超かぐや姫! 星の降る音   作:サトウシュン

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エピローグ② 八千年越しの告白

 

 

 リビングに通されると、母さんはやたら上機嫌だった。

 

 

「ヤチヨちゃん、何か飲む? 紅茶? ジュース?

 あ、ココアもあるわよ!」

 

 

「えっ、いいんですか!?」

 

 

「もちろん! 遠慮しないで〜!」

 

 

「わーい!じゃあココアで!」

 

 

 元気よく返事をしたヤチヨが、当然のように椅子へ座る。

 

 

 ……いや、お前馴染むの早すぎない?

 母さんも完全に歓迎モードだし……

 

 

 というか──さっきから母さん、俺よりヤチヨに構ってない?

 

 

「……おい」

 

 

「ん?」

 

 

「なんでお前、もう実家みたいな顔してんだよ?」

 

 

「えへへ……コミュ力の差だね!」

 

 

 どや顔でピースサインを向けてくる。

 

 

 なんだこいつ。

 

 

 そんなヤチヨを見て、母さんは楽しそうに笑っていた。

 

 

「ほんと明るい子ねぇ〜」

 

 

「よく言われます!」

 

 

 胸を張って答える。

 

 

「自分で言わないやつだろ、それ」

 

 

「ミコトは失礼だなぁ」

 

 

 むぅ、と頬を膨らませるヤチヨ。

 

 

 その様子に、また母さんが笑う。

 

 

 ……なんだろう。──変な感じだった。

 

 

 実家のことは全然覚えていない筈なのに。

 

 

 ヤチヨがいるだけで……いつも通りな感じがする。

 

 

「はい、ココア」

 

 

 テーブルに湯呑みが置かれる。

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

「いいのいいの。ゆっくりしていってね」

 

 

 そう言って母さんは向かいに座った。

 

 

 そして──

 

 

 じ──っ、と俺たちを見てくる。

 

 

「……な、なに?」

 

 

「いやぁ?」

 

 

 なぜかやたらとにやにやしている。

 

 

 ……もう嫌な予感しかしないんだけど。

 

 

「まさか、ミコトが女の子連れてくる日が来るなんてねぇ」

 

 

「やめろ」

 

 

「しかもこんな可愛い子!」

 

 

「やめて」

 

 

「しかも()()()もすごい近いし!」

 

 

「やめ──ん?」

 

 

 距離感……は別に普通じゃ……?

 

 

「だって、さっきからずっと隣にいるじゃない」

 

 

「──え?」

 

 

 言われて気づく。

 

 

 いつの間にかヤチヨがぴったり横に座っていた。

 

 

 お前……椅子の位置、最初はこんな近くなかったろ。

 

 

「……お前、もうちょい離れろ」

 

 

「なんで〜?」

 

 

「なんでー、じゃない!」

 

 

「だってミコトの隣の方が落ち着くし」

 

 

 悪びれもなくそんなことを言う。

 

 

 こいつ、本当にこういうところだぞ……。

 

 

「ふふふっ」

 

 

 母さんが微笑ましそうにこちらを見る。

 

 

「二人は仲良いのね〜」

 

 

 その言葉に、一瞬だけ言葉に詰まった。

 

 

 仲が良い……か。

 

 

 ……まあ、悪くはない。

 

 

 というか、八千年も一緒にいた相手に対して、

 “仲が良い”で済ませていいのかすら分からない。

 

 

「──そうなんです!!」

 

 

 ヤチヨが勢いよく頷く。

 

 

 髪がふわりと揺れ、満面の笑みが浮かぶ。

 

 

「私たち、すっごく仲良しなんですよ!」

 

 

 そして、にこにこと笑いながらこちらを見る。

 

 

「ねー?」

 

 

 同意を求める視線。

 

 

 期待に満ちた目がじっとこっちを見てくる。

 

 

 だが、

 

 

「………」

 

 

 親の前で堂々と言うのが妙に気恥ずかしくて、

 俺は無言を貫いた。

 

 

 すると──

 

 

「っっ………!?」

 

 

 突然、足に鋭い痛みが走った。

 

 

 なんとか声を飲み込みながら視線だけ落とすと。

 

 

 テーブルの下。

 

 

 ギリギリギリ!

 

 

 と、ヤチヨが足の指で器用に俺の足の甲をつねっていた。

 

 

「……ね〜〜?」

 

 

 表情は笑顔のまま。

 

 

 ──だが、目だけが全然笑っていない。

 

 

(てめぇ……何しやがる……!?)

 

 

 抗議の視線を送る。

 

 

 するとヤチヨは、わずかに口角を上げた。

 

 

 ──ミコトが素直にならないからでしょ?

 

 

 ほら、早く。

 

 

 “仲良しです”って、

 

 

 言え──

 

 

 目が、そう語っていた。

 

 

 この女……笑顔のまま脅迫してきやがる!

 

 

 そして、痛みに負けた俺は絞り出すように

 

 

「……とても……仲良し、です……っ…」

 

 

「ふふふ〜♪」

 

 

 ヤチヨは満足げに鼻歌混じりで笑った。

 

 

 その瞬間、やっと足が解放される。

 

 

「あらあら〜!」

 

 

 母さんが嬉しそうに手を合わせる。

 

 

 あらあら〜、じゃないんだよ母さん!

 

 

 俺無理やり言わされてるから!

 見えないところで暴力と陰謀が渦巻いてたから!

 

 

「……それにしても」

 

 

 母さんがしみじみと言う。

 

 

「ミコト、ちょっと変わったわね」

 

 

「……え?」

 

 

「1ヶ月前より、なんていうか……」

 

 

 少し考えるように視線を上げて。

 

 

「大人っぽくなった?」

 

 

 ドクッ、と心臓が鳴った。

 

 

「……いや、別に」

 

 

 反射的に目を逸らす。

 

 

 変わった──か。

 

 

 ……そりゃ、変わる。

 

 

 あんな時間を過ごして、

 何も変わらない方がおかしい。

 

 

 けど、それを説明できるはずもない。

 

 

「そう?」

 

 

 母さんは不思議そうに首を傾げる。

 

 

「なんか前より、ちゃんと人を見るようになった気がする」

 

 

 その言葉に。

 

 

 今度はヤチヨが、静かに俺を見た。

 

 

 まるで、その言葉の意味を誰より理解しているみたいに。

 

 

 その視線が妙に落ち着かなくて、

 俺は誤魔化すように湯呑みへ手を伸ばす。

 

 

 まだ少し熱いココアの湯気が、ゆらゆらと立ち上っていた。

 

 

「……でも、ほんと良かった」

 

 

 母さんがぽつりと呟く。

 

 

 さっきまでのからかうような調子ではなく、

 どこかほっとしたような声音だった。

 

 

「……何が……?」

 

 

 俺が視線を落としたまま返すと、母さんは少しだけ眉を下げた。

 

 

「ミコト、昔はあんまり人に頼らなかったから」

 

 

 不意に落ちてきた言葉に、胸がわずかに詰まる。

 

 

「一人で抱え込むタイプだったでしょ?この子」

 

 

 母さんはヤチヨへ向かって話しかける。

 

 

 ヤチヨは湯呑みを両手で包んだまま、小さく目を瞬かせる。

 

 

「……まあ、確かに私以外にはあんまり話しかけませんし、話しかけても敬語で壁作ったりしてますね」

 

 

 言いながら、ヤチヨはちらりと俺を見る。

 

 

 その視線はどこか呆れ半分で。

 

 

 それ以上に、そうなるのも仕方がないと

 “分かっている”人間の目だった。

 

 

 まるで、本当に長い時間をかけて俺を見てきたみたいに。

 

 

 ……いや。

 

 

 実際、そうなんだけど。

 

 

 俺が誰にも心を開けなくなった時も。

 

 

 壊れかけて無言で座り込んでいた夜も。

 

 

 ヤチヨだけは、ずっと隣にいたのだから。

 

 

「でもね、今のミコト、前より柔らかい顔してる」

 

 

 母さんがふっと笑う。

 

 

「柔らかい顔?」

 

 

 思わず聞き返す。

 

 

「うん。ちゃんと、誰かと一緒にいる顔をしてるわ」

 

 

「……そうかなー?」

 

 

 すると。

 

 

 隣から、そっとぬくもりが触れた。

 

 

 見ると、ヤチヨが軽く肩を寄せてきていた。

 白い髪がさらりと俺の腕に触れる。

 

 

「……お前、だから近いって──」

 

 

「いいじゃん」

 

 

 小さく笑う。

 

 

 その声音はいつもの軽い調子なのに、どこか優しかった。

 

 

「ミコト、()()()()()()()()

 

 

「──っ」

 

 

 一瞬、息が止まりかける。

 

 

 母さんはその意味を知らない。

 

 

 けれどヤチヨだけは知っている。

 

 

 俺が積み重ねてきた時間も。

 

 

 失ったものも。

 

 

 抱えてきた痛みも。

 

 

「……何の話?」

 

 

 母さんがきょとんとした顔で尋ねる。

 

 

 ヤチヨは「あっ」と口を開き──

 

 

「えーっと……バイトです、バイト!」

 

 

 あはは、と笑って誤魔化すヤチヨ。

 

 

 危なっかしい。

 

 

 こいつ、時々こういうところ本当に雑なんだよな……。

 

 

 だが母さんは特に気にした様子もなく、

 感心したように頷いていた。

 

 

「へぇ〜。ミコト、ちゃんと頑張ってるのねぇ」

 

 

「……まあ、一応」

 

 

 不躾に答えると、不意に母さんがぽつりと呟いた。

 

 

「でも、安心した」

 

 

 その声は、さっきまでより少し静かだった。

 

 

「ちゃんと、ミコトの隣にいてくれる子がいるんだなって」

 

 

 ──俺は何も言えなかった。

 

 

 そんな俺の代わりみたいに。

 

 

 ヤチヨがまっすぐ前を向く。

 

 

 背筋を伸ばし、迷いなく母さんの目を見る。

 

 

「──もちろんです!」

 

 

 その声は、驚くほどはっきりしていた。

 

 

 冗談っぽさも、照れもなく。

 

 

「これからもずっと隣にいるって、決めてるので!」

 

 

 きっぱりと言い切る。

 

 

「そう……」

 

 

 母さんは、それ以上は追及してこなかった。

 

 

 だから俺は、ようやくこの話題も終わったのだと思っていた。

 

 

 

 だが──甘かった。

 

 

「ところで……」

 

 

 不意に、母さんが意味深な声を出す。

 

 

 嫌な予感がして顔を上げると、案の定。

 

 

 母さんは両手を組み、こちらを見ながらにやにやしていた。

 

 

 ……あ、これ絶対ろくでもない流れだ。

 

 

「あなたたち、付き合うきっかけって何だったの!?」

 

 

 もうこの母親、ほんと嫌……

 

 

 俺は思わず顔をしかめる。

 

 

「どっちから告白したのかしら……!?」

 

 

 身を乗り出してくる母さん。

 

 

 完全に面白がってるな……これ。

 

 

 告白って、そりゃ……

 

 

 ──ん?

 

 

「「……告白……?」」

 

 

 俺とヤチヨの声が、ぴたりと重なる。

 

 

 思わず二人で顔を見合わせた。

 

 

 その瞬間、妙な沈黙が落ちた。

 

 

 ……そういえば。

 

 

 改めて考えると、俺たちって。

 

 

 ちゃんと「付き合おう」とか、

 そういう話をしたことがあっただろうか。

 

 

 気づけばずっと一緒にいて。

 

 

 当たり前みたいに隣にいて。

 

 

 離れたくないと思って。

 

 

 守りたいと思って。

 

 

 でも──。

 

 

 “恋人になる瞬間”みたいなものは、

 思い返しても存在しなかった。

 

 

 俺がそんなことを考えていると、

 隣でヤチヨがちらりとこちらを見た。

 

 

 その瞳が、どこか悪戯っぽく細められる。

 

 

「それは……」

 

 

 なぜか少し頬を染めながら、ヤチヨが口を開く。

 

 

「ミコトの方から、“好き”って告白されて……♡」

 

 

「おまっ──!?」

 

 

 反射的に声が漏れる。

 

 

 ヤチヨはしれっとした顔で、

 けれど口元だけが楽しそうに緩んでいた。

 

 

「あらっ!? そうなの!?」

 

 

 母さんが爆発的な勢いで食いついた。

 

 

 やめろ、目を輝かせるな!

 

 

「いや、違っ──」

 

 

 慌てて否定しかけた、その瞬間──

 

 

 すり……。

 

 

 足に柔らかい感触が触れる。

 

 

 ぴくりと肩を震わせる。

 

 

 テーブルの下。

 

 

 ヤチヨの足が、俺の足に絡みつくように擦られている。

 

 

 おそるおそる横を見ると……

 

 

 ヤチヨは、にこにこと笑っていた。

 

 

 ──肯定しろ?♡

 

 

 無言なのに、圧がすごい。

 

 

「……そ、そうです」

 

 

 恐怖に敗北した俺は乾いた声を漏らした。

 

 

「俺から……好きって、言いました……」

 

 

 言いながら、自分で何を言わされてるんだと思う。

 

 

 実家に帰って休まるどころか、

 HPゲージがごりごりと削られていくんだが?

 

 

「えへへ♪」

 

 

 ヤチヨは満足そうに微笑んでいた。

 

 

 くっ……大ダメージを食らったが、

 これで今度こそ解放される──そう思った。

 

 

 だが──

 

 

 そこで止まるような母さんではなかった。

 

 

「で!? その時なんて言ったの!?

 シチュエーションは!? どこで!? 夜!?」

 

 

 食いつき方が完全に週刊誌記者だった。

 

 

 俺がげんなりしていると、

 

 

「私も……"もう一回"聞きたいな〜〜?」

 

 

 隣でヤチヨが、わざとらしく頬杖をつきながらこちらを見る。

 

 

 目が完全に期待していた。

 

 

(もう一回ってなんだ!?一回もしたことねーよ!)

 

 

「お母さんも聞きたーい!」とか乗っかってきてるし。

 

 

 ……なんなんだこの地獄。

 

 

「……いや、だから……」

 

 

 言葉に詰まる。

 

 

 けれど。

 

 

 ヤチヨはじっと俺を見つめたまま、

 逃がしてくれそうにない。

 

 

 ……くそ。

 

 

 俺は深くため息を吐いて、頭をかいた。

 

 

「……その、なんだ」

 

 

 喉が妙に熱い。

 

 

 こんなの、面と向かって言うのなんて慣れてない。

 

 

 というか、ほぼ初めてだ。

 

 

 俺は視線を逸らしながら、小さく呟く。

 

 

「……俺は、お前といるのが一番落ち着くし」

 

 

 ヤチヨがぴたりと動きを止める。

 

 

「一緒にいると楽しいし……」

 

 

 母さんが「おお〜……!」と小声で盛り上がっているのが聞こえた。

 

 

 うるさい。

 

 

「……離れたくないって、ずっと思ってる」

 

 

 言葉にするたび、顔が熱くなっていく。

 

 

 でも、一度口にしてしまうと、不思議と止まれなかった。

 

 

 俺はちらりとヤチヨを見る。

 

 

 ヤチヨは、さっきまでの余裕そうな顔を消していた。

 

 

 目を丸くして、じっと俺を見ている。

 

 

 だから俺は、覚悟を決めて最後まで言った。

 

 

「……だから、その」

 

 

 一度息を飲む。

 

 

「俺は、ヤチヨのことが好きだ」

 

 

 静かに。けれど、はっきりと告げた。

 

 

 一瞬、部屋の空気が止まった。

 

 

 次の瞬間──

 

 

 

 ガタッ!

 

 

 ヤチヨが勢いよく立ち上がった。

 

 

「──えっ」

 

 

「ちょっとお手洗い行ってくるね……」

 

 

「う、うん……廊下でてすぐだから……」

 

 

「ありがと……」

 

 

 そう言って、ヤチヨがものすごい勢いで

 リビングを飛び出していく。

 

 

 バタバタバタッ!!

 

 

 廊下の向こうへ消えていった。

 

 

 残された沈黙。

 

 

(なんだあいつ……? 自分がしろって言ったくせに)

 

 

 俺がクエスチョンマークを浮かべていると。

 

 

「……あら〜〜」

 

 

 母さんは相変わらずにっこにこであった。

 

 

 だが、その視線はヤチヨが消えていった

 廊下へと向けられていた。

 

 

「……?」

 

 

「はぁ〜……この子はダメか〜」

 

 

 今度は俺を見て、ため息を吐いていた。

 

 

 なんか急に罵倒されたんだけど……

 

 

 ────────────────────────

 

 

 ヤチヨside

 

 

 ──バタン。

 

 

 トイレの扉を閉めた瞬間。

 

 

「っっ〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 

 

 私はその場にしゃがみこんだ。

 

 

 顔が熱い。

 

 

 おそらく、今自分は真っ赤な顔をしているだろう。

 

 

 彩葉のつけてくれた、感情にリンクして顔色を変化させる機能が、まさかここで効いてくるなんて……

 

 

「な、なにあれ……っ!」

 

 

 両手で口を押さえながら、足をばたばたさせる。

 

 

『俺は、ヤチヨのことが好きだ』

 

 

 頭の中で、さっきの声が何度も再生される。

 

 

「〜〜〜〜っ!!」

 

 

 思い出した瞬間、私は便座に突っ伏した。

 

 

 あんな真剣な顔で。

 

 

 真正面から言われるなんて思わないじゃん……!

 

 

「は、初めて……好きって言われた……!」

 

 

 顔がにやける。

 

 

 止まらない。

 

 

 嬉しすぎる。

 

 

「もう……ミコトのくせに……」

 

 

 ぽそっと呟きながら、自分の頬を押さえた。

 

 

 胸の奥がふわふわして、幸せでいっぱいだった。

 

 

 しばらくして。

 

 

 ゆっくりと鏡を見上げる。

 

 

 そこには、顔を真っ赤にして、

 だらしなく笑っている自分が映っていた。

 

 

「……これじゃ、まだ戻れないなぁ……」

 

 

 私は深呼吸を繰り返しながら、なんとか落ち着こうとした。

 

 

 けれど。

 

 

『俺は、ヤチヨのことが好きだ』

 

 

「〜〜〜っ!!」

 

 

 また思い出してしまい、私は再び便座に突っ伏したのだった。

 

 

 

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