超かぐや姫! 星の降る音   作:サトウシュン

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31話 ヤチヨとミコトが彩葉に過去の話をするシーンからスタートです。
あと、作者は歴史にあまり詳しくないので、細かい部分は雰囲気で書いています。それでもよろしければ、どうぞ。


過去編
過去編 恋の歌を詠う歌人 前編


 ツクヨミのプライベートルームにて──

 

「その後も、本当に色々あったよね〜! 縄文時代が終わって、弥生時代になって、国ができて……」

 

 ヤチヨは指折り数えながら、まるで昨日の出来事でも思い返すような気軽さで語り始める。

 

「村だった暮らしが少しずつ変わっていって、人も文化も一気に発展していったんだよな」

 

 俺も当時を思い返しながら、小さく頷いた。

 

「お城はまだなかったけどね! それから古墳時代! おっきなお墓がどんどん作られてさ〜」

 

 両手を大きく広げ、山のような大きさを表現するヤチヨ。

 

「埋葬される側じゃなくて、作る側を見てたんだよな、俺たち」

 

 苦笑混じりにそう付け加えると、酒寄さんが目を丸くする。

 

「飛鳥時代は毎日何かしら事件が起きてたし、奈良時代は都も賑やかだったよね〜」

 

「気づけば、歴史の教科書に載っている人たちとも何人も会ってたな」

 

「教科書で見た人が普通に目の前歩いてるんだから、不思議な気分だったよね♪」

 

 ヤチヨはくすくす笑いながら肩をすくめた。

 

「すごい……」

 

 酒寄さんは感心したように小さく息を漏らし、尊敬の入り混じった眼差しで俺たちを見る。

 

「そんな歴史を、本当に全部見てきたんだね……」

 

「全部って言っても、楽しいことばかりじゃなかったけどね。でも──」

 

 ヤチヨはふっと遠くを見るように目を細める。その表情には、八千年という途方もない歳月への懐かしさが滲んでいた。

 

「特に印象に残ってる時代の一つが平安時代かな〜! あの頃は楽しかったな〜!」

 

 さっきまでのしみじみとした雰囲気が嘘のように、ぱっと表情を明るくする。そして、何かを思い出したようにこちらを見て、にやぁっと口角を吊り上げた。

 

「特に、彩葉も知ってるだろう”あの有名な人”!」

 

「……その話するのか? 俺嫌なんだけど」

 

 嫌な予感しかしない俺は、思わず額に手を当てる。

 

「もちろん! だって彩葉にも聞いてほしいもん♪」

 

 ヤチヨは満面の笑みで即答した。

 

「歌人……?」

 

 酒寄さんは首を傾げ、不思議そうに瞬きを繰り返す。

 

「うん。ある日ね──」

 

 ヤチヨは悪戯っぽく笑いながら、人差し指を一本立てる。

 

「ウミウシの私に、一目惚れした歌人が現れたの♪」

 

「…………はい?」

 

 酒寄さんの思考が、ぴたりと止まったのがわかった。目をぱちぱちと瞬かせたまま固まり、口だけがわずかに開いている。

 

 

────────────────────────

 

 

 93X年

 

 街を歩いていると、いつも通り胸ポケットに収まっていたかぐやが、ぴょこんと顔を出した。

 

「ミコト! 見てみて! なんか人がいっぱいいるよ!」

 

 かぐやが視線を向ける先には、通りを埋め尽くすほどの人だかりができており、皆何かを囲むように立ち止まり、熱心に耳を傾けていた。

 

「お祭り……って感じでもないな」

 

「誰か有名な人でも来てるのかな?」

 

 その時だった。

 

 ベン、ベベンッ──

 

 どこか物悲しく、それでいて澄んだ音色が風に乗って届いてくる。

 

「ミコト、この音……」

 

 耳を澄ませると現代でも何度か耳にしたことがある音が響く。

 

「動画とか雅楽の演奏会で聞いたことあるな……多分、"琵琶"だな」

 

「びわ?」

 

 聞き慣れない名前だったのか、かぐやは小さく首を傾げる。

 

「ギターみたいに弦を鳴らす楽器だけど、もっと重厚で落ち着いた音がするんだ。平安時代では結構有名な楽器だったはず」

 

「へぇ~!じゃあ今、この時代では最先端の音楽ってこと?」

 

「まあ、そんな感じかな」

 

 現代では歴史ある伝統楽器という印象だが、この時代ではまさに流行の最前線。そんな音色が生で聴ける機会はそうそうないだろう。

 

(とは言っても残念ながら、この人混みじゃこれ以上前に行くのは無理そうだけど……)

 

 目の前の人垣は何重にもできており、少し背伸びしたくらいでは演奏者の姿すら見えない。この辺りで音だけ楽しむのが無難だろう──そう結論づけた、その時だった。

 

「ミコトミコト〜〜!」₍ᐢ✨ˬ✨ᐢ₎

 

 胸ポケットから、かぐやが期待に満ちたきらきらと輝く瞳でそっと俺を見上げてくる。

 

 ──もっと近くで見たい!せっかくなんだから、一番前で聴きたい!!

 

 長い付き合いなだけあり、その目を見ただけで何を言いたいのかなんて手に取るように分かった。

 

「はぁ………ハイハイ。うちのお姫さまのおっしゃる通りに……」

 

「えっへへ♪ さっすがミコト! くるしゅうない!」

 

 満面の笑みを浮かべるかぐやに苦笑しながら、肩がぶつからないよう気を配り、流れに逆らわないよう少しずつ人混みをかき分けて前へ進む。ようやく人垣を抜け、演奏者の姿がはっきりと見える場所までたどり着くと、黄色い声を上げる若い女性たちの姿が目に入る。

 

「見て! 敦忠様よ!」

「今日も変わらずお美しいわ……」

 

 そこには、一人の青年が静かに琵琶を奏でていた。青年の年は二十代前半ほど。雪のように白い狩衣をまとい、細く整えられた眉に、すっと通った鼻筋。涼しげな目元と整った顔立ちは、思わず息を呑んでしまうほど端正だった。

 

(なるほど。これは周りがキャーキャー騒ぐのも納得だな)

 

 青年の指先が弦を優しくなぞるたび、澄み切った音色が街中へと広がっていく。決して大きな音ではない。それなのに、不思議と周囲の喧騒は静まり返り、誰もがその音色に耳を傾けていた。

 

「────!」

 

 胸元へ目を向けると、かぐやも目を輝かせ、身じろぎ一つせず演奏に聴き入っていた。小さな身体は音色に合わせるようにわずかに揺れ、普段なら真っ先に感想を口にする彼女が、一言も発さない。それだけ、この演奏に心を奪われているのだろう。

 

 俺は演奏している人物に興味が湧いたため、近くにいた男性へそっと声を掛けてみた。

 

「すみません。あそこで演奏している人って……?」

 

 男性は不思議そうにこちらを振り返り、一瞬きょとんとした後、「ご存じないのですか?」と言わんばかりに目を丸くした。

 

「知らないんですか? あのお方は藤原敦忠様ですよ」

 

「藤原敦忠……」

 

 思わずその名を復唱する。……どこかで聞いた覚えはある。だが、歴史に詳しいわけでもない俺には、すぐには結び付かなかった。

 

「琵琶の腕前は都で随一と言われるほどのお方でしてね。普段は宮中にお仕えしておられますが、こうして時折街へいらしては、私たちにも"歌"や"琵琶"を披露してくださるんですよ!」

 

 なるほど。それなら、この人だかりにも納得がいく。現代で言えば、有名なアーティストが予告もなく街角で生演奏を始めたようなものなのだから、人が集まらないはずがない。

 

 俺が納得して頷いていると、次の瞬間──

 

「歌っ!!」

 

 胸元から勢いよく声が飛び出した。

 

 (ちょっ、バカ!)

 

 反射的に胸ポケットを押さえる。だが、周囲の何人かが一斉にこちらを振り向き、男性も「あれ?」と眉をひそめた。

 

「今……女性の声が聞こえたような……」

 

「キ、キキキキノセイデスヨ!」

 

 慌てて笑顔を作る。

 

「ほら!この辺り、女性はたくさんいますし! 聞き間違いじゃないですか?」

 

「ちょっ、ちょっとミコ──むぐっ!?」

 

 そう言いながら、暴れるかぐやを胸ポケットの奥へぐっと押し込む。小さな抗議の声が聞こえた気がしたが、今はそれどころではないのだ。

 

「……? そうですか……」

 

 男性はまだ少し首を傾げていたものの、それ以上追及することはなく、再び演奏へと視線を戻した。

 

(……危なかった)

 

 胸をなで下ろし、小さく息を吐く。この時代で胸ポケットから突然女の子の声が聞こえれば、妖でも潜んでいるとか思われかねない。

 

「ったく、気を付けろよ!」

 

「ご、ごめーん……っ!」

 

 しゅんとした声が返ってくる。ふと視線を演奏の方へと戻すと。

 

 (………?)

 

 演奏を続ける敦忠と、()()()()()()()()()()()()()。気のせいかとも思ったが、その視線はこちらを見ているようにも見える。

 

「……ミコト? 聞いてる?」

 

 かぐやの声で意識を引き戻される。見間違いだろうと自分に言い聞かせ、俺はその考えを頭の隅へ追いやった。

 

「……いや、なんでもない。それよりもどうした?」

 

「さっき言ってた、藤原敦忠って人知ってる? 有名な人なの?」

 

 う〜ん、と唸りながら頭の中で歴史の教科書をめくる。

 

「藤原って名字は腐るほど出てくるんだけどなぁ。敦忠って名前も聞いたことある気はするけど……」

 

 おそらく有名な人なんだろうけど、歴史上の人物なんて多すぎるし、全部を長年覚えていられるほど俺は歴史好きでもなかった。

 

「ふ〜ん、まあいいや……ねえ、それよりもっと近くに聞きにいこ!」

 

 どうやら、このお姫さまの中では反省会はもう終わったらしい。さっきまでしおらしく肩を落としていた姿はどこへやら……切り替えが早いのか、単に都合の悪いことを忘れるのが得意なのか。その答えは、たぶん後者だ。

 

(……本当に反省してるんだろうな?こいつ……)

 

 再び敦忠の演奏に耳を傾ける。琵琶の音色はどこか物悲しく、それでいて不思議と心を穏やかにしてくれる響きだった。

 

 ──やがて最後の一音が静かに消えると、一拍置いて辺りは大きな拍手と歓声に包まれた。

 

「お見事です!」

「今日も素晴らしい演奏でした!」

 

 惜しみない称賛が飛び交う中、敦忠は穏やかな笑みを浮かべ、観客へ一礼する。その拍手に紛れるように、俺も小さく手を叩いた。

 

「……すごかったな」

 

 思わず漏れた独り言。その声は歓声の中に溶けて消える──はずだった。

 

「…………」

 

 ザッ、と立ち去ろうとした敦忠の足が不意に止まる。そして、何かを探すように人垣へ視線を巡らせたあと、その目が真っ直ぐ俺を捉えた。どこか確かめるような、それでいて何かに惹き寄せられたような眼差しで、しばらくこちらを見つめていた。

 

(……気のせいか? さっきもこっちを見てたような……)

 

 俺が首を傾げると、敦忠はふっと小さく微笑み、何事もなかったかのようにその場を後にした。

 

 

──────────────────

 

 

「はあぁぁぁぁぁ~~!!すっっっごい良かった〜〜!!」

 

 胸ポケットから、とろけそうなため息が漏れる。

 

 人通りの少ない川沿いまで来たところでひょこっと顔を出し、ようやく口を開いたかぐやは、頬を緩めたままどこか遠くを見つめていた。完全に余韻へ浸っているその表情は、人気アーティストのライブを見終えた直後のオタクそのものだった。

 

 正直、俺は琵琶なんてほとんど聴いたことがないから、その良し悪しまではよくわからなかったが……それでも、不思議と心を揺さぶられる演奏だった。

 

「英語の歌とかもそうだけどさ。意味が分からなくても感動する曲ってあるじゃん。それと同じように、音楽には知識や時代なんかを越えて人の心に届く力があるんだなって思ったよ」

 

「わかるっ!!……いや~、やっぱり、"ライブ"っていいよねぇ……」

 

「いや、ライブて……」

 

 急にこの時代に存在しない横文字が飛び出してきたんだが……

 

 目を輝かせながら、かぐやは止まらずに語り始める。

 

「思わず思い出しちゃったよ!かぐやの歌を聞いて盛り上がってくれるファンのみんな! 全力で歌い切ったあとの充実感! 終わった瞬間はヘトヘトなのに、もう次のライブのこと考えちゃうんだよね〜!」

 

 どうやら、同じ音楽をやっていた者として、今回の演奏には感じるものがあったらしい。

 

「まあ、でも言いたいことはわからんでもないな。確かに、ある意味さっきのも路上ライブみたいなものだし」

 

 それに対して、かぐやは嬉しそうに何度も頷く。

 

「あぁ~……いいなぁ。なんかかぐやもライブしたくなってきちゃった」

 

「ふ〜ん……」

 

 それを聞いた俺は足元へ転がっていた木の枝を拾い上げると、一本を地面へ軽く突き立てて、即席のマイクスタンド代わりにする。

 

「なら、やるか?」

 

「──へ?」

 

 かぐやはまだ状況を理解できていないのか、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。

 

「観客は俺一人だけだけど、ここなら誰もいないし思いっきり歌っても問題ないだろ?」

 

 その言葉を聞いたかぐやは一瞬だけぽかんと口を開けていたが、その表情はみるみるうちに笑顔へと変わっていく。まるで太陽が顔を出したような、眩しい笑顔だった。

 

「やる!!」

 

 返事をしたかと思うと、ぴょこん、と軽やかに跳ねるように木の枝の前まで飛んでいく。

 

「ふふん!今日は特別!」

 

 胸を張り、小さな身体で得意げに宣言した。

 

「かぐやがミコトのためだけにライブやったげる! こんな機会、滅多にないんだからね!」

 

 その笑顔は、さっきまで敦忠の歌に聴き入っていた少女ではなく……

 

 もう一度ステージへ立てることを心から喜ぶ、一人の歌姫そのものだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 そして──かぐやによる即席ライブが終わる。

 最後の歌声が川辺に静かに溶けていき、辺りはしんと静まり返った。

 

「………」

 

 思わず息を止めていたことに気付き、小さく息を吐く。

 

(やっぱり、かぐやはすごいな……)

 

 あの歌声には、人の心を掴んで離さない何かがある。一度耳にすれば最後まで聴き入らずにはいられないような、そんな不思議な力を持っていた。

 

「はぁ……はぁ……どうだった!!」

 

 誇らしげに胸を張るかぐやへ拍手を送ろうとした、その時だった。

 

パチ、パチ、パチ……

 

 静かな拍手が背後から聞こえてくる。

 

「姿見えぬ 声のみ聞けば 天つ風 花の香りの 形なるらむ」

 

 ついで聞こえてきた歌声に思わず肩が跳ねた。俺は真っ先にかぐやを回収した後、慌てて振り返ると、そこには──

 

「ああ、驚かせてすまない」

 

 先ほど街で琵琶を奏でていた青年、"藤原敦忠"が立っていた。いつからそこにいたのか、穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ている。

 

「実は先ほど演奏していた折、ふと"君"の姿が目に留まったのだ。この辺りでは見かけぬ顔だったものだから、つい気になって後を追わせてもらった」

 

 ……確かに、この町では俺は完全によそ者だし、貴族からしたら怪しまれても不思議じゃないか。ただ、それよりも問題なのは……

 

(かぐやの姿を見られた……? いや、あの位置からじゃ俺の陰になって見えてないはず)

 

 まさか"喋るウミウシが歌っている"なんて、普通は想像もしないだろうし。

 

「……されど、それだけではない」

 

 敦忠は静かに目を伏せ、小さく息をつく。

 

「演奏の最中、不意に君の声が耳へ届いた。その瞬間から、"不思議と胸が騒ぎ始めてしまってね"」

 

(……ん? なんか流れ変わってきてない?)

 

「最初は、一時の気の迷いだと思っていた。演奏に心が昂っていただけなのだと、自らに言い聞かせてもみた」

 

 だが、と敦忠はゆっくり首を横へ振る。

 

「それでも君のことが頭から離れなかった。どうしても、この目で君を見たい。もう一度、その声を聞きたい──そんな思いに駆られ、気づけばこうして君を追っていた」

 

「い、いや……ちょっと待って……」

 

 その真剣な眼差しと、どこか熱を帯びた声音に"嫌な予感"が背筋を駆け上がる。だが、止めるために慌ててかけたその言葉には答えず、敦忠は意を決したようにゆっくりと目を開き、真っ直ぐこちらを見つめた。

 

「……こうして改めて君の声を聞き、ようやく確信した……私は」

 

 敦忠は穏やかに微笑み、静かな、それでいて揺るぎない声音で告げる。

 

「どうやら──君に、心を奪われてしまったようだ」

 

 ?( °д°)・・・チーン

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の思考は完全に停止した。頭の中にあった考えがすべて吹き飛び、まるで時間だけが止まったかのように固まる。

 

「…………今、なんて?」

 

「うむ。何度でも言おう。私は、君に惚れたと言ったんだ」

 

 ……なるほど。どうやら聞き間違えではなかったらしい。

 

(そうかそうか……なるほどね〜、なるほどなるほど)

 

 次の瞬間──

 

 ダッ!!

 

 考えるより早く体が動いた。踵を返し、脱兎のごとく地面を蹴る。突然すぎたせいか、彼の反応が一瞬遅れた。

 

「っ!ま、待ってくれ!」

 

 背後から焦った声が飛ぶ。

 

「君たちに危害を加えるつもりはない!ただ、ただ一目惚れしてしまっただけなんだ!!」

 

「いや俺が恋人になれるわけないじゃん!!無理無理!!本当に無理だからっ!!」

 

 必死に逃げていると、胸ポケットからかぐやがひょこっと顔を出した。

 

「……ミコト?どういうこと?」

 

 かぐやの困惑した声が耳に届く。

 

(……そりゃそうだろう。突然、男が男に一目惚れしたなんて言い出したら、混乱するに決まって──)

 

「かぐやというものがありながら、他の人に手を出すつもり……? そんなの……絶対に許さないから……!」

 

 こんな時に何言ってんだこのウミウシは!?

 

「今ツッコむべきところそこじゃないだろ!突然見ず知らずの相手から一目惚れされて追い掛けられてるっていう、もっとおかしいと思うべき状況を丸ごとスルーするな!」

 

「だって!!ミコトがあの人のこと誘惑して──」

「ねぇよ!! 完全に向こうからの一方通行だろ!!こっちは逆走してアクセル全開で逃げてんだよ!!」

 

 そして、かぐやと言い合いながら逃げている最中──

 

(……ん? というかちょっと待て)

 

 不意に先ほどの敦忠の言葉が頭の中で引っ掛かった。

 

(さっき、あの人なんて言った? 『君たち』?)

 

 違和感に気付いた俺は勢いよく足を止めて急停止し、振り返った。

 

「……さっき、なんて言ったんですか?」

 

 敦忠も足を止め、軽く息を整えながら微笑む。

 

「だから、一目惚れしたと言ったんだ。その、"胸元にいる彼女"に」

 

 そして、迷いなく俺の胸ポケットへ視線を向ける。

 

「……あー」

 

 その瞬間、俺の頭の中でバラバラだった情報が、一気に繋がる。先ほどまで敦忠が口にしていた言葉。そのすべては、俺へ向けられたものではなく──

 

「……え?」

 

 まだ状況を理解できず、胸ポケットからきょとんと首を傾げるかぐや。

 

 彼が想いを寄せていた相手は、最初から彼女だったのだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 藤原敦忠side

 

 あの後、こうして外で話すのもどうかと思ったため、二人を屋敷に招待しようと誘ったところ。

 

『俺は反対だけど、かぐやはどうしたい?あの人は惚れただのなんだの言ってるけど、実際はかぐやが物珍しいから欲しがってるだけかもしれないぞ?……顔も胡散臭いし

 

『おい、聞こえておるぞ』

 

『かぐやは……あの人の演奏、とっても綺麗だなって思ったの。あんな音を奏でる人が、悪い人には思えなくて……それに、あんなに真剣に気持ちを伝えてくれたのに、何も聞かずに追い返しちゃうのは、少しかわいそうかなって……確かに顔は胡散臭いけど

 

『…………』

 

『……わかった。でも安心しろ。あいつが何かしてきても、絶対にかぐやには指一本たりとも触れさせないから』

 

 そう言って、青年は白くふわふわしたかぐや殿の頭を優しく撫でる。

 

『ミコト……//』

 

『ゴホン、今まさに一目惚れしたという相手を前に惚気を始めるのはどうかと思うが。そろそろいいだろうか?』

 

『してません』

 

 と言った流れで屋敷まで招待し、今は縁側に三人で座って話をしていた。

 

 

「ところでかぐや殿よ……」

 

「ん?どうしたの?」

 

 声をかければ、膝の上にのった白いフワフワした生物から返事が返ってくる。

 

「なぜ私は先程から……」

 

 チラリと横を見てみれば──

 

 ジィィィィ────ッ……

 

「この青年から"殺気"を向けられているのだ?」

 

「あー……気にしないで。いつもの事だから」

 

 かぐや殿はもう慣れており、なんでもないことのように言ってくる。

 

「かぐやが自分以外の人に触れられてる時は、何かあったらすぐに”対処”できるようにしてるんだって」

 

「対処……か。なるほど。だから先程からずっと首ばかり見られていたのか」

 

 殺気を向けてくる青年の視線は、ただじ──っと私の首に固定されており、その顔には「少しでも怪しい動きをすればお前を◯ス」と書いてあった。

 

「はぁ、まったく……ミコトは……」

 

 そう言ってかぐや殿は小さくため息をつく。

 

「かぐや殿も、過保護な付き人を持ってたいへn──」

 

「ほんっっっと……かぐやのこと大事に想いすぎなんだから//

 もう〜〜!!過保護すぎて困っちゃうんだよね〜〜♪」

 

「──なるほど、満更でもなかったか」

 

 そう言いながらも、かぐや殿は嬉しそうに身体をくねくねとよじり、頬を緩ませている。そして、そんな話をしている間も、彼の殺気は常に私に向けられていた。

 

「周りに使用人もつけずに、3人きりにしたのは私なりの誠意のつもりだったのだが……まだ信用は勝ち取れていないようだな?」

 

「そりゃ突然ウミウシ相手に『一目惚れした』なんて言う人を信用できるわけないでしょう。ウミウシですよ?人ですらないですよ?流石に異常性癖にも程がありますって」

 

「ひとまず、私の首を眺めながら話すのは控えていただけぬか?」

 

 呆れたように青年が言うと、下から不満そうな声が聞こえてきた。

 

「むうぅ〜〜〜〜!」

 

 かぐや殿が頬を膨らませてミコト殿を睨みつけていた。

 

(ふむ……せっかくの良き空気を、一瞬にして壊してしまうとは。それが無自覚ゆえならば、なかなか興味深い御仁だ)

 

「質問についてだが、人は姿形にばかり目を奪われがちだ。されど、それはただ目に映る器に過ぎぬ。心こそが、その者だけのもの……私が心惹かれたのは、その愛らしい御方の魂だ」

 

「もう一度言いますが、ウミウシですよ?」

 

 食い気味に返され、思わず苦笑が漏れる。この青年は、どうにも肝心なところだけ聞いてくれないらしい。

 

「……そうか。では逆に尋ねよう」

 

 私は真っ直ぐ彼を見据えた。

 

「君には、本当に彼女が”ただのウミウシ”に見えているのか?」

 

「っ……」

 

 その一言で、青年の表情がわずかに揺らぐ。あの視線。あの声色。そして、何より彼女へ向ける仕草。どれ一つとして、人ならざるものへ向けるものではなかった。

 

「君こそ一番よく知っているはずだ。かぐや殿が、姿こそ違えど紛れもなく”人”であるということを」

 

 青年は小さく舌打ちすると、居心地が悪そうに視線を逸らした。

 

「……あんたみたいな物好きと一緒にしないでもらえます? 普通の人間は……ウミウシに恋なんてしませんから」

 

「〜〜もうっ! ミコトだって、かぐやの元の姿を見たら絶対メロメロになるはずなんだから!」

 

「はいはい、すごいですねー」

 

 飛んできた拗ねたような声に、青年は心底どうでもよさそうに手を振る。

 

「あ──!!絶対信じてないでしょ!?ぐぬぬっ……いつか覚えとけよ〜〜!!」

 

 絶対にギャフンと言わせてやる〜〜、と騒いでいる間も、私はふと先ほど河原で耳にした歌声を思い返していた。

 

 あの澄み切った歌声は、今なお耳の奥に残っている。人の心を惹きつける、あの不思議な歌声。あれほどのものを、人知れず終わらせてしまうのは、あまりにも惜しいと思った私は静かに口を開いた。

 

「ところで、かぐや殿」

 

「ん?」

 

「先ほど歌っておられた時のことだ」

 

 そう切り出すと、かぐや殿はきょとんと首を傾げた。

 

「歌っておられる最中の貴女は、とても楽しそうであった……もしや本当は、多くの人前であのように歌いたいのではないか?」

 

 その問いに、かぐや殿の表情が少しだけ曇る。

 

「それは……」

 

 少し寂しそうに笑い、小さく頷いた。

 

「みんなの前で歌うのは好きだよ?……でも、この姿だから……」

 

 膝の上で小さな触角が、しゅんと力なく垂れる。

 

「今は、誰にも見つからないようにしか歌えないの」

 

「ふむ……」

 

 やはりそうか。先ほどのあの歌声は、誰かに聞いてもらえた喜びもあったのだろう。

 

「ならば、一つ提案がある」

 

 少し考え、私は一つの案を口にした。

 

「"人の姿をした女性"を一人用意し、その者に歌っているふりだけをしてもらうのだ」

 

「歌ってるふり……? ああ、"口パク"してもらうってことか」

 

「その、口パク?というものは存じ上げぬが、その認識で相違あるまい。かぐや殿はその者の身体に隠れて歌えばよい。姿が見えず、歌声だけが響けば誰もその存在を疑うまい」

 

 その瞬間、かぐや殿の目がぱっと輝いた。

 

「それ、すっごくいいかも!」

 

 触角までぴこんと立ち上がる。

 

「そしたら、かぐや……またみんなの前で歌え「却下です」

 

 しかし、その希望は一瞬で切り捨てられた。

 

「えぇ── !?なんでっ!? ミコトは心配しすぎだよ!!絶対大丈夫だって!!」

 

「ダメ。もしかぐやの体になんかあったらどうすんだよ?」

 

 ミコト殿がそう言うと、かぐや殿はその体をぴょんぴょんと跳ねさせ、向かっていく。

 

「むぅぅぅ──!! ラ・イ・ブッ!!」

 

「なんて言おうがダメなものはダメ!どうしてもって言うなら、怪しい動きをした瞬間に俺が”対処”できる距離で見張りながら──」

 

「その状態で、まともに歌うふりができる者がおるわけなかろう」

 

 首筋へ突き刺さる殺気を思い出し、思わず突っ込む。あれほど露骨な敵意を真横から浴びながら、平然と芝居を続けられる者など、私には到底思い浮かばなかった。

 

 隣では、かぐや殿がしょんぼりと触角を垂らしていた。

 

「そんなぁ〜……お願いだからやらせてよぉ〜〜パパぁ!」

 

「誰がパパだ……まったく、どこの馬の骨ともわからない奴にうちの子を預けられるわけないだろ。絶対にダメです」

 

 上目遣いで見上げられても、青年は即答する。

 

「むぅ〜〜! やだやだ〜〜!! かぐやみんなの前でライブしたい〜〜!!」

 

 頬をぷくっと膨らませ、子どものように駄々をこねる姿に、思わず笑みがこぼれそうになる。

 

「……ふむ」

 

 その時だった。青年の顔を見ていた私は、一つのことに気付く。

 

「ところで、ミコト殿よ」

 

「なんすか?」

 

 段々と私に対する言葉遣いが荒くなってきているような気がするが……それは置いておき改めてその顔立ちを眺める。

 

 整った目鼻立ちに、どこか柔らかな面差し。線の細い体つきも相まって、これなら──

 

「よく見れば君はなかなかに整った顔立ちをしておるな……まあ、私には負けるが

 

「Hey,かぐや。この時代に貴族殴ったらどうなると思う?」

「死刑じゃない?」

「じゃあ問題ないな……とりあえず二、三発いっとくか!」

 

 とてもいい笑顔を浮かべながら、目の前で繰り広げられる物騒な相談はひとまず聞かなかったことにしておこう。

 

「オッホン……君は先ほど、『どこの馬の骨ともわからぬ者だから駄目』と言ったな」

 

「言いましたけど?」

 

「ならば、"君が間違いなく信頼できる女性"が、かぐや殿の歌い手を務めればよいのではないか?」

 

「……いや、それがいないから困って──」

 

「いるではないか、"すぐ近くに"」

 

 青年は心当たりがないのか、怪訝そうに首を傾げる。

 

「ああ〜、なるほど! "そういうことか"〜!」

 

 一方で、かぐや殿はすぐに気付いたらしい。いたずらを思いついた子どものような笑みを浮かべると、その視線はゆっくりと"青年"へ向く。

 

 

「………は?」

 

 

 どうやら、ようやく嫌な予感が追いついたらしい。

 

 青年の間の抜けた声が、静かな庭へ響き渡った。




今回の過去編ではミコトのかぐやに対する想いについて少し触れていきます。
なぜか今になってモチベが湧いてきたので熱いうちに短編集も書き上げたい
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