球磨川禊VSルルーシュ   作:stein0630

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会議室の空気は、誰か一人の冗談で壊せる軽さを、もうとっくに失っていた。

 

それでも球磨川は笑っている。

 

『やだなあ。まるで僕が主役みたいじゃないか』

 

ヴァイスは、その笑みを真正面から受けて、少しも崩れなかった。

 

「違うのか?」

 

『違うよ』

 

球磨川は即答した。

 

『僕、だいたい脇役だし。便利なときだけ出てきて、話をややこしくして、最後には“いなかったほうがマシだったな”って言われるタイプだからね』

 

「自己評価が低いのか、高いのか分かりませんね」

 

『両方かな』

 

ヴァイスの目が、そこでわずかに細くなった。

 

「なるほど」

 

その一言だけで、ルルーシュは察した。こいつは、ただ球磨川を知っているのではない。読み解こうとしている。しかも、既に何かしらの情報を持った上で。

 

危険だ。

 

球磨川が危険なのではない。この男が、球磨川を“危険物として扱う方法”を知っていることが危険だ。

 

「条件はそれだけか」

 

ルルーシュは間に割り込むように言った。

 

ヴァイスは視線を球磨川から外し、穏やかに頷く。

 

「ええ。評議会を前倒しで開催する。その場で公開質疑に応じる。結構です」

 

「随分と物分かりがいいな」

 

「物分かりが悪いのは、目立つ場に弱い。こちらも学びました」

 

昨日の強行。今日の停止。名簿流出。学園側の記録化。ここまで来てなお、押し切れると考えるほど馬鹿ではない、ということだ。

 

だが同時に、公開の場に応じること自体が罠でもある。

 

「ただし」

 

やはり、続きがあった。

 

「議題は限定する。学園自治実験の運用に関する事項のみ。外部制度一般への批判や、確認不能な文書の真偽論争は認めない」

 

『うわあ』

 

球磨川が笑う。

 

『“君たちが殴っていいのは、こっちが差し出した的だけです”ってこと? 親切だなあ』

 

ヴァイスは無視した。

 

ルルーシュはむしろ、その条件に安心した。相手も評議会を“コントロールできる場”にしたい。つまり、コントロールが必要な場だと認識している。なら崩せる。

 

「構わない」

 

ミレイが横目で睨む。

 

「いいの?」

 

「議題の境界線があるなら、越えさせればいいだけです」

 

『詐欺師だ』

 

球磨川が嬉しそうに言った。

 

「黙れ」

 

『褒めてるのに』

 

ヴァイスは、球磨川へと向き直った。

 

「では出席を」

 

『いいよ』

 

やはり即答だった。

 

『その代わり、一つだけお願いがあるんだけど』

 

「何です」

 

『席順、僕は会長の真正面がいいな』

 

教師たちがざわめく。

 

ふざけているようにしか聞こえない。だがルルーシュには分かった。ふざけているのではなく、位置取りだ。会議では、誰の目を正面から受け続けるかで読み合いの質が変わる。

 

ヴァイスは少しも戸惑わなかった。

 

「構いません」

 

『即答だ。ひどいなあ。もっと悩んでくれてもいいのに』

 

「君が座る場所など、本質ではない」

 

『へえ』

 

球磨川は楽しそうに目を細めた。

 

『本当にそう思ってるなら、きみ、ちょっとセンスないぜ』

 

ヴァイスの笑みが、そこで初めてわずかに薄くなった。

 

一瞬だが、ルルーシュはそこに確かな引っ掛かりを見た。効いている。

 

座る場所は本質ではない。そう言った。つまり逆に、本質にしてこない相手を想定している。だが球磨川は、つまらない位置取り一つで本質を汚すタイプだ。

 

「時間は?」

 

ルルーシュが問う。

 

「二時間後」

 

ヴァイスが答える。

 

早い。だが妥当だ。こちらに準備の猶予を与えすぎれば、校内世論と保護者をさらに固められる。逆に即時すぎれば、向こうも体裁を整えきれない。

 

「場所は講堂です」

 

「公開性を演出する気か」

 

「もともと公開実験ですから」

 

「観客席まで入れるのか?」

 

「代表者以外は傍聴のみ。ただし発言権はない」

 

『発言権のない人間に発言されるの、昨日も嫌がってたのに? 懲りないなあ』

 

球磨川の声音は軽い。

 

だがヴァイスは、そこで初めて球磨川に向けてはっきりと言った。

 

「君には、定義の外から話されるのが一番困る」

 

会議室が静まる。

 

言い回しが妙だった。発言を妨げるでも、危険視するでもない。定義の外から話されるのが困る。

 

球磨川は、笑ったままだった。

 

『そりゃそうだろうね』

 

その一言だけ、少し温度が低い。

 

「では二時間後に」

 

ヴァイスはそれだけ言って踵を返した。行政局の女も続く。

 

扉が閉まる。

 

沈黙。

 

最初に口を開いたのはミレイだった。

 

「……嫌ね、あの男」

 

「同感です」

 

ルルーシュは短く答えた。

 

「綺麗すぎる」

 

『うん』

 

球磨川がすぐに同意した。

 

『ああいうのが一番やだ。自分では手を汚してない顔して、人がどこで汚れるかだけ見てるタイプ』

 

「お前がそれを言うのか」

 

『僕は自分が汚れてるの分かってるからいいんだよ』

 

ルルーシュは、そこで切り替えた。

 

「準備に入る」

 

教師会議室の空気を掌握し続ける意味はもう薄い。必要なのは評議会だ。そこで制度の顔を剥がす。

 

「ミレイ先輩、傍聴席はできるだけ埋めてください。教師、クラブ代表、一般生徒、保護者が来られるなら保護者も」

 

「煽るわねえ」

 

「公開の場は、見ている人間が多いほど相手の自由が減る」

 

「了解」

 

「ニーナ、講堂の音響確認。録音を二系統で回せ。片方を止められても残るように」

 

「できる」

 

「リヴァル、外へ流れている情報の中で、一番拡散が早いものは何だ」

 

「保護者チャットと、あと、例の名簿写真」

 

「そこへ新しい争点を流す。“生徒だけではなく教員・卒業生も対象”だ。制度の異常さを、現役生徒の利害の外側まで広げる」

 

「分かった」

 

「シャーリー、傍聴席の導線管理。混乱はさせるな。ただし、静かすぎる講堂にもするな」

 

シャーリーが戸惑う。

 

「静かすぎる、って?」

 

「相手は『理性的な進行』を武器にする。空気が整いすぎると、醜い制度でも説明口調だけで飲まれる。ざわめきは必要だ」

 

「……うん」

 

全員が散る。

 

残ったのはルルーシュと球磨川だけだった。

 

講堂へ向かう廊下は、昼の光が斜めに差し込んで白い。窓の外では生徒たちがまだ群れている。誰もが次に何が起きるか分からない顔をしていた。

 

『ねえ』

 

球磨川が歩きながら言った。

 

「何だ」

 

『さっきの人、きみより嫌いかも』

 

「光栄だな」

 

『褒めてないよ』

 

「知っている」

 

球磨川は廊下の窓枠に指を滑らせる。

 

『でも不思議だなあ。きみって、制度を壊すときも制度の形したがるだろ。ああいう人は逆で、制度を使うときに制度の外の暴力の匂いを消す。似てるようで、全然違う』

 

「分析ごっこか」

 

『ごっこじゃないよ。僕、わりと真面目なんだぜ?』

 

「それは初耳だ」

 

『傷つくなあ』

 

笑っている。

 

だが、ルルーシュはさっきからずっと気にしていた。

 

ヴァイスの「分類表の外」という言葉。あれに対する球磨川の一瞬の遅れ。あの男は球磨川の何を知っているのか。あるいは何を知っているふりをしたのか。

 

「お前」

 

『うん?』

 

「分類表の外、とは何だ」

 

球磨川は歩調を止めなかった。

 

『さあ』

 

「とぼけるな」

 

『とぼけてないよ。本当にさあ、僕、自分がどこに分類されるかあんまり興味ないし』

 

「興味の話ではない」

 

『そうだね。でも、たぶんきみが知りたいのは“向こうが僕を何者だと思ってるか”だろ?』

 

ルルーシュは否定しなかった。

 

球磨川が肩をすくめる。

 

『だったら簡単じゃないか。聞けばいい』

 

「お前に聞いている」

 

『僕に聞いても、向こうの幻想しか返ってこないよ』

 

その返しは、妙に正確だった。

 

相手の認識を当人に尋ねても、本当のところは分からない。だが、わざわざそう言うのは、自分でも何か誤認されている自覚があるからだ。

 

「……なるほどな」

 

『なに、その分かったふり』

 

「分かっていないさ。だが、お前が不快だったことだけは分かった」

 

球磨川は、そこで初めて少しだけ目を細めた。

 

『へえ。優しいなあ、生徒会長』

 

「誤解するな。使える情報として記録しただけだ」

 

『もっと優しくないなあ』

 

講堂の裏手へ着く。舞台袖には既に椅子が並べられ、仮設の長机が設置されていた。昨日の八角机ではない。正面に一直線の机と、その左右に補助席。露骨に“公開討論”の形だ。

 

「席順は?」

 

係の教師が紙を差し出す。

 

中央にルルーシュ。正面に球磨川。右手にヴァイス。左手に学園長代理。さらに両端に風紀委員長、クラブ連合代表、一般生徒代表。

 

最悪ではない。だが露骨だ。

 

球磨川が紙を覗き込んで、愉快そうに言った。

 

『うわ、本当に真正面だ』

 

「嬉しいか」

 

『うん。だって真正面って、嫌いな人の顔が一番よく見える席だろ』

 

「好きな人かもしれんぞ」

 

『それはないかな』

 

即答だった。

 

それから、少し間を置いて。

 

『でも、嫌いな相手ほど話しやすいってことはあるよね』

 

ルルーシュはその言葉を黙って記憶した。

 

講堂の客席側から、ざわめきが波のように流れ込んでくる。既にかなり入っている。教師、生徒、保護者。おそらく予定より多い。いい傾向だ。

 

いい傾向だが、それは同時に危険でもある。観客が増えるほど、場は論理だけではなくなる。空気と演出と一言の印象が、証拠より強くなる。

 

そして、そういう場は――ルルーシュも球磨川も得意だ。

 

「一つ確認する」

 

ルルーシュは舞台袖で球磨川へ向き直った。

 

「評議会の狙いは制度を可視化し、移送と分類を止めることだ。お前が場を壊すのは構わん。だが完全な暴発にするな」

 

『注文が多いなあ』

 

「守れ」

 

『守らないって言ったら?』

 

「その時は、その時だ」

 

『ふふ』

 

球磨川は嬉しそうに笑う。

 

『いいね。そういう“具体策はないけど脅しにはなる”返事』

 

「お前に具体策を予告するほど親切ではない」

 

『知ってる』

 

そのとき、舞台袖の反対側からヴァイスが現れた。軍人くさい補佐は連れていない。単独だ。単独で来られるということは、それだけで自信の表明でもある。

 

「準備は?」

 

「万全とは言いませんが、十分です」

 

ルルーシュが答える。

 

ヴァイスは頷き、それから球磨川を見た。

 

「逃げなかったんですね」

 

『逃げる理由ないし』

 

「逃げる価値はあると思いますが」

 

『へえ』

 

球磨川は小さく首を傾げる。

 

『それって、優しさ? それとも隔離前の配慮?』

 

「分類不能なものは、処理にもコストがかかる」

 

ヴァイスは淡々と言った。

 

「こちらとしては、君が自分で盤面から降りてくれたほうが楽だ」

 

球磨川は、そこで少しだけ笑みを深くした。

 

『なるほど。やっぱりセンスないなあ』

 

「何がです」

 

『そういう脅し方だよ。僕みたいなのに“降りてくれたほうが楽”って言うの、最悪だぜ?』

 

ヴァイスは表情を変えない。

 

「事実を言ったまでです」

 

『うん。事実は時々、挑発より挑発になるから気をつけたほうがいいよ』

 

ルルーシュは、その応酬を横で聞きながら理解する。

 

ヴァイスは球磨川を揺らそうとしている。だが、揺らす方向が微妙にずれている。排除や侮辱には慣れている相手だ。効くとすれば、もっと別の箇所――自己像か、敗者性そのものか、あるいは。

 

「時間です」

 

係が告げる。

 

ざわめきが一段大きくなる。舞台の向こうでは、何百もの目がこちらを待っている。

 

ルルーシュは一歩踏み出した。

 

瞬間、球磨川が横で、ひどく小さな声で言った。

 

『ねえ、生徒会長』

 

「何だ」

 

『さっきの“手っ取り早いこと”、今日は何回まで使うつもり?』

 

ルルーシュの足が、ほんのわずかに止まる。

 

誰にも分からない程度の間。だが球磨川には、それで十分だったらしい。

 

『あはは』

 

彼は心底楽しそうに笑った。

 

『そっか。一回じゃ足りないかもしれないんだ』

 

「……黙れ」

 

『いやだね。だって今の、すごく大事な答えだった』

 

舞台へ出る。

 

ライトが目に刺さる。客席は埋まっていた。前列には教師、その後ろに生徒、左右に保護者。空席が少ない。いい。

 

中央席へ着くルルーシュの真正面に、球磨川が座る。

 

本当に真正面だ。

 

そしてそのさらに右手、少し斜めの位置にヴァイスが座る。三者の視線が奇妙な三角形を作る。

 

司会役の教師が、震える声で開会を告げた。

 

「ただいまより、アッシュフォード学園特別自治試験区・第一回臨時評議会を開会します」

 

ざわめき。

 

ルルーシュは立ち上がり、マイクを取る。

 

「本来なら、こんな形で始まるべきではなかった」

 

静まる。

 

「学園自治の名の下に導入された制度が、説明なき分類と移送の恐れを伴っていたこと。さらに対象が一部生徒に留まらず、教職員や卒業生へまで及ぶ可能性があること。その事実が、名簿流出という最悪の形で露見した」

 

客席の空気が張る。

 

「だからこそ、今日ここで隠さず話す。制度が何をしているのか。誰が決め、誰が従わされ、誰が責任を負うのか」

 

一拍。

 

「これは糾弾の場ではない。だが、誤魔化しを許す場でもない」

 

いい出だしだ、とルルーシュは自分で判断した。正義に寄りすぎず、しかし退路も与えない。

 

ヴァイスが続いて立つ。

 

「行政局を代表し、まず混乱については遺憾の意を表します」

 

一部で失笑が起きる。保護者席だ。

 

「本制度は、あくまで学内自治能力の向上と、既存秩序の中で拾いきれない声を吸い上げるための試験運用です」

 

『へえ』

 

マイクを通していないのに、球磨川の声は妙に届いた。

 

『拾うのか。運ぶんじゃなくて?』

 

ざわめき。

 

ヴァイスは見向きもしない。

 

「移送に関する文言も、矯正ではなく支援的プログラムへの接続を想定したものです」

 

今度ははっきりと、客席から「嘘だろ」という声が漏れた。

 

ヴァイスはそれすら折り込み済みの表情で続ける。

 

「名簿の流出は遺憾ですが、未確定資料が独り歩きした結果、必要以上の不安を招いている面も否定できません」

 

ルルーシュはその言葉を待っていた。

 

「未確定資料、か」

 

マイクを取る。

 

「では確認する。教職員および卒業生を含む名簿は、行政局の正式運用対象ではないと断言できるか?」

 

ヴァイスは即答しなかった。

 

客席がそれを聞く。

 

数秒の沈黙。

 

これだけで十分な圧力だ。

 

「現段階では、複数の検討資料が存在します」

 

「断言できないわけだ」

 

「未確定です」

 

「否定できない、と」

 

「言葉の切り取りは感心しませんね」

 

「では、切り取られないよう明確に答えろ」

 

空気が張る。

 

ここでヴァイスが下手を打てば、初手から防戦に回る。逆に上手くいなされれば、今度はこちらが焦れて見える。

 

その刹那、球磨川がすっと手を挙げた。

 

司会教師が戸惑う。発言順ではない。

 

だが、客席の視線はもう彼に集まっていた。

 

『はいはい。じゃあ、僕からすごく簡単な質問していい?』

 

ルルーシュは、止めなかった。

 

球磨川は、真正面からヴァイスを見る。

 

『きみさ。“未確定”って言ったけど、それって誰にとって未確定なの?』

 

会場が静まる。

 

『だって、載ってる側からしたら、自分の名前が紙に書かれた時点で十分確定だろ。運ぶかどうかは未確定でも、“運ぶ候補として見た”こと自体はもう終わった事実じゃないか』

 

ヴァイスは微笑んだまま答える。

 

「認識と運用は別です」

 

『うん。だから嫌なんだよ、その言い方』

 

球磨川の声が、少しだけ低くなった。

 

『見るだけなら傷じゃない、考えただけなら罪じゃない、候補にしただけなら何もしてない。そうやって、やったことをずっと“まだやってないこと”にするんだろ』

 

客席のざわめきが、今度は明確に球磨川側へ寄った。

 

まずい、とルルーシュは思う。

 

効きすぎている。

 

球磨川の言葉は、論理だけでなく感情の芯を直接叩く。評議会を掌握するには有効だが、掌握されすぎれば今度は場が球磨川の劇場になる。

 

ヴァイスは、やはり落ち着いていた。

 

「面白い視点です」

 

『面白くないよ』

 

「では危険、と言い換えましょうか」

 

そこで初めて、ヴァイスはわずかに笑みを深めた。

 

「君のように、認識と現実の境界を曖昧に語る人間は」

 

ルルーシュの感覚が鋭く反応する。

 

来る。

 

ヴァイスは球磨川を見たまま、続けた。

 

「事実と虚構の区別がつかない者は、制度の批判者として便利だ。しかし制度の代わりにはなれない」

 

空気が変わる。

 

単なる挑発ではない。これは球磨川の“位置”を定義しに来た。外から騒ぐだけの人間。壊せても作れない人間。批判のための批判者。

 

客席にその印象が植われば、球磨川の言葉は鋭くても“責任を負わない声”として処理される。

 

上手い。

 

そして球磨川は――

 

笑った。

 

だが、その笑みは今までより少しだけ薄い。

 

『なるほどね』

 

彼は言う。

 

『今の、結構うまかったぜ』

 

ルルーシュは、その一瞬を見逃さなかった。

 

球磨川が、ほんの僅かに本気で面倒がっている。

 

つまり効いている。

 

ヴァイスはそこをさらに押す。

 

「君は何を守るつもりでここにいる? 制度を壊した後、何を残す? 答えられないなら、君の言葉は全部、気分のよい破壊衝動でしかない」

 

客席が静まり返る。

 

重い問いだ。

 

しかも球磨川の本質に近い。守る、残す、答える。そういう言葉は、この男にとって最初から不得手な場所にある。

 

ルルーシュは即座に理解した。

 

球磨川をここで押し込まれたままにしてはいけない。

 

援護ではない。場の主導権の維持だ。

 

だが、ルルーシュが口を開くより先に、球磨川が先に笑った。

 

『あはは』

 

軽い。

 

あまりに軽い。

 

『何言ってんだよ。きみ、そんなの最初から分かってるくせに』

 

ヴァイスの目が微かに動く。

 

『僕が制度の代わりになれないことくらい、僕が一番よく知ってるよ。だって僕、代わりになるために壊すんじゃないし』

 

会場が息を止める。

 

『残すものなんて知らない。守るものだって、そんな立派に言えるもんじゃない。でもさ』

 

球磨川は、ゆっくりと客席を見渡した。

 

保護者。教師。怯えた生徒。怒っている生徒。見ないふりをしたい者。もう見たあとに戻れない者。

 

『“お前らが選ぶ側でいられると思うなよ”って言うくらいは、できるだろ』

 

ぞくり、と空気が震えた。

 

論理ではない。だが、論理の外へ逃がさない言葉だった。

 

ヴァイスは、そこで初めてほんの少しだけ沈黙した。

 

ルルーシュはその隙を刺す。

 

「行政局へ再度確認する」

 

マイクを取る。

 

「代表選定基準と移管条項、その全文を今ここで公開できるか」

 

ヴァイスは答える。

 

「できません」

 

「理由は」

 

「未確定の内部資料だからです」

 

「ならば、その未確定資料に基づく運用も停止すべきだ」

 

「論理が飛躍している」

 

「飛躍していない。基準を公開できず、対象範囲も確定しておらず、名簿まで漏れている制度に、生徒と教職員の従属だけを求めるほうが飛躍だ」

 

客席から拍手が起きた。

 

少数だが、確かだ。

 

ヴァイスはその拍手を聞きながら、静かにルルーシュへ視線を向けた。

 

「君は賢い」

 

「どうも」

 

「だが、賢いことと責任を負うことは別だ」

 

「承知している」

 

「なら、責任を取る覚悟は?」

 

「何の責任だ」

 

ヴァイスの声は穏やかだった。

 

「もし今日ここで制度を止めた結果、本来支援を受けられた者が取りこぼされたとしても。その責任を、君は負えるのか」

 

ざわめきが戻る。

 

悪辣だが上手い。制度の暴力を“支援”へ言い換え、その停止を“見捨て”へすり替える。反対する側に、救済の不作為責任を背負わせる論法だ。

 

ルルーシュは一瞬だけ息を止めた。

 

強い問いだ。

 

だが次の瞬間、真正面から球磨川の笑い声が飛んだ。

 

『出た出た』

 

彼は楽しそうだった。今度は本当に。

 

『悪い制度って、追い詰められるとすぐ“でも困る人もいるんですよ?”って顔するよね』

 

「茶化すな」

 

ヴァイスが初めて少し低い声を出す。

 

『茶化してないよ』

 

球磨川は言った。

 

『だって支援したいなら、なんで名簿を隠すのさ。なんで教員まで混ぜるのさ。なんで移送を急ぐのさ。困ってる人を助けたい制度が、一番最初にやることって普通、相手に黙って分類することなの?』

 

客席がまたざわつく。

 

ヴァイスは反論しかけた。だが球磨川は止まらない。

 

『いいよ、百歩譲って支援でもさ。支援ってさ、“嫌です”って言った相手を運んでも成立するもんなの? それもう支援じゃなくて矯正じゃん。矯正って言うと聞こえ悪いから支援って言ってるだけだろ』

 

「言葉の定義論に逃げても――」

 

『逃げてるのはそっちだよ』

 

球磨川の声が、そこで静かになった。

 

その静けさのほうが、却って刺さる。

 

『“助けるため”って言えば、勝手に上から選んでいいと思ってる。選んだ相手が嫌がっても、“まだ分かってないだけ”ってことにできる。負けた側、遅れた側、ズレた側を、全部“未成熟”って名前にして飲み込める』

 

ルルーシュは、その言葉を聞きながら理解する。

 

これだ。

 

球磨川禊の戦い方は、相手のロジックを論破することではない。そのロジックが成立するために密輸している“見下し”を、白日の下へ引きずり出すことだ。

 

そして一度それが見えれば、どんな整った言葉も二度と綺麗には聞こえない。

 

ヴァイスは沈黙した。

 

ほんの数秒だが、それで十分だった。

 

ルルーシュはその隙へ、正面から最後の杭を打ち込む。

 

「提案する」

 

会場が静まる。

 

「本制度のうち、選定・移送・名簿作成に関わる運用を即時凍結する。その上で、学園側・教職員側・生徒側・保護者側から同数の監査委員を選出し、全資料を閲覧の上で公開可能範囲を定める。行政局が自治実験を続けたいというなら、その最低条件だ」

 

ざわめきは大きい。

 

要求が重いからだ。実質的な凍結であり、資料開示であり、外部監査だ。

 

ヴァイスはそれを聞き終え、初めてはっきりと笑った。

 

「なるほど」

 

その笑みは、今までで一番冷たい。

 

「つまり君は、制度を止めたいのではなく、制度の主導権を奪いたいわけだ」

 

「当然だ」

 

ルルーシュは一歩も引かなかった。

 

「人を分類し、運ぶ制度なら、少なくとも選ばれる側が見える場所で運用されるべきだ。見せられないなら、そんな制度は存在すべきではない」

 

拍手が起こる。

 

今度は先ほどより大きい。保護者席から、生徒席から、教師席からも混じる。

 

ヴァイスはその拍手の中で黙ったまま、球磨川を見た。

 

球磨川も笑っていた。

 

二人の間に、ルルーシュにはまだ読み切れない何かが通った気がした。

 

そして次の瞬間、ヴァイスが言った。

 

「では、もう一つだけ確認しましょう」

 

その声音で、ルルーシュの警戒が跳ね上がる。

 

来る。

 

ヴァイスはマイクから少し離れ、球磨川を見たまま言った。

 

「球磨川禊君。君はさっき、“選ぶ側でいられると思うな”と言った」

 

『言ったね』

 

「では聞こう。君はいつから、自分が選ばれる側だと錯覚していた?」

 

会場が、凍った。

 

意味がすぐには通らない者も多い。だが通る者には通る。

 

ルルーシュは球磨川を見る。

 

球磨川は、笑っていた。

 

だが今度の笑みは、明らかに違った。

 

薄い。軽い。どこか、紙で作ったみたいな笑みだ。

 

ヴァイスが続ける。

 

「君は候補ではない。対象でもない。記号CでもDでもEでもない」

 

一拍。

 

「君は、最初から“分類する側の失敗例”として記録されている」

 

客席のどこかで、誰かが息を呑んだ。

 

ルルーシュの思考が一気に加速する。

 

失敗例。分類する側の。

 

それはつまり、球磨川個人が選別対象なのではなく、選別制度それ自体が過去に扱い損ねた事例として管理されている、という意味か。いや、そんなことがあり得るのか。こいつは何者だ。何を知っている。

 

球磨川は、数秒、何も言わなかった。

 

それだけで十分だった。

 

初めて、この男が真正面から“食らった”。

 

会場の空気がざらつく。

 

ヴァイスは静かに、しかし確実に追い打ちをかける。

 

「君は、批判者ですらない。制度の外にいるのではなく、制度が一度飲み込めなかったものとして、既に中に記録されている」

 

ルルーシュは理解した。

 

まずい。

 

これはただの挑発ではない。球磨川の立ち位置を、「自由な批判者」から「すでに管理済みの異常事例」へ落とす言葉だ。もし客席がそれを信じれば、球磨川のすべての発言が“変わったサンプルの鳴き声”に矮小化される。

 

止めるべきだ。

 

だが一瞬、遅れた。

 

その一瞬の遅れの間に、球磨川はゆっくりとマイクへ手を伸ばした。

 

『へえ』

 

声は軽い。

 

軽いのに、講堂の奥までやけに澄んで届いた。

 

『つまりきみ、“僕のことを知ってるふりをしてる人たちの名前”が、どこかにちゃんと残ってるって言いたいんだ』

 

ヴァイスが初めて、ほんのわずかに目を細める。

 

『いいねえ、それ』

 

球磨川は笑った。

 

今度は、さっきまでと違う。

 

薄くない。紙でもない。ひどく自然で、ひどく嫌な笑みだ。

 

『最高に失礼だ』

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