エピローグにタイトルをつけました。元々3話とかで終わる想定だったのに
ぽつ、ぽつ……
店の窓ガラスに、雨のぶつかる音が響く。
やがて、不規則だった音はザーザーと、確かな
“降り始め”へと変わっていき、窓ガラスを伝う
水滴が、ゆっくりと縦に線を引いていく。
そんな中──
「………」
俺はヤチヨに無言のまま、
じ──っと見つめられていた。
服装は、こっちの世界に来てすぐに俺と一緒に買いに行ったもの。
黒のトップスの上から羽織っているのは、透け感
のある白いシャツ。袖はゆるく、少しだけ大きめで、肩からラフに落ちるような着こなしになっている。
きっちりしすぎないその“崩し”が、逆にこなれた
雰囲気を作り、透き通るような白銀のロングヘアも
合わさって、人目を引いていた。
(ま、まずい……完全にさっきの一部始終見られてた!)
背中にじんわりと嫌な汗が滲み、
心臓の鼓動がやけにうるさく聞こえる。
俺は引きつりそうになる顔を必死に抑え込み、
接客モードを維持する。
「う、浮気男におすすめのメニュー、ですか?
申し訳ありません、お客さま。
なにぶん私、まだまだ新人なもので……
そのような"特殊なメニュー"には詳しくなく──」
「そうなんですね〜……あっ、じゃあ★
この期間限定の"超針千本パンケーキ"
なんてどうですか〜?」
(一番苦しむ方法で殺そうとしてきてる!!)
「……お客さま。生憎ですが当店では
そのような"危険物"は提供しておりませんので……
──どうかそれだけは勘弁してください!」
そんな地獄で体験するような罰は受けたくないため、人生最大級の角度で頭を下げた。
……だが、心の中では盛大に叫んでいた。
(──か……嗅ぎつけられたぁぁぁぁっ!!)
くそっ!ヤチヨにはバイト先は教えてなかったのに!なんでバレた!?しかも、よりにもよってなんで今日なんだ!?
“あの瞬間”を見られるとか最悪すぎるだろ……!
ヤチヨとは長い付き合いであり、似たようなこと
で怒られた経験も何度もあるために、さっきのことが原因で不機嫌になっていることは簡単に察せられた。
その謝罪を聞いたヤチヨは、意味深に目を細めた。
「へぇ〜、そうですよね……
まだ、働き初めて一ヶ月くらいですもんね〜」
「……そう、ですね」
これ以上機嫌を悪くしないように、なるべく当たり障りないように言葉を選んで返す。
──が。そんな努力も虚しく、次の一言で空気が変わる。
「……そのくせに、随分と距離が近かったですよねぇ?」
「──な、何のことでしょうか?」
やたらと圧のかかった声を聞いて、視線を逸らしたくなる衝動を必死に抑える。だが、ヤチヨはまだまだ止まらず、
「女の子、"抱き寄せてた"よねぇ?」
「転びそうだったから助けただけだって!」
思わず小声で反論してしまう。
「て、ていうか……なんでここに?」
これ以上踏み込まれる前に、無理やり話題を切り替える。
「理由がないと来ちゃダメなんだ?」
すぐに返ってくる、静かな怒りを含んだ声。
その視線が、まっすぐに俺に突き刺さる。
「いや……そういうわけじゃないんですけど……」
言葉がうまく続かない。変に誤解を招かないようにと思えば思うほど、余計にしどろもどろになっていく悪循環に陥る。
そんな俺の様子を見て、ヤチヨは──
「はぁ……」
小さく、呆れたように息をついた。
「……これ」
そう言って、くいっと手に持っていたものを持ち上げる。細い腕の先で揺れたのは、
「……"傘"…?」
一本の傘だった。
「そう、朝持っていかなかったから」
そして、わずかに肩を落としながら、
「ミコトのことだから、どうせ傘買わずに
走って帰ろうと思ってたでしょ?」
まるで当たり前みたいな顔で言う。
「うっ……」
一瞬、言葉に詰まる……完全に図星だった。
というか、さっきまさにそのルートを検討していた。
「……なんで分かるんだよ」
「ミコトの考えてることくらい分かるって」
当然でしょ?と言わんばかりにくすっと笑う。
「……それで、わざわざ持って来てくれたのか?」
「当たり前だよ」
ヤチヨの雰囲気が、先ほどよりも少しだけ柔らかくなる。
「だって……ミコトが風邪引いたら嫌だもん」
その言葉はただただ真っ直ぐで。
「……っ…」
一瞬、そんな素直な気持ちをぶつけられた、
恥ずかしさやら嬉しさで、胸がいっぱいになる。
そんな俺の動揺を見透かしたかのように。
「ほらほら〜♪」
にや、と顔を覗き込んでくる。
「バイト先まで傘を持って来てくれる
心優しいヤッチョさまの良いところ、
言ってみ〜?」
片目を閉じながらこちらを指差すヤチヨを前に、
すこしだけ考え込んだ後。
「……手繋ぐ時に静電気を気にしなくて良いところ」
「皮膚の素材にゴム使ってるからね〜♪」
にこっと笑い、上機嫌で言うヤチヨ。しかし、
「──それで?」
すぐに表情がスッと無くなり、
その一言で空気が変わる。
「言い残すことはそれだけでいいの?」
(
一瞬でバッドエンド行くやつだ……)
背筋にぞわりと冷たいものが走る。
「じょ、冗談に決まってんじゃん……」
慌てて言い直しながら、わずかに視線を逸らす。
その後、小さく息を吸い。今度は自分が彼女に
対して心から思っていることを、真っ直ぐに、
目を見て伝える。
「ヤチヨが支えてくれてるから、こうして毎日
頑張れてる……今までも、数えられないくらい
助けてもらって……本当に感謝してるんだ」
言葉を選びながら、軽くならないように、
誤魔化さないようにゆっくりと続ける。
そして、ほんの少しだけ間を置いてから──
「それにさ──俺が一番大切に思ってるのは、
ずっと"ヤチヨだけ"だから」
言い切ったあとも、目は逸らさなかった。
だって、これは──嘘偽りのない本音なのだから。
ヤチヨはしばらく黙って、こちらを見つめたあと
「……まあ、及第点かな」
顔を下に向け、小さく息を吐くように言った。
(ぐっ……この審査員なかなか採点が厳しい!)
そう思いながら、俺は傘を受け取ろうとする。
──が。
すいっ
と、ヤチヨの手がわずかに引かれた。
「……?」
空を切った手が、少しだけ間抜けに宙に残る。
「あの、ヤチヨさん? かさ──」
「──傘……1本しか持って来てない」
少し食い気味に、言葉が返ってくる。
「だからミコトに渡すと、
私が帰れなくなっちゃう……」
「え?……なんで一本だけ?」
少なくとも人数分の傘は家にあったはずだが……
少し戸惑いながらも聞き返すと、
ヤチヨはほんの少しだけ顔を逸らす。
その白い頬にうっすらと熱が差すのが見えた。
「最近……あんまり一緒にいられなかったでしょ?」
手で口元を隠しながら、ぽつりとこぼす。
「……え?」
思いがけない理由に、一瞬、言葉が出てこなかった。
「バイト、終わるまでここで待ってるから……」
ヤチヨがそっと上目遣いでこちらを見る。そして、
制服の袖を指先でぎゅっと摘まみ、少し照れたような
どこか甘えるような表情で──
「
放たれたその一言は、さっきまでの圧が
嘘みたいに、やけに素直で、まっすぐに俺に届いた。
「………」
お前、それは──
「──っ……反則だろ……」
思わぬ告白を受けた自分から、小さく漏れた声は、驚くくらい弱々しかった。
◇ ◇ ◇
「あっ!ミコトさん!さっきはありがとうござい……?」
厨房に戻った俺に気がつき、振り返ったサナさんはトレーを胸の前で抱えたまま、ぴたりと動きを止める。
肩まで伸びた柔らかそうな髪が、動きに合わせてふわりと揺れ、大きめの瞳が、不思議そうにこちらを覗き込んできた。
「ミコトさん、顔赤くないですか?」
「いや……気のせいじゃない?
体の調子は悪くないし……」
とっさに視線を逸らしながら答える。
自分でも分かるくらい声がわずかに上ずっていた。
(ふぅ〜、落ち着け……)
頭ではそう言い聞かせるのに、さっきのやり取りがやけに鮮明に蘇り、鼓動がなかなか収まらない。
「ほんとですか?熱あるんなら言ってくださいね?」
サナさんは心配そうに眉を下げ、
ほんの少しだけこちらに身を乗り出してくる。
「あの……あと、お客さんにやたら捕まってましたよね。もしかして、私のせいで……クレーム言われてました?」
話していくうちに、言葉の最後が少しだけ弱くなる。
トレーを持つ手に、わずかに力がこもるのが見えた。自分のせいかもしれない、と本気で思っている顔だった。
「いや,多分違う……俺個人の問題っていうか……
とにかく、サナさんは悪くないから」
余計な不安を抱かせないように、なるべく優しく、安心させるように言う。
俺の返答を聞いたサナさんは一瞬だけきょとん
とした後、それからほっとしたように息を吐いた。
「そうですか……」
彼女の肩の力が、わずかに抜ける。
──けれどすぐに、何かを思い出したように首をかしげた。
「あっ! あと、さっきからなぜかやたらと
ブラックコーヒーの注文が来てるんですけど、
何か心当たりあります?」
無垢な疑問そのままの声。
けれど、その内容だけが妙に鋭くて──
「さ、さあー!?なんでだろう!?
ぜんっぜん心当たりないな──!!」
思わず早口で答える。否定が雑すぎる自覚はあったが、修正する余裕はなかった。
「ないならいいんですけど……」
サナさんは少しだけ首を傾げたまま、それ以上は追及せずに静かに持ち場へと戻っていく。
その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。
ドクン、ドクン……と。
胸に手を当て、収まらない鼓動を確かめながら、
心の中でつぶやく。
(──ちょっと前までなら、すぐに
"元通り"になったんだけどな)
一瞬、前までの"融通のきく体"が恋しくなる。
(……でも──)
この胸の、高鳴る鼓動も、脈打つたびに増していく熱も。
──"ヤチヨとの思い出"が、
まだ心の中に残っているように感じられて。
少しだけ……悪くないと思えた。
◇ ◇ ◇
閉店後。
最後の片付けを終えた俺は、更衣室でエプロンの紐をほどきながら、大きく息を吐いた。
「……はぁ……」
(……なんか疲れたな、今日)
単純な肉体的疲労だけじゃなく、思わぬトラブルが続いたことによる、精神的な疲労が大きいせいだろう。
私服に着替え、ロッカーを閉める。更衣室のドアを開けると、ひやりとした空気が頬に触れた。
そのまま外へ出ると──
ぽつ、ぽつ、と。
夜の路地に、控えめな雨音が落ちていた。街灯に照らされたアスファルトが、じんわりと濡れて光っている。
昼間よりも少し冷えた空気が、火照った身体に心地よかった。
そして──
「あっ、ミコト!」
店を出た瞬間、聞き慣れた声が夜の雨音を縫うように届いた。
反射的に顔を上げると、店先の少し離れた街灯の下。白く滲む光の中で、ヤチヨが傘を片手に軽く手を振っていた。
白いシャツの裾が、湿った風にふわりと揺れる。
その姿だけが、やけにくっきりと目に入った。
「お疲れさま〜!待ってたよ♪」
にこっと笑って、こちらへ歩み寄ってくる。
そのまま、自然に隣に並び──
すっと傘をこちら側に傾けた。
肩が触れそうなほどの距離に一気に近づき、ふわりと甘い香りがした。
「……ありがとうな」
思わず、少しだけ声が柔らかくなり、
傘を受け取る。
「どういたしまして!ほら、帰ろ?」
当然のように言って、ヤチヨが一歩踏み出す。
さっきまでの、あの強引な“圧”はどこへやら。
今の横顔は、やけに穏やかで──
少しだけ楽しそうにも見える。
「……ていうか、なんでバイト先知ってたの?
教えてないはずなんだけど……」
歩きながら、ぽつりと問いかけると、
「う〜ん、それは……内緒〜♪」
わざとらしく人差し指を唇に当て、
にへらっと笑う。
「いや、絶対まともな手段じゃないだろ」
「失礼だな〜。ちゃんと“努力”はしたよ?」
胸を張って言うヤチヨに、
俺は思わずじとっとした目を向けた。
「その“努力”の内容を聞いてるんだけど」
「えへへ〜」
だが本人は答える気ゼロらしい。
思わずため息が漏れる。
多分、聞けば聞くほどロクでもない手段が出てくる、そういう確信だけはあった。ただ、今は聞かない方が良さそうだと本能が語っていた。
「まあいいじゃん。おかげで濡れずにすんだんだし?」
「それは……まあ、助かったけど」
「でしょ?」
少し得意げに笑うヤチヨ。
雨音が、静かに二人の間を埋めていく。
しばらく無言で歩いたあと、
ふとヤチヨが口を開いた。
「──で?」
「……何が?」
薄々なんのことか察しつつも聞き返す。
「さっきの人……結構仲良さそうだったじゃん?」
……やっぱりそこか。
ちらりと横を見る。
ヤチヨは前を向いたまま──けれど、ほんの
わずかに視線だけがこちらを窺っており、
声のトーンもさっきより少し低い。
「言っとくけど、本当にそういう関係じゃないからな?」
念押しするように言うと、
「ふ〜ん?」
返ってきたのは、あからさまに疑っている声。
「ほんとだって。ただのバイトの先輩だし」
「へぇ〜……じゃあ、あの人の方は?」
「……は?」
「ミコトのこと、どう思ってるかって話」
「別に、なんとも思ってないんじゃないの?」
「ふーん……」
納得していないのが丸わかりだった。
「だって、紗奈さん──
「──え?」
ぴたりと、ヤチヨの足が止まった。
傘がわずかに揺れ、雨粒が端からぽたぽたと落ちる。
「3年間付き合ってる、中学からの同級生だってさ。
この前、普通に惚気られた」
『いや〜、うちの彼氏ほんと過保護なんですよ〜!
ちょっと咳しただけで
「病院行くか?」って言い出すし〜!』
『へぇ〜。仲良しで結構なことで……
ぜひそのまま八千年くらい添い遂げれば?』
『スケールが壮大すぎるんですけど!?
それもう途中で人類滅んでません!?』
「……なにそれ、初耳なんだけど」
「そりゃ時間なかったから言ってないし」
「………」
少しの間、無言が続く。その後、
「……いや〜、い、いいよね!同級生の恋人って!!」
明らかに不自然なテンションで誤魔化そうとして、
ヤチヨの視線が泳ぐ。
(なんて雑な話題転換……)
もうその話題には触れてほしくないことが丸わかりだった。
でも、同級生……か。
俺とヤチヨも今は周りから見ればそう見えるんだろう。だが、これから先は──俺だけが少しずつ変わっていく。それに対して、ヤチヨは見た目が変わることはない。
このまま、時間が経っていけばいずれは──
そんな、後ろ向きな考えをしてしまう。
(は〜あ……こんな時、彩葉さんだったら……)
ふと、脳裏に浮かぶのは──
俺の尊敬する人の、"ろくでもない"解決方法だった。
────────────────────
「ほ〜ら、かぐや?
ア◯パ◯マンのバ〇コさんを彷彿とさせるような
セリフとともに、照明の白い光が手術室を満たす。
無機質な台の上には、仰向けに固定されたかぐやの姿。四肢はしっかりと拘束され、逃げ場はない。
今日は彩葉さんとドライブデートだと聞き、上機嫌で車に乗った結果──どうやら、まんまとここまで運ばれてきたらしい。
その周囲には、用途のよく分からない機械やアームが並ぶ。
そして、すぐ横。透明なケースの中に──
AIが予測した、“33歳時のかぐやの顔"を精密に
再現した人工皮膚パーツが静かに収められていた。
「いやあぁぁぁ〜〜〜!!
かぐやちゃんは一生かわいい
美少女でいたいの〜!!」
ガタガタガタッ!!
必死に体をよじり、拘束具を鳴らすかぐや。
だが、その抵抗を意にも介さず──
「わがまま言わない!」
ビシッ、と空気を裂くような、
凛とした声が響く。
白衣姿の彩葉さんが、容赦なく操作パネルを叩いた。
「これが
……"ごく一部の例外"を除いて、
人間は老いていく生き物なんだから!」
──はい。"ごく一部の例外"です。すいません。
「確かに、了承はしたけど〜〜!
これは方向性がおかしいって言ってるの〜〜!!」
かぐやも"本当の意味で人間になる"という点には昔に同意しており、その証拠に"もと光る竹"を富士山に一緒に埋めに行った。
……だが、その方法の
聞かされていなかったらしい。
(う〜ん……タチの悪い契約詐欺かな?)
「私に任せて、かぐや。ちゃ〜んと可愛く仕上げるから♪」
「信用できない〜!! その笑顔が一番怖い〜!!」
ギュイィィン……と、機械音が一段階高くなる。
アームの一つが、ゆっくりとかぐやの顔へと近づいていった。
「ひぃっ……ま、待って待って!! ヤチヨは!?
ヤチヨも老けさせた方がいいんじゃない!?」
せめて自身の半身も道連れにしようと叫ぶ、
往生際の悪い見苦しいかぐや。
その瞬間──
『ヤッチョはミコトと生きていくから、
ず〜〜っと若いままでいるよ〜★』
俺とともに、タブレットからその様子を見ていた
ヤチヨの場違いに明るい声が響く。
「ズルい〜〜! あっ!ミ、ミコト〜〜!!
かぐやをだずけて〜〜!!」
俺に気づいたかぐやの、最後の希望にすがるかの
ような悲痛な叫びが無機質な室内に虚しく響く。
……その光景を、タブレット越しに眺める。
「ふぅ……よし」
彩葉さんは小さく息を吐き、迷いなくスイッチに
手をかけた。
すると、アームの先端が唸りを上げ、器具とも工具ともつかない何かが展開される。それは──
どう考えても“優しい医療行為”の範疇ではなかった。
(──さすがは彩葉さん……相変わらず、倫理観とか常識とか、そういう“人間として最低限あるべきライン”を、助走をつけて軽々と飛び越えていくな…… )
「ミコトー!聞いてるっ!?なんかどう見ても手術用じゃなくて"最終決戦用"みたいなゴツいアームが私をロックオンしてるんだけど!?」
ギュイィィィ
……かぐやを眺めていると、俺の中で、彼女と過ごした8000年の日々が走馬灯のように浮かび上がってくる。ずっと、俺が辛い時も隣にいてくれた、
("愛しい人"のためなら、どんな手段を使ってでも
助けになりたい……そう思う気持ちは、痛いほど
よく分かる……)
「
求めてるよ!? このまま見捨てる気っ!?」
ギュイィィィィ
……続いて、彩葉さんの方へと視線を移す。
彼女の横顔は、静かでどこか満ち足りていて……
その瞳は、ただかぐやを愛おしそうに見つめていた。
(──彩葉さんは、
「かぐやちゃん、今、
ギュイィィィィン
だんだんとアームがかぐやに近づいていく光景を見て、俺はどこか満足げに頷き、心の中で静かに決意を固めた。
(これが、この二人の互いを想い合う愛の形……
──"純愛"ってやつなんだろう……尊いな……)
「なんで誰もこの狂気的な状況に突っ込まないの!?
あと……今すぐその感動した顔やめろぉっ!!」
(俺も、見習っていかないと…… !)
「おい!!無視するなぁっ!!ミコトォォッ!!」
……そんな必死の叫びも、誰の耳にも届かず。
「はいはい、暴れないの。危ないから」
彩葉さんは、慣れた手つきでスイッチを操作しながら、
「ほーら、もう義体の電源落とすからね〜」
「やだぁぁぁぁぁぁぁ──!!」
──かぐやの絶叫が、研究室に虚しく響き渡った。
やがて、叫びは徐々にフェードアウトしていき──
ぴたりと止まった。
ギュイィィィン……ガリガリッ……ゴリッ……!
室内で機械音だけが、低く響いている。
そんな中。
「わあ──!ここの裏側ってそうなってるんだ〜!」
隣でタブレットを覗き込んでいるヤチヨは、目を輝かせて、どこか楽しそうですらあった。
──────────────────────
──結局、彩葉さんをひとりにはせずに、同じように老いていきたいと
「……今何考えてたの?」
「ん?……かぐやが最初に改造された時のこと」
「ああ……かぐやが
「懐かしい思い出だな……」
──だが、これは彩葉さんだからできたことであり、当然、今の俺にはそんなことはできない。だから、
(これから先、ヤチヨと一緒にいると年齢の不釣り合いについて言われる時が来るのだろう)
そんなもの、いちいち気にする必要なんてないってことくらい……わかってる。それでも、最近、ふとした瞬間に思ってしまうことがある。
──ヤチヨは、本当にこっちの世界に来て
よかったのか、と。
もちろん、ヤチヨが自分の意思で望んでくれたのはわかっている。俺だって、離れ離れにならずに済んだことがどれだけ嬉しかったか、言葉にしきれない。
それでも──
ツクヨミのライバーを引退するとき、
あのとき見せた横顔がどうしても頭から離れない
どこか吹っ切れたようでいて、
それでもほんの少しだけ──
寂しさと未練を滲ませた、あの表情。
あっちの世界で築いてきたものを手放して、
それでも俺を選んでくれた。
……だからこそ、思ってしまう。
こっちに来てからの俺は……どうだろう?
一緒にいられる時間は、思ったよりずっと少ない。
生活だって、余裕があるとは言えない。
──それでも、よかったなんて言えるのだろうか。
そんな疑問が、胸の奥でじわじわと広がっていく。
雨音に紛れるように、消えきらずに残り続ける。
そのときだった。
「あ〜あ……右手がお留守だな〜」
わざとらしくため息をつきながら、
ヤチヨが横目でちらりと俺を見る。
「……そりゃ傘持ってない方の手は空いてるけど
──」
言い終わる前に、ヤチヨはすっと俺の右側へ回り込んで、空いていた右手に自分の指を絡めてきた。不意に触れた指先の冷たさが、すぐに体温へと変わっていく。
「これで、私たちも負けないくらい仲良しだね!」
くすっと笑う声。
その温もりが、じんわりと手のひらに広がる。
「……なに…急に」
「せっかくわざわざ傘を持って来てあげたんだから、すこしくらいわがまま言ってもいいでしょ?」
ぴしっと遮られて、言葉が止まる。
そのまま、少しだけ強く握られる手。まるで、
“ここにいるのが当然でしょ”とでも言うみたいに。
(──ああ、そうか)
さっきまで胸の奥に溜まっていた重たいものが、
そのぬくもりに触れた瞬間、ほんの少しだけ
ほどけていく。
理屈じゃない。
言葉にしなくても、わかる。
ヤチヨは──ちゃんと自分で選んで、ここにいる。
その事実が、まっすぐに伝わってくる。
(……だったら)
俺がするべきことは、迷うことじゃない。
過去を悔やむことでも、
他人の目を気にすることでもない。
──こいつが選んだ今を、ちゃんと守ることだ。
(ヤチヨのために、俺にできることを……もっと)
強く握り返す。
離さないと決めるみたいに。
(……頑張らないとな)
雨は、まだ静かに降り続いている。
けれど傘の内側だけは、不思議とあたたかかった。
────────────────────
ヤチヨside
ミコトが家を出てからしばらく経った頃。
「……そういや今日、
夕方から雨降るらしいぞ?」
静まり返ったリビングで、
唐突にFUSHIがそんなことを言い出した。
「……それが〜?」
私はソファにうつ伏せになったまま、
力なく足をばたばたさせる。
クッションに半分顔を埋めながら、
やる気のない声だけを返した。
窓の外には、どんよりとした灰色の雲。昼間だというのに薄暗く、部屋の空気まで沈んでいるように感じる。
(別に今日は洗濯物も干してないし……)
というか今の私は、深刻な"ミコト不足"により
そんなことを気にする精神状態ではないのだ。
今さら雨が降ろうが関係な──
「ミコトのやつ、傘持って行ってなかっただろ?
このままだと帰れなくなるんじゃないか?」
ピタッ──。
一瞬、足の動きが止まる。
「・・・・・」
数秒の沈黙。
そして次の瞬間──。
「──それだっ!!」
ガバッ!!
勢いよく顔を上げる。
さっきまで死んだ魚みたいだった目が、
一瞬で生気を取り戻した。
「おお、復活はやいな……」
FUSHIが若干引いた顔をするが、
そんなことは気にしない。
「ミコトを迎えに行けばいいんだ!
傘持って!そしたら一緒に帰れるじゃん!」
ぱあっと顔を輝かせながら、
私は勢いよく立ち上がった。
つい数秒前までの陰鬱さはどこへやら。
単純なくらい、
私のテンションは急上昇していた。
「でもヤチヨ、ミコトのバイト先わかんのか?」
「そんなのミコトのスマホに仕込んだGPSで
ちょちょいのちょいなのです!」
えへん、と胸を張りながら、
私は自分のスマホを取り出す。
ミコトに買ってもらった、十二万円もするスマホだ。
最初は「高すぎるよ!?」って遠慮したのに、
『どうせ長く使うんだから、変に安いのを買うよりちゃんとしたやつの方がいいだろ』
とか何とか言って、結局押し切られたのである。そのせいで、貯金残高はだいぶ寂しいことになっていたけれど。
そこにはミコトの現在地を示すピンが表示される。
「ほら、ここ」
スマホの画面をFUSHIに見せると、
「ま〜たミコトのスマホにGPS仕込んだのか……」
FUSHIが、じっとりした目を向けてきた。
「いやいや、これは"愛"ゆえにだよ?」
「愛で全部許されると思うなよ」
呆れたようにツッコまれる。
でも、そんな反応も今の私には
まるで気にならなかった。
「あっ!そうだ、FUSHIも一緒に行く?」
「どうせいつもみたいに喧嘩を仲裁する羽目に
なりそうだから遠慮しとく」
まったく、そんなことあるわけないのに……
でも私は気にしない。
だって──
「ふふっ……驚くかな〜、ミコト」
迎えに行った時、どんな顔をするだろう?
びっくりするかな。呆れるかな。それとも……
少しは嬉しそうに笑ってくれるだろうか。
──そんな想像をしただけで、
自然と頬が緩んでしまうのだった。
『……まあ、なんとなく“サナさんのことが気になって”見てたから』
ーーは?
ミシリ、と。
握ったコップが軋む音が、
やけにはっきり耳に届いた。
(……せっかくだし、仕事してるところをもう少し見てから声をかけようかな〜♪)
そんなことを考えていた時だった。
「あっ──」
短い悲鳴が店内に響く。
視線を向けると、料理を運んでいた店員さんが床の水滴に足を滑らせていた。
大きく傾く身体。揺れるトレー。
危ない!
そう思った瞬間。
ガチャッ!
ミコトが倒れかけたスタッフの腰を抱き支える。
そのまま引き寄せながら、もう片方の手で
傾いたトレーを支えた。
……彼の胸元に収まった店員さんは、
顔を真っ赤にして固まっていた。
そして、そこに重なる先ほどの言葉……
……うん。
うんうん。
なるほどね?
そこまで見届けたところで、
頬がぴくりと引きつった。
……私の前でそういうことするんだ?
いや? 分かってる。
分かってるよ?
ミコトに変な意味がないことくらい、
世界で一番分かってる。
あの男、本当にナチュラルに心配してるだけだから。
……でも。
でもさぁ!
好きな人が、別の女の子を抱き寄せながら
平然と見守れるほど大人じゃないんだけど!?
ついに感情のダムが決壊した私は──
──ピンポーン!!
呼び出しベルを叩き鳴らした。
────────────────────
そして、帰り道にて。
「あ〜あ……右手がお留守だな〜」
わざとらしくため息をつきながら、
私は横目でミコトを見る。
……気づいてる。
さっきから、どこか上の空だということに。
(……また、考え込んでる)
理由なんて、聞かなくてもわかる。
たぶん、私のことだ。
この世界に来たこと。あっちで置いてきたもの。
それを、まだ気にしている。
ミコトは──優しいから。
「……そりゃ傘持ってない方の手は空いてるけど──」
言い終わる前に、すっとミコトの右側へ回り込む。そして、空いていたその手に、自分の指を絡めた。
触れた瞬間、少しだけ強く握る。迷いを断ち切るみたいに。
「これで、私たちも負けないくらい仲良しだね!」
くすっと笑う。いつも通りの軽さで、いつも通りの距離で。
そうやって、隣にいるのが自然だって思わせるために。
(──ほんとは……)
一瞬だけ、胸の奥が揺れる。
──本当に、自分はここにいていいのか。
ミコトにとって、自分は負担になっていないか。足を引っ張っていないか。そんな不安が、ほんの一瞬だけ顔を出す。
けれど、指先に伝わる温もりがそれを押し戻す。
ここにいるのは、自分で選んだことだ。
選んで、掴んで、ここに来た。だったら──
与えられる側じゃなくて、一緒に進む側として。
ミコトの隣に、並んで立てるように。
少しだけ、指に力を込める。
言葉にはしない……その代わりに、
──この手だけは、離さない。
そうやって、隣にいることを選び続ける。
「せっかくわざわざ傘を持って来てあげたんだから、
すこしくらいわがまま言ってもいいでしょ?」
迷いを隠すみたいに、いつもより少しだけ強く言い切る。
(……だから──私もミコトのためにできることを……)
そんな想いを、静かに胸へ刻むのだった。
最近、一応完結したんでよその神々方の作品を読み漁ってたんですけど、そしたらなんか急激に自分の作品に自信なくなってしまって……モチベが……
わざわざ続きを書き出したからには最後まで書き遂げたいんですけどねー
感想にて励ましの言葉ありがとうございます!でも、できれば話の感想をいただけると励みになります〜