球磨川禊VSルルーシュ   作:stein0630

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ルルーシュは振り返る。

 

『きみがまだ、“このゲームには順番がある”って信じてること』

 

その言葉を聞いた瞬間、ルルーシュの中で、別の計算が静かに立ち上がった。

 

順番。

 

手続き。

 

交渉。

 

記録。

 

責任。

 

そんなものを一切飛び越えて、制度そのものを最初からなかったことにする方法を、彼は持っている。

 

ギアス。

 

絶対遵守の力。

 

この場にいる行政局の女へ命じればいい。「本制度は存在しないと公表しろ」。警備兵へ命じればいい。「今すぐ撤収しろ」。校門に並ぶ人間たちが何十人いようと、指揮系統の要だけを落とせば大衆は動く。必要なら、目につく生徒たちへ「今見た名簿を忘れろ」と命じることもできる。乱れた空気を、力ずくで一本の物語へ縫い直すことは可能だ。

 

可能だが――それで終わるか。

 

終わらない。

 

この女は末端だ。ここで一人潰しても、制度の上流は残る。警備兵を退かせても、翌日には別命令が下る。目の前の大衆を誘導しても、今この学園で何が起きたかという構造自体は消えない。むしろ、自分が手で触れた瞬間に、この問題は自分だけの秘密へ縮退する。

 

そして何より。

 

ルルーシュは、球磨川を見た。

 

この男は、その縮退を嗅ぎつける。

 

見えない命令で盤面を動かした痕跡そのものは読めなくとも、「説明のつかない整い方」を、この男は異常なまでに嫌う。人が人を支配する瞬間よりも、その支配が“自然な判断”として流通する瞬間に敏感だ。

 

ギアスは勝てる力だ。

 

だが、この相手に対しては、勝利の形そのものが証拠になる。

 

「どうした、生徒会長」

 

行政局の女が言う。

 

「顔色が悪いが」

 

「お前たちの趣味の悪さに当てられた」

 

「この状況で、まだ交渉するつもりですか?」

 

「するとも」

 

ルルーシュは、わざと一歩、女へ近づいた。

 

相手の目を見る距離。

 

一歩踏み込めば、ギアスは届く。

 

『あ』

 

球磨川が、後ろで小さく声を漏らした。

 

ただの相槌みたいな、意味のない音に聞こえる。だがルルーシュは、今の一音が偶然ではないと直感した。見ている。あるいは、見ようとしている。

 

「交渉?」

 

ルルーシュは女に向かって言った。

 

「違うな。確認だ」

 

「何を」

 

「お前たちは、ここで説明する気が最初からない」

 

「その通りです」

 

「なら、今から起こることの責任も最初から学園側へ押しつけるつもりだ」

 

「治安維持は現場の協力があってこそ成り立ちます」

 

「ずいぶん綺麗に言う」

 

ルルーシュはさらに半歩詰めた。

 

ギアスは使える。

 

今、この一瞬に。

 

だが球磨川は、廊下の壁に寄りかかりながら、ひどくつまらなそうな顔をしていた。

 

『やるの?』

 

その一言は、誰にも意味が通らない。ただの野次に聞こえる。

 

だがルルーシュには分かる。牽制だ。

 

「何をだ」

 

ルルーシュは視線を向けずに返した。

 

『さあ。きみが今から“すごく手っ取り早いこと”をするのかなって思っただけ』

 

女が眉をひそめる。

 

「何の話です」

 

『こっちの話だよ』

 

球磨川は笑った。

 

『でも、手っ取り早いことって、たいてい後から面倒くさいんだよね』

 

ルルーシュは、そこで足を止めた。

 

これ以上は近すぎる。

 

この距離で女の目を射抜けば、球磨川はきっとその“手っ取り早さ”の違和感を拾う。拾って、言葉にする。言葉にされれば、今後の読み合いで余計な主導権を渡す。

 

――なら、使わない。

 

少なくとも、この瞬間には。

 

「校門の警備を撤収させろ」

 

ルルーシュは、力ではなく言葉で押した。

 

「説明なき確保は、学園側の承認を得ていない」

 

「承認は不要です」

 

「そうか。なら、この場で正式に拒絶する。アッシュフォード学園生徒会長として、学内自治実験の名目を逸脱した実力行使に反対する」

 

女は冷たく言い返す。

 

「権限がない」

 

「建前のために私を議長に据えたのはお前たちだろう」

 

「建前ならこそ、です」

 

美しい返しだった。つまり、最初から「使える建前」としてしか見ていない。

 

球磨川が、そこでくつくつと笑った。

 

『いいねえ。ちゃんと本音が出てきた』

 

「黙りなさい」

 

女が初めて、はっきりと苛立ちを向けた。

 

『嫌だなあ。黙るのって、たいてい喋ってる人より責任が重いんだよ?』

 

「君のような生徒に発言権はありません」

 

『あれ』

 

球磨川は、わざとらしく目を丸くした。

 

『じゃあ昨日、僕に反応した人たちはなんだったんだろう。幻かな』

 

女の頬がわずかに強張る。

 

「言葉遊びは結構です」

 

『うん、僕もそう思う』

 

球磨川は、そこで笑みを消した。

 

『だから、言葉じゃなくて行動を見ようよ』

 

その一瞬、外から拡声器の音が響いた。

 

「対象生徒は速やかに中庭へ移動しなさい。抵抗は処分対象となります」

 

ざわめきが悲鳴に変わる。

 

教師たちが色めき立ち、生徒たちが一歩後ずさる。誰かが泣き出し、誰かが走ろうとして、別の誰かとぶつかる。群衆が、群衆として最も壊れやすい形へ崩れ始める。

 

ルルーシュは即座に叫んだ。

 

「走るな! 散るな! 廊下を塞ぐな、階段へ集中するな! 教室棟ごとに分かれて待機しろ!」

 

声が通る。

 

生徒会長としての日常が、こういうときに効く。普段から指示を受けることに慣れている相手には、明確な命令が一番早い。

 

だが、球磨川は首を振った。

 

『遅いよ』

 

「何?」

 

『整列させたら、向こうが運びやすくなる』

 

正しい。そして腹立たしいほど正しい。

 

秩序は守りにもなるが、管理にもなる。

 

「じゃあ混乱させろと言うのか」

 

『ううん。混乱じゃ駄目だ。混乱は、治安維持のごちそうだから』

 

球磨川は、窓の外の輸送車を見た。

 

『必要なのは、失敗だよ』

 

「具体的に言え」

 

『向こうの“予定通り”を、予定通りじゃなくするのさ』

 

ルルーシュは一秒で複数の案を組み立てる。

 

中庭への召集を無視させる。別棟へ分散。教師を巻き込み、人垣と目撃者を増やす。撮影を促し、外部へ漏らす。保護者への一斉連絡。マスコミ――いや早すぎる。だが学園外への情報波及は必要だ。

 

そして、指揮官を削る。

 

ここで初めて、ギアスの使いどころが見えた。

 

大衆そのものではなく、ボトルネック。

 

最小の命令で、最大の遅延を生む位置。

 

ルルーシュは女を見る。

 

違う。この女より、外の現場指揮官だ。

 

「リヴァル!」

 

「お、おう!」

 

「学園の全連絡網を使え。『対象生徒の即時移送命令は未承認、教員立会いなしの移動禁止』と流せ。教職員全員にも回せ」

 

「そんな権限」

 

「今作る!」

 

「分かった!」

 

「シャーリー、保護者連絡先の一斉送信準備! 文面は『行政局による生徒移動の可能性、来校または問い合わせ推奨』だ!」

 

「う、うん!」

 

「ニーナ、校内放送室を確保しろ! 機械的にでもいい、録音で全校へ繰り返し流せ。『中庭集合禁止、教員同伴以外の移動拒否』だ!」

 

「できる」

 

ミレイが、そこで笑った。

 

「やっといつもの顔ね」

 

「嫌味なら後にしてください」

 

「褒めてるのよ」

 

ルルーシュはそのまま、行政局の女へ向き直る。

 

「これで終わりだと思うな」

 

「状況を悪化させていますよ」

 

「違う。お前たちのやり口を表に出しているだけだ」

 

「感情的な大衆を煽って、ですか」

 

「大衆を侮るな。隠されるより、選べるほうがまだ理性的だ」

 

球磨川が、そこで小さく口笛を吹いた。

 

『へえ。言うじゃないか』

 

「貴様に感心される筋合いはない」

 

『あるよ。だって今の、ちゃんと“選ばれる側”に聞こえたもん』

 

その評価は嬉しくない。だが、無視もしない。

 

外で再度、拡声器が鳴る。

 

「中庭への移動を再命令する」

 

女が通信端末へ手を伸ばす。ルルーシュはその動きを見た瞬間、もう迷わなかった。

 

今だ。

 

大衆ではない。制度でもない。指示の一点。

 

ルルーシュは彼女の視界へ滑り込むように立った。

 

「やめろ」

 

女が顔を上げる。

 

その目を、ルルーシュは正面から射抜いた。

 

「貴様は今すぐ、現場指揮官に命じろ。『作戦を一時中断し、教員立会いなき移送を全面停止する』と」

 

ギアスが発動する。

 

鮮烈な赤が、ルルーシュの左目に走る。

 

女の瞳が、同じ赤を反射して固まった。

 

「――承知しました」

 

一拍遅れて、球磨川の笑みが消えた。

 

ほんの一瞬だけ。

 

それだけだった。だがルルーシュは見逃さない。この男は、何が起きたかまでは掴めなくとも、「今、説明のつかない強制が通った」ことだけは感じ取った。

 

女は端末に向かって、平坦な声で命じる。

 

「現場指揮官へ通達。作戦を一時中断。繰り返す、作戦を一時中断。教員立会いなき移送を全面停止」

 

廊下が静まった。

 

外の拡声器が止まる。

 

輸送車の横で動いていた兵が、確かに足を止めるのが窓越しに見えた。

 

生徒たちの間に、奇妙な空白が生まれる。

 

助かった、とはまだ誰も言えない。だが止まった。確かに、今だけは。

 

ミレイが目を見開いた。

 

「……何したの、ルルーシュ」

 

「交渉だ」

 

即答する。

 

球磨川は、じっと女を見ていた。

 

『へえ』

 

ひどく静かな声だった。

 

『なるほどね』

 

「何がだ」

 

『いや』

 

球磨川は、いつもの笑みを作り直した。

 

『きみ、やっぱり“手っ取り早いこと”もちゃんとできるんだなって思って』

 

ルルーシュは心の中で舌打ちした。

 

見えてはいない。だが見えていないなりに、確信へ近づいている。

 

「お前こそ、今ので満足か」

 

『まさか』

 

球磨川は肩をすくめた。

 

『止まっただけだろ? なくなってない』

 

「それでも時間は稼げた」

 

『うん。そこは偉い』

 

彼は女の前まで歩いていき、その顔を覗き込んだ。

 

『でも、この人、あとで“なんで止めたか”説明できるのかな』

 

ルルーシュの眉がわずかに動く。

 

それは、まさに問題だった。

 

ギアスは命令を実行させる。だが、命令の理由まで自然に補強するわけではない。本人は後から整合的な理由を捏造しようとすることもあるが、この状況では不自然さが残る。そこを突かれれば、この女一人の異常行動として切り捨てられ、上流は無傷で済む。

 

球磨川は、その弱点へ最短で指を伸ばした。

 

『きみってさ』

 

彼は、ルルーシュではなく、半分トランス状態の女に向かって話しかける。

 

『急に良心が芽生えたの? それとも、責任取るのが急に怖くなった?』

 

女は答えない。当然だ。

 

だが、その沈黙が「急変」に見える。

 

周囲の生徒たちも、教師たちも、怪訝な目を向け始めた。

 

『困るよねえ、生徒会長』

 

球磨川が今度はルルーシュへ向く。

 

『せっかく止めたのに、その止め方が変だと、結局“もっと上”が出てくる』

 

「分かっている」

 

『本当に?』

 

ルルーシュは即座に次手へ移る。

 

「ミレイ先輩」

 

「はいはい」

 

「今この場で、学園側から正式に文書化する。『行政局担当者が教員立会いなき移送停止を認めた』。時刻入りで記録を残してください。教師の署名も取る」

 

ミレイの目が鋭くなる。

 

「証言の固定ね」

 

「ええ。異常行動ではなく、現場判断として固定する」

 

「了解」

 

「ニーナ、監視カメラ映像は押さえられるか」

 

「生徒会室経由なら一部は」

 

「今すぐ確保しろ。校門と中庭」

 

「分かった」

 

球磨川が、そこで少しだけ楽しそうに笑った。

 

『お。上手いじゃないか』

 

「貴様の講評はいらない」

 

『でも大事だよ、講評』

 

彼は、机の八角形を思い出すみたいに空中へ指を描いた。

 

『きみ、今“力で止めた一手”を、ちゃんと制度の記録へ縫い直した。偉い偉い。そういうの、王様っぽいというより詐欺師っぽくて好きだな』

 

「褒めているのか侮辱しているのかどちらだ」

 

『両方かな』

 

その軽さが、妙に腹立たしい。

 

だがそのとき、女の端末が再び鳴った。

 

彼女は即座には出ない。ギアスの命令は「中断を命じろ」であって、その後すべての通信応対を規定してはいない。

 

球磨川が、端末の発信表示を覗き込む。

 

『わあ。来た来た。もっと上の人』

 

ルルーシュは女の手から端末を奪い取るより先に、別の決断をした。

 

ここでさらにギアスを重ねるか。

 

可能だ。電話の相手に繋がれば、その場で別の要を落とせるかもしれない。だが、それを続ければ続けるほど、この場の不自然さは増す。球磨川は確実にそこを追う。

 

なら、一回で得た停止時間を、公開の論理へ変換する。

 

「スピーカーにしろ」

 

女は端末を操作する。従順だが、命令が尽きれば元へ戻る。

 

通話が開く。

 

低い男の声。

 

「何をしている。なぜ確保を止めた」

 

ルルーシュは名乗る前に言った。

 

「説明を求めている」

 

相手が一瞬黙る。

 

「誰だ」

 

「アッシュフォード学園生徒会長、ルルーシュ・ランペルージだ。今この場には教員と生徒が多数立ち会っている。そちらの担当者は、教員立会いなき移送を停止すると認めた」

 

「勝手な判断だ」

 

「なら確認しよう。行政局として、学園生徒を説明なく別施設へ移送する方針なのか?」

 

「言葉を慎め」

 

「慎むべきはそちらだ。既に名簿は漏洩し、対象生徒も保護者も動く。今ここで建前を捨てるなら、こちらもそのつもりで公表する」

 

ハッタリではない。既に半分は事実だ。

 

相手の沈黙が伸びる。

 

球磨川は、その間じゅう、目を細めてルルーシュを見ていた。

 

たぶん今、彼は二つのルルーシュを比べている。さっき一瞬だけ通った「異様に手っ取り早い止め方」と、その後に積み上げられている「公開の論理」。どちらが本体か。あるいは、どちらも本体か。

 

「……本件は再検討する」

 

端末の向こうの男がようやく言った。

 

「本日の移送措置は保留だ」

 

廊下の空気が、初めて明確に動いた。

 

息を吐く音。泣き声。膝から崩れそうになる気配。助かった、というより、まだ今日だけは終わらない、という安堵。

 

ルルーシュは即座に畳みかける。

 

「文書で出せ」

 

「何?」

 

「保留通知を文書で学園に送れ。時刻入りでな」

 

「……要求が過ぎる」

 

「ではこちらも会話記録をそのまま使う」

 

相手の舌打ちが聞こえた。

 

「送る」

 

通話が切れる。

 

静寂。

 

そして、その静寂を最初に破ったのは、意外にも球磨川の拍手だった。

 

『すごいすごい。ちゃんと消したね』

 

「消してはいない」

 

『ううん、消したよ』

 

球磨川は笑っていた。

 

『少なくとも、“最初から制度をなかったことにできたはずなのに、そうしなかった”っていう顔を、今のきみはしてる』

 

ルルーシュの視線が鋭くなる。

 

この男は見えていない。だが、そこまで踏み込んでくる。

 

「……何が言いたい」

 

『簡単だよ』

 

球磨川は、生徒たちの前で、あまりに無邪気な顔をした。

 

『きみさ、できることを全部はやってないだろ』

 

周囲の誰も、その本当の意味は分からない。

 

だがルルーシュには十分すぎる。

 

『優秀な人って、たいていそうなんだよね。自分の手札の全部を見せない。いや、見せないっていうより、見せられないのかな。だって全部使っちゃうと、自分が何で勝ったのか説明できなくなるから』

 

侮辱ではない。

 

観察だ。

 

しかも、かなり核心に近い。

 

ルルーシュは返さなかった。返せば、その沈黙の重さが増す。

 

球磨川はそこで、ひどく機嫌よさそうに首を傾げた。

 

『でも安心したよ』

 

「何にだ」

 

『きみが、ちゃんとズルできる側の人間だったことに』

 

ミレイが眉をひそめる。

 

「何よそれ」

 

『褒め言葉だよ』

 

球磨川はあっさり言った。

 

『だって、綺麗事しか言えない王様なんて、見ててもつまらないだろ?』

 

その瞬間、廊下の向こうで教師が駆けてきた。

 

「会長! 保健棟の地下倉庫で、追加の名簿が見つかりました! それと――」

 

教師は息を切らし、言葉を継ぐ。

 

「学園生徒じゃない名前が混ざっています。卒業生と、……それから、教員の名前まで」

 

空気が凍る。

 

今日の確保対象は、現役生徒だけではない。

 

ルルーシュの脳内で、制度の輪郭が一段深く塗り替わる。これは学園自治実験ではない。学園を使った選別網だ。

 

そして球磨川は、その報告を聞いて、初めてほんの少しだけ目を伏せた。

 

笑みはある。だが、その奥に、別の温度が混じる。

 

『ほら』

 

彼は静かに言った。

 

『やっぱりこれ、きみが思ってるよりずっと大きい話だ』

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