「かぐやっほー! 月から帰ってきた、かぐやだよ──!!」
軽快なオープニングBGMとともに色鮮やかなステージの中央へ現れたかぐやは、カメラへ向かって満面の笑みで両手を振った。その一言だけで、数万人の視聴者が一斉にコメントを送る。
:かぐやっほ──!!
:きちゃあああああ!!
:待ってました!
:今日もかわいいー!!
画面の右側を埋め尽くす勢いでコメントが流れていく。
「みんなー! 今日は待ちに待った"あのイベント"の日だよ!」
嬉しそうに声を弾ませると、かぐやは指をぱちんと鳴らす。次の瞬間、ステージの上空へ巨大なホログラムが展開され、画面いっぱいに虹色の文字が浮かび上がった。
『第二回かぐや争奪KASSEN選手権!』
派手なエフェクトと共に表示されたタイトルを見たコメント欄はさらに勢いを増す。
:きたきたきたあああ!!
:ついに帰ってきたあああ!!
:このために今日休み取った
:また、宴が始まる……
「今回ももちろん、優勝した人には〜〜?」
かぐやは胸を張り、自信満々に宣言する。
「どぅるるるるる──だんっ!! なんと! かぐやと結婚する権利をプレゼントしちゃいまーす!」
:また景品が本人www
:結婚チャレンジ開幕!!
:これだからこの配信はやめられねぇんだw
:ほんと毎回トチ狂ってて好き!
:いろPがアップを始めました
コメントを眺めながら、かぐやは「あははっ」と楽しそうに笑った。このやり取りも、もはや恒例のお約束だった。ひとしきり笑った後、かぐやは「でもねー」と切り出し、少しだけ申し訳なさそうに頬をかいた。
「今回はちょ〜っとだけ予定変更があるんだ〜」
先ほどまでの明るい声色から少しだけトーンを落とす。
「本当はいろPに出てもらう予定だったんだけど〜、お仕事の都合で急遽来られなくなっちゃって……」
:えええぇぇぇ!!
:残念
:いろP仕事か
:これは仕方ない
:忙しいからな……
落胆のコメントが流れる。しかし、それもほんの数秒だけだった。
「──なので!」
かぐやはすぐに表情を切り替え、人差し指をぴんっと立てる。いたずらを思いついた子供のような笑みを浮かべながら、ぐっと身を乗り出した。
「今回はちゃ〜んと"代わりの人"を用意しました!」
その一言だけで、コメント欄の空気が一変した。さっきまで企画そのものを楽しんでいた視聴者たちは、一斉に”ゲスト予想”を始める。
:え? 誰来るんだ!?
:まさかのゲスト枠!?
:頼む、俺の推しであってくれ!
:全然予想つかねぇw
「ヒントはね~~! "十年前のかぐやの卒業ライブ"にもいた人だよ!」
:なに!? 卒業ライブ!?
:候補が一気に絞られたんだが
:ま、まさか……!
「じゃあもう一個ヒント! “黒”〜〜から始まる?」
:黒〜〜と来たら?
:"黒鬼"の〜〜?
:"ブラックオニキス"の〜〜?
:かぐやちゃんとくれば、"あの男"しかいないだろ!
:帝〜〜?
誰もがあの有名プレイヤーの登場を確信する。そんなコメントが次々と流れていく様子を見て、かぐやは満足そうに何度もうんうんと頷いた。
「正解は〜〜? この人!!」
かぐやは登場口へ両手を向けると、手首をくるくると返しながら「どうぞ」とでも言うように相手を招いた。そして、ステージの端から、一人の黒いローブを着た人物がゆっくりと姿を現す。
「"黒い乱入者"でした〜〜!!」
その姿がカメラに映った瞬間、さっきまで騒がしかったコメント欄は──
『『『………』』』
ほんの数秒……まるで配信そのものが止まったかのような、不自然な静寂に包まれる。そして、その沈黙を破るようにコメントが一気に爆発した。
:いや、お前敵やんけ!!!
:確かにいたけど!?
:ていうかプレイヤーだったの!?
:NPCじゃなかったんか!?
:情報量が多すぎる!
(はぁぁ……一体、どうしてこうなった……)
黒いフードの奥から流れるコメントを見ていた俺は、心の底からため息を吐いた。
本当なら今日はここへ来る予定なんてなかったのだ。配信なんて柄じゃないし、人前に立つのも好きじゃない。ましてや、かぐや争奪戦なんていう厄介事のど真ん中へ飛び込む理由なんて、これっぽっちもなかったのに……
時は遡ること2日前──
俺はいつものように、かぐやの監視係という名目で家を訪れていた。ただ、本人も俺も監視などという自覚はまるでなく、今日もソファの上でくつろいで、一緒にゲームをしながら彩葉さんの帰りを待っていたのだが──
『え〜~!? なんでよりにもよってその日なのぉ!?』
かぐやの不満そうな声がリビング中に響き渡る。ソファから勢いよく身を乗り出し、テーブルを挟んだ向かいに座る彩葉さんへ抗議の視線を向ける。その頬はぷくっと膨らみ、今にも「むーっ」と効果音が聞こえてきそうだった。一方の彩葉さんは、膝の上で指をぎゅっと握り締め、申し訳なさそうに眉を下げていた。
『本当にごめんね……急にどうしても外せない仕事が入っちゃって……』
消え入りそうな声だった。彩葉さん自身もこの状況を一番悔しく思っていることが、その表情からよく伝わってくる。
『でも! もう何日も前から告知してるのに!』
かぐやはそのままソファへ勢いよく座り込み、腕を組んでぷいっと横を向いた。足をバタバタとさせる姿は完全に拗ねた子どもそのもので、とても八千年も生きているとは思えなかった。
『だったら延期すればいいんじゃね?』
急な仕事なら仕方ない。事情を説明すれば視聴者だって納得してくれるだろうし、一番現実的な落としどころだと思ったのだが──
『い・や・だ!』
かぐやは俺の提案を全く聞こうともせず、勢いよく顔を背ける。
『延期なんて絶対しないもん!』
『いや、でも──』
『参加するために予定を調整してる人だっているんだよ! 楽しみにしてる人がいるのに、延期なんて絶対やだから!』
頬をぷくっと膨らませながら、ぶんぶんと首を横へ振る。果たして配信者としての責任感なのか、それとも単なる頑固さなのか……おそらく、その両方だろう。とはいえ、彩葉さんが出られないものは仕方ない。
『かぐやのファンも、事情を説明すれば分かってくれるだろ。配信なんてまた別の日に──』
『や〜だ〜! 絶対やだ! やだやだやだ!』
ソファの上でじたばたと足を動かし、子どものように駄々をこね始める。本当は彩葉さんに守ってもらえるのを楽しみにしていたのに、急な仕事で来られなくなったため、いじけているのだろう……八千年付き合ってきた経験から断言できるが、かぐやは一度こうなると人の話を聞かないのだ。
俺は腕を組み直して小さく息を吐く。延期は嫌、そして彩葉さんは出られない……このままでは選手権そのものが成立しなくなってしまう。さて、どうしたものか。
(……とはいえ、ここはやはり、かぐやに延期を受け入れるように彩葉さんに説得してもらうしかないだろう)
そんなふうに考えていると、彩葉さんが声を上げた。
『……じゃあ、代わりの人を用意するっていうのはどう?』
『『代わり?』』
その一言で、俺とかぐやの視線が同時に彩葉さんへ向く。
『うん。私の代わりに配信に出て戦ってくれる人がいれば、予定通り配信できるかなって』
(……いやいや)
思わず心の中でツッコミを入れる。
かぐやが求めているのは、他でもない彩葉さんに守ってもらい、その愛を確かめることだ。もちろん、急な仕事なのだから彩葉さんが悪いわけじゃないし、それはかぐやだって理解している。それでも、その気持ちに気づかず「代わりを立てよう」と言ってしまうあたり、この人も案外そういうところは鈍いらしい。
(全く、なんでそんな簡単なことにも気づかないんだろうか? この人は……。好きな相手の気持ちくらい、少し考えれば分かるだろうに……)
内心でやれやれと思いながらも、彩葉さん本人が気づかないなら俺が遠回しにでも話を終わらせるしかない。代役を立てるという案そのものを潰してしまえば、彩葉さんもきっとかぐやの本音に気づくはずだ。
『でも、あと1日でそんな都合よく見つかりますか?』
そう尋ねると、彩葉さんは困ったように視線を落とし、顎へ指を添えながら小さく首を傾げる。
『う〜ん……そこが難しいんですよね……』
少し考え込んでから、唸るように続ける。
『やるからには、"かぐやと関わりがあって"、"急なお願いでも配信に出てくれて"……何より、一応負けたら結婚なので、"誰にも負けないくらいKASSENが上手い人"じゃないと……』
(果たしてそんな都合のいい人がいるのだろうか……?)
やはり配信は延期にした方がいいだろうと思った、その直後だった。
『『………』』
ふいに部屋の空気が止まる。妙な静けさに違和感を覚えて顔を上げると、かぐやと彩葉さんが何も言わず俺を見つめていた。まるで同じことを思いついたと言わんばかりに、その視線がぴたりと俺へ突き刺さる。
(……あれ? なんか、すっごいデジャブ……)
嫌な予感を感じ、反射的に後ずさろうとしたその瞬間だった。
『ねぇ、ミコトぉ……?』
さっきまでソファで拗ねていたかぐやが、いつの間にか目の前まで歩いてきていた。ほんの一歩の距離まで近づくと、俺の袖をガシリと摘まみ、潤んだ瞳で見上げてくる。そのしおらしい表情は、さっきまで駄々をこねていた人物と同一人物とは思えなかった。
『このままじゃ……かぐや、誰かに娶られちゃうかもしれないよ……?』
「……っ、いや、でも──」
言い返そうとした瞬間、かぐやは逃がさないと言わんばかりにさらに半歩だけ距離を縮めた。
『ミコトだって嫌でしょ……?』
小さく首を傾げ、袖を摘まむ指先にほんの少しだけ力がこもる。
『かぐやが、知らない人と結婚しちゃってもいいの……?』
ぐっ……このパターンはまずい!
そう予感した俺は、最後の希望を込めて彩葉さんへ視線を送る。しかし、
『私からもお願いします、ミコトさん』
返ってきたのは、困ったような苦笑だけだった。
『ミコトさんなら、安心して任せられますし……かぐやが一度言い出すと聞かないの、ミコトさんもよく知ってるでしょう?』
柔らかく笑って肩をすくめる。すると袖がぐいっと引っ張られ、改めて目の前のかぐやに視線を戻せば。
『ミコトしか頼れる人がいないの……』
今にも泣き出しそうな声。そして最後の一押しと言わんばかりに。
『だから……ね? かぐやを助けてぇ……?』
……ずるい。その顔をされると弱いことを、こいつは八千年付き合った今でもよく理解している。いや、理解しているどころか完全に利用している!
だからこそ──
『はぁ~~……今回だけだからな』
──結局、最初から断れるわけがなかったのだ。
◇ ◇ ◇
フィールドへ最初の挑戦者が姿を現すと、試合開始のカウントダウンが進んでいく。それを黒いフードの奥から眺めながら、
(はぁ……しょうがない)
諦めるように小さく息を吐いた。そして、カウントが0になった瞬間──
(──戦るか)
手に持った蛇腹剣を解く。ガチャリ、と拘束を失った刃が一斉にほどけ、無数の刃が鎖のように宙を泳ぎ始めた。
「……っ」
それを見た挑戦者の表情が強張る。握っていた柄を引けば、散らばっていた刃が一筋の軌跡を描いて相手の胸元を薙ぎ払う。アバターが桜のエフェクトを散らしながら消えていく。
K.O! Winner.◼️◼️
ステージ中央に勝敗表示が浮かぶ。試合時間は、ほんの数秒。俺は何も言わず蛇腹剣を元の一本の剣へと戻すと、次の挑戦者へと静かに視線を向けた。
:え、速くね?
:今何が起きた?
:もう終わった
:一人目瞬殺
そして、次、また次の挑戦者と……画面の右上で連勝数だけが増えていく。
:いや強すぎる
:レベル違くない?
:そりゃチート使った帝に勝つくらいだしな
:は? あれはそういう演出でしょ?
実際に戦ったら帝様が負けるわけないし
:帝の強火オタクいて草
そんなことを繰り返していると、気付けば──
:うおおおお!!
:二十人抜き達成──!!
静まり返った戦場の中央で一人だけ立っていた。その光景を眺めながら、俺はようやく一つ息を吐く。
(ふぅ……やっと終わったか)
当初設定していた人数を倒し終わったため、ようやく役目は果たした──そう思った瞬間だった。勢いよく駆け寄ってきたかぐやは嬉しそうに俺の隣へ並ぶと、そのままカメラへ向かって高らかに宣言した。
「イェーイ!相変わらず強すぎ〜! さっすが、“かぐやの”最強の騎士だね!」
:専属騎士爆誕!
:信頼度高すぎ!
:これは頼もしい!
「こんなに余裕なら、もうちょっと挑戦者増やしてもいいかもね〜!」
:おっ!俺にもまだチャンスが!
:いや、その発言は危ない
:油断してるとラスボス来そう……
かぐやがそう言った次の瞬間──
『お前なぁ……』
呆れたように息を吐き、個別のボイスチャットを起動する。口元はフードで隠れていて見えないため、視聴者からすれば無言のまま立っているだけにしか見えない。
『ん? なぁに、ミコト?』
声が返ってくるが、かぐやの口は動いていない。俺のイヤホンはとっくの昔にこいつにハッキングされており、義体であることも利用して直接俺の耳へ声を届けていた。
そのため、本人は相変わらず満面の笑みで視聴者へ手を振っているようにしか見えない。
『……あんまり調子に乗るなよ? そういうこと言ってると、本当に面倒なのが来るぞ』
『え〜? でも、誰が来てもミコトが倒してくれるじゃん』
あまりにも迷いのない返答に、一瞬だけ言葉が詰まる。
『……ていうか、俺で良かったのか? 本当は彩葉さんに守ってもらいたかったんだろ?』
『ああ、それならもういいんだ〜』
かぐやはあっさりと頷く。
『彩葉には、また今度守ってもらえばいいし……かぐやちゃんは大人だからね〜! 仕事ならしょうがないでしょ!』
そう言って笑ったかぐやは、最後に何かをぽつりと口にした。
『……それに、"こっちの機会"はもう滅多にないだろうし』
『……?』
なんと言ったのか上手く聞き取れず、首を傾げる。
(……まあ、本人がそれでいいって言うなら、別にいいか)
昨日とは打って変わって聞き分けのいいかぐやに、どこか腑に落ちないものを感じつつ。俺は気持ちを切り替え、再び本題へ戻した。
『……一応言っとくけど、俺が負けたら結婚なんだからな?』
そこんとこわかってるんだろうな?と声をかけるが、
『ふふっ! ミコトは相変わらず心配性だねぇ……そう言えば、かぐやが1回目の選手権を開いた時も、会場に行くくらい心配してたよね♪』
返ってきたのは、楽しそうに笑う声だった。
『とはいえ、あの時はなんだかんだ未来がわかってたからな。でも、今回は──』
『──今回も大丈夫だよ。だって──』
俺の言葉を遮りながら、かぐやは悪戯っぽくこちらへ笑った。
『いつもみたいに、私の"
まるで未来を知っているかのように、微塵の迷いもなくそう断言する。
『……まあ、彩葉さんにも任されてるし……負けてやる気はさらさらないけど』
過度な期待を寄せられている気がするが、不思議と悪い気分ではなかった。
『ふふ〜ん♪ なら大丈夫じゃん!』
その声音には、根拠など必要ないと言わんばかりの信頼が滲んでいた。
……配信の裏でこんなやり取りをしていることなど、当然視聴者は知る由もない。
「よっしゃー! もうラスボスでもなんでもかかってこーい!」
懲りずにそんな一言を口にするかぐやを見ると、自然と頬が緩んでいく。
(まぁ、
楽しそうにはしゃぐかぐやを眺めながら、小さく息をつく。だが、そう思ったのが運の尽きだった。次の瞬間──
「──へぇ〜……面白そうなことやってるね〜♪」
(……っ!?)
甘く柔らかな声が耳へ届き、全身の毛穴が総立ちになる。ギギギ……と、首が錆び付いた歯車みたいに少しずつ後ろを向けば、そこには──
「なるほどねぇ……
"かぐやの"最強の騎士──かぁ☆ 」
ふわりと宙へ浮かびながら、こちらへ満面の笑みを浮かべる"ヤチヨ"がいた。
──スッ。
────────────────────────
【ログアウトしますか?】
【▶はい】
【 いいえ】
……ピコン!
【管理者権限によりログアウトが拒否されました】
────────────────────────
(………)
「かぐやの配信を見ている神々たち~~! ヤオヨロ~☆」
:うぇっ!? ヤチヨ!?
:え、急に来た!
:サプライズゲスト!?
:まさかコラボ!?
俺が言葉を失っているすぐ後ろでは、ヤチヨが淡々と配信を進めていた。
「突然ですが! 急遽ヤッチョも〜、かぐや争奪KASSEN選手権に参加して、凸コラボ配信を始めちゃおうと思いま〜す♪」
:うおおおお!!
:神コラボじゃん!
:これは豪華!
:サプライズすぎる!
:ヤッチョ参戦きた──!
ダダダダダダ!!!
【管理者権限によりログアウトが拒否されました】
【管理者権限によりログアウトが拒否されました】
【管理者権限によりログアウトが拒否されました】
【管理者権限によりログアウトが拒否されました】
指が折れそうになるくらい画面を連打しても、無情にも同じ文字列だけが視界へ表示され……無情にも逃げ道は完全に塞がれたことを嫌というほど理解させられ、ようやく指の動きを止める。
(お、終わった……)
八千年近く付き合ってきた経験が告げている──あの笑顔のヤチヨは絶対に逆らってはいけない、と。しかし、かぐやはそんな俺の絶望など知る由もなく。
「もっちろん、かぐやちゃんはどんな対戦相手でも受けて立つよ! なんてったって……」
自信満々にそう言い放つと、俺の肩をぽんっと叩きながら、ムフン!と満面の笑みで高らかに宣言した。
「かぐや"には"、最強の騎士がついてるからね!!」
(こいつッ……! 完全に意図して火にガソリンをぶち込みやがった……!)
ウィンクをしながらこちらへサムズアップを向けるこのバカを、フィールドの外まで投げ飛ばしてやろうかと思った、その時だった。
「おっ♪ 言ったね~?」
嬉しそうに目を細め、にこりと本当に優しい笑顔を浮かべたまま、ヤチヨはこう言った。
「それなら、かぐやも一緒に相手してもらっちゃおうかな♪」
その瞬間。
「──ぇ?」
さっきまで胸を張っていたかぐやの表情が、一瞬で固まった。どうやら今の今まで、自分は安全圏にいると思っていたらしい。だが──その怒りの矛先が、自分にもきっちり向いていることをようやく理解したのだろう……みるみるうちにその顔が青ざめていく。
「え、えっとヤチヨ?」
かぐやが引きつった笑みを浮かべる。
「かぐやは、その、守護られるお姫様係っていうか……戦うのはミk……この人の係っていうか…」
じりっ、と後ずさりながら逃げようとするが──
『ちょ、ちょっと!! そこどいてよ、ミコト!』
俺はかぐやを逃がさないように後ろへ立ち塞がり、すっとコメントを指差す。つられてかぐやも目線を向けると。
「え〜? でも……
:お、2対1!?
:これは面白そうw
:絶対盛り上がる!
:かぐやのKASSENも見たい!!
コメント欄は完全にお祭り騒ぎだった。誰一人として、この場の空気を理解していない……いや、理解していないからこそ楽しそうに盛り上がっていた。
『待って待って! このままじゃ、かぐやちゃんまでボコボコにされちゃうって!? 犠牲になるのはミコトだけでいいでしょ!?』
(ははっ、何言ってんだコイツ)
『俺とかぐやは運命共同体なんだから、かぐやだけ逃がすわけないだろ? こうなれば死なば諸共だ!!』
『この裏切り騎士がぁぁぁ!!』
そうして足の引っ張り合いをしている中、コメントを見たヤチヨは「うんうん♪」と満足そうに何度も頷く。
「それじゃあ、神々のみんなもすっごく楽しみにしてるみたいだし……」
ぱんっ、と両手を合わせる。
「二人まとめて──
──もう逃げ場はどこにもない。
その事実を悟った俺たちは……
「「………っっっ」」ブルブルブルブル
いつぞやの配信の時のように、二人同時に絶望したのだった。
◇ ◇ ◇
2分後──
……勝敗は、誰の目にも明らかだった。
:一方的な虐殺だった……
:ヤッチョ強すぎ
:勝負になってなかった
:黒い乱入者地面に植えられてるw
:かぐやが白い煙上げて燃え尽きとるw
黒い乱入者は上半身を地面へ埋められ、足だけがピクピクと痙攣しており、かぐやは大の字になって倒れ伏し、頭からしゅぅぅ〜〜と白い煙を上げていた。
そんな二人とは対照的に、ヤチヨだけは服についた土埃をパンパンと払い、軽い準備運動でも終えたかのような涼しい顔で立っていた。そして、コメント欄がそんな感想で埋まる中、一つのコメントが流れる。
:じゃあヤチヨが優勝したってことは、かぐやと結婚するの?
それを見つけたヤチヨは、いつもの柔らかな笑顔に戻った。
「ん〜……かぐや"には"いろPがいるからね〜」
そう言って、倒れたままのかぐやへ優しく視線を向け、小さく肩をすくめる。
「だから、かぐや"とは"結婚できないかな〜♪」
:いろP正妻確定w
:そこちゃんとしてるの好き
:結局いろPエンドw
:"とは"って言い方気になるなぁ…
:もしかして、ヤチいろあるか!?
そんなコメントには反応せずに、ヤチヨはカメラへ向かって大きく手を振る。
「それじゃあ今日の配信はここまで! みんな、見てくれてありがとー! さらば〜い♪」
:さらば〜い!
:神回だった!
:……あれ? これ、かぐやの配信だよな?
:配信乗っ取られてて草
:主役が白煙吹いてるんですがw
:かぐや、一言も締めてないw
:黒い乱入者もかぐやも戦闘不能だからしゃーない
:帝アキラ:リベンジできると聞いて急いで来たんだが……間に合わなかったか!?
そうして、最後までいつも通りの笑顔を浮かべたまま、ヤチヨは配信を締めくくった。
◇ ◇ ◇
かぐやside
「……それで? いつまで気絶したフリしてるのかなぁ?」
配信が終わりヤチヨがそう言った瞬間、地面に埋まったミコトの足がビクリと揺れる。
「ほんっとに……いつもあれだけ頑なに私の配信には出ない出ないって言ってる癖に……他の人の配信にはホイホイと……」
日頃から積もり積もった不満をぶつけるようにまくし立てながら、ミコトの方へゆっくりと歩いていく。
「ちょ、ちょっと待って! 今回は俺マジで悪くないんだって!!」
不穏な気配を察知したミコトは慌てて地面からズボッと這い出ると、必死に弁明を図る。だが、ヤチヨの機嫌はなおる気配をかけらも見せない。
「今日という今日は、しっかりと分からせてあげるから……」
パチンと指を鳴らすと、たちまち空間から何本もの縄が飛び出し、蛇のようにミコトへ絡みついた。
「うぇっ!? な、なにこれっ!?」
腕も足も胴体も、あっという間にぐるぐる巻きにされる。気付けば完全なミノムシ状態になり、そのまま宙に浮いたヤチヨに引き上げられる。
「まったく、ミコトは"私のもの"っていう自覚が足りてないみたいだね〜」
ヤチヨは縄の先を握ったまま、その姿をじっと見つめる。
「解けよこれ! あと、誰がいつお前のものになった!!」
必死にもがくミコトを見ても、ヤチヨは眉一つ動かさない。
「今日はこれから夜までお勉強会だから……覚悟するように」
「いや、お勉強会ってなに!? オブラートに包んだ言い方が一番怖いんだけど!?」
その様子を見て、私は思わず乾いた笑みを浮かべる。
(これは……もう完全にスイッチが入っちゃってるなぁ)
とはいえ、今回の件は元を辿れば私がミコトを無理やり巻き込んだのが原因であり、ここまでされるほど悪いことはしていない。そのため──
「えいっ」
流石に可哀想と思った私は、そっとシステムへ干渉する。すると、ぷつんとミコトを縛っていた縄が一斉にほどけた。
「え?」
支えを失ったミコトの体は、そのまま重力に従って一直線に落下する。私はその落下地点へ歩み寄り、落ちてきたミコトをお姫様抱っこでひょいと受け止める。腕に伝わる重みなど気にもせず、そのまま笑顔で顔を覗き込んだ。
「ミコト、大丈夫?」
「かぐや……助けてくれたのか」
さっきまで怯えきっていた顔が、ほっと安心した表情へ変わる。その顔を見ていると、自然と口元が緩んでしまいそうになる。
「ミコト……こんな目にあって、可哀想に……」
「──いや、誰のせいだと思ってんの?」
「あ……いや、えへへ……」
誤魔化すように笑いながら彼を地面へ下ろすと、その姿を上からじっと見つめる。
(いつもみたいに、私のために頑張ってくれただけなのに……)
「かぐやなら、こんなことしないのになぁ……」
「……え?」
ぽつりと呟くと、ミコトは間の抜けた声を漏らして固まった。
「……ねぇ、ミコト?」
私はくすりと笑いながら、そっとミコトの頬へ手を添えて優しく撫でる。
「ミコトもさ……ヤチヨのことは忘れて、かぐやのものになっちゃいなよ?」
「……は?」
彼がポカンとした表情を浮かべる。
「かぐやだったら、こんなふうにミコトを束縛したりしないし、もっと大切にしてあげるよ? だから──」
そのまま続けようとした、その瞬間だった。
パシッ!
と手首が勢いよく誰かに掴まれる。腕の伸びる方を向いてみれば、
「ちょっとちょっとぉ……
なぁに"人のもの"に勝手にちょっかい出してるのかなぁ?」
青筋を立てたヤチヨが笑顔でこちらを睨みつけていた。私は立ち上がりながら、わざとらしく首を傾げる。
「いや〜〜? かぐやだったらミコトにこんな酷い真似しないのにな〜って……ヤチヨもさぁ? あんまり束縛ばっかりしてると、愛想尽かされちゃうんじゃないの〜?」
からかうような一言に、ヤチヨは案の定むきになって反応した。
「余計なお世話だよ……っ! ミコトはねぇ……
こうやって心も体も私に束縛されるのが大好きなんだからっ!」
「おい、勝手に人の特殊性癖を捏造すんな」
堂々と言い切るヤチヨに、ミコトはすかさず呆れたようなツッコミを返す。すると、ヤチヨは一度だけミコトをぎろりと睨んだ後、改めて私の方へ向き直る。そして、今度は少しだけ声のトーンを落として続けた。
「それに……忘れたとは言わせないよ。"あの時"、私たちの間で決めたでしょ?」
私たちが人格を分けたあの日の約束……もちろん忘れてなんかいない。だが、私は悪びれる様子もなく肩をすくめる。
「え〜〜〜? 確かに人格を分ける時に、"かぐやは彩葉を"、"ヤチヨはミコトを"って決めたけどさぁ……」
彩葉のことはもちろん大好き……でも、それはそれ。もしミコトまでかぐやのところへ来てくれるなら、私は全然ウェルカムなのだ。
にやり、と笑う。
「でも、最終的に誰を選ぶかは本人の自由でしょ?」
「そ、それはそうだけど……!」
「もしミコトが自分の意思でかぐやを選んだなら、それは仕方ないよね〜?」
「ぐぬぬぬっ……!」
正論とも屁理屈ともつかない理屈に、ヤチヨは言い返せず歯噛みする。
(彩葉もミコトも私のものになれば、両手に花! 夢のハーレム生活の始まりじゃん♪ ぐふふっ、完璧すぎる……)
心の中でほくそ笑むと、その思考を察したのかヤチヨは額に青筋を増やしながら指差した。
「この欲深怪獣め……!
本当になんって身勝手で恥知らずで図々しい女なんだかっ!!」
「え? 鏡見て言ってる?」
あ"ぁ"?とヤチヨが低い声を出してミコトを睨みつける。その視線に苦笑しながら、私は座り込んでいるミコトへとそっと手を差し伸べる。
「それで、ミコトはどうする?……かぐやなら束縛なんてしないし、きっと毎日楽しく過ごせるよ?」
ミコトは差し出された私の手をじっと見つめたまま、しばらく何も言わなかった。やがてこちらへ手を伸ばすと、私を見つめながら静かに口を開いた。
(でも──きっと、その答えは……)
「かぐやには悪いけど──」
そう言ってミコトが掴んだのは、差し出した手ではなく──その手首だった。
「かぐやとヤチヨが別れた瞬間から──
真っ直ぐな声だった。そのまま私の腕を支えにして立ち上がる。
「だから、俺はかぐやのものにはなれない」
……うん、やっぱり。
(最初から、ミコトが
もし、ミコトがこの手を取って「いいよ」と笑ってくれたら──それはきっと、とても嬉しいと思う。でも、それは私が一番望まないミコトだ。ここで簡単に心変わりするような人だったら、きっと、私はこんなにも惹かれていなかった。
だから、この答えでよかった。
私のことも大切に思ってくれているからこそ、誤魔化さず、ちゃんと線を引いてくれる。その優しさが嬉しくて、少しだけ寂しくて……でも、やっぱり嬉しかった。
「それでも……俺たちは、これからも大切な相棒同士だ。それは、ずっと変わらない」
私は小さく頷く。それだけで十分だった。今さら無理に言葉を重ねなくても、お互いの気持ちはちゃんと伝わっている。そんな確かな安心感が胸の中に広がり、自然と口元が緩んだ。すると──
「ミコト……」
後ろからヤチヨが声を掛ける。
(あ、これで仲直りかな?)
さっきのミコトの言葉は、どう見ても本心だった。あそこまで真っ直ぐ気持ちを伝えられたんだから、さすがのヤチヨも許してくれるだろう。
「……さっきの言葉、すっごく嬉しかったよ」
「──!」
ミコトの肩がぴくりと震える。
(よかった。やっぱり仲直り──)
「……でも、かぐやの配信に出た事実は変わらないよね?」
──その一言で、私の期待はあっさりと打ち砕かれた。
「あっ、ちくしょう! 絶対機嫌直ったと思ったのに!」
ミコトの口から本音が漏れる。
(あ〜、やっぱりそこだよねぇ……)
かぐやの配信には出てくれたのに、自分の配信には頑なに出てくれない。そこだけは、まだ全然納得していなかったみたいだ。そして、ミコトもヤチヨの機嫌を直すために、普段では言わないようなことを素直に口にしたのだろう……
「だから違うって!」
「違わないでしょ!?」
……さっきまでのいい空気はどこへやら。二人はいつも通りの調子で騒ぎ始めていた。とはいえ、さっきのあの言葉を聞いてしまった以上、ヤチヨが本気で怒り続けられるとも思えない。だから、あとはミコトがもうひと押し頑張るだけかな……
(……ミコトも、大変だなぁ)
二人のやり取りを眺めながら、小さく微笑む。
ヤチヨの相手は、本当に骨が折れると思う。でも──あんなふうに真正面からぶつかり合えるのは、お互いを信じているからだ。
(いつも迷惑ばっかり掛けちゃうけど……)
この先、私が隣にいられなくなる時が来たとしても……ミコトがいてくれるなら、ヤチヨはきっと大丈夫。だから──
(これからも、もう一人の私をよろしくね? ミコト)
──後日。
今日もミコトは、いつものように私の家へやって来ていた。表向きは「見張り係」……とはいえ、この前みたいにもう家から抜け出すことはあまりないため、実際は一緒にのんびり過ごすだけの時間になることが多い。
「ねぇ、ミコト〜?」
「ん?」
私はソファへ腰掛けたミコトの隣へ移動すると、そのままぽすんと頭を膝へ乗せる。
「膝枕して~?」
「……いや、もうしてんじゃねぇか」
返事なんて最初から聞くつもりはない。だって、ミコトなんだから私の好きにしていいに決まってる。そのまま、あはは〜と笑う私にミコトは呆れたようにため息をつく。
「いいじゃ〜ん! 減るもんじゃないんだし!」
「減る減らないの問題じゃないんだけど……」
そう言いながらも、本気でどかそうとはしない。なんだかんだミコトはかぐやに甘いのだ!
「えっへへ~♪」
気持ちよさそうに目を細めながら、私は部屋の隅へさりげなく視線を向ける。そこには、小さな監視カメラがあった。
……この前の一件があってから、ヤチヨはどうしても私をミコトと二人きりにしたくないらしい。だから、「ミコトを見張り係として貸し出す代わりに、ミコトが家へ来ている間だけ監視カメラを設置すること」……それがヤチヨと私の間で交わした条件だった。
もちろん、ミコトはそんなことは知らない。見張られていることを知れば、きっとこんなふうに普段通りには接してはくれないからだ。
(どうせ見てるんでしょ?)
そう思った私は、わざとミコトの膝へ甘えるように頬をすり寄せる。そして、満足げに目を細めたまま、ミコトに気づかれないようにそっと監視カメラへ顔を向けて、
(……へっwww)
ヤチヨへ向かって勝ち誇ったように笑ってみせる。監視カメラの向こうでは、きっと今頃……
『こ、こんのクソガキが──!!』
ヤチヨが額に青筋を浮かべながら、ぷるぷる震えているに違いない。そんな光景を想像し、
「んふふ〜〜♪」
思わず笑みがこぼれてしまう。すると、
「……? なに笑ってんだ?」
ミコトが不思議そうに首を傾げてこちらを見てくる。それに対して、何食わぬ顔で──
「いやぁ〜? 今日も……いい日だなぁ〜〜って!」
私はまた──満足げに微笑んだのだった!
◇ ◇ ◇
(な、なんか、すっごい寒気するんだけど……風邪引いたかな?)
実はヤチヨとかぐやが別れた後、ミコトはかぐやにしか相棒呼びしてないんですよね。
ヤチヨとは違ってかぐやには恋愛関係を考えず、気のおけない親友みたいな距離感で接しており、二人はこうして定期的にバカやってはヤチヨと彩葉にまとめて怒られています。