中央大洞穴の自律兵器群を倒し、お母様のお身体に主の左眼を捧げる。そうするべきだと分かっていたから。
「行って、人形」
お母様は冷たい。熱力学的にも態度も冷たい。でも構わない。いつかは……私も見てくれると信じている。
「あ、そうだ。人形、これを使ってみて」
ヨヨ越しに渡されたパーツは大きな大きな車両脚だった。早速装着してみる。
「大きい……なっ!?」
今……何かが見えた……?
「どうしたの?」
「な、何でも……ない……」
「そう、慣れたら行って、人形」
「は、はい……うっ……!?」
今度ははっきりと見えた。周りに居るのは皆思い思いの車両脚を履いたニンフ達。見るからに重厚な者、機動性と防御力の両立を目指した者……様々なニンフ達が居た。
射撃訓練場でテストしてみる。積載量が今までの機動外肢とは比べものにならない。速度こそ25〜30km/hまでしか加速翅を使っても出せないけれど、この車体上のリモコン砲塔に武器を載せればサブマシンガンもバトルライフルも自律して動かせる……とんでもなく素晴らしい……あまりにも動きにくいことを除けば、だけど。とりあえず前側の右副砲塔にバトルライフル、左にサブマシンガン、後部の左副砲塔にバトルライフル、右にサブマシンガンを積む。うん、まだまだ積めてしまう。どうせ速度は出ないのだからどんどん装甲も積んでしまおう。
そして……。
「修理CELLがかなりの額になっちゃった……」
お母様曰く、超過しても直してくれるらしいけれど……やられないに越したことはない。
上層の逆さ森にこの脚で行った時は地獄を見た。貫通しなくてもこんなにも高所で被弾することが怖いものだとは思わなかった。飛ぶことはおろか跳ぶことすらなかなか難しくて。諦めて一度普段の獣脚型機動外肢に戻して挑み、何回もこの育房に帰され続けながら、自律機械群を破壊し、大型偵察機ファルナもなんとか撃墜できた。本来ならこのまま逆さ森の深部、大断層等に行くべきなのは分かっているけれど一度下層にも顔を出してみようと思う。今度こそはこの要塞のような機動外肢だって使えるだろう。
「下層に行くの?ふーん……寄り道も良いけれど義務を忘れないでね」
全くもってお母様の言う通りだ。
「準備が出来たなら、行きなさい。早く帰ってくるのよ」
……あれ?急に優しい?
機械根でワープした先は廃墟だった。生きた者が居るとは……ほぼ思えない。
「……妙な匂いだ。知っている匂いがする……貴様、まさか……生き残りか?それとも姉妹達を喰った化物か?……名前は何だ?」
「……私に名前は無い」
居た。生きてるニンフ。車両脚に嘴のような拡張頭環。顔はよく見えないけれど大口径火器を携えた武装からも強者の風格が漂ってい……っ!声が聞こえる。何かが見える。初めて装着した時に見えた景色が……。
「……この下層に貴様の求める物は死に場所しかない。ここにあるのは異形と亡骸と亡骸漁りだけだ……その脚、どういう経緯で拾った?回答によっては貴様を殺す」
「……お母様から貰った」
「正直な貴様はガーディナか?もしそうなら言え、そして殺す、答えろ」
「違う。私はガーディナじゃない」
「……じゃあ誰なんだ。いや、もう良い。失せろ。私の前から消えてくれ」
口が動く。独りでに。
「…………お姉様、私は復讐したい」
「……貴様、今なんて言った?」
「ギリー、私は」
「その口を開くのを止めろ!」
その怒った声に聞き覚えがある。聞き覚えなんて無いはずだった。今この瞬間までは。
「ただいま」
「止めろ!姉妹達のふりをするな!止めてくれ!」
「うっ……あた……まが……痛いよ……」
わたしが私でなくなる、まるで機動外肢に躰を乗っ取られている様な。私達は知っている、目の前に居る優しいニンフを。ギリー・ベル。かつての私達の窟の同胞。あの頭の回る姉を追跡した者。戦乱を生き延びた者。
「…………寂しかったでしょう」
私が私に戻ったのは彼女に泣きながらサイドスカートを叩かれている時だった。
残念ながら脚がデカすぎて何もできないが痛くないから気が済むまで叩かれよう。
「どうして……どうして私を置いていったんですか……お姉様、妹達、みんな……」
彼女が落ち着いたのは私を5分くらい叩き続けた後だった。
「……これを持って失せろ、姉妹達の匂いがする種子なんてもう見たくないからな。私は行く、ついてくるなよ」
蠢く小虫をくれた。飲み込めば浸食耐性を上げてくれるらしい。
「ありがとう」
「礼はいい……ありがとう、姉妹に会わせてくれて」
私は彼女の目の前から去った。でもきっとすぐにまた会うだろう。心配だから。
道中、小蟲を轢き潰したりステルス要塞を体当たりで破壊したりしながら進む。途中、浸食攻撃を食らって小蟲の世話になったりしつつ(それはそれで寄生が進んだ気がする)、砂に沈む廃墟をゆっくり走り、設計者は何を考えてこんな車両脚を作ったのだろうか……自走砲と対峙する。自走砲は私よりも大きく、そして硬い。私の装甲も攻撃に耐えているから不利とは言い切れないけれどいつまで持つかは分からない。
「ぐっ……!」
前言撤回。狙撃レーザーは凄く痛い。熱いを通り越して痛い!
「どこ……どこに……!」
自走砲が光学迷彩を展開すると自律砲塔も追跡できないようで見失うと蜂の巣にされてしまう。マシンガンがまだなしの礫でしかないのが幸い……早い!もうレーザーの射撃準備が……!
「……さようなら、お姉様……」
明確に機能停止が脳裏に浮かんだ、そして私に救世主が現れたのはそんな時だった。
「妹達を巻き込んで勝手に死ぬな!」
私を包むように張られる煙幕。そして物凄い力で前に牽引されていく。声の主は私が知っているニンフだった。
「勝手に死ぬな莫迦!莫迦!」
煙幕の中、口に甘い液剤を流し込まれる。甘い。血肉が躰に戻っていく……そんな気がする。
「……ギリー」
「勝手に妹達を巻き込んで死ぬな!そんなに死にたかったら一人で死ね!」
「……ごめんなさい」
ギリー・ベルは私を比較的安全なエリアまで引っ張ると私の代わりに自走砲を攻撃し始めた。無誘導なはずの副腕兵装が誘導弾のように敵に吸われていく様を見ていると冷静な歴戦のニンフだと分からされる。
私よりも比較的優速な彼女は狙撃されそうになると煙幕で身を隠しながら敵の照準を翻弄していた。
「種子!手を貸せ!」
「は、はい!」
休んでいる暇はない、と声をかけられたからには応えるべきで。サブマシンガンやバトルライフルをデコイに対して撃ち、目の前を透明な自走砲が通ったと思ったら発砲し、狙撃態勢に入ったら副腕兵装を撃って煙幕に逃げる。
そうしているうちに段々と息が合ってきていつの間にか本当の姉妹のように動けるようになっていた。
自走砲が機能を停止するとポツリと彼女が私に声をかけた。
「種子、貴様は名前が欲しいか?」
「……ギリーが呼びやすくなるなら」
「そうだな……プロデ・ベル、どうだ?」
「……分かった」
「種子には少し勿体ないか」
「ありがとう」
「……分かったらさっさと失せろ、じゃあな」
「うん」
「死ぬなよ……親愛なる妹達」
ギリー・ベルは私が機械根で育房に戻るのを見ていた。
「おかえり、人形」
「ただいま」
「彼女は元気だった?」
「……彼女?」
「ギプロベルデの生き残り、"放浪者"ギリー・ベル」
「……何でそれを……」
「何でも知っているよ」
「彼女に何を」
「ううん、何もしてないよ。ただ貴女が心配なだけ。行って、人形」
「……ギリーに手を出さないで」
「出さないよ、目的を達成してくれるなら多少の寄り道も……"姉妹ごっこ"も許す。だから、行って、人形」
再び降積地帯に戻る。ギリーはそこにはもう居なかった。
プロデ・ベル
ギリー・ベルによって種子に付けられた渾名。ギプロベルデの生まれではないが同コロニーの戦闘服を身に纏っていることから何かしらの関係がある模様。
彼女の機動外肢はかつて存在した炭素生物が、旧時代に建造した多砲塔戦車"T-35"……に感銘を受けたとあるギプロベルデのニンフが勝手に作った機動外肢をどこからかネマが調達してきたものである。外見はT-35の車体に似ているが60%程度のスケールに縮小されている。主砲塔のあった場所から上半身を出せるようになっており副砲塔が無装甲のリモコン砲塔になっていて自律して動く為種子は自分の攻撃に集中できる。また、あまりの巨体ゆえに一切の機動が取れなくなるトレビュシェットキャノンですら低速(5〜10km/h)であれば動きながら発砲が可能。装填も腰部の自律副腕が勝手にやってくれる。装甲もオリジナルよりかなり強化されている(作者注:ギプロベルデ式)。が、しかし一般的なギプロベルデの重量車両脚の数倍以上の重量があり機動性は極端に劣悪な上に、様々な車両脚を凌ぐ巨体である為、強行突破は出来ても後が続くかは操縦者の能力次第である。