というわけで日常編です。
かぐやが地球に来る1ヶ月前に、ミコトとヤチヨが
彩葉のバイト先に行く話。
この時点では、
ミコト→ツクヨミでイロとは会ってるがイロ=彩葉
とは気づいていない。隣に住んでるが、
彩葉のことを見た事ない。
「酒寄彩葉のバイト先に行きたい?」
2030年
「彩葉に会いたい〜〜!!」
タブレットに映るヤチヨが、
突然そんなことを叫び出した。
「……なに急に?」
俺は床に寝転がったまま読んでいた漫画から顔を上げる。指先でページをめくる動きが止まり、半目のまま画面を見やった。
「ツクヨミではちょくちょく見かけてるんだろ?ライブだって、チケットが当たるたびに嬉しそうに報告してきてんじゃん」
実際、この前だって──。
『ミコトミコト!今度のライブ、彩葉がチケット当たったんだよ〜!見てこれ!“当選おめでとうございます”だって!いやもう、実質私が祝われてるようなものじゃない?うわぁ〜どうしよ、絶対目合うじゃん……。いや、でも彩葉ってライブ中めちゃくちゃ真剣に見てくれるから、たぶん目合った瞬間こっちが耐えられないかも……!はぁ〜……本当なら毎回チケット用意して、全部のライブ来てほしいんだけどさぁ。でもそれやると、ちゃんと応募してくれてる他の人たちに申し訳ないし……うぅ、そこは我慢……!でもさぁ、彩葉、絶対スケジュール帳とにらめっこしながら応募してくれてたと思うんだよね。“この日なら予定ずらせるかも……”とか考えてさぁ! で、抽選結果の日までソワソワしてたんだよきっと!あぁ〜〜っ、それ想像しただけでかわいすぎる……!! あとさ!もしライブ終わったあとに“今日すごい良かったよ”って感想とか言われたらどうしよ!? いや待って、無理、絶対ニヤける! ていうか彩葉、たまに感想長文で送ってくるじゃん!? あれ読むたびに私──』
途中からイヤホンでノイズキャンセリングを使用し、
『ヘェ~。ソウナンダ ヨカッタネ~』
適当に相槌を打っていたのだが──
『聞いてる!?ミコト!!それで彩葉がさぁ──』
『だあぁ──!! うるっっせぇ──!!』
なぜか秒でハッキングされ、
耳元にヤチヨの大声が直接流れ込んできた。
「──そうじゃなくて!」
ヤチヨはぶんぶんと首を横に振り、長い髪がふわりと揺れる。
一度言葉を区切り、真っ直ぐこちらを見据える。
「
ふざけているとき、特有の軽さがなくて、
俺は思わず小さく息を吐く。
「会いたいって言われてもな……」
隣の部屋に住んでいるとはいえ、都合よく鉢合わせできるわけでもない。
かといって、偶然を装って張り込むのも不審者そのものだし──。
もし部屋に監視カメラなんて仕掛けようものなら、その瞬間に俺が自分の手で警察へ突き出している。
そんなことを考えていると、ヤチヨがちらりとこちらの顔色を窺った。
「だからね、ミコト。
ちょ〜〜っとお願いがあるんだけど……」
(さて、どうせろくでもないことだろうから断る準備しとくか)
これまで散々振り回されてきた経験から、俺は即座に警戒態勢へ入った。
たとえ泣き落としをされようが、拝み倒されようが、断固として断る──そう心に決めて続きを待つ。
すると。
「──彩葉のバイト先に行ってくれない?」
「ことわ──……ん?」
反射的に断りかけて、言葉が止まる。
……あれ?
思ったよりまともなお願いだった。
いや、もちろん「他人のバイト先を見に行け」は
充分どうかしているんだが、ヤチヨ基準で考えると
だいぶ平和な部類だ。
「……ん? ねえ、ミコト……
今、絶対私に対して失礼なこと考えて──」
「仕っ方ないなー!!
それくらいなら別に全然いいけど!!」
「ほんと? やったぁ!」
画面の向こうで両手をあげて大喜びするヤチヨ。
よし。なんとか誤魔化せた。
「で? バイト先ってどこなの?」
スマホを取り出し、検索アプリを立ち上げる。
ヤチヨは待ってましたと言わんばかりに答えた。
「ここから歩いて20分くらいのところにある、
『BAMBOOcafe』ってお店!」
言われた通りに検索すると、少し入り組んだ路地の先にある小さなカフェが表示された。
「へぇ……よく店の名前なんて覚えてたな」
俺は感心したように呟く。
普通なら、八千年も経てばそんな細かい記憶は
とっくに薄れているはずだ。
それでも覚えていたということは──。
酒寄彩葉に関することだけは、
忘れたくなかったのかもしれない。
……これが愛の力ってやつなのか。
そんな風に、少しだけしみじみしていると。
「──え? 覚えてなかったよ?」
「……は?」
俺の感動を返せ。
「じゃあどうやって調べたんだよ」
問いかけると、ヤチヨは露骨に視線を逸らした。
指先をもじもじと動かし、人差し指同士をつんつんと突き合わせる。
「それは……そのぉ……」
「おい」
「彩葉のSNSから……」
「ダウト!」
即答だった。
「俺も『
酒寄彩葉のアカウント──『色々』
ヤチヨにしつこく薦められて見始めたのだが、気づけば普通に俺も更新を楽しみにするようになっていた。
特にお気に入りなのは、「我、降臨」という
たまに飛び出す謎テンションの投稿だ。
(※なお、彩葉はその黒歴史じみたSNS発言を後々この二人に延々いじられることになるのだが……それはもう少し先の話)
「いや、その……えへへ……」
ヤチヨが引きつった笑みを浮かべる。
嫌な予感しかしない。
「お前、さては……なんかグレーな手段使っただろ」
「そ、そんなわけないじゃん!?」
ぶんぶんと手を振って否定する。
「全然ホワイトだよ!?」
「目が泳いでるぞ」
「た、ただ……」
「ただ?」
ヤチヨはこほんと咳払いし、妙に真面目な顔を作った。
「──
グレー寄りのホワイトも存在するかなって」
「確信犯じゃねえか!」
思わずツッコミが炸裂する。
ヤチヨは「てへっ」とでも言いたげに舌を出した。
こいつ……まったく反省している様子がない。
「……はぁ」
俺は深いため息をつきながら、スマホをテーブルへ放り投げる。
「まあ、いいや」
どうせ今さら説教したところで止まるタイプじゃないのは分かりきってるし。
「でも行ったところで酒寄彩葉が働いているとは限らないだろ」
バイト先を突き止めたところで、本人がシフトに入っていなければ意味がない。
さすがに勤務時間までは把握していないだろう
──ないよな?
そう思って聞いてみたのだが。
「そこは大丈夫!」
ヤチヨは、なぜか自信満々だった。
嫌な予感がさらに強まる。
「……なんでそう言い切れるんだよ」
またやったんかコイツ?
俺がじとっとした目を向けると、ヤチヨは得意げに笑った。
「だって──」
一拍置いて、さらっと言う。
「彩葉、週5で働いてるから」
「何回も聞いてるけど、高校生なんだよな?」
思わず真顔で確認してしまった。
週5って…… 高校生の労働量じゃないだろ……
「だから、店に行けばスライムくらいの
確率でエンカウントするよ!」
「人をゲームのキャラクターみたいに言うな」
◇ ◇ ◇
訪れた喫茶店の自動ドアをくぐり抜ける。
時刻は夕暮れ時。
店内には、コーヒーの香りと静かなジャズが流れている。
制服姿の学生、ノートパソコンを開く会社員、
談笑をする主婦たち──さまざまな客層で
にぎわう店内へと入った。
「お一人様ですか?」
柔らかな声をかけてきた店員に頷く。
「はい」
店員に案内され、窓際の二人席へ腰を下ろす。
「ごゆっくりしてください」
透明なグラスが、こつりと音を立てて置かれた。
俺は軽く会釈を返すと、すぐにコンタクト型
デバイス──『スマコン』を起動する。
視界の端に淡いUIが浮かび上がり、
現実空間へ情報を重ね始める。
……よし、接続完了っと。
そして、俺の視覚情報をヤチヨにリアルタイムで
共有し始める。
さて──。
ざっと店内を見回す。
ホールに出ている店員は3名のみ。
果たしてこの中に、酒寄彩葉はいるのか。
そう思いながらイヤホンを耳へ差し込んだ、
その瞬間──
『ミコトミコト!!』
キィィィン──
突如、鼓膜を直接殴られたような大音量が耳を貫いた。
「ッッッ!?」
危うく声が漏れそうになったのをなんとか抑える。
店内で突然「うるせぇ!!」などと叫べば、
不審者一直線である。
俺は即座にスマホのチャットへ文字を叩き込む。
【突然耳元で叫ぶなバカ!!鼓膜破れるかと思ったわ!!】
『そんなことよりもミコト!』
イヤホン越しに返ってきた声は、まるで反省していなかった。
こいつ今、人の鼓膜破壊未遂を
“そんなこと”扱いしたな?
『い……いた!
声が若干震えている。
【え、マジ? どの人?】
視線をそれぞれの店員に向けたまま、文字を打つ。
『ほら、あそこ!その人じゃない!その左の……
【情報が雑すぎる】
呆れながら視線を巡らせる。
そんなお前の主観100%な説明でわかるわけ──
そう思ったのだが、数秒もしないうちに
俺は「ああ」と小さく納得した。
──確かに目を引く。
店内を忙しなく動く、高校生くらいの少女。
涙ぼくろが印象的で、整った顔立ちをしている。
注文を取り、空いたグラスを下げ、
厨房へ指示を飛ばす動きに無駄がない。
客の動線を読むように自然に身体を滑り込ませ、
他の店員とぶつかりそうになれば一歩引く。
忙しい店内でも、一人だけ動作のキレが違った。
『あの子だよ! 彩葉!!』
俺の視界に、ノイズのような光が走った。
次の瞬間。
向かいの席に、俺がさっきまで見ていた方向を指さす、半透明の少女が現れる。
長い髪を揺らした、美しい少女。
AR投影されたヤチヨだった。
もちろん、見えているのは俺だけ。
周囲の客は誰一人反応しない。
ヤチヨは、食い入るように彼女を見つめていた。
『……変わってないなー』
ポツリと呟く。
『歩き方……忙しくなると、ちょっと早足になる癖』
【……そんなに会いたかったのか】
一瞬、向かいが静かになる。それから、
『……うん』
かすれた声。
『ずっと、会いたかった……っ』
その声音は、さっきまでの騒がしさとはまるで違う、想いこがれる者の声。
「………」
俺は何も返せず、代わりに水へと口をつける。
その間も、酒寄彩葉は忙しそうに店内を動き回っていた。
当然、彼女は知る由もない。
今、自分を見つめている者がいることを。
しかも、その片方が──
『はあ…はあ……私には一度もしてくれなかった接客スマイル……最っ高!! あの顔を写真にして額縁に飾りたい!!』
"八千年もの時間を越えて自分に会いたいと願い続けてきた存在"だということを……。
「…………」
俺は冷ややかな目線で目の前の"それ"を見る。
酒寄彩葉を蕩けた顔で見つめながら、はあはあと荒い息を吐く姿は完全に不審者そのものであった。
(──果たして、
俺の中で8000年望んできた目標に、途端に不信感が芽生え始める。
……ヤチヨは明らかに挙動不審だった。
いや、自分にしか見えていないので実害はないのだが。
もし他の人にも見えていたら、
「落ち着きのない少女が店員の接客を興奮しながら実況している」というだいぶ怖い光景になっていただろう。
(……まあ、"あれ"を育てたのは酒寄彩葉なんだから、彼女が責任をもってなんとかするだろう……)
確かに一緒にいた期間だけで言えば俺の方が長いが……
子供の体感時間は大人のそれよりも長いという。
だから──
【私だけの王子様!! プロポーズして!!】
と書かれたファンサうちわを振り、キャーキャーとはしゃぐヤチヨを冷めた目で見ながら、
(……こんな風になったのは──
俺の責任じゃないはずだ)
そんな完璧な結論を弾き出し、
【知るかボケ。いちいち報告してくんな】
──俺は考えることをやめた。
◇ ◇ ◇
メニュー表で顔を隠しながら、ヤチヨの指示で酒寄彩葉を見続けていると。
その後も、ヤチヨは完全に酒寄彩葉へ視線を釘付けにしていた。
彼女が何か動くたびに、
『あっ、今厨房の人に褒められて照れてた!
相変わらずチョロ葉だな〜〜!』
とか、
『うわ!今、後輩の落とした食器を空中でキャッチした!かっこいい〜〜!!』
とか、
『ほらほら!今の見た!? お皿三枚持ったまま避けた!! すごくない!?さすが"私の彩葉"!』
とか。
逐一実況してくる。
もう反応するのもめんどくさいから途中から適当に聞き流し始めていた。
【お前よくそんな細かいとこ見てんな】
『当たり前でしょ』
真顔でそう言いきり、
『だって8000年ぶりの"生彩葉"なんだから。
一挙手一投足も見逃さないようにしなきゃ……』
目をバッキバキにして言うヤチヨ。
……言葉の圧が重いんだけど。
まあ、確かに目を引く子ではある。
忙しい店内でも動きに無駄がなく、
周囲への気配りもできている。
さっきから店員同士の連携も一番上手い。
高校生くらいに見えるのに、
妙に仕事慣れしていた。
そのまま、酒寄彩葉を見続けていると……
『──────』
目の前から、ジトッとした視線を感じた。
今の位置関係だと、酒寄彩葉を見ている時は、
対面にいるヤチヨを見ることは出来ない。
だから、ヤチヨが今どんな表情をしているのかは
わからないのだが……
【な、なんか視線を感じるんだけど……】
『……別に〜、気のせいじゃない?』
明らかに不機嫌そうな声色がイヤホンから届く。
──絶対に気のせいじゃないと思うんだけど……
店内は賑やかなはずなのに──
この席だけ妙に空気が重く感じた。
『あっ』
ヤチヨが急に声を漏らした。
【……今度は何だよ】
『──彩葉、疲れてる』
声に少し心配の色が混ざる。
【……え?】
『ほら、右手』
言われて見る。
彼女がトレーを持ち替えた瞬間、ほんの少しだけ右手を気にするような動きをした。
『たぶん手首痛めてる。無理してる時の動き方だ』
【そんなのわかるんだ】
『わかるよ』
ヤチヨは小さく言った。
『昔から、無理してるのをよく隠そうとしてたから』
その声は、さっきまでのはしゃぎ方とは違っていた。
……なるほど、ただ騒いでいるだけじゃないのか。
(ずっと……見てきたんだな)
だからこそ、小さな変化にも気付く。
そんなことを考えていると、
『ミコト! 見て!!』
【今度はどうした!?】
彼女になにかあったのかと思い聞いてみると。
『彩葉、今お客さんの会話聞いてちょっと笑った!!』
【クソ程どうでもいいわ!!】
俺の心配を返せ。
『ふふふ……』
なぜか突然ヤチヨが嬉しそうに笑う。
『ちゃんと頑張ってるんだなあ……』
その笑顔を見て、少しだけ毒気を抜かれた。
ここまで嬉しそうにされると、
水を差すのも野暮かもしれない。
そうして、俺もスマホをいじろうと思い、
目線を酒寄彩葉から外すと。
『ちょっと!視線戻してよ!せっかくの彩葉が見えないじゃん!』
途端に
【無茶言うな。そんなずっと見てたら怪しがられるだろ】
『えー!?ヤダヤダ──!
もっと生彩葉見〜た〜い〜〜!!』
目の前のヤチヨが駄々を捏ね始めた。
その時。
「ご注文お決まりでしょうか?」
不意に声が降ってきた。
片方のイヤホンを外し、顔を上げる。
そこには──
注文を取りに来た酒寄彩葉が立っていた。
そして、目の前では。
チラリと視線を向けてみると、
『…………』
ヤチヨが完全に固まっていた。
さっきまであれだけ騒いでいたくせに、急に沈黙している。
『……ミコト…』
ポツリと呟くと。
『──やっぱり、視線外して』
(……はぁ?)
見ろって言ったり、外せって言ったり。
なんなのこいつは?
【なんでだよ?念願の至近距離"生・酒寄彩葉"だぞ?
目に焼き付けろよ】
机の下で見られないように文字を打つ。
するとイヤホン越しに、か細い声が返ってきた。
『……む、無理……近い……目が、焼かれる……っ』
【誰が"本当に"目に焼き付けろっていった】
吸血鬼のような事を言い出したヤチヨは耳まで真っ赤になった顔を手で覆っていた。
もうあれは放っておいて、さっさと注文をしてしまおう。
「えーと、じゃあカフェラテのアイスひとつで」
「はい。カフェラテのアイスがおひとつですね」
『……あ!あと店員さんのスマイル一つ注文して!
できれば慣れてなくて恥ずかしそうな感じで!!』
黙れ。そんなサービスやってねえんだよ。
「以上でお願いします」
「かしこまりました」
こちらに軽くお辞儀をすると厨房に戻っていった。
「ああっ……!」
ヤチヨが名残惜しそうな声を出す。
こいつ……酒寄彩葉に真実を話して再会した時、
暴走するんじゃないか?
俺は"いつか訪れるその時"のことが、
心底心配になった。
────────────────────────
「お、お待たせしました……カフェラテになりますっ!」
テーブルへ静かにカップが置かれる。
ふわりと立ち上る香り。
注文を運んできたのは酒寄彩葉ではなく、別の店員だった。
まだ制服が馴染んでいない、
どこかぎこちない動きの少女。
新人なのだろう。名札にも初心者マークが付いている。
「…あ!お水のおかわりも持ってきますね!」
言われてみれば、もうコップの水も少なくなっていた。
「ありがとうございます」
店員が去っていき、俺が飲み物へ手を伸ばそうとした、その時──
イヤホン越しにヤチヨがぼそっと言った。
『……あの子、なんか危なっかしいね』
【そうか?確かに慣れてなさそうだったけど】
『う〜〜ん……な〜んか嫌な予感がするんだよねー』
言われて見れば、さっきも皿を落としそうになっていたな。
【でも、水をもってくるだけならなにも起こらないだろ】
『そうなんだけど……』
それでも、心配そうな声は続く。
【心配しすぎだろ……"絶対"なんもないって】
そんなことを話していると、さっきの店員が戻ってきた。
『……ミコト。今、絶対って言っちゃっ──』
──その直後だった。
「し、失礼しま──」
新人店員が足をもつれさせた。
ぐらり、と体勢が傾く。
「あっっ!?」
その手には。
"ピッチャー丸ごとの水"。
「『えっ?』」
同時に声が出る。
そして、次の瞬間。
バッシャァァァァァッ!!!!
「ッッッッッ!?」
大量の冷水が、真正面から降り注いだ。
頭。
肩。
服。
ズボン。
全部びしょ濡れ。
一瞬で店内が静まり返った。
「……あっ…」
新人店員の顔が青ざめる。
「す、すすすすみません!!!!!」
半泣きで頭を下げてくる。
ポタッ……ポタッ……。
俺は頭から水滴を垂らしながら固まっていた。
……冷たい。
めちゃくちゃ冷たい。
というか、まず量がおかしい。
(──なんでピッチャーごと持って来てんだよ!!)
思わず心の中で叫ぶ。
するとイヤホン越しに。
『ぶふっ……』
……おい。
『っ、あははははははっ!!』
笑うな!
目の前でヤチヨが腹を抱えて爆笑していた。
声が聞こえると言うことは、イヤホンは無事らしい。
AR投影された身体がひーひー震えている。
『いやだって!! 全部いった!!全部かかった!!』
見りゃわかるわ!
『ミコト、びしょ濡れ!! あははははっ!!』
(こいつ……あとで覚えてろよ!)
そんな間にも、新人店員は涙目で謝り続けている。
「ほ、本当にすみません……!」
「あー……いや、全然大丈夫です」
あんまり大丈夫ではないけど。
服が肌に張り付いて気持ち悪い。
だがここで怒鳴っても仕方がないだろう。
すでに新人店員が今にも泣きそうだし。
『いいんだよー。この人別に濡れても風邪引かないから!気にしないでー!……ぶふっっ…!!』
(お前は泣かしてやろうか?)
笑顔でサムズアップしているヤチヨを見て、そろそろ本気でとっちめてやろうかと思っていると。
「大丈夫ですか!?」
奥から慌てた様子で酒寄彩葉がやって来た。
「こ、これは……一体なにが……?」
彼女は状況を見るなり顔色を変えた。
「すみません、酒寄先輩……その、つまづいてお客さまにピッチャー1杯分の水をぶち撒けてしまって!」
「あーなるほど……」
後輩の説明を聞いた彼女はすぐさま状況を把握し。
そして、覚悟を決めて。
「お客さま……大っっっっ変申し訳ありませんでした────!!」
──全力の謝罪を決めるのであった。
これが、俺と彩葉さんの現実での初対面だった。