに長く感じる。

 

 

 やがて。

 

 

 ミコトは、ゆっくりと体を動かした。

 

 

 私の正面へ。

 

 

 顔が、すぐ近くに来る。

 

 

 暗闇の中でも、視線が合っているのがわかる。

 

 

 そして──

 

 

「────」

 

 

 そう答えて。そのまま、

 

 

 ぎゅっ、と

 

 

 強く抱きしめられる。

 

 

 その答えを聞いて。

 

 

「ふふっ……無茶言うなぁ……」

 

 

 小さく笑う。

 

 

「そんな簡単に言うけどさ……」

 

 

「簡単じゃないのは分かってる」

 

 

 すぐに返ってくる。

 

 

「でも、やる」

 

 

 それだけだった。

 

 

 でも。

 

 

 それで十分だった。

 

 

 

「……FUSHI」

 

 

「なんだよ?ミコト」

 

 

「お前もちゃんとくるんだぞ」

 

 

「当たり前だろ。じゃなきゃ、誰がミコトとヤチヨの喧嘩を止めると思ってんだ」

 

 

「ふふっ、そうだね。FUSHIにはいてもらわないと!」

 

 

 このやり取りすら、少しだけ安心材料になる。

 

 

 私は、ゆっくりと目を閉じる。

 

 

 彼の体温。

 

 

 腕の重み。

 

 

 そして──さっきの言葉。

 

 

(……大丈夫) 

 

 

 不思議と、そう思えた。

 

 

 だから。

 

 

 私は、そのまま身を預けて。

 

 

 静かに、意識を手放していく。

 

 

 明日、どうなるかはわからない。

 

 

 それでも。

 

 

 今この瞬間だけは、確かに── 一緒だった。

 

 

────────────────────────

 

 

 ミコトside

 

 

 次の朝。

 

 

 目が覚めると

 

 

「……知らない天井だ」

 

 

 思わず、そんな言葉がこぼれた。

 

 

 見慣れない白い天井。

 

 

 最低限の家具だけが置かれた、

 生活を始めたばかりのような部屋。

 

 

 そのベッドの上で、俺は──ひとりで目を覚ましていた。

 

 

「………ヤチヨ……?」

 

 

 無意識に、その名前を呼ぶ。

 

 

 いつもなら。

 

 

 何気ない声で、あるいは呆れたように。

 

 

 すぐ隣から、声が返ってくるはずだった。

 

 

 けれど──

 

 

 どれだけ待っても。

 

 

 返事は、返ってこない。

 

 

 ただ、静寂だけが、この部屋に満ちていた。

 

 

 人と同じように、"身体を得て"──

 

 

 昨日まで確かにここにいたはずの存在。

 

 

 一緒に暮らし、

 

 

 同じ時間を重ねてきたはずのヤチヨは──

 

 

 どこにも、いなかった。

 

 

 

「……そっか…」

 

 

 ぽつりと、呟く。

 

 

 胸の奥が、静かに軋む。

 

 

 込み上げてくるものを押さえるように、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 ──やっぱり。

 

 

 “くっ付いていれば一緒に行ける”なんて都合のいい話は、なかったらしい。

 

 

 

 目を閉じると、

 

 

 思い出が、次々と浮かんでは消えていく。

 

 

 笑った顔。

 拗ねた顔。

 呆れたように肩をすくめる仕草。

 

 

 どうでもいいことで言い合って、

 どうでもいいことで笑い合って。

 

 

 そんな時間を──

 

 

 どれだけ重ねてきたのか。

 

 

 

 ──ありがとう。

 

 

 心の中で、そっと呟く。

 

 

 ヤチヨと出会えたことは。

 

 

 間違いなく──俺を救ってくれた。

 

 

 もし、彼女がいなければ。

 

 

 この八千年という時間を、

 乗り越えることなんてできなかった。

 

 

 いっぱい困らされたり、怒ったり、怒られたり。

 

 

 どうしようもないことも、たくさんあった。

 

 

 でも──

 

 

 それ以上に"たくさん笑っていた"

 

 

 

 ──忘れない。

 

 

 何十年経っても。何百年経っても。

 

 

 たとえ、細かな輪郭が薄れていったとしても。

 

 

 その笑顔を、はっきり思い出せなくなる日が来たとしても。

 

 

 

 それでも、きっと。

 

 

 ヤチヨと過ごした時間は──

 

 

 俺の中で、生き続ける。

 

 

 

 だから俺は──前に進む。

 

 

 ヤチヨと過ごした、八千年の日々を胸に抱いて。

 

 

 

 

 こうして、

 

 

 ミコトの止まっていた日常は、再び静かに動き出しました

 

 

 これが──

 

 

 ミコトとヤチヨの物語

 

 

 めでたし、めでたし!

 

 

 





完結後のあとがき

この作品を読んでいただきありがとうございました!

長い話でしたが、最後まで付き合ってくれて本当にありがとうございます。ここまで書ききれたのも、全てはいつも読んでくださった皆さまのおかげです!

彩葉とかぐやに関しては直接の描写は避けることにしましたが、すでに亡くなっています。

あのまま原作の先は描かず、ミコトたちはこれからも永遠の時を生きていく、と曖昧なまま終わらせてもよかったんですが……やはり両親への想いの描写を入れた時点で、ミコトは元の世界に返すと決めていました。そのため、今回このようなエンドとなっております。

途中で「これどうなるんだ…?」と思った方もいたかもしれませんが、少しでも楽しんでもらえていたら嬉しいです。

もう更新は"絶対"にないですが、ぜひよろしくお願いします!

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