大空の戦士ウィンディアス   作:hirosnow

1 / 32
プロローグ

 始業を告げるチャイムが鳴る。

 スーツの襟を正し、美織は教室に入った。視線が一瞬、彼女へと集中して降り注ぐ。

 

 高梨(たかなし)美織(みおり)は教師である。

 中学校二年の担任だった。

 そして──

 

「美織先生」

 傍らにいるこの男。小鳥遊(たかなし)遥斗(はると)が副担任となる。

 

「静かに。私語はやめてね」

 

 美織は教壇に立ち、生徒たちを嗜める。

 しかし、談笑のざわめきはなかなか止まらず、ホームルームが始められない。

 口調を荒げることは憚られる。

 強く叱れば、叱責だの指導だのと大袈裟に受け取られ、PTAやら何やらの委員会やらで、面倒な話に発展することもある。

 美織の胸にあるのは、焦燥と諦観。その二つの言葉に尽きた。

 

 ところが──

 

「そんなに大事な話なら、続けていいよ。一区切りついたら、静かにしようか」

 

 遥斗がそう言った。

 困り顔か、鬼の形相か。

 自分がいい表情をしていないだろうことは、美織にも分かっていた。

 しかし、その横で遥斗は、ニコニコと笑みを浮かべている。

 

 美織は、プチンと来た。

 小声で遥斗の耳元に顔を寄せ、囁く。

 

「あのね。生徒がおしゃべりしてたら、普通は注意するでしょ?

助長したらダメでしょ。教師なんだから!」

 

 遥斗は平均よりも頭一つ高い。

 その耳に近づくため、美織はつま先立ちになり、精いっぱい背伸びをする。

 その体勢が、ほんの少しだけ屈辱だった。

 

「でも……」

「なによ?」

「やみました」

「何が?」

「おしゃべり」

 

 教室には、いつの間にか静寂が訪れていた。

 響いているのは、美織と遥斗の声だけだ。

 

 私語はコソコソするから楽しいもので、遥斗が正面から容認するから、興ざめしたのかもしれない。

 

 美織と遥斗の掛け合いが漫才のようで、そちらに単に興味と関心が向いたのかもしれない。

 

 あるいは――

 

 遥斗の耳に唇を近づける、そんな美織の仕草が、キスをねだる行為を想起して、思春期真っ只中の少年少女を刺激したのかもしれない。

 

 そんな生徒たちの内心を知る由もなく、担任と副担任は、ホームルームを進めることにした。

 

「じゃあ、美織先生。今日も一日、元気に張り切っていってみましょう!」

 呑気な人だ。

 

 コントじゃないんだから!!

 美織は心の中でツッコミを入れた。

 

──なんで、こんなことになったのか。

 そんな自問を、胸の奥で繰り返しながら。

 

 一日の始まりだというのに、美織は早退したい気分になった。または、定時で仕事を切り上げて、晩酌をしたい、アルコールをとにかく喉に流したい気持ちだった。

 しかし、現実は残酷かつ皮肉なもので――教師とは多忙な職業であるから、美織にはそんな未来が見えることはなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。