球磨川禊VSルルーシュ   作:stein0630

7 / 11
7

録音データの波形は、必要以上に整っていた。

 

ニーナが端末を操作する指先は速い。停止、巻き戻し、増幅、ノイズ除去。画面の上で、評議会開始前の舞台袖マイクが拾った微かな音が、繰り返し引き伸ばされる。

 

『――一度でも止まった原因を特定しろ』

 

男の声。

 

ヴァイスではない。もっと低い。感情が削られた声だ。命令というより、既に決まっている手続きを確認しているだけの声。

 

続けて、ヴァイスの声が小さく返る。

 

『候補は三つ。現場判断の逸脱、学園側の事前浸透、あるいは――』

 

そこでノイズが入る。ニーナが眉を寄せる。

 

「ここ、どうしても削れない」

 

『……あるいは、説明不能な外的介入』

 

球磨川が、横で楽しそうに笑った。

 

『うわ。説明不能だって』

 

「黙っていろ」

 

ルルーシュは低く言った。

 

ニーナがこちらを見る。

 

「これ、まずい?」

 

「まずい」

 

即答だった。

 

ヴァイスは止まった理由を“担当者の気まぐれ”では済ませていない。しかも、単なる学園側の工作だけでなく、“説明不能”という分類まで用意している。

 

まだ何も掴んではいない。だが掘る姿勢がある。姿勢がある相手は、そのうち痕跡を見つける。

 

「このデータはコピーを三つ。ひとつは校外保管、ひとつは保護者代表経由、もうひとつは生徒会側で管理する。原本は改竄されたときのためにタイムスタンプを残せ」

 

「分かった」

 

ニーナが出ていく。部屋に残るのはルルーシュと球磨川だけになった。

 

夜はもう深い。学園の特別棟の一室。生徒会関連の臨時作業室として押さえた場所だ。窓の外には講堂裏の樹木が黒く沈み、遠くに警備灯だけが浮いている。

 

球磨川は、その灯りのほうを見たまま言った。

 

『で、どうするの?』

 

「何がだ」

 

『“説明不能”さんのこと』

 

ルルーシュは答えない。

 

球磨川は振り向き、薄く笑った。

 

『あれ、違った? でもさあ、生徒会長。きみ、今日の途中で一回だけ、すごく嫌な速さで物事を曲げたろ』

 

「妄想だな」

 

『そうかもね』

 

否定は軽い。だが、そこで終わらない。

 

『でも、妄想にしては綺麗すぎるんだよなあ。あの女の人、急に止まったろ。しかも“自分で止めたっぽい形”にまでなってた。うん。普通じゃない』

 

ルルーシュは、静かに球磨川を見る。

 

やはり見えているわけではない。だが、異常の輪郭は掴んでいる。そしてこいつは、その輪郭に対する執着が強い。

 

「それで?」

 

『別に。それだけ』

 

球磨川は肩をすくめた。

 

『ただ、きみがそういう“手っ取り早いこと”を、誰にでもやるタイプじゃないのは分かったってだけ』

 

「買いかぶりだ」

 

『どうだろうね』

 

球磨川は窓際から離れ、机の縁へ腰を預けた。

 

『でも、少なくとも僕にはやってないだろ?』

 

ルルーシュは沈黙した。

 

球磨川の笑みが、ほんの僅かに濃くなる。

 

『あはは』

 

「何が可笑しい」

 

『いや、ちょっと安心しただけ』

 

「何にだ」

 

『きみ、僕を雑に片づける気はないんだなって』

 

ルルーシュは否定しなかった。

 

否定しても意味がない種類の勘だ。なら、むしろ制御すべきは沈黙の形だ。

 

「仮に、だ」

 

『うん』

 

「人を手っ取り早く従わせる手段があるとして。お前のような不確定要素に対して、それを考えないほど私は甘くない」

 

『うわ。言い切った』

 

「だが」

 

ルルーシュは視線を逸らさない。

 

「お前には、使っていない」

 

球磨川が、そこでわずかに首を傾げる。

 

『へえ。意外だな』

 

「そうか?」

 

『うん。だってきみ、必要ならちゃんとズルできる側の人間だろ』

 

「だからこそだ」

 

『なにそれ』

 

ルルーシュは数秒考え、それから言葉を選んだ。

 

「お前に命令を通したところで、得られるのは“従ったお前”だけだ。だが私が知りたいのは、“なぜお前がそういう歪み方をするのか”のほうだ」

 

球磨川は静かに聞いている。

 

「お前の価値は服従性にない。反発の仕方、嘲笑の角度、どの侮辱に反応し、どの大義に噛みつくか。その揺れが読めなくなるなら、強制する意味が薄い」

 

『うわあ』

 

球磨川は楽しそうに言った。

 

『分析されてるなあ、僕』

 

「不満か?」

 

『いや、割と嬉しいよ。人ってたいてい僕のこと、もっと雑に嫌うから』

 

それから、少し間を置いて。

 

『でも、半分は建前だろ』

 

「何?」

 

球磨川は笑う。

 

『きみ、僕にそれを使わないの、“読めなくなるから”だけじゃない』

 

ルルーシュの目が細まる。

 

「どういう意味だ」

 

『簡単だよ』

 

球磨川は指先で机を小さく叩いた。

 

『僕ってさ、もし誰かに“分かったつもり”で上から決められそうになったら、すごく嫌がるだろ。きみ、それを何となく見抜いてるんだよ』

 

「何となく、だと?」

 

『うん。きみ、僕のこと分かってないだろ。でも、分からないなりに、“雑に押さえつけるとろくな反応しない”って勘づいてる』

 

ルルーシュは、そこで初めて短く息を吐いた。

 

それは当たっていた。

 

球磨川に対して、ルルーシュが一度もギアスを向けていない理由は、単に利用価値の問題だけではない。

 

もっと曖昧で、もっと本能的な拒否感がある。

 

こいつにそういう力を使えば、単に「従う・従わない」では済まない気がするのだ。

 

説明はできない。根拠も薄い。だが、球磨川と最初に会ったときからずっと、そういう種類の気味の悪さがあった。

 

言葉の通じない相手ではない。むしろ通じすぎる。

 

だが、通じた言葉の前提ごと、平然と踏み外してきそうな気配がある。

 

『ねえ、生徒会長』

 

球磨川が言う。

 

『きみ、僕にそれを使ったらさ。“はい、言うこと聞きます”で終わらないかもしれないって思ってるだろ』

 

ルルーシュは答えない。

 

球磨川は、それを肯定と受け取ったらしい。

 

『いい勘してるね』

 

「自画自賛か」

 

『いや、自虐』

 

球磨川は笑った。

 

『僕、自分に都合の悪い前提って嫌いなんだよね。とくに、誰かに勝手に決められたやつ』

 

軽い言い方だった。

 

軽いのに、ルルーシュの内側では警戒が一段深く沈む。

 

そうだ。

 

球磨川にギアスを使わなかった理由は、一つではない。

 

従わせたところで本質が読めなくなる。それもある。

 

だがもう一つ、もっと単純で、もっと厄介な理由がある。

 

こいつに“強制された”と気づかれる形で踏み込めば、何が起きるか読めない。

 

効くかもしれない。効かないかもしれない。あるいは、もっと嫌な壊れ方をするかもしれない。

 

それが分からない以上、切り札としては危険すぎる。

 

「……仮にそうだとしても」

 

ルルーシュは低く言った。

 

「だからといって、お前の好きにさせる理由にはならない」

 

『うん、もちろん』

 

球磨川は即答した。

 

『僕も、きみに好きにされたくないし』

 

その返しの速さが、妙に自然で腹が立つ。

 

『でもさ』

 

球磨川は机に腰掛けた。

 

『他の人には使えるんだよな』

 

ルルーシュは答えない。

 

『今日のあの女の人とか』

 

静かに核心へ触れる。

 

『ああいうの見ると、分かるよ。きみの“速さ”って、ただ頭が回るとか、口が上手いとか、そういうのと少し違う』

 

「少し?」

 

『うん、だいぶ』

 

球磨川は笑った。

 

『だから、今後ヴァイスがそこ掘ってくるの、結構めんどくさいね』

 

「分かっている」

 

『本当に?』

 

「何が言いたい」

 

球磨川は、そこで珍しく真面目な顔をした。

 

『きみ、切り札を秘密にしたいんだろ? でも秘密って、隠してるだけだと、“隠されてるものがある”こと自体が情報になるんだよ』

 

正しい。

 

ヴァイスはもうそこまで来ている。ギアスの正体ではなく、“通常の交渉や威圧では説明のつかない停止”があったことを問題にしている。正体が何かは分からなくても、そこに未知の要素があると知れば、あとは観察を重ねるだけだ。

 

「だから?」

 

『だから、逆に増やせばいい』

 

「は?」

 

球磨川は面白そうに指を一本立てた。

 

『説明不能を一個だけにするからバレるんだよ。二個、三個って増やして、“何が本物の異常なのか”分かんなくしちゃえばいい』

 

ルルーシュは数秒、黙った。

 

馬鹿げている。だが、思考としては筋が通っている。未知の要素一つは追跡できる。未知が複数あれば、相手は分類に困る。

 

「具体案はあるのか」

 

『あるよ』

 

球磨川は即答した。

 

『次、僕がちょっとわけ分かんないことする』

 

「それはいつもだろう」

 

『褒めるなよ』

 

「褒めていない」

 

『でも今回は、もう少しちゃんと“説明不能”にする。そうすれば、きみの変な速さと、僕の変な壊れ方が同じ袋に入るかもしれない』

 

ルルーシュの目が細まる。

 

「その袋は、私にとって都合が悪い」

 

『うん。でもヴァイスにとっても悪い』

 

球磨川は、そこで少しだけ真顔になった。

 

『あの人さ、理解できないものを嫌うんじゃないんだよ。理解できないものを、“理解不能として整理できない”状態を嫌うんだ。だから、きみ一人が異常だと、頑張ってきみを整理しに来る。でも僕まで混ざると、結構うざいだろ?』

 

その分析は鋭かった。

 

ヴァイスは異常を恐れてはいない。むしろ異常を事例化し、管理表へ落とす側の人間だ。だから厄介なのは、異常そのものではなく、異常どうしが干渉して分類不能になること。

 

『ねえ、生徒会長』

 

球磨川が言う。

 

『共犯になろうぜ』

 

「断る」

 

即答。

 

『早いなあ』

 

「お前と共犯などロクなことにならん」

 

『もう十分ロクでもないだろ、今さら』

 

ルルーシュは、その言葉にだけは反論しなかった。

 

窓の外で、警備灯が一つ消えた。交代の時間か、それとも配置変更か。

 

ヴァイスは今日引いた。だが引いたままでは終わらない。確実に次を仕込む。そのとき問題になるのは制度の是非だけではない。学園のどこに未知の介入要素があるのか、その特定だ。

 

球磨川を利用する。

 

それは危険だ。だが危険であること自体が、今は利点にもなる。

 

「……一つだけ言っておく」

 

ルルーシュは低く言った。

 

「私がお前にそれを使わない理由は、読めなくなるからだけではない」

 

『へえ』

 

「お前に使った瞬間、こちらが今批判している側と同じになる。それはまだ早い」

 

球磨川が、そこで少しだけ目を細めた。

 

『まだ、ね』

 

「揚げ足を取るな」

 

『取ってないよ。嬉しかっただけ』

 

「何がだ」

 

『きみ、自分が汚れること自体は否定しないんだなって』

 

ルルーシュは答えなかった。

 

球磨川は、それを勝手に肯定と受け取ったらしい。

 

『いいねえ』

 

ひどく機嫌よく笑う。

 

『やっぱり、きみと喧嘩するの楽しいや』

 

そのとき、扉がノックされた。

 

ミレイだ。珍しく笑っていない顔で入ってくる。

 

「二人とも、悪いけどふざけてる場合じゃないわ」

 

「何があった」

 

ミレイは一枚の紙を机に置いた。

 

保護者会名義の臨時通達。だが末尾に見慣れない追記がある。

 

――行政局より、対象生徒の安全確認のため、明朝七時に校内簡易面談を実施する。

――個別移送ではないため、保留措置には抵触しない。

 

ルルーシュの目が鋭くなる。

 

「来たか」

 

『うわあ』

 

球磨川が楽しそうに笑う。

 

『すごいね。ほんとに“より洗練された形”で来た』

 

移送はしない。だが面談を行う。個別呼び出しではない。安全確認だ。名目を変え、手続の表面だけ磨いて、本質は維持する。

 

ヴァイスの反撃は早い。

 

「場所は?」

 

「中央棟一階の相談室群。六室同時進行」

 

ミレイが答える。

 

「保護者も同席可、だって。すごく丁寧そうな顔してる」

 

「面談記録を取る気だな」

 

ルルーシュは即座に読む。

 

「今日の評議会で露出した反発度を測る。場合によっては、保護者ごと分類する」

 

『いいねえ』

 

球磨川が机から降りた。

 

『やっぱり向こう、諦めてない』

 

「当たり前だ」

 

「どうするの?」

 

ミレイが問う。

 

ルルーシュは答えかけ、そこで一瞬だけ球磨川を見た。

 

説明不能を増やせ。

 

さっきの提案が脳裏をよぎる。

 

『言っただろ』

 

球磨川がにやりと笑う。

 

『一個だけだと追いやすいんだよ、異常って』

 

ルルーシュは数秒考えた。

 

そして、静かに決める。

 

「面談は受けさせる」

 

ミレイが眉を寄せる。

 

「え?」

 

「ただし、六室全部で、同じ質問に違う答えが出るようにする」

 

『あはは』

 

球磨川が心底嬉しそうに笑った。

 

『ほら。やっぱりきみ、そういうの好きじゃないか』

 

「誤解するな。これは防御だ」

 

『うんうん、防御防御』

 

全く信じていない顔だ。

 

だがルルーシュは構わず続ける。

 

「面談官の記録を汚す。誰が何を基準に見ているかを炙り出す。そのために、回答者をこちらで配置する」

 

「待って、それって」

 

ミレイが息を呑む。

 

「囮を入れるの?」

 

「囮ではない。鏡だ」

 

ルルーシュは言い切った。

 

「向こうの質問の質を映すための」

 

球磨川が、小さく拍手した。

 

『いいね。明日の朝、ちょっと楽しくなってきた』

 

ルルーシュは、その笑みを見ながら冷静に判断する。

 

明日の面談は、制度の綺麗な顔をした再侵入だ。

 

ならこちらも、綺麗に壊すだけでは足りない。

 

見えない異常を、見える矛盾へ変える必要がある。

 

そして、そのための最悪の材料が、目の前に一人いる。

 

「球磨川」

 

『うん?』

 

「お前は三番目の部屋に入れ」

 

『へえ。指名制だ』

 

「面談官に、“お前に何が見えているつもりなのか”を喋らせてこい」

 

球磨川は、一瞬だけ目を丸くしてから、ひどく嬉しそうに笑った。

 

『了解』

 

その返事だけが、やけに素直だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。