「......うっ......ぐすっ.....」
誰かが泣いている。
か細く、震えるような声が、沈んでいた意識をそっと揺らす。
次に目を覚ますと、目の前にはかぐやがいた。
「......デジャブすぎる」
「ビ、ビゴド〜〜〜!!」
かぐやはどうやらずっと泣いていたらしく、胸の辺りがぐしょぐしょになっていた。 うわ、きたなっ
今日だけですでに三度目の目覚めであり、もはや目が覚めてかぐやがいることに、安心感すら感じている。
「って、そうだ!確か矢が刺さって......え?」
腹を見ると、矢が刺さったはずの傷は消えていた。
血の跡もない。
だが服の傷が、確かにその出来事があったことを証明していた。
「あれ、なんで治ってるんだ?」
--ザッ
と何かが動く音がした。
「やばっ!」
すっかり忘れていたが、まだ弓の射程内にいたのだ。
まずい!このままではまた矢を撃ってくる!
そう思って男たちの方を見ると──
彼らは地面にひれ伏し、何かを呟いていた。
「──―」
「何これ?状況がぜんっぜんわかんないんだけど」
さっきまではこちらを警戒して攻撃してきたのに、
今ではまるで恐ろしいものを見るような態度だった。
「かぐや、この人たちなんて言ってんの?」
「えーとね、神の使いである貴方様を攻撃してしまい
申し訳ございませんでした。どうか許してください。
二度としません……だってさ!!」
「絶対後半適当に翻訳しただろ。あとなんか怒ってる?」
「当ったり前じゃん!この人たち急にミコトを撃ったんだよ!
ありえないでしょ!」
まあでも、この人たち縄文人だし……
現代と違い、ルールも法律もないに等しい時代だ。
自分たちの集落に怪しい奴が来たら、そりゃ攻撃するだろう。
「......ん?ていうか神の使い?神って誰のこと言ってんの?」
「かぐやのことみたい」
「......神って誰のこと言ってんの?」
「ちょっと!聞こえないフリしないで!
か・ぐ・や・の・こ・と!」
......なぜそうなった?
話を聞いてみると俺に矢が刺さった後、かぐやが慌てて俺に近寄るとたちまち腹の傷が無くなったらしい。
彼らはそれを神の御業だと思い、かぐやを神として扱いだしたという流れだそうだ。
その説明だと......
「かぐやが治してくれたんじゃないのか?」
「かぐやに人の怪我を治す力なんてないよ?」
「「・・・?」」
......じゃあなんで治ったんだ?
「──―」
「私たちの拠点に案内しますだって」
どんなに考えてもわからなかったため、
とりあえず集落に案内してもらうことにした。
案内された集落には、まさしく教科書に載っていた
竪穴式住居が並んでいた。
「うわー、教科書通りだ」
そして、すっかり扱いの変わった村の人から聞いた情報と、その文明レベル、さらに顔の特徴などからして、やはりこの時代が縄文時代であると推測できた。
「縄文時代って何年前?」
とかぐやが聞いてきたので、自分の中の中学生の記憶を思い出してみる。
「確か約13000年〜3000年前くらいまで。
期間が長すぎて、今が何年なのかはわかんないけど」
「そっかそっかー。10000年くらい続いたんだー。
それはすごいねー。あっはっはっはっ.....」
「それなー、あっはっはっはっ.....」
「「...........」」
スゥ──
「「うそだあぁぁぁ──────!!!」」
俺とかぐやの魂からの叫びが、同時に響き渡る。
「ほんとにタイムスリップしてる────!?
え、嘘でしょ!? 帰りたい! 帰りたいんですけど!?
あったかいお布団で寝たいんですけど!?」
「うわぁ〜〜〜ん!ちゃんと2030年近くに帰れたと思ったのに──ー!
全然違う時代に来ちゃってるじゃーん!」
その日の晩、俺とかぐやは──
「終わった。俺はこの時代で死んでいくんだ.....」
「......この一瞬を......最高の......パーティーに......しよ.....」
周りが引くほど絶望的なオーラを放ち、泣き疲れて眠りに落ちた。
────────────────────────────────
次の日、縄文人たちからあてがわれた竪穴式住居で目が覚めた。
「これ......現実?」
「現実だよ」
「否定してほしかったなー」
昨日は完全にドッキリだと思っていたため、
かぐやの話を適当にしか聞いていなかった。
なので、改めて詳しく聞いてみることにした。
まず、自分は月から来たこと。
そして2030年の地球で人の肉体を得て、女の子と暮らしていたこと。
だがある日、月から迎えが来て連れ戻されてしまった。その後、会いたい人がいたため、もう一度タイムスリップして帰ってきたが、隕石に当たってこの時代に来てしまったらしい。
その時に、この宇宙船兼タイムマシンである『もと光る竹』が故障してしまい、何年も一人でいたこと。その後、ウミウシの体を作り、こうしてコミュニケーションを取れるようになったという。
......うーん、ありえない。
話を聞いた感想はまずそれだった。
月だのタイムスリップだの、SFじみたことが多すぎる。
そして気づいたのだが、俺とかぐやの世界は歴史が少し違うらしい。
特に、かぐやが地球に来た2030年の話。
いくら自分より先の未来とはいえ、仮想空間だのスマコンだの、あと数年でそんな急激に技術が進歩するとは思えない。
とはいえ、俺はもうすでにかぐやを信用してしまっていた。
会ったばかりの自分のために泣き、怒ってくれる。そんな真っ直ぐな奴が嘘をつくようには思えなかったのだ。
「とはいえ、なんでこんなことに.....」
かぐやが過去に来た理由はしっかりあった。
だが、
いや、確かに過去に戻りたいとか、
異世界に行きたいとか思ったことはあるけど......
まさか縄文時代に飛ばされるとは。
過去に行きすぎだろ!
まあ、とりあえずこれからやることは決まった。
「これタイムマシンなんだろ?
だったらこれを直せれば未来に戻れるはずだ」
そう。
今、自分たちのもとにあるこの時代にそぐわない金属でできた物体。
『もと光る竹』
これが唯一の希望なのだ。
「でもそれ、月の超テクノロジーで作ったやつだから、今の時代じゃまず直せないよ」
希望一瞬で崩れ去ったんだが。
「......あれ? これ、詰んだ?」
そうして20年の時が過ぎた──
「......ねえ、ミコト」
「違うよ。気のせいだよ」
「かぐや、まだ何にも言ってないんだけど」
違う。そんなことあるわけないんだから。
さらに20年後──
「ミコト、やっぱり.....」
「違う! そんなわけないから!」
「いや、でもこれ絶対.....」
「絶対勘違いだって!!」
かぐやには悪いけど、俺は先に逝っちゃうから!
もうすぐお別れだから!
こちらを訝しむように見てくるかぐやを相手に、
俺は必死に現実逃避をしていた。
10年後──
「ミコト✨✨......」
「やめろ! そんなキラキラした希望の目で見るな!
こいつ......死なないんじゃね?
ずっと一緒にいてくれるんじゃね?
みたいな目で俺を見るな!」
はい、結論から言います。
俺、不老不死になってました。
タイムスリップした日から50年が経ったのだが、俺は一切老けなかった。
よくよく考えてみれば、最初に腹に矢をくらった時からおかしかったんだ。
目が覚めると、なぜか傷が治っていたのだ。
どれだけ考えてもわからなかったため、
それ以降は気にしないようにしていた。
だが、あれから──
ご飯を食べなくても空腹を感じない。
餓死もしない、傷を負ってもすぐ治るし体も劣化しないのだ。
「いやいやいや、冗談キツいって!
この何もない時代で不老不死で生き続けるのは洒落にならんて!」
「ミーコトっ! そんなこと言わずにさ〜。
かぐやと一緒に未来まで生きよ? ね?」
こっちは絶望しているというのに、俺が不老不死だと
確信したこのウミウシは、めちゃくちゃ上機嫌だった。
ちなみに、かぐやのウミウシの体も不老不死らしい。
へぇ。もうツッコむ気も起きないや。
月の超テクノロジーがなんでもあり過ぎて、もはやそうなんだ……そうなんだろうなと勝手に納得するようになってしまった。
かぐやは未来まで生きて、もう一度会いたい人に会うことが目的だ。だから、これからの長い年月を一人で生きなくていいとわかって、さぞ嬉しいのだろう。
それに対して俺は、自分が死ねない体になってしまったことで、これからの将来に途方もない不安を感じていた。
「よーし! 2人で未来までいくぞー!」
「シテ......ダレカ......コロシテ.....」
そんな願いも届かないまま、時は流れていった。