球磨川禊VSルルーシュ   作:stein0630

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翌朝六時四十分、中央棟一階の廊下は、学校というより病院に近い静けさをしていた。

 

白い壁。白い床。白い蛍光灯。

 

その白さの中に、行政局の腕章だけが不快な色味を持って浮いている。

 

相談室は六室。廊下の左右に三つずつ。各室の前には簡易机が置かれ、受付名簿、時刻表、同席可否の確認書類。丁寧だ。丁寧すぎる。昨日の強制移送未遂から一晩で、ここまで「穏当な顔」を作ってくるあたり、ヴァイスという男の悪趣味は一周回って職人的ですらあった。

 

「本当に受けさせるのね」

 

ミレイが小声で言う。

 

「ええ」

 

ルルーシュは廊下の端から全体を見渡した。

 

「受けない選択肢を向こうが予想している以上、受けること自体がまず一手です」

 

「受けて、壊す」

 

「正確には、受けさせて、記録を信用できなくする」

 

ミレイは肩をすくめた。

 

「言い方がもう完全に生徒会じゃないのよ」

 

「生徒会である必要も、もう薄いでしょう」

 

廊下の向こうでは、保護者らしき大人が数人、落ち着かない様子で立っている。教師たちも散っているが、昨日より視線が鋭い。誰がどちら側かは、まだ綺麗には割れない。ただ、全員が「見ている」。それで十分だった。

 

ルルーシュは、壁の時計を見た。

 

六時四十三分。

 

「球磨川は?」

 

「さっきまでいたわよ」

 

ミレイが答える。

 

「でもあの子、ちゃんと三番目の部屋に行くのかしら」

 

「行くさ」

 

ルルーシュは言った。

 

「自分が一番場を濁せる場所を、あいつが見失うはずがない」

 

その言葉を聞いたようなタイミングで、廊下の曲がり角から球磨川が現れた。

 

制服の着崩し方は相変わらず適当だ。手ぶら。緊張感もない。朝の面談に来た生徒というより、寝ぼけたまま迷い込んだ幽霊みたいな歩き方だった。

 

『おはよう、生徒会長』

 

「遅い」

 

『早く来る理由がないだろ』

 

「面談で何を聞かれるか予想は?」

 

『あるよ』

 

球磨川はあっさり言った。

 

『“君は今の制度に不満があるか”“周囲の大人や学校に不信感があるか”“最近、集団行動を煽った覚えがあるか”“行政局担当者への敵意はあるか”……まあ、その辺じゃない?』

 

「随分と具体的だな」

 

『だって、昨日の空気見てれば分かるだろ。あの人たち、困ってる人間を助けたいんじゃなくて、“困ってる人間がどの方向に壊れるか”を知りたいんだよ』

 

ルルーシュは一瞬だけ視線を細めた。

 

正しい。

 

あの面談は支援ではない。分類の精度を上げるための聞き取りだ。危険なのは傷そのものではなく、傷がどこへ向かって開いているか。そのベクトルを測りに来ている。

 

「三番目だ」

 

ルルーシュは改めて言った。

 

「お前の役目は、答えることじゃない。答え方から、向こうの見たいものを逆算させることだ」

 

『うわあ、注文が多いなあ』

 

「できないのか」

 

『できるよ』

 

球磨川はにやりと笑った。

 

『でも、そういうのってさ。面接官が自分の質問を“中立”だと思ってるほど楽なんだよね』

 

「期待している」

 

『期待されるの嫌いなんだけどな』

 

口ではそう言いながら、機嫌は悪くない。

 

六時四十五分。

 

廊下の反対側から、ヴァイスが現れた。今日は軍人くさい男を連れていない。代わりに、眼鏡の細い男と、柔らかい笑顔を貼りつけた女性が一人ずつついている。心理職か、記録担当か、その両方か。

 

ヴァイスは三人を見ると、小さく会釈した。

 

「おはようございます」

 

『爽やかだなあ』

 

球磨川が言う。

 

『昨日あんなに嫌なこと言ってたのに、朝になるとちゃんと人間ぶれるんだ』

 

ヴァイスは笑った。

 

「人間ですよ、私は」

 

『へえ。じゃあ安心だ。人間なら間違える』

 

「もちろん」

 

ヴァイスは穏やかに返す。

 

「だからこそ、確認が必要なんです」

 

ルルーシュはその応酬の間に、ヴァイスの連れを観察した。眼鏡の男は記録係にしては目が動きすぎる。柔らかい笑顔の女は、逆に動かなすぎる。観察しているのはヴァイスだけではない。六室同時進行という形を取りながら、実際には廊下全体を一つの実験場として見ている。

 

「確認、か」

 

ルルーシュが言う。

 

「随分と大人数で」

 

「昨日のような誤解を避けるためです」

 

「誤解」

 

「ええ。強制と受け取られないよう、できる限り透明に」

 

『うわあ』

 

球磨川が吹き出した。

 

『“昨日のような”って言えるんだ。結構図太いなあ』

 

ヴァイスは視線だけを向ける。

 

「問題があれば、今日ここで改善します」

 

『じゃあ最初からやるなよ』

 

即答だった。

 

空気が少し張る。

 

ルルーシュは、その張りを敢えてそのままにした。

 

「開始前に確認する」

 

彼は周囲の教師、保護者、行政局担当、全員へ聞こえる声で言った。

 

「本日の面談は任意参加であり、途中退席の自由がある。記録は後日、当事者側も閲覧可能とする。異論は?」

 

ヴァイスは一拍だけ置いてから答えた。

 

「途中退席については認めます。記録閲覧は、要約版を」

 

「原文だ」

 

「現実的ではありません」

 

「なら録音を残す」

 

ヴァイスの目がわずかに細くなる。

 

「センシティブな情報が含まれる可能性がある」

 

「それを判断する権利は、聞かれる側にもある」

 

数秒。

 

やがてヴァイスは頷いた。

 

「……録音を残しましょう。ただしコピー管理は厳格に」

 

『へえ』

 

球磨川が嬉しそうに笑った。

 

『朝から一点取られてるじゃないか』

 

ヴァイスは構わず時計を見る。

 

「時間です」

 

六時五十分。

 

面談開始。

 

生徒たちと保護者が、各室へ分かれていく。教師も何人か同席する。廊下に残るのは控えの人間と、次の順番待ちだけだ。

 

球磨川は三番目の部屋の前で立ち止まった。

 

扉の横には札。

 

第三相談室 担当:行政局補助監察官 東雲/記録補佐 一名

 

『東雲かあ』

 

球磨川が小さく読む。

 

『晴れてる名前って、だいたい嫌なやつ多いんだよな』

 

「お前の偏見を一般化するな」

 

『偏見じゃなくて経験則』

 

球磨川はノックもせずに扉を開けた。

 

中から、落ち着いた男の声がした。

 

「どうぞ」

 

『どうも』

 

扉が閉まる。

 

ルルーシュは、その扉を一秒だけ見てから、廊下の全体へ視線を戻した。

 

六室同時進行。だが重要なのは三番目だけではない。一室で起きる異常を、他室との比較で意味づける必要がある。だからこそ、こちらも六室すべてに回答者を配置した。

 

第一室には、明らかに萎縮したふりが上手い生徒。第二室には、表面的に協力的だが質問の前提だけを丁寧に問い返す保護者。第三室が球磨川。第四室には、話題を意図的に逸らす教師。第五室には、行政局への信頼を過剰に口にする生徒。第六室には、何も問題はないと言い続けるが、その「問題」の定義だけを確認し続ける保護者。

 

六室すべてで、面談官に“自分は何を測ろうとしているのか”を喋らせる構成だ。

 

『やっぱり、好きじゃないか』

 

横から、いつの間にか来ていたリヴァルが言った。

 

「何がだ」

 

「こういう、嫌な仕掛け」

 

「感心しなくていい」

 

「感心じゃない。引いてる」

 

「健全だな」

 

リヴァルは苦笑した。

 

「褒めてないって」

 

十分後、最初に扉が開いたのは第一室だった。

 

出てきたのは、萎縮したふりをしていた生徒と、その母親。母親の表情は強張っている。生徒は妙に静かだ。

 

ミレイがすぐに寄る。

 

「どうだった?」

 

母親は少し迷ってから言った。

 

「学校のことより、“最近誰と話しているか”をすごく聞かれました」

 

ルルーシュの目が細まる。

 

やはりだ。

 

相談ではない。関係図の把握。誰が誰を媒介にして不信や反発を共有しているか。その線を取っている。

 

「他には」

 

「“自分から話す子か、誰かに促されて話す子か”とか……そんなことを」

 

生徒のほうが、小さく付け足した。

 

「あと、“昨日の評議会で一番印象に残った発言は何か”って」

 

ルルーシュは、その一言を記憶した。

 

誰の言葉が残ったか。つまり、誰が中心になりうるかを測っている。

 

二室、四室、五室も順に開く。

 

どの部屋も質問の角度は違うが、芯は同じだ。

 

不安の有無ではない。不安がどこへ接続されているか。怒りの有無ではない。怒りが誰の言葉で言語化されているか。

 

やはり構造把握だ。

 

そして、三番目の扉だけが、なかなか開かなかった。

 

十五分。

 

二十分。

 

二十五分。

 

ヴァイスの視線が、廊下の途中から第三室へ何度か向く。表情は崩れないが、予定時間を超えていること自体が既に異常だ。

 

『遅いわねえ』

 

ミレイが小さく言う。

 

「ええ」

 

ルルーシュは短く答えた。

 

「だが、まだ開けるな」

 

『分かってるわよ』

 

三十分を過ぎたところで、第三室の扉がようやく開いた。

 

出てきたのは、まず記録補佐の女だった。顔色が悪い。目が泳いでいる。次に、東雲と名札のついた男。こちらは無表情を保っているが、額に汗が滲んでいた。

 

最後に、球磨川。

 

ひどく上機嫌だった。

 

『いやあ、楽しかった』

 

「何をした」

 

ルルーシュが低く聞くと、球磨川は首を傾げた。

 

『別に? 普通に面談しただけだよ』

 

東雲が口を開く。

 

「この生徒は、質問に対して質問で返し続けました」

 

『だって気になるだろ?』

 

球磨川は本当に不思議そうに言う。

 

『“安心しているか”って聞かれたら、何に対してか聞きたくなるし。“最近不安はあるか”って聞かれたら、不安の定義くらい確認したくなるじゃないか』

 

東雲のこめかみがぴくりと動く。

 

「会話の成立を妨げていた」

 

『違うよ』

 

球磨川は笑う。

 

『成立しそうになるたびに、成立の前提を聞いただけだよ』

 

廊下の空気が少しざわつく。

 

ルルーシュは東雲を見る。

 

「具体的に」

 

東雲は一瞬だけヴァイスを見た。それだけで十分だ。この男は今、自分の失敗を報告している。

 

「“学校や行政に対する信頼はあるか”と聞いたところ、“信頼って、従うための感情ですか、裏切られたとき傷つくための感情ですか”と返した」

 

ミレイが吹き出しかけて、こらえた。

 

東雲は続ける。

 

「“昨日の評議会で感情が動いたか”と聞けば、“動いた感情を申告したら、次はその感情の持ち主として処理されるんですか”と」

 

『気になるだろ、そこ』

 

球磨川はけろりとしている。

 

『だって、質問ってさ。聞いた内容より、“答えた人間をどんな箱に入れたいか”のほうが透けるじゃないか』

 

東雲の沈黙が、そのまま肯定みたいになった。

 

ルルーシュは淡々と聞く。

 

「記録は取ったか」

 

「……要点は」

 

『あ、それ無理だよ』

 

球磨川が楽しそうに口を挟む。

 

『だって東雲さん、途中から僕の返事じゃなくて、自分の質問のほうばっかり説明してたし』

 

東雲の顔が明確に険しくなる。

 

『“この質問は誘導ではなく確認です”“仮定の敵意ではなく関係性把握です”“分類ではなく支援可能性の測定です”って、すごく丁寧に教えてくれたよ』

 

廊下の数人が息を呑む。

 

それは大きい。

 

向こうの質問が、支援ではなく関係把握と分類可能性の測定だと、自分の口で説明したことになる。

 

「録音は?」

 

ルルーシュが即座に問う。

 

記録補佐の女が、ぎこちなく答えた。

 

「……あります」

 

「保存しろ」

 

ヴァイスがそこで初めて前に出た。

 

「そこまでにしてください」

 

声は穏やかだ。だが、一歩遅かった。

 

『うわあ』

 

球磨川が笑う。

 

『“そこまで”って便利だね。相手が喋りすぎたときだけ使えて』

 

ヴァイスは球磨川を見た。

 

「君は、最初から面談を壊すつもりだった」

 

『うん』

 

即答。

 

「認めるのか」

 

『だって隠す必要ないだろ。きみたちも最初から、面談で人を測るつもりだったんだから』

 

「測ること自体は、支援に必要だ」

 

『へえ。じゃあ聞くけどさ』

 

球磨川は一歩だけヴァイスへ近づいた。

 

『今朝の六室で、“支援につなげるための質問”と“危険性を見分けるための質問”って、どっちが多かった?』

 

ヴァイスは答えない。

 

答えない沈黙が、今日はもう何度目かの材料になっている。

 

ルルーシュは、その沈黙へ被せた。

 

「面談はここで打ち切る」

 

東雲が反射的に言い返す。

 

「権限が」

 

「あるとは言っていない」

 

ルルーシュは冷たく返した。

 

「だが、録音が残った以上、少なくともこの形式はもう中立ではない。続けるなら、同一質問票と事前開示、それに録音原本の当事者共有が条件だ」

 

ヴァイスが、そこで静かに息を吐いた。

 

ほんのわずかだが、疲労が混じる。

 

「……君たちは、何でも公開すれば中立になると思っている」

 

「違うな」

 

ルルーシュは言った。

 

「何も見えないまま中立を名乗るほうが、よほど危険だ」

 

ヴァイスは、その返しを聞いて、少しだけ目を細めた。

 

昨日の評議会で見た冷たさとは別の、もっと測る目だ。球磨川ではなく、今はルルーシュを測っている。

 

「面談は一時中止にしましょう」

 

ついにそう言った。

 

廊下が少しだけざわめく。

 

ミレイが小さく「二本目」と呟いた。

 

ヴァイスは続ける。

 

「ただし、記録は行政局側でも精査する。録音についても、複製範囲を協議させていただく」

 

『うわ。まだ取る気だ』

 

球磨川が嬉しそうに言う。

 

『偉いなあ。全然懲りてない』

 

ヴァイスは構わず、第三室の東雲へ向き直る。

 

「ご苦労でした」

 

その一言だけで、ルルーシュには分かった。切り捨てる気ではない。むしろ、失敗も含めてデータとして回収するつもりだ。

 

徹底している。

 

そして、その徹底の仕方は、やはり球磨川の言う通り“人間を整理する側”のものだった。

 

『ねえ、生徒会長』

 

球磨川が横から囁く。

 

『今の人たち、ほんとに面白いよね』

 

「どこがだ」

 

『だって、失敗してもその失敗ごと次の材料にするんだぜ? 普通、恥ずかしがるだろ』

 

「恥を制度化している連中だ。今さらだな」

 

『あはは。ひどい言い方』

 

そのとき、東雲が不意に球磨川へ言った。

 

「一つだけ、確認したい」

 

球磨川が振り向く。

 

『なに?』

 

「君は途中で、“答えた内容より、答えさせるための前提を知りたい”と言った」

 

『言ったね』

 

「それは、誰に対してもそうなのか」

 

妙な質問だった。

 

ルルーシュの感覚がわずかに反応する。質問としては不自然だ。面談の失敗を受けて出てくる台詞ではない。もっと個人的な、あるいは観察者としての興味が混じっている。

 

球磨川は笑った。

 

『さあ』

 

「自分に向けられるものでも?」

 

球磨川の笑みが、ほんの少しだけ薄くなる。

 

本当に、ほんの少しだけだ。

 

だがルルーシュは見逃さない。

 

東雲は続ける。

 

「君は他人の質問には敏い。だが、自分に向けられた定義や前提には、どこまで耐えられる?」

 

ミレイが眉をひそめる。

 

「ちょっと、何その聞き方」

 

東雲は答えない。ただ球磨川を見ている。

 

ヴァイスも止めない。

 

つまりこれは、止める価値のない逸脱ではなく、むしろ見ておきたい反応だ。

 

球磨川は数秒黙り、それから笑った。

 

『ひどいこと聞くなあ』

 

「答えられないか?」

 

『答えられないっていうか』

 

球磨川は、ひどく自然に肩をすくめた。

 

『答えたら、その答えを前提にまた次の箱作るだろ? だから嫌なんだよ』

 

東雲は微かに息を飲んだ。

 

その一瞬を、ルルーシュは拾う。

 

今の質問は、球磨川個人の耐性を測るためだけじゃない。もっと別の――球磨川が“自分へ向けられた前提”をどれだけ嫌うか、その輪郭を取るための探りだ。

 

ヴァイスの差し金かもしれない。あるいは東雲個人が面白がったか。

 

どちらでもいい。重要なのは、向こうが球磨川の“壊れ方”にも興味を持ち始めていることだ。

 

まずい。

 

球磨川を混ぜて説明不能を増やす案は、確かに有効だ。だが、増えた異常は向こうにとっても観察対象になる。

 

そして、観察される異常は、いずれ整理される。

 

「もう十分だ」

 

ルルーシュが割って入る。

 

「面談は中止した。追加の私的質問も認めない」

 

東雲が何か言いかけたが、ヴァイスが手で制した。

 

「本日はこれまでにしましょう」

 

そのまま、行政局側は引き始める。

 

だが完全撤収ではない。記録と視線だけを残して、次へ繋げる引き方だ。

 

球磨川が、その背中へ軽く手を振る。

 

『またねー』

 

東雲は振り返らない。

 

ヴァイスだけが、一度だけこちらへ目を向けた。

 

「君たちは、壊すのがうまい」

 

誰に向けた言葉か、わざと曖昧だった。

 

ルルーシュにも。球磨川にも。あるいは両方に。

 

『褒められた』

 

球磨川が嬉しそうに言う。

 

「褒めていない」

 

「でも、向こうはもう“二つ”として見始めてるわね」

 

ミレイが低く言った。

 

ルルーシュは答えなかった。

 

それが問題だった。

 

昨日の時点では、“説明不能”は一つだった。今日、球磨川が東雲を壊したことで、未知は二つになった。だが、その二つが同じ袋に入った瞬間、今度は“学園側には異常な介入要素が複数ある”という形で整理される危険もある。

 

増やせばいい、という話ではない。

 

増やし方が問題だ。

 

『難しい顔してるなあ』

 

球磨川が横から言う。

 

「当たり前だ」

 

『でも、今のは結構うまくいっただろ』

 

「うまくいきすぎた」

 

『へえ』

 

球磨川は面白そうに首を傾げた。

 

『失敗より成功のほうが困るのか。贅沢だね』

 

「成功の仕方が悪い」

 

ルルーシュは冷静に言った。

 

「お前は東雲を壊した。だが壊し方が鮮やかすぎた。向こうに“お前の観察価値”を教えただけでもある」

 

球磨川は数秒黙ってから、くすっと笑った。

 

『ああ、そっちか』

 

「気づいていたか」

 

『半分くらいは』

 

「なら少しは手加減しろ」

 

『嫌だよ』

 

即答だった。

 

『だって、手加減したらつまらないだろ』

 

「お前の娯楽でこちらの盤面を濁すな」

 

『でもさあ、生徒会長』

 

球磨川は、さっき東雲にされたのと少し似た角度で、今度はルルーシュへ問いを向けた。

 

『きみ、本当に僕を“利用してるだけ”か?』

 

ルルーシュの目が細くなる。

 

「何が言いたい」

 

『いや』

 

球磨川は笑う。

 

『向こうに僕の観察価値を教えたくない、って言い方がさ。ちょっとだけ、“取られたくないもの”みたいに聞こえたから』

 

ミレイが横で「うわ」と呟いた。

 

最悪の切り返しだった。

 

しかも半分は当たっている。

 

球磨川は危険だ。盤面を濁す。読みにくい。だが、だからこそ、他人に勝手な形で整理されたくないという感覚が、ルルーシュの中にないわけではない。

 

使える駒だからではない。

 

もっと、鬱陶しい理由で。

 

「自意識過剰だな」

 

「外れてる?」

 

球磨川が聞く。

 

「半分は」

 

『へえ。半分当たりか』

 

嬉しそうだった。

 

腹立たしいほどに。

 

そのとき、保護者の一人がこちらへ近づいてきた。昨日、最前列で質問したあの女性だ。

 

「会長」

 

「何でしょう」

 

「面談、途中から意味が変わっていました」

 

「分かっています」

 

「いいえ、そうじゃなくて」

 

彼女は少しだけ困った顔をした。

 

「途中から、あの三番目の部屋だけ、“うちの子たちをどう見るか”じゃなくて、“あの子をどう見るか”に変わっていた」

 

球磨川が嬉しそうに笑う。

 

『人気者だなあ、僕』

 

女性はちらりと球磨川を見る。

 

「冗談で済むならいいけどね」

 

その言い方は優しくない。だが嫌悪だけでもない。心配とも違う。観察した結果の、厄介なものへの現実的な距離感だ。

 

ルルーシュは静かに頷いた。

 

「ありがとうございます。重要な指摘です」

 

女性は去っていく。

 

その背中を見送りながら、ルルーシュは理解する。

 

そうだ。

 

今日の面談で向こうが得たのは、学園側の反発の種類だけではない。球磨川という個体への追加関心だ。

 

つまり、盤面は二重になった。

 

制度との戦い。

 

そして、制度に観察され始めた“こちらの異常”をどう扱うかの戦い。

 

『ねえ、生徒会長』

 

球磨川が言う。

 

「何だ」

 

『僕、そろそろちょっと楽しくなってきたんだけど』

 

「知っている」

 

『きみは?』

 

ルルーシュは、廊下の先を見た。

 

ヴァイスたちはもう見えない。だが、見えないから消えたわけではない。むしろ今は、見えない場所で最もよく働くはずだ。

 

「……最悪だ」

 

そう答えると、球磨川は心底嬉しそうに笑った。

 

『最高じゃないか』

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