はてさて……どう切り崩して行こうか。大断層の底は霞んで何も見えない。見えたところで何の得にもならない。直推脚や飛行脚でもないとおそらく対岸には辿り着けない……故に考えてきた。
「姉さん!これ本気!?」
「正気じゃなかったとしてもこれしかないわ」
私達は新たな多砲塔車両脚や車両脚の側面にポロッカの技術を再生した噴進器を追加で付けることで飛行を可能とした。
勿論、パイプの中や外を掃討しながら進んでも良い。がしかし、それは時間が掛かりすぎる。陽動なのに遅いのは良くない。それでも……陽動として遭遇する全ては排除したい。
「羽蟲共は私達を空を飛べないノロマだと思っている、その隙を突く」
バルドのように敵と己を理解する者も居たし、ガーディナだって当初は重装甲だった。失敗から羽蟲は学ぶ、合理性こそが勝利の鍵である、と。何が言いたいか、と言えばアルカンドはこれから失敗より学ぶだろう。ギプロベルデの本家車両脚は飛ぶ、と。
「点火!」
太いパイプの上に飛び乗る。この下には丸々と太った何らかの幼虫が一匹詰まっている。その正面はシールドが張られていてまともなダメージが入らない。だから……。
「よっこらしょ」
背後に回り、破壊する。周囲を徘徊する二本脚の自動機械も破壊する。拡散レーザーを撃ってくるような敵も空から爆弾を落とすような敵も破壊する。全て消えた。残ったのは私と、ギリーだけ。
「姉さん」
「ん?」
「もし全て終わったらどうしたい?」
「そうね……」
以前の私ならどう答えただろうか。今の私にはぱっと出てこない。
「……そうだよね、ごめん、姉さん」
拡張頭環越しに顔を見られていたのだろうか。
「……少し休みたい、かな」
ふと溢れた。そして溢れたその音を妹は聞き逃さなかった。
「そうか」
まるで、本当は死にたい、とか消えたい、とかを溢すつもりだったのではないか、と言わんばかりにギリーが見てくる。車両脚こそ更新してもこれだけは替えなかった、嘴のような拡張頭環越しに。
「次はあそこ、行ける?」
「了解!」
ピンを数十m上のパイプに指す。そして吹かして登る。先に着いたのは私だった。そしてギリーは……どういうわけか私より上に居る。
「うわぁぁ!止まって!」
噴進器が暴走し、止まれなくなったらしい。
「パージしなさい!」
私は噴進器をパージするように言ったつもりだった。しかし、ギリーには別の意味で伝わったらしい。
「脱出!」
武装と拡張頭環を残して全てをパージしたギリーはさらに打ち上がって、そして墜ちてきた。
「うわぁぁぁ!助けて!」
墜ちてきたギリーは、私とすれ違い、さらに墜ちていく。
気が付けば脚が動いていた。私も妹を追って墜ちる。装填用の機械副腕は抵抗になるからパージ、車両脚後部の噴進器を吹かして下に居るギリーを正面から見えるように垂直に、何十、何百mも墜ちながら近づいていき、その手を掴んだ。
「ひっ!」
「捕まえた」
また吹かして垂直になっていた天地を戻し、着地するよりも前に噴進器を最大出力で吹かす。
それでも高度は墜ちていく。これは私とギリーの棺桶。でも、死んだのは今日じゃない。
たまたま下にあった足場を幾つも破壊しながらまだ墜ちる。空に憧れた羽虫はおかしいが、アルカンドと名乗った連中はおかしいがしかし、しかし……。
周囲の埃を巻き上げ、着地。どうやら下層まで来てしまったようだ。あまりに遠い黄色い光に包まれた砂と沼と、そして……寄生された自動機械、ニンフ達。
「姉さん、ここは……」
「…………聖智廟、見捨てられた地だ」
「……っ!」
後ろで息を呑むギリーを気にする余裕は無い。そうこうしている内に寄生されたニンフ達が寄ってくる。排除する。同情は無い。撃たれる、跪く、爆ぜる……それが彼女達の宿命。
「絶対に口を開けるな、寄生耐性が無いのなら余計に」
背中に捕まる妹が必死に頷くのを感じた。黒い霧をゆっくりと全速力で抜ける。爆ぜた余韻は寄生汚染をもたらす、故に轢き潰しそのまま抜けるしかない。
黒い霧が落ち着いて口を開けられるようになった頃、懐かしい鎧殻と使用者が見えた。
「なっ……ギリー、まだ生き残りが居たようだ」
「リーゼ……?」
かつてギプロベルデが滅ぶよりも前、ナガラがまだ存続していた頃、派遣された戦闘団が居た。そのうちの一体、リーゼである。
リーゼはこちらに気づいていない。寄生されたニンフ達の殲滅に気を取られている。
「お姉様、彼女の手を……」
「……いや、そうはいかない」
「え?どうして?」
静かに自分の多砲塔車両脚を指差す。
「……ひっ!?」
私の脚にはいつの間にか赤や緑のぶよぶよとした生体器官や、禁域に生えていた花、子実体が寄生していた。おそらく黒い霧を通り抜けたあたりからだろう。振り返りながら軽く見たがギリーにはそういった傾向は無かった。
「触れるなよ、汚染されてしまう」
「う、うん」
そうこうしている内にリーゼはこちらに気づいたようだ。
「……交戦開始」
「えっ……?」
驚くのも無理はない、彼女は認識するなり(ガトリング式)軽機関銃をこちらに向けていたから。
肉体と車両脚を盾に距離を取……いや、肉薄する。敵対されればもう味方と見做されることはほぼない。脚を止め、副腕の主砲を構え、撃つ。2連射を2回、右と左。
「ねねね、姉さん!?」
「早く装填して」
感情は相変わらず帰ってこない。反応も無い。あるのは弾が爆ぜ、装甲が削れる光と音のみ。
リーゼも脚を止め、主砲を構え2連射をお見舞いしてくる。まるで返歌だ。その狙いとタイミングは非常に正確で、だからこそ派遣戦闘団に選ばれたのだろう。しかし、私もギプロベルデの長女として、ギリーの……そして彼女の姉として負けるわけにはいかない。
「よっこいしょ……あわわ!」
軽機関銃の掃射に慌ててギリーが隠れる。私も応戦してアサルトライフルを撃つ。リーゼは寄り過ぎず、しかし遠ざかり過ぎもせず、一定の間合いを保っている。賢い。ではその間合いを崩そう。
「しっかり掴まってて」
「へっ……?うわっ」
噴進器に点火、車両脚の反応速度では回避できない速度で接近。
「ごめんね」
脚部に体当たり。苦しみが一瞬で終わると良いのだけど。
「ぐっ……!」
ギリーの声ではない、リーゼだ。下から聞こえた。
白い血に塗れたリーゼは車両脚を下敷きにされながらも銃口をこちらに向けていた。しかし、引き金を引かない。いや、弾がもう無いのか、血が無いから。
「リーゼ、貴官には帰投許可が出た、たった今」
「……」
反応が無いが銃口は相変わらず私を向いている。
「聞こえなかったか?千翅長及びギプロベルデ女王候補、レジーナが命ずる!リーゼ、貴様は帰還しギプロベルデを建て直すんだ!我々と!」
その瞬間、リーゼは軽機関銃を落とした。副腕武器も項垂れてしまう。
「武器を捨て、投降しろ。まだ間に合う」
「……レジーナ……お姉……様」
その微かな声と縋り付く動きを誰も邪魔できなかった。一度タレットが火を吹けば全てが更地に帰る。
私の車両脚の上にギリーとリーゼが座る。
そうして私達は機械根に辿り着き、育房へ帰った。
育房に戻るとギプロベルデ出身者がリーゼを囲み、ヨヨは治療用のアイテムを適宜販売、敵対コロニーであるガーディナ出身者が除け者にされる景色が広がってしまった。シドとライカはアルカンド領内で"洗濯"中、ヴォーグ、ヨドは姉妹喧嘩をしながらもヤシカムシカの手伝いをしていた。レキは相変わらずアハトナと手合わせをしていた。アハトナもいつの間にか大きくなったなぁ……。
「……カルラド、仕事が無いのか」
「うん……」
「なら……そうだな、着いてきてくれ」
「これは?」
「なんだ、知らんのか?」
「なぜ、これが?」
「知ってるじゃないか」
ガーディナの嗜好品……と言っても合理性を重視する彼女達に嗜好品というものはほぼ無く、血液の再合成を促す効果の高いブロックがそれを兼ねることが多い……私が作ったのは炭素生物がかつてホドに暮らしていた頃に作られた、食べることを楽しむ為の再現品だった。バルドにその昔、ギリーに貰った髪飾りと引き換えに渡した、伝統の菓子でもある。
「これをリーゼ達に渡すんだ」
「えっ、無理無理!無理です!」
「君ならできる、私も随伴しよう。ほら、行こうか」
怯えるカルラドの背中を押しながら、リーゼを囲む敵意剥き出しのギプロベルデの群れに近づいていく。目線はカルラドへその手に乗せられた盆の上の菓子へ交互に注がれる。
「あ、あの……」
リーゼを筆頭に明らかに歓迎ムードでは無さそうだが、後退りしようとする背中を強く押す。大丈夫よカルラド、いざとなったら全員を叩きのめして守るから。
テュール姉はカルラドと盆の上の菓子を見て察してくれたのかリーゼから離れた。フェネは……手に取ろうとしてロアーヌに制されたか。ギリー……?
「……甘いな、ガーディナの菓子は」
その言葉に呼応するように落ちていた棒を拾い、ギリーに、カルラドに向けるリーゼ。
「フェネ、ロアーヌ、食べてみろ、甘いぞ。リーゼ、お前もだ」
ギリーの言葉に恐る恐る手を伸ばす二人。リーゼが信じられないものを見たと目を開き、棒を掲げた。
「リーゼ、戦争は終わったんだ」
「何も終わってない……」
私の言葉にリーゼがぼそぼそと呟く。
「終わってない!何も終わっていない!」
そう叫んだ瞬間、今までのどんな敵よりも素早く棒きれを私に向け、振り下ろしてきた。
「……戦争は変わった。私達はガーディナと対立しながら手を組む」
振り下ろされた棒きれを掴む。
「弱くなったな、リーゼ」
「弱くなんかない!」
手を離す。振り上がる、振り下ろされる、掴む。
「……!」
そして躰を引き込んで叩きつける。衝撃で地面のセル構造が剥がれる。
「リーゼ」
それでも彼女は私を見た。敵意を持って。良い目だ。
「はあっ……!」
そして後ろから斬り掛かってきたヴォーグを避ける。
「三文芝居が下手だな。殺してどうする」
「……」
おっと、どうやら三文芝居ではなく本気だったらしい。良いだろう、本気には本気で立ち向かうべき。
「ごふっ!」
向かって来たのでその勢いを活かして腹に叩き込み、怯んだところを首を掴んで打ち落とす。
「良いじゃないか、ヴォーグ。私の妹より腰と殺意が入ってる」
本音だ。明らかに悪意がある。
「お疲れ様、ヴォーグ」
地べたで伸びたヴォーグに労いの言葉を。かつて死んだ者より敬礼を。
「リーゼ、休む隙があったら戦え。邦を守る貴官の職務を果たすんだろう?」
「我々の……邦はもう……」
「同胞の居るところがギプロベルデだ……違うか?」
この場合の同胞にはガーディナも含まれる。それを理解できる日が来れば……成熟したと言えるのではなかろうか。なあ、カルラド。
「我々は殺し合うことでしか自分を表現できない。しかし、今、殺し合うのは得策ではない……そうは思わないか?」
カルラドは盆を震わせて、今にも逃げたい、逃げないと、と思っているようだった。
「怖がらなくて良い、そこははい、と頷くだけで良い」
カルラドは震え、私やその周囲を見るも頷くことはなかった。
「……なるほど、ガーディナにはガーディナなりのプライドがあるか。ヨド、私の背後を取って殺したところでガーディナに勝ち目はないぞ」
「……」
「例えここに居る全ギプロベルデ兵を殺したとしても私は貴官を殺す為に何度でも蘇る。平和に行こうじゃないか。」
「ヨド、止せ!」
ヴォーグが叫ぶのとヨドが刃を突き出すのは同時だった。しかし、彼女も運が無い。
「……!?」
「同胞を刺すとはこれが霧か」
刺されながら振り返り、抱擁しつつ刃をはたき落とす。
「来い、ヴォーグ、お前も家族だ……少なくとも私にとってはな」
戸惑いながらにじり寄り、そして姉妹並んで腕の中に入る霧の姉妹。
「カルラド、来るか?」
ヨドの頭に拳を落としてからカルラドを呼ぶ。カルラドを殺してヴォーグも殺す気かもしれないし。
後ろではギリー達がリーゼを起こして私の背中に押し付けていた。
拳を落とされてなおもぞもぞと動くヨドの口に指を突っ込む。私の脇腹から漏れる血を拭った指はさぞかし美味かろう。
「おげっ……げほっ……」
「それが命の味だ。ギリー、修復材を。相当美味かったらしい」
ギリーから受け取った修復材をヨドの口に流し込む。
「……まずい、です」
「……ヴォーグ、全て終わったら私を殺せ」
「……!」
「我はプロデ・ベル、レジーナ・ベルの遺志を継ぎ、全てのニンフの居場所を創る」
本物のレジーナ・ベルはきっとギプロベルデの再興とガーディナの根絶を叫ぶ。だが私は偽物のレジーナ・ベルだ、だから嘘を吐く、許せレジーナ。
「はぁ……プロデ・ベル、お前の家族は賑やかだな」
え?自分と同じ声がする。
「周囲を見渡してもそこには居ない。私はお前だ」
「……」
「レジーナ・ベルから一言言っておこう、嘘つきのお前に」
「……はい」
「プロデ・ベル、お前はそのままでいて良い、その身体はお前のものだ……わかるな?」
「……」
「それで良い、それでこそレジーナ・ベルだ。おっと、そろそろ私はお暇するとしよう。困ったら呼ぶと良い……危険を感じた時とかな」
……姉はふっと消えた。
「喧嘩しちゃだめー!あっ!?」
お?走り寄り、コけるアハトナ。
「アハトナ!待て!」
弾みで振り下ろされ、宙を舞う大太刀。それを左手で掴み受け止める。
「レキ……」
「……レキ、ナガラは訓練で実物を振り回し、投げ飛ばすのか?」
テュール姉さんが私よりも早く言いたかったことを言ってくれた。
……
そして私達はまた大断層入り口に来た。片付けが終わっていないのかそれとも誰もしないのか残骸がまだ転がっている。ギリーは育房に置いてきた。
「これは……酷いな」
「まだ困っていないのですが?」
「悪い、ちょっと見に来てしまった」
パイプを通り、足場を越えて、届かないところは跳んで、熱量攻撃をしてくる敵は迂回し戦闘を避ける。陽動ではあるが戦う敵は選ぶ。
「そこを右だ」
「あれ?」
さっきは左に行った、だから右だと言う。でもここは真っすぐだと思う。
「……そうか……プロデ、飛ぶぞっ」
「えっ!?」
対岸の横穴に向けて噴進器を吹かし、巨体を持ち上げ突っ込む。辿り着く。トンネルを潜るとまた高所だった。
「下を見るなよ、前の階段を登ろう……何かが見えるはずだ」
見えたのは大中小、様々で多数の敵。上にも下にも……そしてその殆どは履帯の下に消えていった。複数の柱が立ち並ぶ回廊。この柱は何を支えているのだろうか。
「こっちだ」
エレベーターを見つけた。登るとまた回廊。今度は青いバリアが張られていた。バリアを越えると落下する。
「落ちる!」
「私を信じろ」
着地寸前で減速し、無事に降りた私達を待っていたかのように、開いた天井から光が差し込み、何かが降りてくる。巨大な花?いや、これは球体が断片に分かれている……?中央に丸いコアが見えた。その球体は集合し1つになると、唯一穿たれた穴と、その穴から覗くコアを私に向ける。
「あれがアルカンドの防衛装置、強襲浮遊砲台"シャーレ"だ」
「くっ……」
思ったよりも手強い……!
「隠れろ、あのレーザーに2度目はない」
「わかってる!」
レーザー砲撃は柱をも破壊し、図体の小さくない私たちを徹底的に追い詰めていた。一度食らって車体が廃熱異常を起こし、慌てて修復剤等を口に流し込んだ。
「カウントダウン!5,4,3……来るぞ!」
なんとか瓦礫の影に隠れ、有効打を与える方法を考える。頭上をレーザーが焼き尽くしていった。
「周囲をよく見ろ……お前の視界と私の視界は同じなのだから」
「言われなくても!」
この姉は心配性だ。それも嫌になるタイプの。
「副腕兵装を捨てろ、脚が止まったら死ぬぞ」
「了解!」
主砲2門を投棄、あとは手持ちの榴弾砲とアサルトライフルだけ。サブマシンガン達は弾薬供給を停止したからもはや重しに過ぎない。投棄しよう。
「接近してきたぞ!離れろ」
あの巨体が迫ってくるのはかなりインパクトがある。
「爆発する……プロデ、少し黙れ」
「姉さ……くそっ」
舌が縺れる。意識の中だけで喋ってくれないだろうか。では、お望み通りに。うわびっくりした。
「悪いがこの舌は私が借りていく。すまんな」
あっ、ちょっと!
「まずは奴を分析しろ、何が見える」
えーっ……シャーレと、それから……取り巻き?細いレーザー?
「そうだ、放電してくる取り巻きが居るな。お前ならどうする?」
取り巻きを始末する。
「よし、やれ」
アサルトライフルを連射。1,2,3,4……破壊完了。
「よくやった、感動した。この躰でピーしても良い……炭素生物の真似は止したほうが良いな」
危なっ!?
「前を見ろ、来るぞ」
次の柱へ……もう無い!?残骸でも良い、取り敢えず動く!
「そうだ、それで良い」
近づいてきていたシャーレは青いオーラを爆発させ、遠ざかった。
「またレーザーが来るぞ」
収束レーザーの放出中はコアが開くので弱点が狙いやすいが……狙えるなら苦労しないわけで。せめて副腕兵装があれば……。
「今度はレーザーを避けられなくなってたかもな?今のも危なかっただろう」
さて……と。
「ならどうするか。危険を冒して近づけば忽ち、黒焦げだろう」
うん。
「となれば照射の終わりを待って相手の反応外の事をするしかない」
例えば?
「ブーストを吹かしてバック、チラ見せするとか、な。撃て」
柱から飛び出してアサルトライフルを撃ちまくる。
「よし、隠れよう奴らのお出ましだ……!履帯を切られたか!逃げるぞ」
えっ!?あ……光が
The fault, or: How I Learned to Stop Worrying and Love the tank legs