超かぐや姫! 星の降る音   作:サトウシュン

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「今度こそ完結したんじゃなかったのか」と思った方、すみません。

 また最終回詐欺になってしまって申し訳ないのですが、エピローグで書ききれなかったものがまだ残っていたので、供養ということで少しだけお付き合いいただければ幸いです。

 時系列としてはエピローグラスト後です。


エピローグプラス 前編 酒寄彩葉の家庭訪問

 

 彩葉side

 

「たっだいま──!」

 

 かぐやが玄関のドアを開けると同時に、明るい声が家の中へ響く。

 

 その後ろで、私は小さく息を吸った。

 

(つ、着いちゃった……)

 

 初めて来る恋人の家。

 

 駅からここまで歩いている間もずっと緊張していたが、いざ玄関の前に立つと緊張はさらに増していた。

 

(ふぅ〜……落ち着いて、わたし。大丈夫だから)

 

 深呼吸をして、何度もそう自分に言い聞かせる。

 

 今日はただ普通に遊びに来ただけであり、何も緊張する要素などないはずだ。

 

 ないはずなのだが──

 

(こ、ここがっ! 月見ヤチヨの暮らしている家ッ!!)

 

 そう、先ほどからずっと私の頭を支配していたのは最推しである"月見ヤチヨ"のことだった。

 

 かぐやの家に遊びに来たはずなのに、脳内では既に『聖地巡礼』という四文字が激しく点滅している。

 

 ……だが、冷静に考えてみてほしい。

 

 推しが歩いている廊下。

 推しが普段座っているソファ。

 推しが使っている食器。

 

 それらが全てこの家に存在しているのだから、興奮するなという方が無理な話だ。

 

(実質、"国宝展示会"では? 入場料を支払うべきでは?)

 

 そんなことを真面目に検討しているあたり、私の頭は全然正常運転ではなかった。

 

 だが、そんな緊張とは裏腹に今日は月見ヤチヨ本人は不在らしい。それは事前にかぐやから聞かされており、

 

『今日は彩葉が来るから"兄"と"姉"には出かけてもらってるから!』

 

 と言っていた。

 

 最初、かぐやの"お姉さん"が月見ヤチヨだと聞かされた時──

 

("これ"と月見ヤチヨが姉妹……だと???)

 

 私の脳は処理能力の限界を迎え、宇宙が広がった。

 

 思考も感情も停止し、ただ無限の星々だけが広がる世界。

 

(──ああ、人は本当に理解を超えた情報を受け取ると宇宙になるんだな)

 

 などと現実逃避をしていた数秒後。

 

『しかもヤチヨ恋人いるよ』

 

『ぐぼぁぁぁぁぁっっ!?!?』

 

 ──その瞬間、私の脳内宇宙は盛大なビッグバンを起こした。

 

 銀河が吹き飛び、恒星が砕け散り、文明が滅び、物理法則すらログアウトした。

 

 ……あまりにも衝撃が大きすぎたせいだろう。爆発の後には、妙に澄み切った静寂だけが残り──

 

 私の情緒はその日、木っ端微塵になって風に散った。

 

 そして生まれ変わった私は、『推しが幸せならそれでいい』と微笑む高僧のような精神性を手に入れていたのだ。

 

(……いや、応援はするよ? するけどね?)

 

 推しの幸せを願うこの気持ちに嘘はない……でも、もしも実際に目の前でヤチヨが彼氏と手を繋いでいたら? 仲良さそうに肩を寄せ合っていたら? ましてや恋人同士らしい雰囲気なんて見せられた日には?

 

 その時、果たして私の手はそれでも祝福の拍手を送っているのか……それとも"先端の鋭く尖った銀色の調理器具"を握っているのか、私自身にもわからな──

 

「彩葉……? ねえ! 彩葉!!」

 

「えっ!? あ、ごめんかぐや。なに?」

 

「もう〜、どうせヤチヨのこと考えてたんでしょ? 今日はかぐやと遊ぶために来たんだからね! 残念だけど、彩葉の大好きなヤチヨは今日出掛けてるから!」

 

「うっ……」

 

 否定できない。

 

 まあ正直、会いたい気持ちがなかったかと言えば嘘になるが、助かったという気持ちの方が大きかった。

 

 もし本人がいたら、自分は支離滅裂な発言をして、まともに会話できない自信があるからだ。

 

 うん。絶対に固まる。絶対に変な声が出る。なんなら気絶する可能性すらある。

 

 そんなことを考えながら、かぐやの後に続いてリビングへ入った。

 

 その時だった。

 

「いらっしゃい、彩葉ちゃん」

 

 ──声が聞こえた。

 

 聞き覚えのある凛とした声。というか、もはやルーティーンじみたように毎日聞いている声。

 

 反射的に身体が固まる。

 

(──え?)

 

 そして、ゆっくりと視線を向けると。

 

 リビングのソファに、優雅に紅茶を飲む女性が座っていた。

 

「…………」

 

(な……な、ななな──!!)

 

「なんでいるの!?」

 

 隣にいるかぐやが、今の私の気持ちを完璧に代弁してくれた。

 

「? 自分の家だからだけど?」

 

 女性はさも当然のように答える。

 

 その声を聞いて、私は確信した。

 

(……ほ、本物だ…)

 

 本物のヤチヨだ。

 

 画面の向こうでも、配信越しでもない。

 目の前だ。数メートル先にいる。

 

 つまり──

 

(私は今……推しと同じ部屋の空気を吸っている!!!!)

 

「ミコトと一緒に出かけといてって言ったよね!?」

 

「うん! でもかぐやの友達に会いたかったから断った!」

 

「いや断るな!!」

 

 悪びれた様子もなく笑う彼女に、かぐやがつっこむ。

 

 そして──こちらへと視線を向けた。

 

(あっ……推しと目があった。これ無料コンテンツなのバグでは?)

 

「彩葉ちゃん」

 

(推しに名前を呼ばれた!? すいません、この記憶のクラウド保存はどこですか?)

 

「ヒャ、ヒャイ!」

 

 そんなことを考えていたら、喉から理性の断末魔みたいな声が漏れた。

 

(あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)

 

 心の中の私が両手で頭を抱えながら絶叫する。

 

 終わった。今すぐ消えたい。穴があったら入りたい。いや、自分で掘る。スコップ持ってくるからちょっと待ってほしい。

 

「ふふっ!」

 

(あぁ……推しが、笑った……)

 

 その天使のような笑顔を見た瞬間、私の魂は雪のように白く溶けていった。

 

「"初めまして"、だね♪」

 

「……はっ!? ──は、はじめまして!!」

 

 どうにか三途の川の手前でUターンし、選挙カーもびっくりの大声で返事をすると、彼女は少し嬉しそうに目を細めた。

 

「もう〜、そんな緊張しなくてもいいのに」

 

(無理です。それは無理です。私の人生で一番無理です)

 

 月見ヤチヨ本人を前にして緊張するなという方が無理な話だ。

 

(だって私、あなたの配信をおかずに白米を食べたこともあるんですよ!?)

 

『今日のおかずは……ヤチヨの配信でいっか。だって、ビタミンは太陽光を浴びるとビタミンDが生成されるよね? そしてヤチヨは太陽だから、ビタミンはヤチヨの配信で取れる。ヤチヨの歌を聴くと力が湧いてくるから、筋肉の材料であるタンパク質も取れてる。眠れない夜に配信を見てよく眠れたことあるから、睡眠の質を改善するアミノ酸も。配信を見ると貧血っぽさが消えるから鉄分も、あと名前に月が入ってて、月ってなんかミネラル豊富そうだから、ミネラルもオッケー……つまり、月見ヤチヨの配信は完全栄養食──Q.E.D。いただきます』

 

 そんな本人には絶対に知られてはいけない思考をどうにか飲み込みながら──私と推しとの、思いもよらぬ初対面が幕を開けたのだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 かぐやside

 

(むぅ〜〜〜)

 

「あの、あのあのあの……ヤチヨさん……」

 

「もう、そんな堅苦しい呼び方じゃなくて"ヤチヨ"って名前で呼んで? 私も"彩葉"って呼ぶから♪」

 

「えっ!? で、でも……っ」

 

「いいのいいの♪ ほら……ね?」

 

「じゃ、じゃあ……ヤ、ヤチ、ヤ、ヤチチチっ──……いや、やっぱり推しを呼び捨てとか畏れ多すぎて無理ですっ!!」

 

「もう〜〜♪」

 

 嬉しそうに笑うヤチヨ。そして、その笑顔を見て顔を真っ赤にする彩葉。

 

 そんな彩葉の様子を見ながら、私は不満げに頬を膨らませる。

 

 ……さっきからずっとこんな調子だった。

 

 ヤチヨは彩葉を気に入りすぎているし、彩葉は彩葉で推しを前にして完全に舞い上がっている。

 

 その結果──

 

「その服、彩葉にすごく似合ってるね♪」

 

「そ、そんなことないです!!」

 

「あるよ〜! だって、彩葉の可愛さがちゃんと引き立ってるもん♪」

 

「ひゃうっ!?」

 

 彩葉が変な声を上げ、また顔を真っ赤にする。

 

 なんだろう……すごく面白くない。

 

 もちろん彩葉がヤチヨを好きなのは知っている。でもそれは恋愛感情じゃなくて、あくまでファンとして。だから本当に好きなのは私だというのは頭では分かっている……分かってはいるんだけど……

 

(なんか、私といる時よりも楽しそうじゃない?)

 

 事実、今日の彩葉の視線はほとんどヤチヨへと向いている。

 

「彩葉って私の配信全部見てくれてるんだよね?」

 

「はっ、はい! 全部2回以上見てます!!」

 

「ふふっ♪ 嬉しいなぁ♪…はぁ…はぁ…あの頃の彩葉が…目の前に…

 

「あっ、ちょっと距離が……近い…近すぎて存在がっっっ……! 

 

 ヤチヨに話しかけられれば嬉しそうにして、褒められれば照れて、笑いかけられれば今にも昇天しそうな顔をする。

 

(というかヤチヨも距離近くない?)

 

 初対面だよね? なんでそんなに仲良くなってるの?

 

 私が駅まで迎えに行って。

 私が家に連れてきて。

 私が一番今日という日を楽しみにしてたのに。

 

 なんで一番盛り上がってるのがヤチヨなの? あとなんで少し息を荒げてるの? 

 

 そして──

 

 なんで彩葉もそんなに嬉しそうなの?? 

 普段私と話してるときはそんなヨダレ垂らして緩み切った顔しないのに……

 

(なんだろう、この感情は……こう、胸の奥から"どろりとした何か"が溢れ出してくるような)

 

 自分でもその正体が何なのかは分からない。けれど、ただ一つだけ確かなことがあった。

 

(──このまま放っておくのはまずい)

 

 そう思った私は、そっと廊下へ抜け出すと素早くスマホを取り出した。

 

 この家でヤチヨを制御できる人間は一人しかいない。

 

 その連絡先をタップし、コール音が数回鳴った後。

 

『どうした? かぐや──』

 

「助けてミコト!! このままじゃ彼女が母親に寝取られる!!」

 

何トチ狂ったこと言ってんだお前──って言いたいところだけど、状況が一瞬で理解できちゃったのがすごい嫌なんだが……』

 

「さすがはミコト! って言いたいところだけど……そもそも、なんで今日出掛けといてって言ったのにヤチヨが家にいるの!?」

 

 私がそう叫ぶ間にも、ヤチヨは彩葉の隣へぴったりと張り付き、嬉しそうに話しかけ続けている。

 

『いや、ヤチヨが「今日は別行動する」って言うから、ちゃんと玄関から出ていくのを見届けてFUSHIと一緒に出かけたんだけど……まさか一度出て行ったふりをして、こっそり戻ってきてたとは』

 

「そこまでするか! どんだけ会いたいの!? ……とにかく、彩葉が推しに絡まれて存在を維持できなくなってきてるから、専属苦労人として早くヤチヨを回収しにきて!」

 

『なぁ、その役職8000年も連続勤務してきたんだからもう定年退職させてくんない? 暴走列車の車掌業務はそろそろ娘に引き継いでもいいと思うんだ……』

 

「やだよ! ちゃんと人生の終点まで面倒見てそのまま車庫入れまでやってって!!」

 

『年老いてボケた親を介護するのは子供の役目だろ? なにより──自分のケツは自分で拭いてこい

 

「同じ生き物扱いやめて! 一回写真見ただけの娘の友達に興奮して気絶して、挙げ句の果てに自分のPCのパスワードにまでするような人だよ? 普通に名誉毀損案件だからね!!」

 

 私が力いっぱい訴えると。

 

『こら! 母親をそんなイかれたストーカー予備軍みたいに言うもんじゃありません! ……まったく。早く謝ってきなさい』

 

 どうしても家に来たくないミコトが珍しくヤチヨ側を擁護した。そのため、

 

「でも、ヤチヨ暇さえあればミコトの位置情報見て監視してるよ?」

 

そのストーカーを一刻も早く通報しろ。そしていい加減消すたびに違う種類のGPS仕込むのやめろって言ってこい』

 

「〜〜〜っ、もういい! 来る気ないならこっちから捕まえに行くから!」

 

すると、呆れたような声が返ってくる。

 

『……は? 俺が今どこにいるかわかるわけ「ふ〜ん、近くの喫茶店にいるんだ」ブルータスお前もか

 

 電話の向こうから、全てを諦めた男の声が聞こえてきた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ミコトside

 

「紹介するね? この人が私のお父「兄」……のミコトだよ!」

 

「うちの愚妹どもが迷惑をかけて申し訳ない「「は?」」……初めまして。かぐやの"実の兄"のミコトです。ケーキ買ってきたので、良かったらどうぞ」

 

 即座に飛んできた二人分の抗議を聞き流しながら、俺はケーキの箱を差し出した。

 

「あっ、すいません。ありがとうございます! 初めまして……酒寄彩葉です」

 

 すると、目の前の少女は少し緊張した様子で礼儀正しく頭を下げる。

 

「………」

 

「あ、あの……なにか?」

 

 初対面という気がせず思わず見入ってしまっていると、不安そうな声ではっと我に返る。

 

「あ、いや」

 

 慌てて首を振る。

 

「全然、なんでもないんです」

 

 お互いに挨拶を終えると、隣にいたヤチヨの腕を掴む。

 

「ほら、ヤチヨ。酒寄さんと話したい気持ちは分かるけど、さっさと外行くぞ」

 

「──え?」

 

 ヤチヨが固まった。

 

「なんで?」

 

「なんで? じゃない。かぐや達の邪魔になるだろ? わかったら早く立て」

 

「え〜〜嫌だ〜〜〜! もっと彩葉とお話しして一緒に遊びだい”〜〜〜!!」

 

 ヤチヨは恥も外聞もかなぐり捨て、ソファにしがみついて抵抗する。

 

 お前……いい年どころか歴史の生き証人みたいな年齢で何やってんだ。しかも初対面の子供の前で!

 

「ほら! 見た彩葉? ヤチヨ家ではこんな感じなんだよ! 普段見てるイメージとは違って幻滅したでしょ!?」

 

「新解釈の登場だ✨……ヤチヨ道は奥が深い」

 

「何言ってんのっ!?」

 

 酒寄さんの即答にかぐやの声が思わず裏返る。

 

 普通ここは幻滅ポイントだろ……やっぱり兄妹揃って変わってるな。

 

「いいから行くぞ〜」

 

 呆れながら首根っこを掴んで引きずっていく。

 

「待って待って待って! ミコトなら、彩葉と遊びたいっていう私のこの気持ち分かってくれるでしょ!?」

 

「うっ……」

 

 そのあまりにも必死な形相に、一瞬だけ言葉に詰まる。

 

 いや、まあ正直……気持ちだけなら分からなくもない。もう会えないと思っていた大切な人にもう一度会えたようなものなのだから。

 

「ちょっと!! はむっ……もぐもぐ……なんでそこで絆されかけてんの!? いつもならヤチヨが駄々こねようが泣きながら懇願しようが、長文の利用規約くらい適当に流すのに!!」

 

 ケーキ食いながら喋んな。あと、お前は俺のことをなんだと思ってんだ?

 

 そして、俺が少し揺らいだ隙をついて、ヤチヨが拘束を抜け出した。

 

「あっ、おい!」

 

 制止する間もなく、ヤチヨは一直線に酒寄さんの元へ駆け寄る。

 

「彩葉!」

 

 そして、酒寄さんの両手をきゅっと握った。

 

「ひゃっ!? あ、握手券買ってないのにこんなのいいんですか!?」

 

(この感じの彩葉さん久しぶりに見たな)

 

「私ともっと遊びたいよね?? もっとお話もしたいよね!?」

 

「えっ、あ、あの!?」

 

 近距離からの上目遣い。

 

 普段のヤチヨを知る俺からすれば、その仕草が天然ではなく確信犯だということくらい分かる。

 

「──ね?」

 

 駄目押しとばかりに小首を傾げると──

 

「はいっ!!」

 

 酒寄さんは勢いよく頷いた。

 

 理性が粘った時間、およそ三秒。即落ちだった。

 

 だが、目の前にいるのは自分が長年応援してきた推し。その推しが、自分だけを見つめながら「もっと一緒にいたい」と訴えかけているのだ。

 

 そんな状況で冷静な判断ができるオタクなど存在しないだろう。

 

 すると、その光景を見ていたかぐやは──

 

「………」スッ

 

 見覚えのある色彩を失った真っ黒な瞳で俺を見ながら、二人を無言で指す。

 

(やめろ! お前まで"その目"をするな! かぐやにはもっと真っ直ぐに健全な恋愛観を持って育ってほしいんだ! もう手遅れな前例が目の前にいるんだから、お前まで後を追うな!!)

 

 これ以上こいつを好き勝手させると色々とまずいと考えた俺は、すぐさまヤチヨを外に連れ出そうとする。

 

 すると、次の瞬間。ヤチヨが何か思いついたように手を叩いた。

 

「あ、そうだ! じゃあみんなでKASSENやろうよ!」

 

「KASSEN?」

 

 酒寄さんが首を傾げる。

 

「今ツクヨミで試作段階の2対2での対戦ゲームだよ! すっごい面白いんだから!」

 

 ヤチヨが身を乗り出しながら説明する。

 

「ヤッチョ、彩葉と一緒に遊びたいな……?」

 

「っ!?」

 

 酒寄さんの肩が跳ねる。

 

 驚くほど分かりやすく落ちていた。

 

 しかし、その様子を見たかぐやが露骨に嫌そうな顔をする。

 

「いや、今日は別にいいんじゃない? "ねぇ、ミコト?"

 

 同意を求めるその声には、『わかってるよね?』という強い意志が込められていた。

 

 まあ……かぐやの気持ちは痛いほど分かる。

 

 恋人を家に連れてきたら母親がテンション爆上がりでダル絡みしてくる地獄は、俺自身も味わって経験しているからだ。

 

 それに、せっかく恋人が遊びに来たんだから、本当なら二人でゆっくり過ごしたいんだろう

 

 俺だって空気は読める。そのため──

 

「まあ一回くらいならいいんじゃないか?」

 

「──は?」

 

 かぐやがこちらを見る。

 

 その顔には、『お前、今なんつった?』と書いてあった。

 

「ミコト? (今のはヤチヨを連れ出す流れだったよね?)」

 

「いや……酒寄さんも興味ありそうだし」

 

「ミコト?? (ミコトはかぐやの味方のはずでしょ?)」

 

「いや……せっかく家に遊びに来てくれたんだし」

 

「ミコト??? (裏切り者。今なら許すから……早く訂正しろ…)」

 

 かぐやの視線が痛いほど突き刺さる中──そして……

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 彩葉side

 

「じゃあ改めてルールを説明するね! これからやるのは二対二のチーム戦! 一人につき残機は二機までで、最後まで生き残っていたチームの勝ちだよ!」

 

 ヤチヨさんが身振り手振りを交えながら説明する。

 

 現在、私はヤチヨさんと同じチームになっていた。対する相手チームはかぐやとミコトさん。

 

 戦力バランスを均等にするために、ミコトさんとヤチヨさんは別チームで確定。その後は必然的にこのようなチーム分けになった。

 

 どうやらゲーム中はボイスチャットで会話しながら戦うらしく、作戦が相手に筒抜けにならないよう、チームごとに別の部屋へ移動している。

 

 そのため今この部屋にいるのは私とヤチヨさんの二人だけだ。

 

 そう──推しと、二人きり。

 

 ……まずい。ルール説明の前に私の心拍数が限界を迎えそうだった。

 

「彩葉? 聞いてる?」

 

「はっ!? き、聞いてます!」

 

「さっきも言ったけど、彩葉ならすぐにコツを掴めるから大丈夫だよ!」

 

 そう。先ほどKASSENとやらをやることになった際も──

 

 

『でも、彩葉はKASSENやるの初めてだよ? 大丈夫?』

 

 かぐやが当然の疑問を口にすると。

 

『彩……酒寄さんなら大丈夫だろ』

 

『そうそう♪ 彩葉なら大丈夫だよ』

 

 なぜか当の本人である私を差し置いて、二人が「何を当たり前のことを」とでも言うように揃って頷いた。

 

 ──いや、待ってほしい。

 

 確かに私はゲームは好きだし、運動神経にもそれなりに自信はある。

 

 でもKASSENとやらは今日が完全な初見だし、ルールだってさっき聞いたばかりだった。

 

(え? なんで私こんな信頼されてんの? 怖っ)

 

 かぐや、普段私のこと家でどういう風に紹介してるの?

 

 そう思いながらかぐやの方へ視線を向けると。

 

『え? なんで彩葉こんな信頼されてんの? 怖っ』

 

 ──お前も同じこと思ってたんかい。なんで心当たりないんだよ……

 

 かぐやのドン引きした声を聞きながら私はそう思ったのだった。

 

 

「よしっ! じゃあそろそろログインしよっか!」

 

 その声に私は慌てて意識を切り替えて頷く。

 

「は、はい!」

 

 部屋の隅には既に人数分のVR機器が用意されていた。

 

 流石はツクヨミ関係者の家である。一般家庭ではまずお目にかかれないような最新型の機材が並んでいる。

 

 私も立ち上がり、VR機器へ向かおうとしたその時だった。

 

「あ、そうだ。彩葉」

 

「はい?」

 

 ヤチヨさんが少し言いづらそうに口を開く。

 

「その……ログインする時、"彩葉の腕を握っててもいい"?」

 

「…………へ?」

 

 一瞬、思考が停止した。

 

 今なんて言った? 腕を握る? 推しが? 私の?

 

(いや、無理無理無理無理無理!!)

 

 握手会ですら券が必要なのに、なぜ私は今から無料で腕を握られようとしているのか。

 

 だが、混乱しきった脳とは裏腹に──

 

「だ、大丈夫です!!」

 

 口だけが元気よく返事をしていた。

 

「ほんと? ありがとう♪」

 

 安心したように笑うと、私の隣へやって来て。

 

「じゃあ失礼しまーす!」

 

 そう言って、そっと私の腕を握る。

 

「っ!?」

 

 危うく変な声が出るところだった。

 

「準備できた?」

 

「……はい」

 

 視界が暗転する。そして……私の腕を握る手に少しだけ力が入った。

 

「じゃあ──いくよ、せーの!」

 

 その合図と共に、私たちの意識は仮想世界《ツクヨミ》へと沈んでいった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 目を開き、仮想空間へ転送されたことを確認した私は周囲を見回した。

 

 どうやら今回は、参加者全員がフィールド内のランダムな位置へ配置されるルールらしい。

 

 少し離れた場所にはヤチヨさんの姿が見える。さらに視線を巡らせると、遠方にミコトさん。

 

 そして──

 

「…………」

 

 一番近くにかぐやがいた………いたのだが……

 

(あれ?)

 

 なんだろう、なんか様子がおかしい。

 

 かぐやはハンマーに片足を乗っけながら、こちらをやさぐれた顔で見ていた。

 

 その表情には、普段の大型犬みたいな人懐っこさが欠片もなく、代わりにあるのは今にも喧嘩を売ってきそうな不機嫌そうな目つき。

 

 例えるなら、散歩中のゴールデンレトリバーではなく、縄張りを荒らされた狂犬であり、完全に目が据わっていた。

 

(うわぁ……めっちゃガン飛ばしてきてる……!)

 

 私の彼女こんな顔もできるんだ。できれば知りたくなかったタイプの新発見だけど。

 

 そんなことを思っていた、次の瞬間。

 

「ぺっっっ!!」

 

 地面に唾を吐き捨てた。

 

(うわっ、ガラ悪っ!? 繁華街の裏路地で肩ぶつけたら絡んできそうな雰囲気なんだけど!? ……あっ、でもなんか慌てて耳塞いで顔逸らした。多分現実の方でミコトさんに吐いた唾が当たって怒られてんだろうな……)

 

 そんなかぐやから目を逸らしたところで、試合開始までのカウントダウンが始まった。

 

 私はその間に、自分へ与えられた武器へ視線を落とした。

 

 両手に握られていたのは、一対の剣。刀身はキーボードのキーを並べたような独特なデザインになっており、近未来的な印象を受ける。

 

(おぉ……これが私の武器!)

 

 生まれて初めて握る双剣だ。

 

 もちろん現実ではない。けれど、手のひらへ伝わる重量感も、柄を握る感触も妙にリアルだった。

 

 試しに軽く振ってみると、シュッ──と空気を切る音が鳴った。

 

(おぉ……!)

 

 思わず目を輝かせる。

 

 ちょっと格好いい。

 

 右手の剣を構える。次にに左手。そして両方を交差させる。

 

 ……なんだろう。急に強くなった気分になる。

 

(こういうの、一度やってみたかったんだよね……!)

 

 ゲームの中とはいえ、二刀流なんてロマンの塊だ。

 

 ついさっきまで緊張していたはずなのに、少しだけテンションが上がってしまう。

 

 ──次の瞬間だった。

 

ブォォォォォォォ────!! 

 

 戦場全体へ回線の合図を伝える重厚な法螺貝の音が響き渡り……

 

 その直後、視界の端で"赤い何か"が爆発的な速度で動いた。

 

「……ん?」

 

 そこには──

 

 巨大なハンマーを肩に担ぎながら、一直線にこちらへ突撃してくるかぐやの姿があった。

 

「え、ちょっ……えっ!?」

 

 私はその迫力に驚き、慌てて後方へ駆け出す。

 

「待てぇぇぇぇぇぇ!! 逃げるな彩葉ァァァァ!!」

 

「いや、お前が待てぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 なんでだ!? 試合開始直後だよね!? 普通こういうのってまず味方と合流したりとか、周囲の地形を確認して作戦立てたりとかするんじゃないの?

 

 なのになんで一直線に私を殺しに来てるんだ!!

 

「オラァ──!! なにヤチヨにばっかりデレデレしてんだ彩葉ァ!! 私にも普段からあれくらいデレデレしろ彩葉ァ!!!」

 

「ぎゃあああああっ!?」

 

 思わず頭を抱えてしゃがみ込むと──

 

ブォンッッ!! 

 

 耳元を風圧が通り抜ける。

 

 さっきまで私の首があった位置をかぐやの振るったハンマーが通過していた。

 

(あっぶねぇっ!? 今一瞬、走馬灯が見えかけた!!)

 

 いやゲームだから死にはしないんだけど!

 

「ちょ、ちょっと待って! 私まだ操作感覚全然掴めてないって!!」

 

「知るかぁっ!! 実戦で覚えろぉぉぉっ!!」

 

「理不尽すぎないッッ!?」

 

ドゴォォン!! 

 

 振り下ろされたハンマーが地面を叩き割る。

 

「ひぃっ!?」

 

 私は悲鳴を上げながら再び走り出す。

 

 開始からまだ数十秒しか経っていない。だというのに──

 

 開戦早々、私は戦場を駆け回りながら必死の逃走劇を繰り広げることになっていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ミコトside

 

 逃げ回る彩葉さんをハンマーを振り回しながら追い回すかぐや。

 

 その光景を眺めながら、俺は隣に立つヤチヨへ呆れた視線を向けた。

 

「お前……あんまり好き勝手すんなよ。そのせいでかぐやがどんどんヤチヨに"似てきちゃってるんだからな"?」

 

 しかし当の本人は、まるで心当たりがないと言わんばかりに首を傾げた。

 

「なんでそんな悲しい出来事みたいな言い方されるのかわかんないけど……かぐやが私に似てきたってことは、順調に成長してる証拠じゃん♪」

 

「順調に汚染されてきてんだよ。八千年かけて成長(悪化)した汚染源にな」

 

「何言ってるのかよくわかんにゃいなぁ……でも本当は、ミコトも彩葉と一緒に遊びたかったんでしょ?」

 

 不意に飛んできた言葉に、思わず視線を逸らす。

 

「そんなこと……ないし」

 

「ふふっ、素直じゃないな〜!」

 

 ヤチヨはどこか楽しそうに微笑むと、暴走する娘と逃げ惑う酒寄さんへ視線を向けた。

 

 その表情が、少しだけ懐かしそうなものへ変わる。

 

「……でも、懐かしいね。昔はよくこの四人でやってたよね」

 

 その言葉に、俺も自然と昔のことを思い出した。

 

「俺と彩葉さんがペアになると、お前らチートコンビによくボコボコにされてたけどな」

 

「本当に懐かしい……今となっては、いい思い出だね……」

 

「勝手に美化すんな。彩葉さん軽いトラウマになってたから」

 

 俺は即座に切り捨てる。思い出補正で誤魔化されそうになっているが、当時の彩葉さんは対戦前から若干顔が引き攣っていた記憶がある。

 

「いや〜思い出したら、ヤチヨもうずうずしてきちゃったな!」

 

(本当に話聞かないなこいつ)

 

 俺は小さくため息を吐いた。

 

「じゃあ! そろそろヤチヨたちも戦ろうか!」

 

 ヤチヨが目を輝かせながら提案してくる。その様子からは完全にやる気満々であることが伝わってくる。

 

 だが──

 

「俺たちは別にいいって……"どうせやったところで結果は見えてるだろ?"」

 

 俺は気のない様子で肩を竦める。

 

「……ん?」

 

 ヤチヨが首を傾げる。その瞳が説明を求めるようにじっとこちらを見つめてきた。

 

「それ、どういう意味かな?」

 

 ……どういう意味も何もない。

 

「そのまんまの意味だけど? だって──今のヤチヨじゃ相手にならないし

 

 一片の迷いもなく、当然のようにそう言い切った。

 

 すると──

 

「──お?」(◠ ‿ ◠ )

 

 ヤチヨがグルンとこちらに顔を向けた。

 

(……どうしたコイツ? 急にyachi8000顔して)

 

「ひょっとして、ミコト……」

 

 にっこりと笑いながら、一歩こちらへ近付いてくる。

 

「ヤッチョのこと……"自分よりも格下だと思って舐めてる?"」

 

「いや、舐めてるっていうか……」

 

 俺の言葉に納得のいっていない様子のヤチヨに、仕方なく事実を説明してやる。

 

「前までは電子生命体だから、ツクヨミの中を自由自在に動き回れたんだろうけど……今のヤチヨは生身の人間なんだから、俺たちと同じように機械を使ってアバターを操作しないといけないだろ?」

 

「ふむふむ、なるほど……つまり──」

 

 ヤチヨは何度も頷いている。理解したというより、こちらの認識を確認しているような頷き方だった。

 

「ミコトは、今の"人間になった私"に負けることなんて、万が一にもないって思ってるわけだ」

 

「少なくとも、今までのアドバンテージが消えて"弱くなったヤチヨ"に負ける未来は想像できないな」

 

 即答する。そこで変に濁す理由もなかったからだ。

 

「ほほ〜う?」

 

 ヤチヨの笑みが深くなる。そして、次にこんなことを提案してきた。

 

「そこまで言うんならさ、ルールを追加しようよ」

 

「……? どんなルールだよ?」

 

 俺が聞いた瞬間だった。

 

 ヤチヨの笑顔が変わる。いつもの穏やかな笑みではなく、どこか挑発的で自信を持った笑みに。

 

「"負けた方は勝った方の言うことをなんでも一つ聞く"っていうのは? もちろん常識の範囲内でだけど」

 

 別にそのルールについてはいいんだが、

 

「……ヤチヨの言う常識が全く信用できないから、先に確認したいんだけど──」

 

「おやおや〜? 私のこと雑魚扱いしてたわりには、ずいぶん慎重だね?」

 

 俺の言葉を遮りながら、ヤチヨが挑発するように身を乗り出す。

 

 そのままくすくすと笑いながら続ける。

 

「どうせ勝てる相手なんでしょ? だったら、こんな条件くらい即OKできるはずなのに、なんでそんなに気になるのかなぁ?」

 

「お前……何言って──」

 

「ミコト、もしかしてさぁ……今になって」

 

 口元が吊り上がり、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 

 

「"ビビっちゃったんだ?"」

 

「──は? ビビってる? 誰が?」

 

 

 その顔を見た瞬間──ピキッ、と頭の中で何かが切れる音がし、気がつけば反射的にそう返していた。

 

「上等だよ」

 

 むしろ好都合だった。今日のヤチヨは流石に好き勝手やり過ぎているため、痛い目に合わせる必要があると感じていた。

 

 それに、今までは電子生命体だからで許してやってきたが……受肉した以上、"人間様の常識"ってもんを叩き込んでやる。具体的には、人のスマホを勝手にハッキングするなとか、人の位置情報を常時監視するなとかな!

 

「……その勝負──受けて立つ!」

 

 そう宣言した瞬間だった。

 

「ふふっ、そうこなくっちゃ♪」

 

 ヤチヨが今日一番の笑顔を見せた。

 

 まるでずっと待ち望んでいた言葉を聞けたかのように。

 

 その満面の笑みを見て、胸の奥に小さな違和感が生まれる。

 

(……なんだ、ヤチヨのこの余裕は)

 

 まるで、足元に見えない落とし穴が口を開けているような……

 

 ──いや、問題ない。勝てばいいだけの話なんだから……そう、勝てば。

 

 そんなふうに自分を落ち着かせていると、後ろから声をかけられた。

 

「ねぇ……ミコト」

 

 その言葉に振り返ると。

 

「なんだよ、まだなんか──」

 

「──言質、取ったから……」

 

 ヤチヨはそう言って楽しそうに目を細める。その表情には隠しきれない愉悦が滲んでいた。

 

 

「後でやっぱりなしって言っても──聞かないからね?」

 

 




次で後編と、ちょっとしたif話を書こうと思っています。

内容は「もしもヤチヨが電柱から赤ん坊の状態で出てきたら?」という、エピローグでやりたかったけど諦めたやつです。
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