いや、本当にお待たせしました……。
これからも完結目指して書いていくので、温かい目で見ていただければと思います。
『お前さえ、お前さえいなければ!!』
赤く染まる視界の中、誰かが叫び声で嵐巻は目を覚ました。
もう傷は治っているというのに、どこかがずきずきと痛むような感覚がする。
ベッドから体を出すのも億劫になり、手探りで携帯電話を探し電源をつける。
午前7時。
……全然寝た感じがしねぇ。
こういう夢を見た日は眠りが浅い。
何にせよ、一日のスタートはあまり気分の良いものではなかった。
スローペースで朝食を取り、歯を磨いて制服に着替える。
鏡の前で頬をさすり、一通りの笑顔を試す。
今日は大事な日だ。皆が不安にならないよう、笑顔はしっかり作っておかないと。
「快晴ー!
「分かった分かった! 今出るから!」
「シャツがはみ出てるわよ。もう、しっかりしなさいよ。女の子が迎えに来てくれるなんて当たり前の事じゃないんだから! ……そういえばあんた、小学生の頃に女の子に家まで送られてきた事あったわね。女の子の送迎に縁でもあるの?」
この母親、早く家を出てほしいのか話がしたいのかどっちだよ。
「知るかよ! そこのハンカチ取って!」
言い終わる前に、頭にハンカチが飛んでくる。
まぁこういう事も我が家では日常茶飯事だ。
「気を付けて行ってきなさいよ~」
「悪ぃ日和、待たせちまったか?」
「ううん、家が向かいなんだから、出てすぐだよ! おはよう、
目の前の少女・
登校途中にする話は、大抵当たり障りのない話だ。
近づいてきたテストがどうとか、担任の先生がどうだとか。あと、サッカーの話とか。
日和も俺も補習には縁がないので、気が付いたらいつもサッカーの話ばかりしているような気がする。
「……そういえば、日和さ。その、弓道部に戻る予定とか、あったりすんの?」
日和は今でこそサッカー部だが、元々は弓道部に所属していた。それもかなりの実力者だ。
しかし2年生の時にいわゆるスランプに陥ってから、努力の甲斐なく弓道部を退部。
それからしばらくしてサッカー部にやってきてくれた。
サッカー部としては非常に助けられている、のだが……中学最後の大会も近い。
部員が一人でも欲しい今の状況で四の五の言っていられない状況なのは分かっているつもりだが、それでも本人が戻りたいのであれば彼女を縛っておくべきではないと思う。
「あぁいや、サッカー部にいてくれて、すっげぇありがたいんだけどさ。今ってサッカー部もかなり瀬戸際だし、大会の時期だってほぼ同じだろ? 俺ら3年生だし、後悔のないように―――」
その言葉の続きは、彼女の人差し指によって遮られた。
「
日和は、俺が弱気になった時いつもこうして背中を押してくれている。
そんな彼女にいくら救われたことか。
『矢になること』、か。
それが彼女の本音なら、俺がどうとかは……違うよな。
「……そっか。そうだったよな」
ふん! と気合を入れて自分の頬を音を立てて叩く。
日和はもちろん、周囲にいた人たちが目を丸くしてこちらを見ているのが視線の集まり方で分かった。
「悪ぃ、もうこんな事言うのはやめだ。ぜってー試合に出る。いや、試合に出るだけじゃ足りねぇ。地区大会を優勝して、そんで。日本一にだってなってやる。だから日和も手伝ってくれ」
「うん、もちろんだよ快君! ……そういえば、瀬戸際って?」
「え、あ。あー、それはだな……」
「おはようございます! 嵐巻先輩、華水弦先輩」
気が付けば学校のすぐ前へとたどり着いていたようだった。
危うく掘った墓穴に突っ込むところだったと、ほっと胸を撫でおろす。
「おー、おはよう
「はい。
灰色みがかかったグラデーションのある髪を風でなびかせながら長身の青年、
「自主的なんだ。相変わらず偉いねー龍臣君は」
頭を撫でようとしたのだろう。
日和の腕が九城峰の頭の上へとのびる。
が、九城峰はひょいと頭を躱した。
「……先輩。褒めていただけるのは光栄ですが、ここは公衆の面前です。頭を撫でるのはまたの機会にしていただきたい」
「あ、ごめん。つい弟たちにやっているときと同じ癖で」
―――またの機会、か。
以前なら「撫でないでください」と言っていたような気がするが、この二人も距離が近づいているのかもしれない。
「全く……あなた方の前だと、つい気が抜けてしまいます。九城峰の人間として、弱みを見せるわけには……」
「まぁ、リラックスして話せる相手が何人かいたっていいだろ? そういえば、今日の部活時間にサッカー部の部員でミーティングしたいんだけど、時間空いてるか?」
「今日、ですか。……でしたら、問題はありません。同じ学年の部員にはワタシから声をかけておきましょう」
「ありがとう! 助かるよ」
「いえ。この程度は当然の事です。本当であれば、チームが試合を出来るように何とかするのが理想なのでしょうが……力及ばず、申し訳ありません」
「いやいや、龍臣が部活を手伝ってくれてるだけで気持ちは十分伝わってるっての! 部員がいないのだって、元は―――」
そこまで言いかけて、嵐巻の口が止まる。
華水弦が心配そうに嵐巻の顔を覗き込んできた。
「快君?」
『お前さえ、お前さえいなければ!!』
あの言葉を思い出す。
元は? サッカー部が廃部になりかけている原因は。
「おい」
「え」
すぱぁんと気持ちが良いくらいの音と同時に背中に痛みが走る。
「痛っぅあ!?」
あぁ、なんかこれこの前もやられた気がするな。
予想通り、振り向いた先には爆発したかのように逆立った赤い髪とピアスが特徴的な三白眼青年が立っていた。
「はは……やっぱ
「朝から辛気臭ぇ顔見せんじゃねぇボケが!」
「ちょっと、
「はっ、喝を入れてやったまでだっての! つーか嵐巻てめぇ……」
青年、もとい葛城嶽人はじっと嵐巻を見やる。
それから華水弦、九城峰へと視線を移し、少し息を吐いて舌打ちをした。
「あー……どうかしたか?」
「んでもねぇよ。それよりほら、今日の『カツラギ弁当』。残すんじゃねぇぞ、分かったなコラ。そんじゃアバヨ」
「あぁ、ありがとう嶽人。なぁ、もうちょっと話してから校舎に―――」
「必要ねぇよ。選手同士で勝手にやってろ」
そう言って、不愛想に葛城は校舎の方向へ歩いていく。
「華水弦先輩」
「どうしたの龍臣君」
「葛城先輩、口ではあぁ言ってますけど、なんだかんだ律儀に弁当届けてくれますよね」
「うん……普段の言動で損してるキャラだよねー、葛城君は。本当はお母さんみたいな人なのに」
遠くから、誰がオカンだオラァ! という声が思いっきり聞こえた気がするが。
……うん、まぁいいや。
◇
「いただきます」
午前中の授業を終え、嵐巻は屋上で弁当箱を前に手を合わせていた。
2段の弁当の蓋を開けると、上部は卵焼きや鮭の塩焼き、ほうれん草のおひたしなどのおかずが、下の段には梅干しが中央に置かれた白米がぎっしりと詰められていた。
相変わらずの手の込みよう、むしろ最近になってさらに腕前を上げた気さえするカツラギ弁当に舌を巻く。
ありがたいと箸を進めていると、がちゃりと屋上のドアに誰かが手をかける音がした。
「はーはっはっは! やはりここにいたか、嵐巻先輩!」
どこか尊大さを感じさせる笑い方とともに、スタイルの良い金髪碧眼の好青年が勢いよくドアを開けた。
「おー、カツか」
カツこと、
成績は優秀、運動神経もバツグン。
やや声が大きくなりがちなところはあるが、コミュニケーション能力も高いため1年生の中では人気者だ。
それでいて情も厚い。今のサッカー部の実情、というか嵐巻の事を知って心を打たれ入部してくれた数少ない部員である。
「教室にいなかったので、やはりここかと! いつもは華水弦先輩や
「今日は日和が弓道部時代の同級生と食べるってよ。
「なるほど! ……はっ!? つまり俺は邪魔かもしれないというわけか!?」
「いやそんな事は……。まぁ、カツならいいか。飯まだだろ? 隣なら空いてるから座ってもいいぞ」
「では遠慮なくお邪魔させていただく!」
そう言って、豪快な「いただきます」の声とともに勝間も持っていた弁当箱を開く。
揚げ物をメインディッシュにしたボリューミーな弁当が顔を覗かせた。
一口、一口と大きな口で弁当はあっという間に中身が減っていく。
「そういやカツ、何か俺に用事があったのか?」
「む?」
「いや、わざわざ教室まで探しにきたって言ってたから何か用事でもあったんじゃねぇかなって」
「いやなに、日ごろの感謝を伝えようと思ってな!」
嵐巻の表情がへの字に曲がる。
完全に予想外の返答だった。
「……感謝っつっても、まだ数ヶ月の付き合いだろ。俺は大した事なんてしてないし」
「何を言うかぁ!!」
「うおっ、びっくりしたぁ!」
「確かに、我々はまだ試合という試合を出来ていない! だがしかしこの数ヶ月、熱心に先輩たちがサッカーを指導してくれたおかげで新しい楽しみを知ることが出来た! それは今までサッカー部を存続させ続けた先輩のおかげに他ならない! と、なれば感謝は伝えておかなければな、と思った次第だ!」
はっはっは、と豪快な声で勝間が笑う。
―――なんだこいつ。
めちゃくちゃ。めちゃくちゃ……眩しいんだけど。
あれなのか? これが理想の後輩というものなのか??
「なので先輩! これからもどうか―――」
「やめろマジでお前それ以上近づくな泣くぞ」
「はっはっは! 照れ屋だなぁ先輩は!」
その時、嵐巻の持っていた携帯電話に着信音が鳴る。
「ん、悪ぃカツ。ちょっと電話が来たみたいだからまた後でな。……待ってろ。絶対、先輩らしいとこ見せてやるからな!」
「はっはっは! 来るがよい! 俺は逃げも隠れもせん!!」
……なんだこの会話。
そんな事を思いながらも電話に出る。
「もしもし?」
『よう坊主。今日の話だが……んだお前、鼻声か?』
「ち、違いますけど」
『……あー、そう。私は夕方くらいにそっち行くから、部活のメンバー集めとけよ』
「……」
ようやく、試合に出られる足がかりが掴める。
『……おい、どうした。坊主―――』
「ウス!!」
『っ、うっるさ……まぁいい。じゃ、頼むぞ』
誰もいない場所で、勢いよく頭を下げる。
ここからだ。
最後の大会、絶対結果を出してやる。
嵐巻は胸に強く誓った。