ヤチヨside
あの雨の日の次の日。
私は部屋でミコトのために何かできないかと考えていた。
(なんとかして、家でお金を稼ぐ方法を……)
「うぅ〜〜〜〜ん……」
唸りながら、そのままごろんとカーペットの上へ転がる。
古いアパートの天井が視界いっぱいに広がり、白っぽい照明の光がじわじわと目を照らした。
(……あー、なんか……
そのままぼんやりと眺めていると、
頭の奥に不意にかつての光景が蘇る。
ライブ演出用の派手な照明。
観客の持った何千、何万というサイリウムの光。
(……ライブの時も、こんな風にずっと悩んでたっけ)
毎回、どうすればファンのみんなに喜んでもらえるか、演出や選曲を必死に考えて。ライブは何回やってもヒリヒリするくらい緊張したし、すっっっごく大変だったけど……
みんなの嬉しそうな顔を見た瞬間、そんな苦労なんて一気に吹き飛んじゃうくらい、こっちまで嬉しくなって……
そんなことを思い出して、無意識のうちに頬が緩んでいると。
「──ん?」
ぱちぱちと瞬きをする。
その瞬間──頭の中で、何かが繋がった。そして、
「あっ……そうだ……!」
ガバッ!!と勢いよく身体を起こす。
「いや、待って!? なんで今まで気づかなかったの私!?」
思わず一人で叫びながら、机へ身を乗り出した。胸の奥で、一気に熱が灯る。
だって、そうだ。
私には、ずっとやってきたことがある。
人生を懸けて、積み上げてきたものがある。
「ヤチヨにできることなんて──」
自然と、口元が吊り上がった。
「“これ”しかないじゃん!」
────────────────────
ミコトside
その日、バイトから帰ってくると。
「──つまり!」
部屋に入った瞬間、ヤチヨが机をばんっと叩いた。
「
「……へ?」
俺はバイト先のまかないを片手に持ったまま固まる。
(何か急に始まったんだけど……)
「いや聞いてミコト! 私ね、考えたの! この家でお金を稼ぐ方法!」
「お、おう……」
机を挟んで身を乗り出し、すごい勢いでまくし立て、目がキラキラと輝いていた。
「やっぱりヤチヨにできることってこれしかないと思うんだよね! 歌とか配信とか動画投稿とか!」
興奮してまくし立てるヤチヨを見ながら、俺は頬杖をつく。
(配信活動……か)
その言葉だけで、自然と向こうの世界の光景が脳裏に浮かぶ。
……確かに、向こうの世界のヤチヨはとんでもない人気ライバーだった。
歌も喋りも、ずっと努力を重ねてきて、その姿を身近で見続けてきたからこそ、その実力は疑ってはいない……そして、俺もヤチヨの配信はなによりも楽しみにしていたのだから。
でも……だからこそ、
「……ヤチヨ」
「ん?」
「それ──"お金のため"にやりたいのか?」
──ヤチヨに“義務感”で配信なんてしてほしくなかった。
その言葉を聞いたヤチヨはきょとんと瞬きをする。俺は、そのまま言葉を続けた。
「俺を楽にしたいから無理してやろうとしてるなら……別にそこまでしなくていい」
向こうの世界でどれだけ成功していたとしても、配信というのは決して楽な世界じゃない。
数字は残酷だ。
再生数、登録者数、同接、評価、その全部が目に見える形で突きつけられる。どれだけ頑張っても伸びない時は伸びないし、悪意ある言葉だって飛んでくる。
人気になればなるほど、人に見られ、期待されて勝手に理想を押し付けられる。
だから、俺のために無理してやるくらいなら──
「今は俺が働けばなんとかなるし、
生活費のことなんて気にしなくていい」
……そう言うと。
一瞬、ヤチヨがぽかんと固まった。そして、
「……ふふっ」
くすくす笑いながら肩を震わせ始めた。
「……ミコトさぁ、ほんっと私には変なところで気を遣うよね」
「いや、だって……」
俺は真剣に言って──
「もちろん、ミコトを楽にしてあげたいって気持ちもあるよ?今のままだと、ずっと支えてもらってるだけになっちゃうし」
ヤチヨは優しく笑いながら言った。
別に俺は、支えることを負担だなんて思っていない。でもヤチヨはきっと、“支えられている側”でいることに、どこか申し訳なさを感じているんだろう。
「……でもね」
そこでふっと表情を柔らかくして、胸に手を当てた。小さな指先が服の上からぎゅっと布地を掴む。
その仕草は、まるで自分の本音を確かめるみたいだった。
「私、
さっきまで勢い任せに飛び出していた言葉とは違う。
一つ一つを噛みしめるような声が、不思議なくらい真っ直ぐ胸に届いてくる。
「もちろん、楽しいことばっかりじゃないのはわかってる」
「うまくいかなくて落ち込むこともあるし、全然見てもらえなくて苦しくなることだってあると思う」
「でもね──」
そこでヤチヨは、ふわりと笑った。
「歌ったり、喋ったり、動画作ったりして──」
「それを見た人が、応援してくれるコメントをくれたり、感動して泣いてくれたり、笑ってくれたり……
“つらかったけど元気出た”って、言ってくれる……」
「そんな瞬間がね──」
それは、作った笑顔なんかじゃなく、
心の底から、本当に嬉しそうな。
「ヤチヨはすっごく大好きなんだ!!」
見ているこっちまで釣られそうになるくらい、あたたかい笑顔だった。
その笑顔を見た瞬間。
胸の奥で、何かがすとんと腑に落ちた。
(ああ……そうだよな……)
お金のためとか、生活のためとか。もちろん、それもゼロじゃないんだろう。現実は甘くないし、生きていくには金が必要だ。
でも、ヤチヨの一番"根っこ"にあるのは、
八千年もの間、目を背けたくなるような
絶望を数えきれないほど見てきた中でも──
それでも人を嫌いにならず、
"誰かを楽しませたい"
"誰かを笑顔にしたい"
──そう願い続けてきた、その気持ちなんだ。
「だからね、これは“仕方なく”やるんじゃない」
迷いのない瞳で、まっすぐに俺を見る。
「──私がやりたいからやるの」
静かな部屋に、はっきりとした声が響く。
……そこまで言われてしまったら。
もう、俺が返す言葉なんて決まっていた。
「……そっか」
自然と笑みが漏れる。
「ヤチヨがそう言うなら、止める理由はないな」
「ミコト!」
ぱっとヤチヨの顔が明るくなる。
「ただし!」
「……?」
「……一人で全部やろうとするなよ」
動画編集、サムネ作製、投稿管理、企画立案etc…… 配信活動なんて、とにかくやることが多い。だから……
「俺も手伝う」
「……え? でも、ただでさえ忙しいのに……」
「ヤチヨのやりたいことなら、手伝わない理由がない。空いた時間で、動画編集とかサムネ作るくらいならできるし」
すると、ヤチヨは小さく息を吐いて。
「もう……ほんとに」
困ったみたいに笑う。
「……ずっと、支えられちゃってるなぁ」
でも、その目は少しだけ潤んで見えた。
◇ ◇ ◇
「とは言え……」
さっきまで輝いていたヤチヨの表情が、少しだけ曇る。
現実を思い出したみたいに、視線がテーブルの上へ落ちた。
「その配信活動を始めるための費用は、
どうしようもないんだけど……」
申し訳なさそうに肩をすくめながら、小さな声でそう言う。
「……それに関しては心配無用」
「え?」
俺は立ち上がって、部屋のクローゼットの奥に隠すように置いてあった袋を持ってくる。
「……?」
不思議そうに首を傾げるヤチヨの前まで戻り──
ドスッ、とテーブルの上へ置く。
「……え?」
ヤチヨが恐る恐る袋の中を覗き込む。次の瞬間、その瞳が大きく見開かれた。
「これって……"マイク"?」
ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
中に入っていたのは、新品のコンデンサーマイク。
さらに、配信用のオーディオインターフェースに、接続ケーブル、マイクスタンドまで──必要な機材が一式、綺麗に揃えられていた。
「どうして……?やりたいって言い出したのは、ついさっきなのに……」
呆然とした顔で俺を見る。
「ヤチヨなら絶対すぐに言い出すと思って」
「…………」
「あらかじめ買っておきました!」
俺は胸を張って親指を立てた。
「……お金、ないんじゃ──」
「ないぞ……これ買ったから」
「えぇ……」
ヤチヨの顔が引きつる。
いや、だってしょうがないだろ。
もともと、一人暮らし用に資金はそこそこは持っていたというのに、これに加えてスマホ代やら日用品代やらでだいぶ吹っ飛んだからな……
現在、うちの家系は火の車です。
しばしの沈黙。
静かな部屋で、壁に掛かった時計だけが、カチ、カチ、と規則正しく音を鳴らしている。
やがてヤチヨが、ぽつりと呟いた。
「さっき、私には"やらなくていい"って言ってたのに、買ってたの?」
「うん」
即答する。
「私が……お金のためって言ってたら?」
「ヤチヨなら言わないって思ってたし」
「………」
その瞬間。
ヤチヨの瞳がわずかに揺れた。何かを堪えるみたいに唇をきゅっと結び、白い指先が服の裾を握る。
「そういう大事な買い物するなら、
普通もっと悩むでしょ……」
呆れた声……でも、その声はどこか震えていた。
「いや、でも必要になるかなって……」
「かなって、そんな軽いノリで買う金額じゃないよ!?」
そう言いながら、ヤチヨはもう一度マイクの箱を見る。
その視線には、呆れと、困惑と──
少しの嬉しさが混ざっていた。
「しかも、絶対やるって決まってた前提で動いてるし……」
「でも実際言ってきてるし」
「そうなんだけどぉ……」
ヤチヨが頭を抱える。
けれどその口元は、どうしても緩んでしまっており、隠しきれていなかった。
「……ほんと、ミコトってたまに変なところで
行動力おかしいよね」
「……ありがとう?」
「褒めてない」
即答だった。
俺が苦笑すると、ヤチヨは小さく息を吐いてから、そっとマイクの箱を撫でる。指先はどこか大事な宝物に触れるみたいに優しかった。
「……でも」
ぽつりと、ヤチヨが呟く。
そして、ふっと笑って、
「嬉しいっ……ありがとう!」
その声は、とても柔らかかった。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、さっそく自己紹介動画を上げ──」
「はい、ストップ」
「へ?」
ぴしっ、と手のひらを向けて制止すると、ヤチヨがきょとんとした顔で固まる。
「無名の新人配信者が、いきなり30分の初配信なんて上げたところで誰も見るわけないだろ」
「ひどいっ!?」
ヤチヨががーん、とショックを受けた顔をする。
テーブルに突っ伏しそうになりながら、こちらを恨めしそうに見上げてくる姿は、完全に拗ねた子どもだった。
……とはいえ、言っていること自体は事実だ。
もちろん、ヤチヨの実力を疑っているわけではない。向こうの世界では登録者一億人を超えるツクヨミの圧倒的トップライバーだった。
歌唱力、配信力、トーク力、カリスマ性……どれを取っても本物だ。
でも──この世界では、“月見ヤチヨ”はまだ誰にも知られていない。
そして今の時代、実力があるだけで売れるほど、ネットは甘くなかった。毎日、星の数ほどの新人がデビューしては消えていく。
そのため、今の時代に必要なのは──
「まずは“見つかる”ことだ」
そう言うと、ヤチヨは、
むぅ……と頬を膨らませた。
「でも、自己紹介って大事じゃない?」
「大事だな。でも、逆に聞くけど、新人配信者の自己紹介動画がおすすめに出てきたとしてわざわざ見るか?」
「うっ……」
図星だったのか、ヤチヨが言葉に詰まる。
誰にも知られていない状態で配信を始めても人は来ないし、来たとしても数人。しかも、無名の配信者に初見が長時間滞在する確率はかなり低い。
だったら先に、“強み”だけを叩きつけるべきだ。
「ヤチヨの武器は"歌"だ」
「……!」
その瞬間、ヤチヨの目の色が変わった。
「雑談力もあるし、見た目もいい。でも、一番わかりやすく人を止められるのは"歌ってみた動画"だと思う」
「長時間配信をするよりも最初は、短時間で実力を伝えられる動画を中心に出すべきだ」
「それで……歌ってみた動画?」
「ああ。ただ、歌ってみたでも……」
俺はもともと持っていたノートPCを開きながら続ける。
「最初は“よく検索されてる曲”を歌う。今伸びてるアニメ、SNSでバズってる曲、ショートで使われてる曲。それで、まずはyoutubeのアルゴリズムに乗る」
「なるほど……」
ヤチヨは感心したように小さく頷いた。
向こうの世界では、本人の知名度だけで人が集まっていた。でも今は違う。ゼロから、“おすすめに表示される理由”を作らなきゃいけない。
「でも、それだと埋もれない?」
「埋もれる。だから、最初の三秒で“上手っ!”って思わせるために、ショートを中心であげて、いきなり一番盛り上がるサビから入っていく」
「おぉ……」
ヤチヨが、ちょっとワクワクした顔になる。
誰もがスマホを指で弾きながら次の動画へ進む時代。
そのため、一秒でも退屈だと思われたら終わる。
配信は、“ファンを定着させる場所”だ。だが、その前にまず、“人を連れてくる導線”が必要になる。
そして今、一番強い導線はショート動画だった。
「ショートか〜。向こうの竹tubeでもあったなー」
「これが、一番拡散されやすいからな。歌の一番強い部分だけ切り抜いて毎日投稿する。で、伸びた動画からフルに誘導する」
「なるほど……!」
ヤチヨの目が、徐々に本気の色を帯びていく。
「つまり私は……まず“歌で視聴者を殴る”んだね?」
そう言って、シュッシュッ!とシャドーボクシングを始める。
「物騒な言い方するな」
「それで?私の自己紹介動画は?」
「ある程度注目を浴びてからの方が効果的だろ……だから、しばらくはなし」
「えぇっ!?じゃあ、せめて歌動画の冒頭に挨拶は!? 私の『ヤオヨロ〜☆』は!?」
「いらない……まあ、それ単体のショート動画なら」
「ショートかぁ……」
がっくりと机に突っ伏すヤチヨ。
「でも、なんか燃えてきた……!」
でも次の瞬間には、ぱっと顔を上げ、その瞳にはさっきまでの軽いノリではない熱が宿っていた。
「よーし……!じゃあ片っ端から録るよ!」
「ちょっと待って。あと、やるんなら、Vtuberでいこう」
「……へ?」
「今どき、顔を見せるなんてリスクが高いし、ヤチヨの場合は年齢による変化を気にしなくて済むからな」
「まあ、アバターならすぐに作れるから特に反対はないけど」
するとヤチヨは、しばらく考え込んだあと──
ふっと笑った。
「……なんかさ、本気で“売る気”なんだね。私のこと」
「当たり前だろ」
迷わず即答する。
「ヤチヨをいつまでも日の目の当たらないところにいさせたら、向こうのファンの人達……特に彩葉さんに怒られちゃうからな」
「ふふっ!確かに、彩葉なら怒りそう!」
ヤチヨが楽しそうに笑う。
「それに、せっかくやるなら、
"あの時"みたいに一気に駆け上がっていくぞ」
「"あの時"……」
そう言ってどこか懐かしそうに目を細める。
「……なんだよ。やっぱり作曲も演奏もできる、
"いろP"の方が頼りになるか?」
チラリと横目で見ると。
「ううん……そんなことないよ」
ヤチヨは迷わずに首を振り、真っ直ぐにこちらを見る。
「ミコトは、彩葉に負けないくらい頼りになる
……
その言葉に、少しだけ胸が熱くなる。
「だからさ──」
ヤチヨがにっと笑って、右手を差し出す。
「また一緒に、てっぺん目指していこっ!」
「……おう!」
俺も笑って、その手を軽く打ち返した。
──パンッ。
狭い部屋に、小気味いい音が響く。
それはまるで、これから始まる──
新しい未来への最初の合図みたいだった。
◇ ◇ ◇
そうして──
それからの日々は、驚くほど忙しかった。
「ミコト〜! この歌、どっちのキーがいいと思う?」
「……サビだけなら上げた方。
ヤチヨ、高音の抜け方かなり綺麗だし」
「おっ、わかってるね〜♪」
ヘッドホンを片耳だけ外したヤチヨが、にへらっと笑う。そのままマイクに向かって、もう一度サビを歌うと、狭い部屋いっぱいに透明な歌声が広がった。
「……やっぱり、綺麗な声だな」
そんなふうに、ポツリとこぼすと。
「……ん? なんか言ったー?」
「いやー、なんも」
「えー、絶対なんか言ったじゃん」
くるりと椅子を回し、ヤチヨがこちらを見る。
「褒めてた?」
「……だったら?」
「ふふっ」
ヤチヨは嬉しそうに笑ってから、
マイクを握り直した。
「じゃあもっと頑張る!」
◇ ◇ ◇
「ミコト……サムネのセンス終わってる〜」
ヤチヨがパソコンで俺の作ったサムネを見ながら口出しをしてくる。
「うるせえ!」
「この文字の色ヤバいって!歌よりもサムネに関するコメントの方が多くなっちゃうよ!」
「いや、絶対これの方がいいだろ!」
「ダサい!」
「派手って言え!」
ノートPCを挟んで、二人でぎゃあぎゃあ騒ぐ。
結局。
ヤチヨの案と俺の案を混ぜた、よく分からないサムネになる。
「……なんか、微妙じゃない?」
「……うん」
「「……ふふっ」」
そして、あはははと二人で笑う。
◇ ◇ ◇
「よーし!これは会心の出来……あ」
「どうした?」
歌い終わったヤチヨが急にカチンと固まる。
「………ミコト」
するとヤチヨは、ぎこちない動きで首をギギッ……とこちらへ向けた。
「なんだよ」
「……マイク入ってなかった」
「いや、ベテランなんだからそんな有りがちなミスすんなよ!」
「しょうがないでしょ!」
ヤチヨがむっと頬を膨らませる。
さっきまで完璧な歌声を響かせていたとは思えない、いじけた声だった。
「現実の方ではあんまり配信したことないんだから!」
「いやでも確認くらいするだろ普通!」
「したも〜ん!」
「してないからこうなってるんだろ!
はい、歌い直し!」
「くっそ〜〜〜!!」
狭い部屋に、二人の声がわんわん響く。
ノートPCの排熱。
机の上に散らばるメモ。
夜中まで続く録音。
なのに、不思議と苦には感じない。
隣でヤチヨが笑っている……それだけで、疲れなんて薄れていくようだった。
──それから数日かけて、諸々の準備を終えて……
ついに、この瞬間がやってきた。
「よ〜し!それじゃあ……!」
ヤチヨの期待に満ちた瞳が、こちらを見てくる。
「……おっけー!」
俺もスマホを持って準備万端だと頷く。
「
──始めようか!」
ヤチヨの掛け声の後、二人で声を揃えて。
「「せ〜〜〜のっ!」」
「『月見ヤチヨ』チャンネル……設立!!」
「そんでもって……こっちも
月見ヤチヨ
@LunamiYachiyo
チャンネル登録者数 ✨1人✨
◇ ◇ ◇
そして、最初にアップした、流行っているアニソンの歌ってみた動画の再生数については……正直言えば微妙だった。
投稿して翌朝には千回を超えたものの、飛び抜けているわけではない。
「……まあ、そうだよね」
「でもコメント結構ついてるぞ」
スマホを見ながら言う。
「ほんと!?」
その瞬間、ヤチヨがぱっと顔を上げ、勢いよく身を乗り出してくる。
コメント欄をスクロールすると、
【声やば】
【透明感えぐい】
【新人?】
【感情の込め方好き】
【サビで鳥肌立った】
【逸材を発見してしまった】
その一つ一つを見ながら、ヤチヨは少し照れたように笑った。
「……えへへ」
まるで、自分の音楽が“ちゃんと誰かに届いた”ことを確かめるみたいに。
それからも、俺たちは連日動画を投稿し続けた。
バラード。
ロック。
シティポップ。
ボカロ。
アニソン。
ジャンルはバラバラだけど有名な曲を片っ端から。
それでも、不思議と全部が“月見ヤチヨの歌”になっていた。
ヤチヨは感情を乗せるのが、異常に上手かった。
明るい曲なら、太陽みたいに。
切ない曲なら、胸が締め付けられるほどに。
恋の歌なら、本当に誰かを想っているみたいに。
聴いた人間の感情を、そのまま揺さぶっていく。
動画を投稿するたび、再生数は少しずつ伸びていった。
ショート動画が拡散され、おすすめ欄に載り始め、そこからフル尺へ流れて、登録者になる。その流れが、綺麗に出来始めていた。
「おお〜! ミコトの作戦、めっちゃハマってるじゃん!」
登録者数の推移グラフを見ながら、ヤチヨが目を輝かせる。
「まあ、“歌そのものが強い”って前提ありきだけどな」
「ふっふっふ。もっと褒めてもいいんだよ?」
「はいはい、すごいすごい」
「雑っ!?」
抗議するヤチヨを横目に、俺は投稿データを確認する。
視聴維持率、ショートからの流入率、リピート再生。どれも新人としては異常な数字だった。
特に強いのは、“感情で刺さる”タイプの曲。
【この子だけ空気違う】
【声で情景見える】
【感情移入エグい】
【歌が上手いっていうか、“物語”なんだよな】
【なんか人生経験重そうな歌い方する】
そして、ある頃から。
コメント欄に、別の言葉が増え始める。
【オリ曲聴いてみたい】
【この人の世界観でオリジナル曲ほしい】
【絶対刺さる】
【月見ヤチヨの“物語”を聴きたい】
そのコメントを見ながら、俺はぽつりと呟いた。
「……そろそろ、オリジナル曲出してみるか」
「おっ、やっと?」
ヤチヨが嬉しそうに振り向く。
「最初の曲は何にする? やっぱり『Remember』?」
その名前を聞いた瞬間。
ヤチヨは少しだけ目を細めた。
「……ううん。あの曲は、もう“お役目完了”だから」
「……そっか」
あの歌は、向こう側で"あの人"のために歌う曲だった。
だからきっと。
今、この世界で歌う最初の一曲は。
もっと違う意味を持つべきなんだろう。
「だから最初の曲は──」
ヤチヨが、静かに笑う。
◇ ◇ ◇
そして、ヤチヨの影響は自分の身近でも感じられるようになっていった。
大学の休み時間中。
講義が終わったばかりの教室はざわざわと騒がしく、あちこちで学生たちが昼飯の相談をしている。
そんな中、俺は窓際の席でスマホをぼんやり眺めていた。
SNSを流していると、不意に表示された広告に指が止まる。
『全国ツアー開催決定──
New Album Release』
画面の中で微笑む派手な髪色の女性。
(……こっちの世界にもいるんだ)
向こうの世界では、誰もが知るトップシンガー。
活動時期は少しズレているけれど、顔も名前も、歌声の雰囲気までほとんど同じだった。
(意外と、“ツクヨミ”が存在しないこと以外は、
そんな考えが頭をよぎっている中。
「なあ、このVtuber知ってる?」
前の席の男子がスマホを友達へ見せながら話しているのが聞こえてきた。
画面に映っているのは、見慣れたサムネイル。月と海をモチーフにした青白いデザイン。
そしてタイトルには──
【星降る海/月見ヤチヨ 】
「……っ」
思わず心臓が跳ねる。
「知ってる。この子、急におすすめ欄に出てきたんだけど、歌声やばくね?」
「わかる。なんか、聴いてると感情持ってかれる感じする」
「あとショートで流れてきた時、“誰!?”ってなった」
「新人なのに完成度おかしいよな」
……まさか、本当に大学内で名前を聞くようになるとは。
いや、数字だけ見れば十分あり得る。
ここ二週間で、登録者数は明らかに伸び方が変わっていた。
そして、バイト先でも。
「ミコトさんってVtuber興味ありますか?」
レジ横で品出しをしていたサナさんが、何気なく聞いてくる。
「う〜ん……ちょっとだけ」
「私、結構好きなんですけど、最近めっちゃバズってる子がいて!……月見ヤチヨって言うんですけど、もう歌が神で!」
「俺、サナさんとは友達になれそうな気がする」
「あれ!? 私たち今まで赤の他人だったんですか!?」
そんなやり取りをしながらも。
ヤチヨのchはぐんぐんと登録者数を伸ばしてゆき……
「ヤオヨロ〜☆Vtuberの月見ヤチヨで〜す!」
ついに、念願だった自己紹介動画を投稿。そこからは活動の幅を広げ、雑談配信やゲーム実況も本格的に始めていった。
持ち前のトークスキルと安定した配信センスは、歌動画から流れてきた視聴者たちを一気に惹き込み──。
【この子、喋りも面白いのかよ】
【歌勢だと思ったら配信強すぎる】
【コメント拾い上手すぎて沼】
気づけば、“歌が上手い新人”だった月見ヤチヨは、“配信も最強の新人Vtuber”として話題になり始めていた。
「待って今のシーンやばっ!
えっ、うま!? 私、天才〜!」
【草】
【リアクション良すぎるw】
【見てて楽しい】
ヤチヨが楽しそうに笑うと、その笑顔に釣られるように視聴者も笑う。
まるで、“楽しい”そのものを配信しているみたいだった。
そして何より──ヤチヨ自身が、配信を心から楽しんでいた。
数字のためでも、義務でもない。
誰かと繋がれる時間が、たまらなく好きなのだと伝わってくる。
◇ ◇ ◇
そうして、チャンネルを設立してから3ヶ月後のある日の夜。
「しゅ……」
配信管理画面を見ていたヤチヨが、ぷるぷる震え始めた。
そして。
「収益化通ったぁぁぁぁ────っ!!!」
「うおっ!?」
ヤチヨが勢いよく飛びついてきて、そのまま俺の肩をがっしり掴んだ。
「ミコト、これでお金入るよ!私たち生きていける!!」
「大袈裟だな!?」
「だって超大事だもん!」
収益が入るとはいっても、歌ってみた動画はほとんど収益は出ないからまだまだ大金には程遠いが……それでも、嬉しいものは嬉しいのだろう。それに、
「開始初期に比べたら、だいぶ再生数も増えてきたもんな」
「……うん。でもね」
隣でスマホを抱えたヤチヨが、小さく笑う。
「再生数ももちろん嬉しいけど……」
そう言って、彼女はコメント欄を開いた。
【この歌に救われました】
【今日つらかったけど元気出た】
【明日も頑張れそう】
【生きててよかった】
ヤチヨは、その一つ一つを大事そうに眺める。
本当に、宝物を見るみたいに。
「……こういうのが、一番嬉しいかも」
その横顔は、どこまでも優しかった。
◇ ◇ ◇
それから、あっという間に二年と数ヶ月の月日が経ち──。
俺とヤチヨはまた新たな目標の実現に向けてコツコツと準備を続ける日々を過ごしていた。
2028年11月。
今や『月見ヤチヨ』は、突如、新星のごとく現れ、その界隈では知らないものはいない程の超人気Vtuberとなっていた。
昨夜、新しく投稿されたヤチヨのオリジナル曲もまた、凄まじい勢いで再生数を伸ばしていた。
タイトルは──
『月が綺麗ですね』
静かなピアノの旋律から始まるラブソングだった。
『……ねえ、もし君がどこかへ消えるなら僕の心も
一緒に連れていってよ──……』
曲を聴き終えた俺は、ノートPCの画面を見ながら呟く。
「……めっちゃ伸びてるな」
公開からまだ数時間。それなのに再生数は、すでに過去最高ペースを叩き出していた。
「えへへ……」
ソファでは、ヤチヨがそわそわしながら膝を抱えて座っている。落ち着かない様子でちらちらとこちらを見てくる。
「今回はかなり手応えあるかも」
「だな。特にサビの歌詞がいいよな」
「……ほ、ほんと?」
ヤチヨの肩がぴくりと揺れる。
俺は画面を見たまま頷いた。
「『 月が綺麗ですね
──そんな言葉じゃ足りないくらい
君なしじゃ、生きていく理由すら分からない』
ってとこ」
「〜〜〜っ……!」
次の瞬間。
なぜかヤチヨがばっと顔を覆い、そのままソファにうずくまった。
「……? どうした?」
「な、なんでもない……」
耳まで真っ赤だった。熱でもあるのかと思うくらい、わかりやすく。
「ミ、ミコトは……
この曲聴いて、どう思った……?」
ヤチヨが顔だけこちらへ向ける。その目は、どこか期待するみたいな色をしていた。
「めっちゃいい曲だと思う!静かな曲調とヤチヨの歌声も相まって、夜の雰囲気が綺麗に浮かぶし、サビで一気に感情が爆発する感じも好きだな」
「……それだけ?」
「タイトルもいいよな。文学っぽくて印象に残るし。
こういうの視聴者好きだと思う」
「そ、それだけ……?」
なぜかヤチヨの声が震える。
俺、変なこと言ったか?あと、なんかさっきから妙に圧が強いな……?
「いや、かなりセンスあるタイトルだと思うぞ?
覚えやすいし、曲とも合ってるし──」
「〜〜〜〜っ!!!」
次の瞬間。
ヤチヨが勢いよく立ち上がり、涙目で顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
「もうっ!!ミコトのばかっ!!にぶちん!!
鈍感主人公!!」
「ええっ!? 急に!?」
「ば〜〜か……」
「FUSHIまで!?」
足元にいるFUSHIまで追撃してくる。
……なんでだよ。
「……あっ、やば」
時計を見た瞬間、血の気が引いた。
「もうこんな時間!? 大学行かないと!」
「さっさと行ってくれば!?」
ヤチヨがクッションを抱き締めたまま叫ぶ。
「それで大学で女の子とイチャイチャでもしてくればいいんだよ!」
「なんでそうなるんだよ!?」
「知らないっ!!」
──そんなめっちゃ頑張るミコトの
大学帰りのある日のこと。
(──あっ)
ふと顔を上げた、その瞬間だった。
夜空を一本の光がすっと横切っていく。
キラリ、と。
まるで黒いキャンバスを裂くみたいに、淡く白い尾を引いた流れ星が、静かな夜を駆け抜けた。
「……流れ星」
思わず声が漏れる。胸の奥が、きゅっと熱くなった。こんなにはっきり見えたの、いつぶりだろう。
消えてしまう前にと、慌てるように両手を合わせる。
(どうか──)
一番に浮かんだのは、自分の願いなんかじゃなかった。
笑った顔。
歌っている姿。
時々、無理して強がるところ。
泣きそうなのに、「大丈夫」って笑ってしまうところ。
全部まとめて、たった一人の少女の姿が脳裏に浮かぶ。
(どうか、ヤチヨが……これからも幸せに──)
ぎゅっと目を閉じる。
苦しいことも。
寂しい夜も。
もう二度と、あいつが一人で抱え込まなくて済むように。
(そして、できればヤチヨと"同じとき"を生きていけますように)
心から、そう願った。
……そうして、人の気配もまばらな帰り道。
その中で──
「………は?」
異様な光が、そこにあった。
──電柱。
ただの電柱のはずなのに、
それは"七色"に、ゆっくりと明滅していた。
「……っ」
一歩。
無意識に、近づいていた。
電柱の内部。
その奥で、光が揺れている。
現実のはずなのに──現実じゃないみたいな感覚。
記憶をなぞるようにかつての光景がよみがえる。
────────────────────
『かぐや〜、またあの話して〜』
『私も聞きた〜い!』
声のした方へ視線を向けると、岩場の近くにできた小さな水たまりのそばで、ウミウシ姿のかぐやが集落の女の子たちに囲まれていた。
……何やってんだ、あいつ。
子どもたちは目を輝かせながら身を乗り出しており、どうやら完全に懐かれているらしい。
『まったく、しょうがないな〜』
かぐやは得意げに胸──らしき部分を張ると、近くに落ちていた細い枝を口で器用に咥えた。
そして、砂浜へさらさらと線を描き始める。
どうやら、自分が人間だった頃の姿を描いているらしい。
いや、ウミウシが砂に絵を描いてる光景、冷静に考えるとだいぶシュールだな……
『むか〜しむか〜し、あるところに……
"七色に光るゲーミング電柱"がありました』
……いや、ゲーミング電柱って言ってもわかるわけねーだろ。
案の定、女の子たちは「げーみんぐ?」と首を傾げている。
しかし、かぐやは気にした様子もなく、テンション高めに話を続けた。
『その光に誘われるように、一人のJKが近づくと──』
だから、
というか、説明する気あるのかこいつ……
『なんと! 電柱から女の子が出てきたわけ!』
『あははは!」
「なにそれ、おもしろ〜い!』
子どもたちはきゃっきゃと笑い声を上げる。
どうやら細かい意味は理解していなくても、“変な話”としてはしっかり刺さっているらしい。
かぐやはそんな反応が不服だったのか、むっとしたように触角を揺らした。
『あ〜! ぜったい信じてないでしょ!
ほんとのことなんだからねー!』
ぷくーっと頬を膨らませながら、砂地へびしっと枝を突き立てる。
『かぐやの世界では有名な
内容とほとんど同じなんだから!』
まるで“誰でも知っている常識”みたいな口ぶりで自信満々に言い切る。
だが──
("竹取物語"……?
俺は思わず眉をひそめる。
(かぐやの世界ではこんな奇天烈な話が有名なのか……? 聞いたことないけど……)
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(いやいやいやいや!)
それに付随して、かつて地球にやってきた
"あの悪童"との思い出もよみがえってくる……
気づけば、電柱には扉が現れ、ゆっくりと開き始めた。
ア〜、ア〜♪
扉の隙間からは光が漏れ、その中には──
「むりむりむりむりむりーーーーっ!!」
──今は昔〜とかじゃなくって
いやいやいや、大昔でも超〜未来でもなくって!
今とあんま変わんないちょっとだけ未来の世界
普通〜の大学生がいて、
名前は、天津命っていうんだ!
"ミコト"って呼んで〜♪
ミコトがアパートに帰ったら、なんと!
レインボーに光るゲーミング電柱が一本あってさ
いや、なんか怪しくね……?
って思って近づいて見たら、
電柱の中、めっっっちゃ光ってんの!!
それでね……
──"私"を見たミコトはこう言ったの!
「──面倒みきれないってええええぇぇぇぇ!!!」
「たい♡」