私の知ってる超かぐや姫!がなんかおかしいんだけど質問ある? 作:天空ラスク
「あのね、その、えっとね? せめてこの一杯だけでも飲ませて欲しいな〜なんて。え、えへへ〜……ダメ、だよね。分かってる。分かってたよ……」
(߹ω߹)グスン
酒寄彩葉の朝は早い。何故なら子供体温の漬物石が肺と胃とその他もろもろを圧迫しているから。
「すぅ……すぅ……えへへぇ、ふわふわ……」
「(あっついなこいつ〜。重いし)」
夢のようなライブから一夜明けた七月後半。キジバトの鳴き声と耳障りのいい寝息が朝の到来を告げていた。
指通りの良い金糸が鼻をくすぐるうえにほのかなミルクのような甘い香りがする。
ぐりぐりと胸元に押し付けられる頭が地味に痛いのに元凶は幸せそうによだれを垂らしている。
「ちょっとかぐやさーん? 私の服濡らさないで貰えますー?」
「むにゃぁ、いろはがよごれたぁ、あらわなきゃ……」
どんな夢見てんだ、あんた。
「ほ〜ら、起きるから退いて」
「んがっ。ん、ん〜〜? あ、いろはだぁ」
寝ぼけ眼が私を見て焦点を合わせると暖かい太陽みたいにペカッと笑った。
かぐや姫と並んでちゃぶ台を囲む。朝ごはんは昨日の残りと余った具材で作ってくれた。朝からめっちゃ美味い……。こんなご飯が毎食出てきたらわたしゃダメになっちまうよ。
「美味しく食べてね、彩葉!」
ついでに添えられた笑顔もこのミモザサラダみたいに明るかった。
『みんなのためににわんわんお。忠犬オタ公です!』
食べながらタブレットをつけるとちょうど今オタ公の配信が始まったばかりのようだ。
『今回も朝から最新情報をツクヨミ各地にお届けしちゃいます! ではでは早速参りましょう。本日のトップニュースは〜〜、こちら!』
オタ公が画面右端に移動し空いたスペースにウィンドウが表示された。
【ツクヨミ管理者ガチギレ? バグヤチヨにご注目!】
「ねえ彩葉、これって昨日の……」
かぐやが何か思い当たったように目を合わせる。
うん、みなまで言わなくても分かる。思い返せば明らかに色々おかしかったから。ヤチヨは皆に平等に接するプロのライバーだ。私に触れてくれるだけなら天高く御座す神の気まぐれで済むが抱きついて飛び切りの笑顔を向けてくれるなんて夢でもありえない。つまり昨日の出来事は夢ということ。よし、睡眠時間増やそう。五分、いや十分くらい。
テロップが切り替わりツクヨミの映像が流れ出した。右下に時刻が表示され、ライブが終了したあとの時間だと口頭での説明が入る。
鳥居の上に座っている少女の背中をカメラが捉えた。
歌声が聞こえる。それは鳥居に腰掛けた少女、ヤチヨが奏でる天上の旋律、ヤチヨが先日のミニライブで歌った曲のフルバージョンだ。一点違うところと言えば伴奏が電子音ではなく少女の腕の中に収まったアコースティックギターから響いているということ。
「(待って。無理。絵面が女神。歌って踊れて楽器もできるの凄すぎる。ヤチヨ半端ないって)」
「ぶ〜、また彩葉ヤチヨにデレデレしてる。おのれヤチヨめ〜……ぐぬぬぬぬ」
事態が進んだのは曲が終盤に差し掛かった時の事だった。
地響きのような鈍い音が響く。天使の歌声は音に驚いたのか途切れ辺り一帯を見回している。
おい、もっと弾き語り聞かせろ。ギターソロバージョンなんて配信されてないんだぞ。
音はやがて工事現場を上回る騒音になってツクヨミを揺らした。画面上のヤチヨも慌てた様子で鳥居から降りている。
「(なんで飛ばないんだろう、ライブでも飛んでたのに)」
パルクールのようにするりと降りたヤチヨはどこか怯えた表情で一心不乱に辺りを警戒している。
ふと、地響きが止んだ。
一秒、三秒、五秒経っても再び音が鳴ることはなく、ヤチヨも安堵し肩の力を抜くと路地に向かって歩いていく。
カメラがヤチヨの前方からの画角に移動した。角度からして屋根の上に乗っているのか。そのご尊顔を写した時に動きがあった。
急に話は変わるがデコレーショントラック、通称デコトラという文化がある。私はヤチヨのアーカイブを見て知ったが、一昔前はトラックをゴテゴテに飾りつけ街を走る文化があったらしい。私ならヤチヨグッズまみれに、いやヤチヨを走行時の強風に晒すなんでできない。もしそんなことをする輩がいたなら私が魂込めて書いたヤチヨの魅力をたっぷり解説した論文八十枚を読ませてやる。
閑話休題。デコトラはギラギラと目を焼くような照明を付けたりマフラーを竹林のように大量に伸ばしたりとかなり派手めな車両だったらしい。
これが何に繋がるのかと思うかもしれない。私もこの後の映像を見るまでデコトラなんて忘れてたし。でも繋がってしまうのだ。
何故ならヤチヨの背後の建物を突き破ってソレが現れたからだ。
ツクヨミの守護者、デスリュウグウノツカイが。
デスリュウグウノツカイとは、ツクヨミ各地を泳ぐ巨大海洋生物達の中でも最長の生物だ。特徴はミラーボールのようにギラギラと煌めく鱗にネオンピンクに輝く背鰭、長く伸びた髭はそれはそれは綺麗なクリスマスツリーの電飾のようにツクヨミの夜空でなびくのだ。
『おいたは、許さないよ〜』
そしてそれを駆るのがツクヨミの最高管理者、月見ヤチヨその人。ツクヨミで重度の悪質な行為をした者は彼女が操るデスリュウグウノツカイに飲み込まれそのままヤチヨが管理する空間まで拉致される。噂だと洗脳してツクヨミ運営の末端にされるとかなんとか。ヤチヨがそんな事するはずないだろ常識的に。
「えええええ!? ヤチヨそんなイカついの連れてんの? いいなー、犬DOGEもデカくなんないかな」
かぐや、ヤチヨはこういう事やるタイプだよ。覚えといてね。それと犬DOGEの餌代は半分出してね
何時もは身につけていない黒いグラサンを海外ドラマのように指で上げると、立てられた人差し指が最初から映っていたヤチヨに向けて鋭く空を穿った。
最初から映っていたヤチヨ──ややこしいのでヤチヨXとする──が振り返りデスリュウグウノツカイwith月見ヤチヨを目の当たりにする。顔が写っていないからどんな表情をしているのか分からないが両頬を抑えているので多分ムンクの叫びみたいになってる。いや分かってる、ヤチヨはそんな顔しないって。でも昨日の様子のおかしいヤチヨがいたからそんな顔芸するバグったヤチヨがいてもおかしくはない、と思う。なんなら家に生き霊とかいう人生最大級の怪奇現象が起きてるから宇宙からやってきたヤチヨ星人とか出てきても……。
「あ、彩葉やっとこっち見てくれた〜」
宇宙人おったわー。来るか、ヤチヨ星人。
『お〜い、ヤチヨのこと無視しないでよ〜☆』
路地を押し広げるようにデスリュウグウノツカイがヤチヨXを追跡する。長さもそうだけど太さもかなりのものだから振り向いたらゴジラの頭が迫ってるようなものだろう。怖っ。
ヤチヨXが逃げながらぼんやりと光を放つ何かを振った。
「(あれは……なんだろう。小さなハンマーみたいに見えるけど)」
するとデスリュウグウノツカイとの間から突如として建造物が地面を突き破るように現れた。
それはツクヨミの世界観とマッチしない近代的なビル。鉄筋コンクリートとガラスで構成されたそれは日常的なものであるのにも関わらず、この仮想空間においては不自然な存在に成り果てた。
が、当然デスリュウグウノツカイがそんなもので止まるはずもなく豆腐のように突き破る。
信じられないものを見たとばかりに飛び跳ね逃走を再開したヤチヨXは連続でハンマーを振るった。呼応するように再び建造物がヤチヨの進路を妨害するように生えてくる。建物の側面から鉄塔が伸び、空飛ぶ屋形船の底から生えた電柱が投げ槍のように堕ちてくる。
しかしそれで止まる程デスリュウグウノツカイの名は安くない。とうとう打つ手が無くなったのかヤチヨXは一気にビル五棟を全て通路を塞ぐように生やしてきた。
トンネルを掘り進むようにビルに風穴を開けていくデスリュウグウノツカイが再びツクヨミの月光を浴びた時だった。
それは巨大な風船だ。全くの未知の知的生命体を模したような奇っ怪なデザインのそれがビルを掘り進んだ先に立ちはだかっていた。
全体的に白く、所々宇宙を塗ったような装飾が着いている。その大きさに反して顔は小さく、悟ったように目を閉じた人の顔が能面のように着いている
菩薩のような顔をしたそれをヤチヨが視認する。
『ッ!? 止まって!!』
デスリュウグウノツカイなら、いやただの一プレイヤーでも容易く破壊できるその風船を何故かヤチヨは壊す寸前で停止した。顔が青ざめているように見えるけど理由は分からない。
どこか怯えるようにヤチヨが警戒していると風船が内からの圧力により膨らみ弾け飛んだ。
風船の向こう側にはもうヤチヨXの姿は見えなくなっていた。
『はい! どうだったかな?。やっぱ何時見てもデスリュウグウノツカイは迫力がエゲツないですよねー。ではこの事件についてツクヨミ管理人の月見ヤチヨから解説を頂きましょう!』
『ヤオヨロ〜! みんな、今日も元気におはよう! 月見ヤチヨだよ〜!』
『ヤチヨ、あのヤチヨはいったいどんな事をしでかしたんですかね?』
『よよよ、それは山よりも深く海よりも高い理由があるのです』
『その辺の水溜まりくらいの浅さですねー。ずばり、その理由とは?』
『それはね〜、バグだよ。あのヤチヨは正常な挙動をしていないんだよね〜。昨日のミニライブでおかしなヤチヨがいたって複数報告があってね。確認してみたら分身したヤチヨが目撃した個体が統合されてなかったのです。それで発覚したんだよ〜』
なるほど。昨日のヤチヨはバグによっておかしくなったのか。だから距離感が異様なほど近かったんだ。
「むむむ……そういえばログインした時に会ったヤチヨもライブの時のバグヤチヨみたいに頬が赤かったような……。でもあのヤチヨは頬の赤みが薄かったし、別個体ってことか〜?」
そのヤチヨはバグってないと思うよ。雰囲気もヤチヨ感抜群だったし。
『これ以上問題を起こされると困るから、挙動がおかしいヤチヨをツクヨミ内で見かけたら近づかずにヤッチョに通報して欲しいな。捕まえられたら貢献してくれた人にお礼にヤッチョと握手券をプレゼントしちゃう!』
『ありがとうございました! ではそろそろお時間が近づいてきたので締めに参りましょう。みんなもヤッチョマックス・怒りのデスロードの続編を待て!』
『待って? 何それヤッチョ聞いてないよ?』
『今流れた映像は視聴者さんが撮影していたものをお借りしたものでして〜。その人がBGMを付けたMAD動画を投稿して今SNSで大バズりしてるんですよ!』
『げに恐ろしき拡散力! 驚き桃の木サンシャイン!』
『ほいでは〜。次回のニュースツクヨミもお楽しみに! 以上、忠犬オタ公と〜?』
『月見ヤチヨでした〜』
番組のエンドロールが流れ出しても私たちの会話が始まることはなかった。
ぴちゃぴちゃぴちゃ……。
「彩葉、なんか後ろから気配する」
「大丈夫。なんかいたとしてもどうにかなる」
多分。
息を合わせたように振り向いた先には、
「…………………………」
部屋の隅に畳まれた布団の影に隠れている人物がいる。そう、膝を抱えるように丸めて座ったダルTのヤチヨだ。大切そうに膝の上で缶を包み持っているが体のバイブレーションが強すぎて飲み口からこぼれて膝が濡れているし、顔は真顔までは行かない平常の顔だが喜怒哀楽に変化することなく硬直していた。頬にいつもある赤みが無いことから珍しくお酒を呑んでいないみたいだけど、なんで開けたまま持ってるんだろうか……。
「ぜ〜〜ったい! このヤチヨでしょっ!!」
名探偵のように指さされたヤチヨは図星を突かれたのかビクリと跳ね缶を床に落とした。
我が家の食卓の生命線、ヤチヨの生き霊さんはどうやらバグヤチヨだったようだ。
生き霊改めバグヤチヨは冷や汗を顔中に浮かべると、こめかみに手を伸ばした。
「何やって、え゛。うええええっ!?」
カリカリ、と音を立て彼女は忽然とこの部屋から姿を消した。やっぱり生き霊かもしれない。
「ウッソォ!? 彩葉どうしよう、ヤチヨ消えちゃった!」
かぐやが走りバグヤチヨがいた位置をくまなく調べるが透明化している何かに触れることもなく、まるでマジックのように存在が消えてしまった。
「落ち着いて。元々通報する気はないし取り敢えず見なかったことにしよう」
あのヤチヨの生き霊には散々お世話になってるから通報するのは恩を仇で返すことになる。かぐやにバグヤチヨがヤチヨ本人に捕まったらどうなるかを説明した。
「それって、あのヤチヨは消えちゃうってこと?」
「バグってるからね。原因だけ解析したらあとは問題にならない内に削除しちゃった方が良いだろうし」
そう言うと姫は腕を組み悩み出した。こういう時は確実に何かとんでもないこと言い出すんだろうな、と察せるようになってしまった。
「よし、決めた! バグヤチヨも一緒に配信者にする! そんでコラボライブの時にヤチヨに消さないでってお願いする! これで完璧っしょー!」
ほらやっぱり。ダイナミックにポーズを決めたかぐや姫が次に言いそうなことも分かってる。
耐えろ酒寄彩葉。ただ断るだけだ。
「ねえ彩葉〜、ヤチヨもこの家に住ませていいでしょ? おねが〜い」
「ぬぐっ、思ってたんと違う……」
てっきり私とヤチヨでユニットを組んでライバーランキングノシ上がろうぜ〜的な展開がくると思ってた。だがなかぐやさんよ、残念ながらそのお願いだけは聞けませんな。何故なら、
「かぐや、私はヤチヨとひとつ屋根の下で暮らしたら幸福で死ぬよ」
「いやいやいや、宇宙人調べでもそんなんで人間死なないから」
私は死ぬが? 考えても見ろ、朝目が覚めたら目の前にヤチヨの顔があって、
『おはよう、彩葉! えっへへ〜、彩葉はぽかぽかだねぇ。ツクヨミだと温度を感じられないけど、ここならこうやって触れられる。ヤッチョはそれだけで幸せだな〜って思えるよ』
無理無理無理無理! 朝から推しの過剰摂取で死んでしまいます! ありがとうございます!
『彩葉! 朝ごはんできたよ〜。今日はね〜、もふもふふわふわの幸せパンケーキ。はい、あ〜〜ん♡』
ミ゜ッ! ……危ない危ない。心臓が止まるだけですんだ。
全力で胸を叩いて鼓動を再開させ向き直ると何故かかぐやは動揺していた。
「い、彩葉? それはちょっと宇宙人でもできないかなって……」
「? タイミング合わせて刺激するだけだよ。という訳でヤチヨと一緒には住めません」
「でも今も住んでるくない? かぐやが来る前からバグヤチヨのお化けいるんでしょ? なのに姿消したりするのは彩葉が許可出してないから! どう、名案でしょ!」
偉そうに見えるポーズを決め親指が天高く立ち上がった。
……そういえばいたな。なるほど、私はもう推しとひとつ屋根の下に住んでいたのか。
向かった先はヤチヨのアクリルスタンドが飾ってある棚。その隣には天辺が少し欠けた盛り塩が置いてある。
二礼二拍手一礼を済ませ平伏した。
「かけまくしもかしこき月夜見の女神よ。電子の海の歌姫よ。我が思いし仮想空間よ。かしこみかしこみ謹んで、深く陳謝申す」
「仰々しすぎだよ! ヤチヨもそんなん気にしてないって!」
うるさいうるさい。私が気にするんだよ。だって子守唄のやつも夢じゃなかったってことなんだよ!? ヤチヨに頭を撫でられて寝かしつけられてあの思い出は家宝にします────。
構え構えと金髪うさぎが私の体を揺さぶる。って力強い強い倒れ────、
「「あ」」
衝撃で盛り塩がまた少し崩れた。
「いって〜、彩葉体幹鍛えといてよ〜」
気がつけば赤みがかった茶色の瞳が至近距離で私を見つめていた。痛みに顰めた顔が何かを思いついたように輝いた。
「(こ、この距離はマズイ)」
「お願いだからバグヤチヨも一緒にハッピーエンドに連れてこ〜? ねえ、い、ろ、はぁ☆」
ちくしょう、なんで神様はかぐや姫をこんな可愛く作ったんだ。断れ断れ私──!
「しょ、食費はかぐやが稼いでよね」
「ぅおっしゃ!! 最強のアシスタントゲットだー!」
何故私は断れないんだ……がくっ。
両腕を天高く突き上げたかぐやの背中を見てヤチヨの生き霊が困ったように頬をかいている姿が横目に見えた。
幻燈河貴さん誤字報告ありがとうございます!
かぐやが酒カスの捕獲に向けアップを始めました。