私の知ってる超かぐや姫!がなんかおかしいんだけど質問ある?   作:天空ラスク

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流石に前回はお茶濁し回になってしまったのでもう一本投稿します。

あと、あとがきにIFルート載せました。曇らせ注意。


推しに地雷を踏まれたけど質問ある?

 誰もいないはずの彩葉家の狭い流し台、そこから水音と音楽が鳴り続けていた。

 

もう泣かないで──きっとまた──会えるからそっと──君が笑った──

 

 カチャカチャと食器が独りでに浮かび上がり、これまた浮かび上がったスポンジに体を洗われか細い滝を全身に浴び泡を流す。

 

目が──覚めてしまって──いつも通り──支度してすぐに出かけよう──

 

 窓際に立てかけられたスマートフォンが月見ヤチヨのとあるボーカロイド曲のカバーMVを流し続けている中、音楽のリズムに乗るように浮かぶ食器が水切り台に置かれていく。

 ポルターガイストもかくやな怪現象をカメラはしっかりと収めていた。

 

 ・この状況彩葉から見たらどう見えるんだろうな

 

 ・どう見ても怪現象です。ありがとうございます

 

 ・ただダル着の月見ヤチヨ()が月見ヤチヨの曲聴きながら食器洗ってるだけなのにな

 

 一足先に帰路に着いた海琴は先回りして彩葉家に到着していた。

 

 早速なんか呑も〜っと思い立ったが、玄関の扉を開けてすぐ左に大量の料理が目に飛び込んできた。

 

 この後あの二人はこれらを食べるのだろう、どれもこれも美味しそうな香りがして思わず頬が笑顔の形に緩んだ。

 

「せっかくだから温めといてあげちゃおっか〜」

 

 手にしたのは結露を纏った瓶ビール。例え後でこっそりつまみ食いするとしても、この美味しそうな匂いを嗅ぎながら呑まないという選択肢を海琴は取れなかった。

 

 鼻歌を弾ませながら厨房に立つ。時折瓶を傾けながらの作業はアルコールが回りながらも意外とすんなり終わった。

 

 問題はその後だった。食器に料理を盛り付け本格的な晩酌を始めようとした時、ふと視界にそれを入れてしまったのだ。

 流し台にそびえ立つ大量の洗い物マウンテンを。

 

「これ後で彩葉が洗うことになるのかな〜……いや、先にやっちゃおう!」

 

 というわけである。かぐやが調理中の時は夜中に片付けようと彼女は考えていたが、実物を見ると想像を遥かに超える量の食器と調理器具が山になっていた。

 

 お疲れぐでぐで彩葉にコレを片付けさせるのは一ファンとして良くない! とスポンジを手に取り作業用BGMとしてダウンロードしておいた現実世界のMVを流しながらノリノリで作業しているのである。

 

「彩葉! ちょっと先に行かせて!」

 

「痛っ、ちょ、なに!?」

 

ピカッピカッピカッ──星空の下、チカッチカッ──届くかな──

 

 山のようにあった洗い物も気がつけば半分程にまで減っていた。この調子で進めれば彩葉達が帰ってくる前に終わるだろう。

 

「ウオァ!? なんか食器浮いてんだけど!?」

 

「えっ」

 

 大きな声に気を取られると、いつの間にか隣にカフェで見た少女が驚きを隠さずコチラを見つめていた。

 

 あれ、帰るの早くない?

 海琴は泡だらけの手を素早く流水で洗い流した。今のメモリは3、姿は見えずバレることは無い。しかし手に着いた泡は別だ。泡が浮いていたらそこに何かがあるとばれてしまうから。

 

 さっと手を拭き水気を取ると飛ぶように部屋の隅へ移動した。

 

「アレェ? 配膳終わってんじゃん。洗い物も半分終わってるし、何でぇ?」

 

 移動した瞬間に少女、かぐやが先程まで海琴がいた位置に飛びつくように走ってきた。

 

 かぐやは珍しいものを見たと今は何の変哲もない流し台をしげしげと観察しだす。キラキラな目と小さく開けられた口からは『お〜、すっげー。なんだったんだ今のー』と興奮が漏れている。

 

今もずっと待ってるよ──君の電子信号を──

 

「んあ、なんだこれ?」

 

 キョロキョロと忙しなく動いていた目が一箇所に留まる。その目は窓際に立てかけられたスマホを捉えていた。

 

「あ〜、これすっごくマズイかも〜?」

 

 額に汗を浮かばせ海琴は焦っていた。今流れているMVは現実世界、三次元の曲だ。ただ聞いて見てではなにも違和感は無いだろうが、作曲者は月見ヤチヨではないし歌っている人物の表記もヤチヨを演じる声優のものだ。

 それはこの世界の人物である二人の目には異質なものに映るだろう。

 

「全くなんなの? 無理やり人を退かしといて」

 

「彩葉! ここなんか居るよ! もしかしてお化けが居るのってホントだったりする?」

 

「馬鹿にしてる?」

 

 そうこうしているうちに機嫌が悪そうな彩葉が入ってきてしまった。彼女の生き霊発言を一度聞いたのだろうかぐやのワクワクした態度と失礼な言葉に頬が引きつっている。

 

フカッフカッの雲──浮いて沈んで──プカップカップカッ──漂って──

 

 早く二人が取る前にスマートフォンを回収しなければ。海琴はそそくさと二人に近づいた。姿が見えないとはいえスマートフォンを回収するためにはメモリを3にする必要がある、つまり物に触れると動かしてしまい音が鳴る。だからゆっくりと近付く必要があった。

 

「そうそう、見てあれ! お化けが準備してくれたの!」

 

 ちゃぶ台の上を指さしたかぐやの指先を彩葉が見つめるとそこにはこの貧乏アパートが招いたこともないような豪華な料理の数々が!

 確実に美味だと分からせてくる匂いが鼻を通して脳を活性化させる。

 あれ作る食材買うお金どうしたんだろう、と思い浮かばせるほどに。

 

「おおー、お、お……。アンタ、もしかしてこれ全部私のクレジットで買った?」

 

「あしながおねえさんから貰った!」

 

「誰ぇ!? え、待ってほんとに誰!? アンタまさか人のお金盗んでないよね!?」

 

 恐る恐る尋ねた疑問にその宇宙人は全く聞いたこともない人? から貰ったと元気に言い放った。先程カフェを出てから彼女は銀行のハッキングなら出来ると言っていたことを思い出し彩葉は恐怖した。

 

 そういえばスマコンを買ったと言っていた時も同じ人物の名前を言っていたな、とも。

 

どこまでも行ける──そんな気がしたよ──

 

「あとさー、あれ彩葉のスマホ?」

 

「え、違うけど……なんであんな所に?」

 

 彼女が見ず知らずの人にどうやって謝罪すれば良いか顔を青と白の反復横跳びさせていると、かぐやは窓際に立てかけられたスマートフォンに注目を向けさせた。

 

「ダメダメダメダメ、料理に集中してて〜!」

 

 ・ああもうバレる!

 

 ・なんでさっさと回収しなかったんだよ!

 

 ・あ、取られた……

 

 海琴と視聴者の懇願も虚しくスマホはかぐやと彩葉の手に渡ってしまった。片方は顔を疑問に染め、もう片方は未知への期待に瞳を輝かせていた。

 

「ヤチヨの歌だ……やっぱり何回聴いても良いな」

 

 彩葉はかぐやが持ったスマホから流れる音楽に耳をすませ何度も聴いた曲に気持ちが盛り上がっていくのを感じた。

 

「この曲作ったのAqu〇raって人なんだー! 良いなー、かぐやも作って欲しいな〜」

 

「は? これはヤチヨの曲なんですけど?」

 

 だからこそ、スマホを弄りながら呟かれた言葉に悪意がないと知りながらも思わず漏れ出た怒気を声に乗せ送り出した。

 

 その言葉が今まさに目の前に迫る透明人間の地雷であることも知らずに。

 

 見えない手が彩葉の肩を掴む。文句を言いたくなる気持ちを推しを思う気持ちで殴りつけ、メモリも切り替えずただ掴むだけに留めた。

 

 海琴は音楽を生業としている関係上、よくネットで言われる『それ知ってる! 〇〇の曲でしょ?』に対して沸点が低かった。もしも相手が推しでなく、かつ現実世界であれば友人か大切な人に止めてもらわなければイノシシのように突っ込んで行っただろう程に。

 

 ・落ち着け

 

 ・酒カスやめろよ?頬を指でツンツンするくらいで抑えろよ?

 

 ・酒カスが酒クズになるところは見たくねえな

 

 ・プンプンヤッチョ可愛いけど目がちょっとマジなのが……ね

 

 ・《¥20000・username・フランスの鈍器》そんな顔しないで!リラックスリラックス〜_( _´ω`)_

 

 ・美味しいお酒呑んで気分上げな!

 

 ・《¥300・username・さくらもちもち》美味しいご飯も!

 

 だが、今は視聴者のみんながいる。

 月見ヤチヨは大事な人に対して暴力という形で絶対に怒りをぶつけないだろう。なら、それを真似る自身もそうあるべきだ。

 あのアニメのキラキラなライブを観て自分も目を焼かれた一人だからこそ、あの輝きを汚すわけにはいかない。

 

「ヤ、ヤチヨさん……?」

 

 彩葉が不安げに困惑している。それもそうだ。自分から触れたことなんていつぞやの子守唄の時しか無かったから。彼女の手がゆったりと肩に伸ばされる。そこに置いてある自分の手と触れ合うことはない、なのに、何故か温かさのようなものを感じた。彩葉の優しさが今の自分には痛かった。

 手の震えが段々静まっていくのを感じる。推しを困らせる訳には行かない、人としても、配信者としても、彼女の推しの生き霊(こればっかりはよく分かってない)としても。

 

 謝罪にもならないが労わるように肩を撫で、そっと手を離した。

 

「あっ……」

 

「どしたの? 変な虫でもいた?」

 

「違う、けど」

 

「そんならさー、このヤチヨの声の人──」

 

「かぐや、それちょっと貸して」

 

「──え、うーん……わかった!」

 

 彩葉がスマホを受け取る。華奢な手によってスリープモードにされ画面が暗転したソレがちゃぶ台の空いたスペースに静かに置かれた。

 

 もしかして気づかれたかな。呟きが静かに配信に載る。

 

「え! ソレ見ないんならもっかい貸して!」

 

「ダーメ。ご飯冷めちゃうよ」

 

「ヤダー! 温かいうちに食べて! あーん!」

 

「ちょ、モガっ!?」

 

「どうどう? 美味しーい?」

 

「何よこれ……美味いじゃないのよ……久しぶりの温かい手料理に心が安らいでいくじゃないのよ……」

 

 強引に突っ込まれたポタージュのあまりの美味さに彩葉のスカートに数滴の雨が降った。確か小説版だと味覚がぼんやりしている、みたいな描写があったはず。最近は惣菜をちゃんと食べて栄養を取ってるから味覚も少しはハッキリしてきたのではないか。

 

 してるといいな、と呟きが漏れた。

 

 そこに突撃してきた美味は劇薬のように食の喜びを全身に駆け巡らせてみせたのだろう。

 

 ちらとスマホが置いてあった位置に彩葉の視線が向けられるもそこには何も置かれていなかった。

 既に海琴の手の中に収まり自室へ送られたからだ。

 

 やっぱり、気付いちゃったんだね。そう独りごちる。

 

 この声も聞こえていないはず。直接会って謝罪の言葉を言うのは簡単だ。そうするとかぐやの前に姿を表さないといけない。将来ヤチヨになる彼女に余計な情報を入れる訳にはいかないのだ。

 何故なら、

 

「ヤチヨはヤチヨであって、私は部外者だからね〜」

 

 そう、ずっと一緒に居たから家族になれたような距離感だった。早く戻さないと原作の流れが壊れてしまう。

 

「……ダメダメ〜♪ ヤッチョはこんな暗いこと考えない! よーし、一番少雛海琴! いっきま〜す☆」

 

 シュタタと部屋の隅へ駆け寄り置いてた缶ビールを一気に流し込む。

 朝飲んだ物よりも遥かに弱い熱が急速に流し込まれていく。突然高まったアルコールで少しクラっとしたが脳が茹だるような高揚感が湧き上がってきた。再び復活! すぅぱぁ配信者海琴ちゃん!

 ただ酒カスに戻っただけでは?

 

「どやー! 天才料理人かぐやちゃんと呼んでくれてもいいんだぜ〜?」

 

「……これで良かったのかな」

 

「むー、またなんか浮かない顔してる! そんなにお化けが気になるんなら彩葉の分も食べちゃうからね!」

 

「食べないとは言ってないでしょう!? ちょ、ポタージュを一気飲みするなマナー違反!」

 

「お母さんから教わってないもーん♪」

 

「こ、このヤンチャ娘が〜……!」

 

 二人の少女の食卓がワイワイと盛り上がる。騒がしくも二人の顔には笑みが浮かんでいる。

 

 ・彩葉楽しそうだな

 

 ・二人とも、な

 

 ・《¥10000・username・野菜伝説》カワイイ女の子に貢ぎ尽くすだけだァ!

 

 ・姿も見えませんし主さんも混ざりませんか?

 

「いやいやー、私は遠慮しとくよ。仲睦まじい若人の百合に挟まるのは戦争の始まりだからね〜♪」

 

 自分はこの光景をカメラに収められればそれでいい。カメラを二人に向けると、冷蔵庫の影に隠れながら二本目の酒を含んだ。この苦味にももう慣れちゃったな。

 

 コトン、と小さな音が下の方から鳴った。見てみると食卓が盛り上がるさなか彩葉の隣の床に小皿とフォーク、スプーンが置かれていた。

 

 チラ、と彩葉の目がコチラを向き『大丈夫ですよ』と微笑んだように見えた。

 

「え、でも、私は彩葉に……」

 

 ・酒カス!お前も混ざるんだよ!

 

 ・スパダリ彩葉様……

 

 ・超彩葉姫ええええええ

 

 ・彩葉が許してんだ!行け!

 

 泥棒のように近づき、震える手で小皿を持ち上げた。半分に切り分けられたハンバーグに彩とりどりなサラダと澄んだ黄色のポタージュ。どれもかぐやの真心がこもった手料理だ。

 

 手に持った皿がかぐやに見つからないよう急ぎ冷蔵庫の元へ戻った。

 心臓がクラップ音のように騒がしく跳ねている。カメラに自分が映るよう角度と画角を弄る。

 準備は整った。いざ、夢に見たあの食事を。

 

 緊張で震えるスプーンでポタージュを掬い、割れ物のように優しく口に運んだ。

 

 トウモロコシのトロリとした甘さが口の中に広がっていく。丁寧に裏ごしされた事でザラつきなく喉を流れていく。

 心のこもった温かさが腹にたまる熱を感じた。

「……このポタージュ、ちょ〜っとお酒のおツマミにするにはしょっぱいかな〜」

 

 一口、もう一口と進めていくとあっという間に無くなってしまった。空になった皿に透明な雫が数滴落ちた。

 

 ハンバーグも、サラダも、熱燗では得られなかった熱を身体中に届けて幸せに満たされていく。

 

「───────ッ」

 

 衝動に身を任せるように海琴は立ち上がり……。

 

 

 

 

 

 

 室温よりは少し冷えた床板に寝転がりながら彩葉は思い馳せていた。

 

「さっきのはなんだったんだろう……」

 

 思い返すのは食前に見た謎のスマホとヤチヨのMV、そして不可視の存在からの接触。

 MVはヤチヨのデビュー初期から追っている自分も見たことが無いものだった。作曲家も知らない名前だったし動画もヤチヨなら一枚絵ではなく自らツクヨミで撮影するだろう。それはそれとしてあの一枚絵どこかに売ってませんか。

 

 カタカタとキーボードを打ち込む音が鳴り続ける。目線を向けるとかぐやが鼻歌混じりに何か作業していた。よく分からないコードが縦横無尽に画面に張り巡らされている。

 すわサイバー犯罪かとも思ったけど楽しそうに揺れる様子を見たのと幸せな満腹感がお腹に溜まって背中が床から離れてくれない。

 

 ため息が一つ、天井向かって飛んでいく。

 

 スマホが消えたことからアレは間違いなくヤチヨの生き霊のものだ。いや、そもそも生き霊が何故スマホを所持しているのか? 動画を再生しながら食器を洗うなんてまるで生きた人間のようだ。でもそうなると突然消えたり物が浮いたりする理由が分からない。

 

 なのであのヤチヨは生き霊的な何かと仮定しておく。いつも惣菜をくれるし育児用品まで揃えてもらったんだから悪い人……霊? ではないだろうし。

 

「待って? てことはあしながおねえさんももしかしてもしかするの!?」

 

「うわぁ!? なになにどったの!?」

 

「あ、ごめん。なんでもないから」

 

「そ? 良かった〜、彩葉が急に叫ぶからまたお化けさん出たかと思ったよー」

 

「お化けさん、か……」

 

 本当にお化けだったら、あの手の温もりは気の所為ということになるのだろうか。

 

 MVの作曲家について言及した時、突然肩を掴まれた時のことを思い出す。その手は何かを耐えているように震えていた。何か言いようのない不安をその手の感触に抱いた私は大体の手の位置に添えるように自分の手を浮かせた。すると震えは収まっていきそのまま肩を撫でられ、ふ、と手の感触が消えた。

 

 あの事に関しては未だに分かってない。だって、ロンリーユニバースはヤチヨの作った曲だ。作曲家はヤチヨだし、歌っているのも編集したのもヤチヨだ。でもあのMVはどの動画投稿サイトにも投稿されていない。

 

 うん、全く分からない。やめやめ。悩んだって仕方ないから次に行きましょう。

 

 手が離れた後のことだ。私はかぐやの目を盗んで料理を小皿に取り分け床に置いた。あくまで予想だけどあの手の震えは強い感情を無理矢理押さえ込んだことで生じたものだ。私も昔兄にゲームで十七連敗した時にドヤる兄の顔を見て震えたから分かる。

 

 だから美味しい料理を食べればどうにか怒りを収めてくれやしないか、と生き霊の分も用意した。ふわふわと飛んでいく食器が冷蔵庫横の狭い空間に向かっていくのを見て安堵したのを覚えている。

 

 問題はここからだ。食事を終え食器を片付けようとした時のこと。

 

 突然お腹に何かが触れた。ちょうど手のひら二枚分を互い違いに並べたくらいの部位に少し冷たい人肌の感触があった。

 立ち上がろうにも今立ち上がればその手が離れてしまいそうで困っていたらかぐやが食器を持って行ってくれた。その手は三十秒程そのまま触れるとまた離れていった。

 

「アレで正解だったのか……ん〜」

 

「出来たぁ! 見て見て!」

 

「おー、おめでと。……何が出来たので?」

 

 ズイッと突きつけられたのは卵形のゲーム機だ。その液晶画面には見たことない柴犬型のキャラクターがいた。このゲームこんなの実装されてたっけ?

 

「携帯ゲームキット買ったんだ! これで何時でも“犬DOGE(イヌドージ)”と一緒に居られるね!」

 

 まさかずっとこのキャラクターをプログラミングしてたのか。凄いなコイツ、銀行をハッキングできるとか言ってたのも案外嘘じゃないのかも。

 

 喜ばしいと揺れる彼女を見つめていると午後八時三十分のタイマーが鳴った。

 

 あ、やらかした。この時間までに予習したかったのに。でももう行かないと。

 

「なになに、またかぐや置いていくの!」

 

 何か感じ取ったのかかぐやが勢いよく飛びついてきた。お前は犬か。

 

「行かないよ。ちょっとツクヨミに行くだけだよ」

 

「やっぱ行くんじゃん! ヤダー! かぐやも連れてってよ〜!」

 

「アンタスマコン持って無い……ん?」

 

 かぐやは私を逃さんと抱きつき捕らえにかかっている。その手は背中に回され手のひらが二枚、互い違いに並べられた位置に触れた。

 

「そっか、あの手は……」

 

「かぐやをこんな冴えない映えないつまらない部屋に置いてかないで〜」

 

「悪かったねこんな部屋で。ほら、行くんでしょ?」

 

「ッ! うん、一緒に!」

 

 かぐやにスマコンのケースを握らせ椅子に座らせる。握られた手からじんわりと熱が伝わってきて暖かかった。

 このスマコンのお礼も言わないと。あと惣菜と育児用品と食材と子守唄と悩み相談と生まれてきてくれてありがとうの感謝と……。

 

 スマコンを装着して、行くよ、と声をかけると元気な返事が帰ってきた。

 

「「「せーのっ」」」

 

 息を合わせて瞳を閉じる。直前でかぐやの手とあの透明な手を思い出したが、疑問にひとまずの回答を出して置こう。

 かぐやは正面から私にしがみつき背中に手が触れた。ならあの手は後ろから私を抱きしめていたんだ、と。

 

 まあ、なんで抱きしめてきたのかは今日の握手会の時に本人に聞けたら聞いてみよう。

 

 ん? 私もしかして推しに抱きしめられたの? ……ウン、カンガエナイヨウニシヨウ。

 

 ……ところで今三人分の声しなかった?




幻燈河貴さん、にゃはっふーさん誤字報告ありがとうございます!


楽曲コード

246-6239-9 ロンリーユニバース



オマケ
酒カスが抑えきれなかった場合


 彩葉はかぐやが持ったスマホから流れる音楽に耳をすませ何度も聴いた曲に気持ちが盛り上がっていくのを感じた。

「おー、この曲作ったのAqu〇raって人なんだー!良いなー、かぐやも作って欲しいな〜」

「は? これはヤチヨの曲なんですけど?」

 だからこそ、スマホを弄りながら呟かれた言葉に悪意がないと知りながらも思わず漏れ出た怒気を声に乗せ送り出した。

 その言葉が今まさに目の前に迫る透明人間の地雷であることも知らずに。

「違うよ? 彩葉でも言っていいことと悪いことがあるよ?」

 思わず手が彩葉の肩を掴む。文句を言いたくなる気持ちを推しを思う気持ちで殴りつけ、メモリも切り替えずただ掴むだけに留めた。

 海琴は音楽を生業としている関係上、よくネットで言われる『それ知ってる! 〇〇の曲でしょ?』に対して沸点が低かった。もしも相手が推しでなく、かつ現実世界であれば友人か大切な人に止めてもらわなければイノシシのように突っ込んで行っただろう程に。
 それほどまでに音楽に対して譲れないものがあった。
 いつもであれば同居人によって窘められて怒りを沈静化させる所、なのに同居人は今は隣にいない。

 故に、その事故は起こった。

「痛っ、え、何!?」

 海琴は音楽を愛している。だがその愛が別の愛を痛めつけてしまった。

 決して推しを傷つけたい訳では無かった。しかし爪を立てずともその手には強い力が込められてしまっていた。突然肩に走った痛みに顔を僅かに歪める彩葉を見て咄嗟に手を離し後ずさる。

「あ、ああ、ちが、違うの。これは……」

 目の前が真っ暗になりそうだった。かぐやが突如発せられた彩葉の声に反応し、あらぬ方向にスマホを放り投げ駆け寄った。心配を全身で表現する彼女と困惑する推しの姿、それは海琴の心を傷つけるのに十分だった。

 ・何やった酒カス!?

 ・お前まさか手を出したのか

 ・何かやなことあった?

 ・流石に美少女に手を出すのはどうなん?

 ・ヤチヨはそんなことしないぞ

 ・落ち着け、深呼吸するんだ

 流れるコメントも早すぎて読めなかった。言うことを聞かない震える手を動かし現実世界に帰った。

 カメラをちゃぶ台に置き対面に座る。きっと配信画面には罪人のような顔の自分が映っているんだろうな、一人自嘲気味に笑う。

「ごめんね〜、今日の配信はここまで! もうおねむの時間だからみんなもゆっくり休んでね〜。それじゃ、さらばーい!」

 いつものように笑顔で手を振ると、コメントを読まずにカメラに手を伸ばし配信を止めた。いつもなら配信がちゃんと止まっているかスマホを見て確認するが、スマホは向こうに置いたままな上に今日はそんな余裕は無かった。

 部屋の片隅に設置された小さな冷蔵庫に駆け寄る。扉を壊さんとばかりに勢いよく開けると様々なお酒とおツマミが目に飛び込んでくる。

 迷わず一番下の棚に手を伸ばす。手前に整理され綺麗に並べられた缶を乱雑に退かすと一番奥の箱を引きずり出した。

 有名な飲料会社の名前がプリントされたダンボールを開くと半分の数まで減った赤い缶が見えた。

 これが美琴の原点。高校生の時に二人で楽しんだ思い出のコーラ、それと同じ会社が作ったコーラサワー。大人になってから幸せな夢を見せてくれた優しい毒であり、今の視聴者から酒カスなどと言われるようになった元凶。

 カシュッ、とプルタブを開くと甘いカラメルの香りが漂う。一口目が一番炭酸が強くて口の中で弾けるような強炭酸が暴れ回る。強烈極まりないコーラの味を無理やり飲み込むと弱いアルコールがヒリヒリと喉を撫でていく。この味だけはあの頃と変わりなかった。

 高校生の時から日常の片隅にずっとあった思い出の味だ。

 薄暗い部屋に一人の配信者が横たわる。瞳を閉じたその顔は目元に涙の跡を残し微笑んでいた。

 きっと、幸せな夢を見ているのだろう。どこまでも沈んでいく深海のような夢を。

 その数日後、配信者は再び活動を再開した。しかし向こうの世界に行っても以前のように振る舞うことはなく、ただのカメラマンのように彩葉とかぐやの二人を写し続けた。

「かぐやさーん、またコーラ飲んだでしょ」

「今日はまだ飲んでないよ?」

「じゃあ、なんでこんな甘い匂いするの?

「ほんとにかぐや知らないよ? 一緒に探す?」

「いいや。そこまで気にすることじゃないしね」

「そういえば最近お化け出ないね? もしかして調子悪いのかも!?」

「ないない」

 配信者がどんな顔をして撮影を続けているのか、それは誰も知らないお話。
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