2020年
とうとうツクヨミのプロトタイプが完成した。
それで今日はその初ログインということで、ヤチヨとともに貸し切りのツクヨミを観光することとなっている。
ツクヨミの開発には俺も協力しているため、詳細については知っていた。
だが、実際にログインして体験するのは今日が初めてだった。
今までヤチヨはツクヨミの開発と並列して自分のアバターボディ作成も行っていたらしく、とうとう完成したらしい。
今まで何度も姿を見たいと言ってきたが後のお楽しみとかわされてきたため、今日初めて俺はヤチヨのウミウシ以外の姿を見ることとなる。
試作品として提供されたVR機器のスマコンを目に入れる。
すると目が黄色く光り、電源が入ったことを確認する。
ヤチヨはひと足先にツクヨミにいるらしいのでさっそく目を閉じてログインしてみる。
次の瞬間、俺の意識は宇宙を模したような空間を抜け、水飛沫が上がり気付けば目の前には大きな赤い鳥居が、そして足元には湖が広がっていた。
空には美しい夕暮れ空が広がっており、まるで早送りのように暗くなっていき、やがて数多の星々が煌めく夜になった。
そんな幻想的な光景に目を奪われていると急に視界が黒く染まった。
「だーれだ?」
背後から声をかけられる。一瞬、聞いたことのない声に動揺するが、トーンや話し方からすぐに誰かわかった。
「……ヤチヨ」
「さっすがミコト!声が変わっててもわかるとは、これぞ8000年の愛のなせる技ってやつかな?」
「いやそもそも、今日は貸し切りなんだからここにいるのは俺とお前だけだろ」
「も〜、そういう風情のないことは言わないの!」
その言葉から見えはしないのにぷんぷんと怒っている姿が簡単に想像できる。ウミウシの姿でだけど
「……で?振り返ってもいいの?」
「うん......見てほしい」
そうして振り返り、一瞬で目を奪われた。
目の前にいるはずの彼女が、まさしく現実から少しだけ浮かび上がった存在のように見えたからだ。
白く透き通るような髪に海洋生物をモチーフにした和装、月を思わせる柔らかく上品な雰囲気をもち、まさしく女神のような美しさだった。
「ふふっ、見惚れちゃった?」
「......そんなことないし。てっきり、ウミウシ人間の姿で現れると思ってたからびっくりしただけだし」
「ウミウシ人間ってなに!?どんな姿想像してたのさ!?」
その後もブーブーと文句を言われ続けたが適当にいなしていると
「......で?この姿の感想は?すっごい楽しみにしてたんだけど?」
「……まあキレイだよ。服もヤチヨの雰囲気によくあってるし」
「わあ!やった!やったー!ミコトが褒めてくれたー!普段全然褒めてくれないあのミコトが!」
「......ああもう!早くチュートリアル行くぞ!じゃなきゃこのままログアウトするから」
「わー、ちょっと待って!行くから!チュートリアル行くから!」
場を仕切り直すようにコホンと咳をすると
「それじゃあ改めて。
......仮想空間ツクヨミへようこそ! 私は管理人の月見ヤチヨ!さて、さっそくだけど出かける前にその格好じゃあつまらない!」
そういってヤチヨがパチンと指を鳴らせばキャラメイクウィンドウが現れる......はずなのだが、
「あれ?出ないんだけどウィンドウ。バグ?」
「違うよー。ミコトのアバターはもうすでに私が作っといたから」
......はぁ!?
「はぁ!?何言っちゃってんの?キャラメイクってゲームの中でもトップクラスに楽しい瞬間なんだぞ!それをお前......
頼む!お願いだから作らせてください!お願いします!」
「よし、これで準備は整ったね!」
「あれ? 無視?……嘘でしょ!?」
パシッと問答無用で腕を掴まれたため、無理やり抵抗しようとしたがそうはできないようにプログラミングされているらしい。
チュートリアルは俺の管轄外のため、どうしようもできず。
「さあ、いってらっしゃーい!」
そうしてなされるがままに俺は鳥居に向かって投げられる。そうして光を抜け視界が切り替わり、
──ベチャッ!
「ヴェ」
そのまま思いっきり地面にダイブした。
実際に濡れることはないのだが水の上でこけるのは中々に不快感がある。
「ぷっ、くくっ」
と必死に笑いを抑えるような声が聞こえて顔を上げると、そこには先ほどまでチュートリアルで案内をしていた月見ヤチヨが、口元とお腹を手で押さえて笑いを堪えていた。
「よくもやってくれたなー!俺の大事なキャラメイクを飛ばしただけじゃなく水の上に放り出すとは!」
「えー?知らないにゃー?さっきまでのはチュートリアルでAIが自動で案内してくれるはずだから私じゃないよー?」
「嘘をつくな嘘を!AIが頼んでもないのに勝手にキャラメイクしたら大問題だろ!あと、俺が本物のヤチヨかAIかをわからないわけないだろ」
「......!へー、そっか、そっか……えへへ!」
「......?」
相変わらず表情がコロコロと変わるやつだ。今まではウミウシだからわかりにくかったけどアバターになるとそれがなおさらよくわかる。
「怒るのはわかるけど、文句は実際に自分の姿を見てから言って欲しいなぁ」
そう言って指を鳴らすと目の前に全身鏡が現れる。
黒い長髪を後ろで結えた切長の青い目をし、目元には赤いアイシャドウが入っている。そして、額からは龍の角のようなものが生えている和装のイケメンが映っていた。
「か、かっこよすぎる.....!」
「でしょう〜?ミコトなら気にいると思ってたんだ!」
「さっすが、8000年来の相棒!よくわかってんじゃん」
そうして俺がハァ──と鏡に映った自分のアバターにメロメロになっていると、
「......相棒、ねぇ」
「なんか言った?」
「なぁにもぉ?......ほら、そろそろ行こう?時間なくなっちゃうよ!」
そう言って俺の手を握り、笑みを浮かべ楽しそうに走り出していく。
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「それでね、ここがプレイヤーが自分でデザインした出店を出せるエリアでー」
「あの、ヤチヨさんヤチヨさん」
「なんだいなんだい?ミコトくん」
「......この手っていつまで繋いでるんですか?」
そう、先ほど繋いだ手を街に繰り出したあともずっと繋ぎっぱなしなのだ。しかもこれ指と指を絡ませ合う恋人繋ぎってやつだろ。
「それは今日一日ずっとだよ。だって初めてきたツクヨミでミコトが迷子になったらどうするのさ」
「迷子になんてならないし、なっても管理者なんだから一瞬で見つけ出せるだろ」
そういうとヤチヨは何かを考えるような仕草をした後
「ヤッチョと手繋ぐの、いや?」
と目を潤ませる+上目遣いとかいう凶悪なコンボを繰り出してきた。
「いや、じゃ……ない……けど」
「じゃあいいでしょ?ほら次のとこ行くよー!」
──明らかに確信を持ってやっているなこいつ。
いったい誰だ、これをすれば絶対に相手はいうことを聞くと学習させたやつは!
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そのあと街をぶらぶら散歩したり、ショーウィンドウをのぞいたり、気になったお店に入ったり。
そうしてさまざまな場所を巡り、ツクヨミを思う存分楽しんだ後。
「最後に行きたいところがあるんだよね」
「……いいけど、どこ?」
「ちょっと目をつぶってもらえる?」
そうして目をつぶると手を引かれて少し移動する。
「もう開けていいよ」
ゆっくりと目を開けた、その瞬間。
「綺麗.....」
視界いっぱいに、夜の光が広がっていた。
黒い夜の海に、無数の灯りが散りばめられており、まるで無数の小さな星が地上に降りてきたかのように瞬いている。
さっきまで閉じていたまぶたの裏の暗闇と比べると、その光景は少しだけ夢のようで、現実感が薄く感じた。
「最後にミコトにこの景色を見せたかったんだ。私のお気に入りスポット!」
「私はこの景色が大好きなんだ」
風が彼女の白い髪をなびかせながら吹き抜けていく。
──本当にきれいだな。
その言葉は、結局声にならないまま、静かに心の中へ溶けていった。
「なんか特別な理由とかあるの?」
そんな思いを悟られないように質問を投げかけると
ヤチヨは少しの沈黙の後に語り出した。
「......彩葉と暮らしたタワマンから見た景色と似てるんだ。あそこにいたのは本当に短い間だったけど本当に大切な思い出だから」
そう語るヤチヨの表情は静かながらも意中の相手を慕う気持ちが滲んでいた。
やはりヤチヨにとって酒寄彩葉はどうしようもなく特別な存在なのだ。
そんなこと8000年前から分かりきっていたことなのにそれを認識した瞬間、チクリと心の奥に小さな棘が刺さったようだった。
怒りでも悲しみでもない、もっと形の曖昧な感情。
それは8000年生きた自分でも驚くほど幼くて、みっともない感情だとわかっているのに、それでも消えてくれない。
見下ろす夜景は静かに呼吸しているようだった。
「あ、そういえば
ヤチヨの言うアレとは今朝俺の家に届いた胸に巻くタイプの心拍計のことである。
なんでもアプリと連携することで心拍数を記録して健康状態を確認できるとか。
ヤチヨいわく今日はただの観光だけでなく、今後実装予定の『ふじゅ〜』の獲得プロセスについてのテストも行なっているらしい。
『ふじゅ〜』とはツクヨミでの取引に使われる仮想通貨の名称であり、人の心を動かすと運営から獲得できるという仕組みだ。
その人の心を動かすという判定に心拍数を利用できないかと考えているらしく、今日はテストのためにこのデバイス機器をつけてきて欲しいと言われていたのだ。
「ああ、家に届いたやつな。今も付けてるよ」
そう答えた瞬間バッと急にヤチヨが俺の胸に飛び込んできた。
「あっぶなっ!ちょっと、なに急に!?」
慌てて受け止める。
「......ミコトの心臓の音が聞こえる」
当の本人は俺の胸に耳を当ててそんなことを呟いていた。
心臓の音......?
ツクヨミに心臓の鼓動を再現する機能はないはずだけど......あ
「あー、なるほど、勝手にハッキングしたな.....」
「ふふっ」
おそらく俺の胸についているデバイスから送られてくる信号を自分が受信できるようにして擬似的に心拍を再現したのだろう。
「人の心臓の音なんて聞いて楽しいか?」
「楽しいっていうか落ち着くんだよね。ずーとこの音を聞いてたから」
「この音が聞こえるとミコトがここにいるんだ、私を守ってくれてるんだ〜って思えて安心するんだ」
「……」
「あっ!ちょっと早くなった!これで私もミコトの心を動かしたからふじゅ〜が貰えるかな!」
「心の動かし方が力技過ぎるだろ.....」
……このまま時が止まればいい、とさえ思う。
けれど時計の針は止まらず、静かに、ゆっくりと進んでいく。
それでも、彼女を抱きしめたまま過ぎていくこの時間は、どんな言葉よりも確かで、どんな瞬間よりも優しく、心の奥に刻まれていくのだった。
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おまけ
ヤチヨside
彼の前まで来ると、私はそのまま胸に飛び込む。
彼はびっくりしていたがそのまま受け止めてくれた。
腕の中に包まれた途端、ツクヨミには実装されていないはずの温もりがじんわりと広がっていくように感じた。
胸に耳を当てると、落ち着いた鼓動が静かに響いていた。
ああ、この音だ。
ずっと恋しくてなんとかして聞けるようにしようと頑張って。
今日久しぶりに聞くことが叶った。
この音を聞いているだけで、
ここが、いちばん安心できる場所だと思えた。
人の体でこんなにも近くにいられることが、ただ嬉しくて、でも、彼の鼓動が全然早くならないのが少しくやしかったのでなんとかして照れさせてやろうとしてみたり。
──もし私に鼓動があったなら、
きっと彼と同じくらい早く刻んでいただろう。
私はしばらくのあいだ、その胸に顔を埋めたまま動けなかった。