「ここが……アーヴド……」
かつて母上が生まれ、そして去った土地。もはや帰るつもりは無かっただろう……多分。
「レジーナ、直推脚を用意したから再出撃よ」
「え?でも」
「ギリーと2人なら貴女は何でも出来る。でしょう?」
「……」
かつて私はギリーを逃がす為に自ら包囲網に突っ込んだ。今の私は……迷わず突っ込むだろうな。そして今度は局所的ではなく戦略的に勝利をもぎ取って帰るだろう。少なくとも(後方の)ロアーヌやフェネが無力化されていなければ、だが。砂上の楼閣は基礎が無いから崩壊する。だから基礎を建て直してやれば良い。
「ギリー、何分で出れる?」
「今すぐだ」
思わず口が綻ぶ。
樹窟は私達の故郷であり、そして今はガーディナのコロニーの一部でもある。故に多少なりとも分かるところはある。例えば車両脚では跳躍力が足りず、階段を登るしかなかったあの足場もこの脚(直推脚)なら隣の足場から飛べば届く、みたいに。今までは耐えるしかなかった攻撃も避けられる。代わりに被弾すればとてつもなく痛いが……。
「よっ、ほっ」
「速すぎるよ姉さん」
「後から付いてきてくれるでしょう?」
「そうだけど……」
この直推脚は今までに無い特殊な機能を持っている……というより今まで無かったほうが変で笑っちゃうのだけど……。
「だからといって遠くまで飛んでいかないでよ!」
盾付きのバトルライフル兵達を卸し、機械根に触れる。これでワープポイントの選択肢が増えた。
「はぁ……ようやく追いついた」
60km/h超えの高速で侵入する事を意識したこの試作機は多砲塔車両脚で凝り固まっていた私の考え方を解してくれた。と言っても、やはり私はギプロベルデのニンフ、あのアルカンドの羽蟲達の高速移動にはきっとついて行けないだろう。
「ロアーヌにお礼を言わなきゃね。アサルトブーストのお陰で大抵の抵抗はくぐり抜けられそう」
「着いていく私の負担も考えてほしいのだけど!?」
「さて……迷ったわ」
「ここまで構造が変わるとは……」
「参ったものね。歳なんて取るものじゃないわ」
「テュール姉が聞いたら何というのやら」
「やめて頂戴、背筋が寒くなるわ……」
私たちが最後に出撃した時から時間が流れ、構造がいつの間にか変わってしまっていた。
「覚えてる?私が姉さんに貰った髪飾りを落としたこと」
「覚えてるわよ。あんなに大泣きするなんて」
ギリーの速度に合わせて廃墟を進む。相変わらず大断層は上も下も霞んで見えない。
「姉さんはどうやってあの後見つけたの?」
「さあ……どうやってだったかなぁ」
落ちているのを見つけた?いいえ。拾った羽蟲共から奪い返した?それも違う。
「姉さん」
ギリーの目が私を捉える。
「……友好的に羽蟲から返してもらった、それだけよ」
ガーディナも一枚岩ではなかった。ギプロベルデも多砲塔を選んだ私のように例外がいたように、ガーディナにだって先祖還り気味の個体も居たには居た。私は彼女達から返してもらった。今は……どうだろうな。
「多砲塔車両脚と直推脚、どっちが姉さんに合ってると思う?」
「そうね……ロアーヌには悪いけれど…………多砲塔車両脚かしらね」
「どうして?」
「直推脚は強襲には向くけれど、誰かを守るには向いていない。それに対して……」
ギリーの車両脚をコンコンと叩きながら言う。
「車両脚や多砲塔車両脚なら背中で泣いていた誰かを守れるでしょう?」
「……姉さんらしい」
「これが長女たる所以よ」
「母上、長女と次女が生きて帰って参りました。私は自らが恥ずかしくて堪りません」
「母上……」
二本腕の採掘ロボットが跳梁跋扈する母上の墓場。あのヴォーグが狙撃した、母上の息の根を止めた場所。私達は……。
「そこの者、止まれ」
「……止まるな、ギリー」
背後から聞こえた声に関して小声で無視するように言う。
「止まれ!」
「止まるな、進め」
「クソっ!」
ブースターを更かしてゆっくりと滑るように割り込んできた重量車両脚のニンフ。その顔と声、そしてギプロベルデの車両脚に覚えがある。私達は足を止めた。
「……バルド」
その名前を呼んでもニンフはしばらく答えなかった。
「……レジーナ、覚えていたのか」
「久方ぶりね、その脚は?履き替えたの?前会ったときは違う脚だったと思うけれど」
ギリーが私と羽蟲の顔を交互に見る。
「そうだ。全ては貴様を追ってのものだ」
「そう。貴女にも守る者ができたのね」
「貴様は……脚を替えたのか?守る為ではなく攻める為に?貴様を……あの日の貴様の背中を追って、私はこの重荷を選んだ……だが、貴様は何だその脚は? 守るための盾を捨て、ただの羽蟲のように空を舞うのが貴様の望みか!」
「必要ならまた替えるわ。それよりもバルド、ひとまずは出世おめでとう。そしてそこをどいて頂戴。先に進めないわ」
平行線を辿り続ける口論にギリーが痺れを切らしたらしい。軽機関銃を天井に向け一斉射。
「レジーナお姉様の知り合いの羽蟲だがどうだか知らないが、どけ。邪魔だ」
それと同時くらいに拡張頭環の警報が突然唸った。
「レジーナお姉様!引き返したほうが良い!ロアーヌとフェネが!」
ギリーの言葉に私は提げていたアサルトライフルを構え直す。
「また会いましょう、バルド」
そして撃つことなく真っ直ぐ引き返した。追撃は無い。あの娘らしい。
「また会おう!レジーナ!」
来た道を急いで戻る。道中、ニンフや自動機械は居なかった。
「バルドとは誰なんです?」
「見ての通り友好的な羽蟲の一人だよ」
むっ、としたギリーの顔を見て白状した方が良さそうだと観る。
「……ギリー、貴女の髪飾りは彼女が拾ったものよ。私は彼女から返してもらったの」
「羽蟲が……!?」
「私が交換したのは機密情報でも何でもないごくありふれたもの……だから怒らないで頂戴」
ちなみに私が下層に落ちる前、包囲網の最前線に立っていたのも彼女である。私と彼女は撃ち合い、殴り合い、そして落盤で彼女が生き残った。それだけである。だからまあ……本当のことを言えばなぜ彼女が車両脚(ギプロベルデ製超重量車両脚)を履いているのかは分からなかった。
「……姉さん」
「何?」
「ありがとう、髪飾りを探してくれて。そんな経緯があったなんて知らなかった」
「……妹が泣いているのに放っておける性格なら私は此処に居ない」
後のことはおいおい伝えるか、バルド本人の口から吐かせれば良いだろう。
「準備は良い!?」
「いつでも!」
最初の隔壁の少し前まで帰ってきた。通ってきた道と違って明らかに騒々しい。
隔壁に爆薬を設置、起爆。
「突入!」
白煙を越えて突入した先で見たのは(生前の)私とギリーに酷似したニンフが妹達に取り押さえられているところだった。
「は?」
「あっ、おかえりなさいお姉様!」
「私達ね、偽物を捕まえたの!」
「ぐっ……」
「……」
偽物の私はロアーヌに羽交い締めにされ、偽ギリーに至ってはフェネの車両脚の下敷きにされていた。
「お、おー……」
これにはギリーも苦笑いしている。
「離せ!離しやがれこの親殺し共が!」
「……そんなに暴れたら妹が危ないでしょう?」
ロアーヌに羽交い締めにされていた偽物の私の顎を右手で持ち上げる。目を合わせないようにしようと顔を振ってくるが無理やり合わせる。頭突きも避けずに顔面で受け止めた。
「お、お前……なんなんだ……!」
ちょっと泣きそうになっている。可愛い。いや、それだとナルシスト過ぎるか?仮にも自分と同じ顔をしているわけで……おえ。
「ロアーヌ、フェネ、ありがとう。どうやって気づいたの?」
「お姉様と違って異形が生えてないもの」
「……なるほど」
「は?異形?貴様が!?」
目の前の偽物が騒ぐ。無理も無い。
「私の顔を見た者は例外無く死んだ。貴様、名前は?」
「シ、シド……!あ、ああ、あっちはライカ!私の妹なんだ!頼む!ライカだけは!」
「ふーん……」
拡張頭環の接続を解除し、手を当てる。
「いや!やだやだやだ!」
「子供みたいね」
そしてその左手でぐいと押し上げる。子実体と花が外気に晒されて冷える。
「うわぁぁぁぁ!」
正直、煩い。そんなに大声量で叫ばなくても良いじゃないか。
じょわぁぁ……という音と共に足元に何か液体が溜まりを作った。
「………………」
その場の全てのニンフが例外なく沈黙した。
「もう帰れない……」
「ならうちに来て洗濯物でもする?」
気絶していた偽ギリーことライカの護送をフェネに任せ、シドにはパンツを与えたうえで縛ってロアーヌに運ばせる。
「すーすーする……シドに与えたのは失敗だったかしら」
「流石に姉さんそれは……」
下から覗いてくるアホな自動機械をアサルトライフルの連射で破壊しつつ(最期に見れてよかっただのすはすはなんだのと聞こえてきて不快だった)バルドと邂逅したエリアまで戻る。
「まさかバルドにあげたものって……」
「……ばかっ、そんなわけないでしょう!?」
あげたのは嗜好品のレシピ。パンツなんてあげるわけがない。
「じゃあなんなのさ……」
むすー、としたギリーの顔を摘む。
「むぅ……」
「炭素生物の残した嗜好品のレシピデータ、それだけよ」
「本当に?」
「ええ」
摘んだ手を離す。
バルドは相変わらずそこで待っていた。一つ誤算だったのはバルドが思ったよりも入り口に近かったこと。
「帰ったか、へぶっ……!?」
「あっ、ごめん!」
速度が落ちるよりも前にバルドの顔面に翼が直撃し、彼女を跳ね飛ばして私は着地する。
「大丈夫!?」
鼻血を垂らしながら起き上がった……いや、上体を起こしたバルドは親指を立てた。
「のー……ぱん……」
「大丈夫じゃないよね!」
「お姉ちゃん殴るの止めて!死んじゃう!羽蟲が死んじゃうよ!」
「よし、死ね!死んじゃえ!」
とはいえ車両脚を履くようなニンフがそう打たれ弱い訳がなく。
「……くそっ」
「忘れましたよ、貴女がノーパンだったことなんて」
「このっ……!」
「お姉様、落ち着いて……!」
「ぶっ潰す!」
「貴様の探している鍵は奥の群体倉庫にある、持っていけ」
「……バルド」
「礼はいらん」
「血が出ている、ギリー、ムカデ(※止血剤として使うあの白い蟲)を」
鼻血を出しているバルドの為、背後のギリーにムカデを要求する。
「えっ……でも……」
「こいつもニンフだ。羽蟲には羽蟲の誇りが、ニンフにはニンフの誇りがある」
「わかった……」
バルドにムカデを与える。
「良いのか、レジーナ……」
「静かにしなさい」
「貴様は変わらんな……」
「私は不変よ、この躰が変わっても、ね」
「そう……だな……ふう……」
ムカデと一緒に高エネルギー睡眠薬を与えた。暫くこれで動けまい。
「さようなら、バルド」
幾重ものシャッターを開き、そして群体倉庫に辿り着いた。
「ギリー、雑魚は頼むわね」
「了解」
群体倉庫はその名の通り、生きた倉庫であって箱に脚の生えた連中が敵。その数は計算不可。故に4つあるコアを破壊するまでは危険である……今回履いてきたこの直推脚はその最適解の一つであるが。
「やっ!」
直推脚のブーストを吹かすと同時に刀の柄に手を掛ける。飛び上がり、コアを一度飛び越してそして落下に合わせてコアに刀を当てる。炭素生物がよく"居合斬り"と呼んだ技を自分用に使いやすくした技である。(※)
かくして4つのコアを全て破壊し、隠されていたコンテナから深層に入る為のコード2つ目を回収する。
そして育房へ戻る道中、開けていないシャッターに気づいた。近くには手を合わせる照合装置がある。
「姉さん?」
自然と脚が動いていた。手を合わせる。
ガガガ……と音を立ててシャッターがゆっくりと開く。異形や羽蟲に備えアサルトライフルを構えていたがそれらは居なかった。
「これは……」
「そうか……御母上はこれを私に……」
それは生前の私がギプロベルデ落日の日、ギリーを逃がす為に御母上と計画を練った時のことである。もし私が羽蟲を引き寄せ続け、それでも、それでも、もし生きていれば、ここに来るようにと言われていた。よく覚えていたものだ。
「姉さんこれは……」
「私の新しい脚、御母上の最期の贈り物、かしらね」
新しい多砲塔車両脚、それがこれ。そしてこの骨格だけになった骸は……。
「クラスノ、貴官の魂の行く先が平穏であったことを祈るわ」
私に多砲塔車両脚を与えてくれた大事な大事な同志。ありがとう、さようなら。
新たな車両脚に履き替え育房に帰ると、中央の母樹の横、シドとライカは軽装備で待機していた。車両脚をパージして普段の二本脚に履き替える。
「シド、その装備は?」
「浄水層に忍び込む」
「ライカもか?」
「そうだ」
返事をしたのはシドの方だった。
「ライカは?」
「ライカは……」
「良いよ、姉さん」
ライカ本人が口を開く。
「浄水層に行き、液体資源の確保そして、アルカンドの情報を盗みます。シド姉さんと」
「ほう……ライカ、シド、一つ言っておこう。必ず生き残れ。裏切っても構わん」
「は……?」
ずっと黙っていたギリーが遂に口を開いた。
「偵察とはそういうものだ、ギリー」
「ですがしかし……!」
「我々はこれより大断層を襲撃し、深層への鍵を得る。深層に何があるかは分からないがその後、各層の最深部へと侵攻を始める。彼女達はその下拵え要員だ。下拵えの為に死んでいては何匹も贄が要る。母樹無きコロニーは新たに戦力を用意できない。復讐は……後だ」
母樹から離れ2階に進むとロアーヌとフェネがデータを解析していた。
「おかえりなさいお姉様!あの車両脚は?」
「これか……クラスノ姉さんは覚えてるか?」
「もしかしてクラスノ姉の……」
「そうだ、クラスノ姉さんの遺品だ」
彼女達の頬を涙が伝う。私の頬には何も伝わない。何も、感じないのだ。不思議なことに悲しみも、怒りも、何も……。
「姉さん……無理に感じなくて良い」
後ろから抱き締めるように囁いたのはギリーだった。
「ギリー……?」
彼女は私の問いには答えず、妹2人の頭を撫でた。
「レジーナお姉様、大断層へはいつ出撃致しましょう」
「……今すぐよ、この鉄面皮が壊れる前に、ね」
(※作者注:アーマード・コア6では重量タンク脚でふわふわ浮きながら打ち下ろしていました……今回はその癖を引き継いでいます……普段の車両脚では飛べないのでそんなことは無かったのですが……)
(今更ながら、ようやく機動外肢と車両脚を混同していることに気が付きました)
高エネルギー睡眠薬
:原作で言うところの白珠みたいなもの。白珠は高栄養過ぎてダメージを負っていたが、こちらは消化にエネルギーをかなり要する設計になっておりエネルギー不足で意識を維持出来ないようにする効果がある。
ムカデ(正式名称:噛む小虫)
漏血を治療し、蓄積を癒す。
ニンフの体液を啜る不快な小虫。
吸血の後に溶解作用のある唾液で傷口を塞ぐ習性があり、漏血の応急処置に利用できる。