THETA TEAM/シータ・チーム:Juliet chronicles 作:唯尊
カウンセラールームを後にした英牙は、憂さ晴らしに地下の射撃場に向かっていた。エレベーターを使おうと、昇降口の前でカゴが上ってくるのを待つ。
ふと、背後から賑やかな声が聞こえてくる。首だけを後ろに向けると、食堂のテーブルで夕食を摂る財団職員達が談笑していた。
「
「
日本人職員2名と、黒人の男性職員が1名。それに加え白人とアジア系の女性職員が団欒を囲んでいた。首からIDカードの入ったホルダーを提げており、全員が白衣に身を包んでいた。おそらく研究職の人間だろう。
黒人職員がランチプレートの上に載せられた唐揚げを、使い捨てのプラスチック製フォークで刺しながら話す。
「
すると、隣に座るアジア人女性職員が猛烈に嫌そうな顔をする。
「
「
彼らの間に笑いが生じる。
「
苦笑する日本人職員の片方に宥められると、女性職員は渋々といった様子で押し黙る。
そんな彼らのやり取りを見届けると、エレベーターのドアが開いたので、そのまま入る。
地下3階まで降りると、そこからは階段を使う。地下故に少し肌寒い通路を歩いていると、暫くして壁の隅に人集りを見つける。
近付いてみると、壁には大穴が空けられており、何者かに破壊された形跡が見て取れた。そのすぐ側には、血痕が付着した遺体袋が5つ置かれている。中身の膨らみが確認できる事から、死体が詰まっているのは間違いないらしい。
周囲には野次馬の他に、小銃と
「また収容違反か……」
「昨日の夜に起きたんだと…」
「どっかのバカが特別収容プロトコルを無視して、手順を誤ったらしい」
「舐めた仕事しやがって……一人が気を抜けば全員が巻き添えを喰らう」
「で?そのバカはどうなった?」
「あの死体袋の内のどれかだとよ」
「自業自得だろ。ふざけてやがるッ……」
「幸い、脱走したオブジェクトはすぐに確保されたそうだ」
憤りと呆れの混じった声を耳にしながら、英牙は小さく嘆息する。昨日、自分達が留守の間にも一悶着あったようだが、この程度で済んだならまだマシな方である。ひどい時だと、施設ごと放棄せざるを得ない時だってあるのだから。
「おい、何の騒ぎだ?」
背後から呼び止められ振り向くと、全体的に線が細く、冷たい雰囲気を放つ20代半ばの男が立っていた。氷の冷たさではない、抜き身のナイフのように鋭く、金属じみた無機質な冷徹さが感じられた。
ジュリエット分隊・副隊長。
初雪は破壊された壁と遺体袋を見ると、「あぁ…」と控えめに呟く。どこか諦めたニュアンスを含んでいた。
「やれやれ、ここはいつもこんな感じだな…」
「どこも変わらないだろ。財団に安全圏なんて物はないんだ。BクラスやAクラスの大物だって、場合によっちゃどこに逃げようが死ぬ時は死ぬ。Kクラスとかな」
「俺達が最前線にいても、ここはここで戦場なんだろ。まったく……今度は一体ナニが暴れたんだか……」
「さぁな、知りたくもない。……それより、任務明けだってのに、家で寝てなくていいのか?」
「……昨日の今日で、寝られると思うか?」
「……だよな…」
財団職員の死が遺族に伝えられる事は原則として、ない。あったとしても、真実がそのまま語られる事は絶対にない。躬弦の
そのまま歩きながら話す。
「……そういや、カウンセリングはどうだった?」
気まずい空気を和ませる為か、初雪が話題を変えてくる。
「ん?あぁ、済ませたよ。上の承諾は得られる筈だ」
あの医者だって、義務は果たしたと書類にサインするだろう。
「……大丈夫か?」
「何がだ?」
「いや……昨日のお前、だいぶキツそうだったから…」
「キツイのは皆んな同じだ。だがいつまでも落ち込んでる訳にはいかないだろ」
また次の出撃で召集がかかるかもしれない。戦友を偲ぶ時間は、それまでに済ませておく必要がある。でなければ、次に死ぬのは自分か、隣にいる仲間なのだ。感情が揺らいだまま、集中し切れていない状態で生き残れる程、自分達の戦場は甘くない。
「お前も意識を切り替えろ。機動部隊員に安らぎはない、乗り越えるしかないんだ」
「問題ないさ、今までだってそうしてきたんだからな」
「そうだ、その意気だッ」
「……その上で一応聞いておく、まさかまた自分を責めてるんじゃないだろうな?」
英牙は思わず立ち止まる。真摯の眼差しで見つめられ、暫し言葉に詰まる。
「……アイツの死は、俺に責任がある」
「英牙…」
初雪が嘆息する。
「誰がなんと言おうと、躬弦があんな風に死んだのは、他でもない俺に原因がある。それは絶対に変わらない」
相変わらずの頑固な態度に、初雪は溜息を吐く。説得は無駄だと諦めた様子だった。
「まぁ、お前がそれでいいならそうしろ。だが一つ言わせてもらうぞ---------誰もお前のせいだなんて思ってない」
「………………」
英牙の固い表情は変わらない。やがて廊下を抜けると、階段を降りて行く。
「……そういや、これから射撃場に行くんだが、お前も一緒か?」
「まぁ、そんな所だ」
「そうか……なら、俺とひと勝負しないか?気分転換には丁度いいだろ?張り合う相手がいた方が、お前も------」
初雪が言い終える前に、耳をつんざく警報音がサイト内に響き渡る。
『
無機質な女性のアナウンスに、二人して眼を見張る。
「682だとッ?まさか……」
「
ヤツの特別収容プロトコルには、『その場所の周囲50kmにおいて都市開発が行われない状態にしろ』とされている。日本の首都圏、そのど真ん中に建設されたこのサイトに、移送されてる筈がないッ。
だが、サイト内の全電源が落とされ、非常灯に切り替わった瞬間、エレベーターが止まり、下の階からは職員達がパニック気味に登ってきた。
「急げ!早く登れッ」
「セクター72Aは地下8階だ!ここにもすぐに------」
突如、床が暴力的な勢いで破壊され、階段を登っていた職員達が瓦礫とともに崩れ落ちて行く。
やがて、陥没した床の穴から、巨大な爬虫類じみた生物が姿を現した。
『ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』
SCP-682---------通称、"不死身の爬虫類"。凡ゆる生命体を憎悪し、殺戮するketerクラスオブジェクトであり、あまりにも高い危険性から、SCPオブジェクトの確保・収容・保護を提唱する財団がやむを得ず、破壊命令を下す程の
『
クソトカゲが、低く唸った。
『Hateful…… HatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHatefulHateful!!---------------
憎悪の咆哮を轟かせ、クソトカゲが突撃してくる------!
「逃げるぞ!」
英牙が叫ぶと同時に、二人は全速力で駆ける。
「これからどうするッ」
「戦おうにも武器がない!応援が来るまで逃げ回るぞッ!」
エレベーターは緊急停止し、階段は崩落している。逃げ場がない以上、二人にできるのは現在の地下フロアを逃げ回る事くらいだった。サイト内では任務事以外の武器携帯は厳しく禁じられている為、今の自分達は丸腰だった。仮に所持していたとしても、高い再生能力を持つクソトカゲ相手では、拳銃程度など豆鉄砲にも劣る。
『ゴァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』
しかし、クソトカゲは巨体に見合わず動きが機敏だった。普通に逃げ回っているだけでは、すぐにでも追いつかれるスピードだった。
「このままじゃ食い殺されるぞッ」
初雪が背後を振り向き、叫ぶ。
「分かってる。何か武器になる物を探せ!」
廊下を走り抜ける最中、英牙は壁に備え付けられていた案内地図に目を遣る。どうやらこの先に、幾つかのオブジェクトが収容されているセクターがあるらしい。
「もうすぐ収容セクターにぶつかるッ、何か使える物がある筈だ!」
英牙の言葉に、初雪は信じられないといった様子で目を剥く。
「正気かッ?無断でオブジェクトを持ち出したら最悪終了処分だぞッ」
「他に案があるのか!?言っとくが、この調子じゃ鎮圧部隊が突入するまで保たないぞッ!」
初雪はチッ…!と短く舌打ちする。相手は財団史上、最強最悪のクソトカゲだ。これ以上に良い打開策など、初雪は持ち合わせていない。
「仕方がないッ、局所的非常事態ってヤツだ!」
「決まりだ!急いで見つけるぞッ、ただし迂闊に触るなよ?それだけで御陀仏になるパターンもあるんだ!」
「当たり前だ!そんなヘマで死んでたまるかッ!」
目には目を、歯には歯を、SCPにはSCPをぶつけるしかない------。後方から迫り来るクソトカゲを振り切り、二人は『セクター69K』と書かれたプレートが貼られた区画に飛び込んだ。