超かぐや姫! 星の降る音   作:サトウシュン

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エピローグ⑨ 平和な日常

 

 

 ミコトside

 

 

 夕方、俺とヤチヨがソファでくつろいでいると。

 

 

 廊下から、ぱたぱたと軽快な足音が響いてくる。

 

 

 その数秒後。

 

 

 ──バタンッ!!

 

 

 勢いよくリビングのドアが開かれた。

 

 

「ただいま──!!」

 

 

「だからドアはゆっくり開けろって何度も──」

 

 

 ──バァンッ!!

 

 

 続いて、勢いよくドアが閉じられた。

 

 

「ねー聞いて聞いて!今日、クラスの友達と写真撮ったんだー!」

 

 

 ミコトのおやのいかり! ──しかし、かぐやには効果がないようだ……

 

 

(……うん。知ってた。こいつに“落ち着いて帰宅”という概念は存在しない)

 

 

 学校帰りのかぐやが、鞄を半分投げるみたいに床に置き、そのままソファに座っている俺とヤチヨの隣へ、どすんと音を立てて座りこんでくる。

 

 

 制服のスカートがふわりと揺れ、首元のリボンが少し曲がっていた。

 

 

 ……どうせまた、教室で騒ぎ回ってたんだろう。

 

 

(いやだなー。そのうち担任の先生から苦情とか来るんだろうなー……)

 

 

 そんな確実に訪れるであろう未来に憂鬱している俺とは反対に、

 

 

「お〜、青春してるね〜!」

 

 

 ヤチヨは楽しそうに興味を示す。

 

 

 かぐやは鼻歌を歌いながら、スマホを操作し、

 

 

「え〜と、この子! めっちゃ仲良しになったの!」

 

 

 そう言って、俺たちの前に画面を突き出してくる。

 

 

「へぇ、どれど──」

 

 

 そこまで言いかけて。

 

 

「「──えっ」」

 

 

 俺とヤチヨの声が、ぴたりと重なった。

 

 

 空気が止まる。

 

 

 スマホに表示された写真の端には、自分で撮ったため、

 細い指先が少しだけ映り込んでいた。

 

 

 中央に映っていたのは、笑顔のかぐやと──その隣で、少し照れくさそうに微笑む、"一人の少女"。

 

 

 長い黒髪。整った顔立ち。どこか控えめで、優しそうな笑い方。

 

 

 ……見間違えるはずがなかった。

 

 

 だって、その顔を──俺たちは、ずっと前から知っていたから。

 

 

「………っ」

 

 

 隣で、ヤチヨの肩が小さく震えていた。

 

 

 ……無理もない。

 

 

 だって、この高校はかぐやが自分の意思で選んで、俺たちは特に関与していない。

 

 

 なのに、まさか。

 

 

 かぐやと同じクラスで、しかも、友達になっているなんて……

 

 

 俺だって今、心臓が妙な音を立てて──

 

 

ハァ……ハァ…っ……ろ、六十年ぶりの制服姿……しかも、別制服バージョン……っ!?しゅ、しゅきぃ……っ!」ドサッ

 

 

 その言葉を最後に、ヤチヨがそのままソファへ倒れ込んだ。

 

 

(……違った。こいつ、()()()()()とかじゃなくて()()姿()()()()()()に興奮してただけだわ)

 

 

 ……今ちょっと感動しかけた俺の気持ち返せ。

 

 

 エモい空気を全部ぶち壊した変態を、俺は冷めた目で見下ろす。

 

 

「ヤチヨ、どうしたのー?」

 

 

 首を傾げたかぐやが、ソファに転がるヤチヨを不思議そうに覗き込む。

 

 

「気にすんな。ただの尊死した変態だ」

 

 

「そーなんだ!邪魔だから早く別の部屋に片付けといてね?

 

 

 どうやら、かぐやもヤチヨの扱いにはだいぶ慣れてきたらしい。しかも、「遺影用の写真、この緩みきっただらしない顔でいいのかなー?」などと言いながら、パシャパシャと顔を連写しているかぐやを見て、ヤチヨもいい反面教師になれているようだと安心する。

 

 

 それにしても、いくら"六十年ぶり"だからといって、興奮してぶっ倒れることないだろうに……

 

 

(……ん? というか、六十年ぶり?)

 

 

 そこでふと、違和感が引っかかった。

 

 

 彩葉さんが高校生だった時代は、確か今から七十年くらい前だったはずだ。つまり、ヤチヨは"二十八歳くらいの時"にも一回彩葉さんの制服姿を見ていることになるのだが……

 

 

(……数え間違いか?)

 

 

 倒れているヤチヨを見下ろす。

 

 

 こいつ、興奮しすぎて計算も怪しくなってるんじゃないだろうな?

 

 

 そうして、ため息を吐きながら、もう一度かぐやにスマホの写真を見せてもらう。

 

 

 改めてその姿を見た瞬間、胸の奥にじんわりとした熱が広がった。

 

 

「……そっか」

 

 

 自然と、声が漏れる。

 

 

「こっちの世界でも、巡り会えたんだな……」

 

 

 自分でも驚くくらい、優しい声だった。

 

 

 かぐやが不思議そうに首を傾げる。

 

 

「……ん? ミコト、なんか言った?」

 

 

「あー……いや」

 

 

 そうして、不意に思い出す。

 

 

 以前、ヤチヨに見せられた、とある記事のことを。

 

 

 ◇  ◇ ◇

 

 

『ミコト! 見てこれ!!』

 

 

 ある日、ソファに座って端末をいじっていた俺の視界に、ヤチヨのスマホがぐいっと突き出される。

 

 

『……? どうした?』

 

 

 俺が半身を起こして尋ねると、ヤチヨは待ってましたと言わんばかりに画面を指差した。

 

 

『この曲!最近でたやつなんだけど、作曲家の名前見てみて!』

 

 

 興奮で声が少し上擦っていた。

 

 

 俺はスマホを受け取り、再生画面の下に表示されているクレジットへ視線を落として。

 

 

 そこに書かれていた名前を見て、俺は目を見開いた。

 

 

『……この名前って、まさか』

 

 

 俺が直接会ったことはない……というより、

 会うより前に、既に亡くなっていた人。

 

 

 だけど、その苗字は。

 

 

 俺たちにとって、あまりにも馴染み深かった。

 

 

『じゃあ……こっちの世界にも……!?』

 

 

 顔を上げると、ヤチヨは満面の笑みで頷いた。

 

 

『ふふっ、そういうこと!』

 

 

 そうして、俺の隣へ腰を下ろすと、すぐに別の記事を開いた。

 

 

 画面に映っていたのは、ニュースサイトの特集記事だった。

 

 

 “天才ピアニスト女子高生”。

 

 

 そんな見出しの下に、一人の少女の写真が載っている。大きな賞状を抱えながら、少し照れたように微笑む少女。その名前を見た瞬間、俺は言葉を失った。

 

 

『これって……』

 

 

『うん……音楽が大好きで、"小さい頃から"ずっとピアノを続けてるんだって……!』

 

 

 記事を読むヤチヨの声は、どこか嬉しそうで、泣きそうにも聞こえた。

 

 

 ……きっと、色々と思い出しているのだろう。

 

 

『……そっか』

 

 

 それにつられるように、

 俺も胸の奥が少し熱くなる。

 

 

 俺がぽつりと呟くと、ヤチヨが隣でくすっと笑った。

 

 

『ミコト、今すっごい嬉しそうな顔してる』

 

 

『そりゃそうだろ』

 

 

 だって。

 

 

 俺たちのことなんて知らなくても。

 

 

 別の世界で、別の人生を歩いていても。

 

 

 ちゃんと笑っていて。

 

 

 好きなものを見つけて。

 

 

 普通の高校生として毎日を過ごしている。

 

 

 それが──どうしようもなく嬉しかったのだから。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「……いや、なんでもない」

 

 

 俺は小さく首を振る。

 

 

 そして、スマホの中で笑っている少女を見ながら、

 かぐやへ言った。

 

 

「……いい子そうだな」

 

 

 すると、かぐやの顔がぱっと明るくなる。まるで自分のことを褒められたみたいに、得意げに身を乗り出してきた。

 

 

「でしょ!? ちょっとツンデレだけど、めっちゃチョロくて優しいんだよ!」

 

 

「友達にチョロい言うな……言っても無駄だろうが、あんまりその子に迷惑かけるなよ?」

 

 

 これから、このお転婆に振り回されることが確定した少女に同情しながら、一応かぐやに注意をしておく。

 

 

「……なんでかぐやが何かする前提なの?」

 

 

 それに納得のいかなかったかぐやが、むっと頬を膨らませる。

 

 

 そりゃ、嫌と言うほどその光景を見てきたからな……

 

 

 つい口から出かけた、そんな言葉を飲み込んで。

 

 

「……けど、そんないい子なら大事にしろよ」

 

 

 俺の言葉に、かぐやは一瞬きょとんと目を瞬かせた。

 

 

 そしてすぐに、少しだけ照れくさそうに笑う。

 

 

 その笑顔は、年相応の女子高生みたいに無邪気だった。

 

 

「えへへ、当たり前じゃん!」

 

 

 そう言って、かぐやはぎゅっとスマホを大切そうに抱きしめた。

 

 

「かぐやの……()()()()()だもんっ!!」

 

 

 その言葉を聞いて。

 

 

「そっか……」

 

 

 胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。

 

 

 かぐやにとって「大切な存在」が増えている。

 

 

 誰かと笑い、繋がりながら、少しずつ自分の世界を広げている──それが分かったからだ。

 

 

 そんなふうに、少し感傷に浸っていた矢先。

 

 

「あっ、そうだ!」

 

 

 不意に、かぐやが何かを思い出したように顔を上げた。

 

 

「そういえば、"FUSHI"は?」

 

 

 さっきまで別の話題で盛り上がっていたはずなのに、こうして急に思考が飛ぶのはいつものことだ。

 

 

 相変わらず忙しないな、と少しだけ口元が緩む。

 

 

「いつもの部屋」

 

 

 そう答えた瞬間だった。

 

 

「よっしゃ!」

 

 

 かぐやの目がぱっと輝く。そして、次の瞬間には壁際に置いてあったリードを手に取り、勢いよく部屋を飛び出していた。

 

 

(……ああ、始まるな)

 

 

 俺はそれを止めもしなかった。というより、もう止める気が起きない。なぜなら、この流れは何度も見てきた“日課”だからだ。

 

 

 廊下を駆ける軽快な足音。

 

 そして。

 

 

 ──バタン!!

 

 

 またも勢いよく扉が開かれる音が家に響いた。

 そのうち扉壊れそう。

 

 

「げっ!? また来たのか、かぐや!」

 

 

 数秒遅れて聞こえてきたのは、聞き慣れた悪態。やたらと口が悪く、無駄に感情豊かな声。

 

 

「FUSHI、今日も散歩の時間だよ!」

 

 

 弾むような声で告げるかぐや。対して、返ってくるのはいつもの拒絶。

 

 

「だから、ジブンに散歩は不要だって何度も言ってるだろうが!! あ、コラ! 勝手に首輪をつけるな!!」

 

 

「な〜に言ってんの! 犬は定期的に散歩行かないとなんだから。文句言ってないでさっさと行くよ!」

 

 

「だからジブンは犬じゃ──うおっ!? 引っ張るな!!」

 

 

 がちゃがちゃと何かが暴れる音が聞こえてくる。

 

 

 おそらく、抵抗するFUSHIに無理やり首輪を装着しているのだろう。

 

 

 ……ちなみに。

 

 

 かぐやは、FUSHIのことを普通の犬だと思っている。

 

 

 最初は驚くと思っていた。犬が喋るのだから当然だ。

 

 

 普通なら、腰を抜かすなり、悲鳴を上げるなり、最低でも「えぇっ!?」くらいはなると思っていた。

 

 

 だが、現実は違った。

 

 

『FUSHIってすごいね〜。会話できるんだ!』

 

 

『あっ、それで終わるんだ』

 

 

 逆に──

 

 

 FUSHIの存在が、かぐやの“犬観”を盛大に狂わせてしまったみたいで……

 

 

 ある日、散歩中らしいおばあちゃんと一匹のポメラニアンを見かけた時だった。

 

 

『か、かわいい……!!』

 

 

 かぐやの目が一瞬で輝き、吸い寄せられるように近づいていく。

 

 

『ねえ、撫でてもい〜い!?』

 

 

 勢いよく尋ねるかぐやに、おばあちゃんは目を細める。

 

 

『あらあら、いいわよぉ。優しくしてあげてねぇ』

 

 

『やった!』

 

 

 その場にしゃがみ込み、かぐやは嬉しそうにポメラニアンの頭を撫で始めた。

 

 

『お〜よしよし〜! かわいいねぇ〜!』

 

 

 そして、何気ない調子でかぐやは尋ねる。

 

 

『名前はなんて言うの〜?』

 

 

『……わふっ!』

 

 

 犬が元気よく吠える。

 

 

『………』

 

 

 そして、数秒の沈黙の後。かぐやの眉が少しずつ寄っていく。

 

 

『あれ……喋らない……』

 

 

 その言葉に、おばあちゃんは「ん?何言ってんだコイツ?」という顔をした。

 

 

 そして、かぐやは少し考え込んだあと。

 

 

 "ハッ"と、かぐやは突然天啓でも降りてきたように小さく頷き、妙に真剣な顔をしながら口を開いた。

 

 

『ああ、そっか──柴犬じゃないからか!』

 

 

『お嬢ちゃん?犬種に関わらず、犬は人間の言葉を話さないのよ?』

 

 

 

「ミコトー! FUSHIが今日も反抗期ーー!」

 

 

 廊下の奥から、かぐやの声が響く。その直後、

 

 

「誰が反抗期だ!!ジブンは被害者だ!!おい、助けろミコト!!この小娘、毎回ジブンを強制連行するんだが!?」

 

 

 半ば悲鳴のような訴えが飛んできた。

 

 

 俺は小さくため息をつく。

 

 

 ……助けようと思えば助けられる。

 

 

 ただ、FUSHIも本気で逃げようと思えば逃げられる性能をしているはずだ。

 

 

 それをしない時点で、FUSHIもなんだかんだかぐやのことを満更でもなく思っているのだろう。……まったく!相変わらずFUSHIは恥ずかしがり屋さんだなぁ!(※FUSHIは毎回ちゃんと全力で逃げようとして捕まっています)

 

 

「はいはい………今日も気をつけて行ってこいよ?」

 

 

 一拍置いて、呆れながらそう返す。すると、

 

 

「この裏切り者ォォォォ!!」

 

 

 FUSHIは逃げられなかった!

 

 

 家中にFUSHIの絶叫が響いた。その直後、

 

 

「ほらほら、散歩行くよ〜!」

 

 

「離せ! ジブンに排泄機能はない!!」

 

 

 そんな騒がしい声が遠ざかっていく。

 

 

 ……平和だな。

 

 

 そう思い、ずずっとお茶を啜りながら横を見る。

 

 

 そこには、彩葉さんショックの後遺症がまだ抜けきっていない生物が、白目を向いて転がっていた。

 

 

「………」

 

 

 ──訂正。

 

 

 我が家の平和は──いつも誰かの犠牲の上に成り立っている。

 

 

────────────────────────

 

 

 

 おまけ

 

 

 さらに二週間後。

 

 

 かぐやの友人(I.S) side

 

 

 キーンコーンカーンコーン……

 

 

 四限目終了を告げるチャイムが鳴った瞬間。

 

 

 それまで静かだった教室が、一気にざわめき始める。

 

 

 椅子を引く音。

 

 友人を呼ぶ声。

 

 購買へ走っていく足音。

 

 

 そんな昼休み特有の喧騒の中──

 

 

「あ〜、やっとお昼だ──!」

 

 

 ひときわ大きな声が教室に響いた。

 

 

 午前の授業という長い苦行からようやく解放され、待ちに待った昼休みの到来に嬉しさを隠しきれない声に、私は思わず顔を上げる。

 

 

「一緒にご飯食べよー!!」

 

 

 そこにいたのは、お弁当と椅子を抱えたかぐやだった。

 

 

 そして次の瞬間には。

 

 

「……おい」

 

 

 当然のように私の正面へ椅子を置き、机の上を自分の弁当で占領し始める。

 

 

「えへへ〜」

 

 

(えへへ〜って、こいつ……相変わらず遠慮ってもんを知らないな……)

 

 

 呆れながらも、もう今さら追い返す気にもなれない。

 

 

 この二週間で、昼休みにこうして一緒にご飯を食べるのが、すっかり当たり前になっていた。

 

 

 ここまで仲良くなったきっかけは……まあ、“あの日”の突然の誘いもあるけれど、大きいのは共通の趣味の話題だろう。

 

 

 私が筆箱につけていた"メンダコのキーホルダー"。

 

 

 それを見たかぐやが、目を輝かせながら。

 

 

『あっ!それ、"ヤチヨのグッズ"!?ヤチヨ好きなの!?』

 

 

 ──と、食いついてきたのだ。

 

 

 Vtuber『月見ヤチヨ』

 

 

 まさかこんなギャルっぽい見た目の子がVtuberを見ているとは思わなくて、最初はかなり驚いた。

 

 

 正直、東京に来たばかりで、まだ標準語もうまく話せない私は、周囲と少し距離を取っていた。

 

 

 だからこそ、人との距離感なんて気にしないみたいに、ぐいぐい踏み込んでくる、かぐやの存在は──

 

 

『いや、月見ヤチヨって本当にすごいんだよ!? もちろん最初は“歌うまっ!”って思って見始めたんだけど、ただ上手いだけじゃないっていうか……感情の乗せ方がすごいの! なんか、歌聴いてるだけなのに“ああ、この人、ちゃんと苦しい時期乗り越えてきたんだろうな”って勝手に伝わってくる感じで……しんどい時に聴くと、普通に泣きそうになるし。あと雑談配信もめっちゃ面白くて、ふわっとしてるのに時々急に核心ついたこと言うんだよ! なんやろ、説教くさいわけやないのに、不思議と“もうちょい頑張ろ”って思わせてくれるというか……あとファンとの距離感も絶妙なんよ! 近すぎひんのにちゃんと見てくれてる感じがして、売れてんのに全然偉そうちゃうし、歌枠終わりの雑談とかほんま好きで……気づいたら毎回最後まで見てまうんよ!』

 

 

『そ、そうなんだ……うわ〜……ヤバい人だ

 

 

 ……思っていたより、ずっとありがたかった。

 

 

 

「な〜んか……あむっ……最近さ〜」

 

 

 かぐやは唐揚げを頬張ったまま話し始める。

 

 

「いや、食べながら喋るな」

 

 

「んぐっ!」

 

 

 慌てて咀嚼する姿に、思わずため息が漏れた。

 

 

(ほんと、見た目は綺麗なのに行動が雑なんだよね……)

 

 

 髪も肌もモデルみたいに整っているのに、食べ方とか座り方とか、細かいところが妙に雑だ。

 

 

 ただ──その手首だけは、少し印象に残った。

 

 

 制服の袖口からちらりと見える、()()()()()()()()()()()

 

 

 派手なアクセサリーが似合いそうな見た目なのに、不思議とそれだけは妙に落ち着いたデザインで。

 

 

 傷ひとつないそれを、かぐやは無意識みたいに時々指先で触っている。

 

 

「ごくん……うちの両親めっちゃ殺気だってるんだよね〜」

 

 

 かぐやが妙にのんびりした口調でそんなことを言う。

 

 

「えぇ……?あんたの両親仲悪いの?」

 

 

 私はおにぎりを持ったまま動きを止めた。

 

 

 こんなお気楽なやつだけど、案外家庭環境に複雑な事情でもあるんだろうか?

 

 

「いやぁ?結構長い付き合いらしいんだけど、付き合う前のカップルみたいなイチャつき方してるよ?」

 

 

「なにそれ……逆に見てて気まずくない?」

 

 

 思わず苦笑する。うちの両親も結構仲良いけど、さすがにそんないちゃつき方はしないし。

 

 

(というか、かぐやの両親ってなんか想像つかないんだよね……)

 

 

 自由奔放すぎて、“誰かに育てられた”感じがしないっていうか。"生まれた瞬間から自我持ってました"って言われた方がまだ納得できるというか。

 

 

「……ねえ?なんか今失礼なこと考えてない?」

 

 

 ……妙に鋭いなこいつ。

 

 

 まだ知り合って二週間しか経っていないのに、かぐやの傍若無人っぷりには驚かされてばかりだ。

 

 

 授業中に隠れて早弁して怒られたり、突然なぜか恵方巻一口食べ切りチャレンジしだしたり、先生にバグみたいな距離感で接して、なんだかんだ可愛がられてたり。

 

 

 (でも、これを十六年育てたんだよな……)

 

 

 そう思うと、まだ見ぬかぐやの両親に、ほんの少し同情したくなる。それと同時になんだか仲良くなれそうな気がした。

 

 

「まあいいや。それでさ、最近二人が夜中にこっそり部屋を抜け出して"なんか"してるからさ」

 

 

 二人で夜中に、こっそり? それって………

 はえ〜16歳の娘がいるのにお元気で……

 

 

「なにしてるのか気になって、部屋の前で聞き耳立ててみたんだよ!」

 

 

「えぇっ!?聞きに行っちゃったの!?」

 

 

 だ、ダメでしょ!……気になるのはわかるけど!

 

 

 だって、そ、そりゃあ…夫婦が夜中にこっそりすることなんて……その、えっと……こう、健全な高校生には説明しづらいアレというか……!つまり──こ、子作──

 

 

「そしたら、お父さんがさ。うまく聞き取れなかったんだけど……"なんちゃら人?を今度は一匹残らず駆逐してやる!"……って言ってて」

 

 

 ──違ったわ。

 

 

 子どもなんて可愛いもんじゃなくて、物騒な兵器作ってんじゃん。新しい命を育むどころか、今ある命まとめて消し飛ばそうとしてるよ。

 

 

「こんわっ!?あんたの両親テロリストとかじゃないよね!?」

 

 

 前言撤回だ……やっぱり仲良くなれる気がしない!……いやだって怖いでしょ!一匹残らず駆逐って何!?物騒すぎるんだけど!?

 

 

 でも、かぐやはケラケラと笑っている。

 

 

「いやいや、そんなわけないじゃん?普段めっちゃ優しいから? まあ、確かに、"戦争でも経験してんのか"ってくらいの肝の座り方してるけど」

 

 

「その例えがもうアウト寄りなんだって!」

 

 

 呆れながら突っ込む。

 

 

「あっ、それとね!」

 

 

 かぐやが、にぱっと明るい笑顔を浮かべる。

 

 

 その笑顔は思わず惚れ惚れしてしまいそうなものだったが、今は嫌な予感しかしなかった。

 

 

 かぐやがこういうテンションで“それとね!”を付ける時、大体ろくでもないというのはわかっていた。

 

 

「両親にこの前撮ったツーショット写真見せたら、お母さんが『どんな手を使ってでもその子を家に連れてこい!』って言っててさ!」

 

 

「いや怖い怖い怖い怖い!」

 

 

「だから、今度うちに遊びにおいでよ!」

 

 

 かぐやが満面の笑みを浮かべる。

 

 

 太陽みたいな笑顔だった。

 

 屈託がなくて、眩しくて。

 

 見ていると、こっちまで楽しくなるような笑顔……

 

 

 ──なのに。

 

 

 なぜだろう。

 

 

 私の脳裏には、“見てはいけないものを見て口封じされる自分”の映像が鮮明に浮かんでいた。

 

 

「いや、絶対行かないから!!」

 

 

 気づけば教室中に響くレベルの声で拒否していた。

 

 

「えぇ〜!? なんで〜!?」

 

 

「なんでじゃないの!!」

 

 

 きょとんとしているかぐやに対し、私は本能レベルの危機感を抱きながら全力でツッコむのだった。

 

 

 ……でも。

 

 

 そんなやり取りをしている今が、少し楽しいと思ってしまっている自分がいる。

 

 

 

 学校に来たばかりの頃は、昼休みが少し苦手だった。

 

 

 自分の意思で決めたこととはいえ、初めて親元を離れて、知らない土地に来て。

 

 

 標準語もまだうまく話せず、つい冷たい話し方になってしまうものだから、周りからも距離を置かれてしまって。

 

 

 スマホを見ながら時間を潰していた。

 

 

 ──けれど今は違う。

 

 

 隣には騒がしくて、自由で、意味不明で。でも、どこまでも明るい女の子がいる。

 

 

「え〜、絶対来た方がいいと思うけどな〜」

 

 

「なんの根拠を持ってそう言ってんの!?」

 

 

「絶対びっくりして、『私と友達になってくれてありがとうございます!かぐや様!』って言うから!」

 

 

「そないなわけあらへんやろ!!」

 

 

 私は呆れながらため息をつく。

 

 

(……ほんと、調子狂う……でも、)

 

 

 ──まあ、悪くないかもしれない。

 

 

 そう思ってしまうくらいには。

 

 

 私はもう、この天真爛漫な少女に振り回され始めていた。

 

 




こいつら、8000年の付き合いの癖に簡単に互いを切り捨てすぎでは……?

あと、次でエピローグ終わります。もしかしたら長くなって前後編でわけるかもしれませんが。
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