黒幕博士と遥斗を乗せたジェット機は、夜の暗い空を進んでいく。
夜間の航行は危険がつきまとうが、人目を避けるため、やむを得ず決行していた。
しばらくは自動操縦に切り替え、張り詰めた神経を休ませる。
危険が迫ればアラートが鳴る仕組みになっている――と博士は言い残し、さっさと眠りについてしまった。
さて。
午前四時を過ぎた頃、機体は目的地上空に到達した。
問題は、どこに着陸するかだ。
そう思案していると――
「ふわあ……よく寝たわい」
博士が目を覚ました。
「起きましたか」
「ああ。もう少しで夢の中で、お姉ちゃんといい雰囲気になるところじゃったのに」
色欲の塊か。思春期の男子か。
「こっちは、さすがに眠れませんよ」
「なんじゃ、不眠症か? 心療内科にでも行くか?」
そうじゃねえよ!
「俺は一晩中、操縦桿を握ってましたから」
軽い皮肉のつもりだったが――
「ワシも綺麗なお姉ちゃんに、股間のレバーを握ってほしいのう」
通じなかった。
「助手2号や。大変じゃ!」
「まさか、怪物ですか?」
弛緩しかけた緊張が、一気に張り詰める。
「おしっこ、行きたい」
――こいつ!!
遥斗は無言で機体を操り、山林の奥深く、人目につかない場所を選んで着陸させた。
さすがに公衆トイレなどあるはずもなく、博士は機体から離れ、用を足しに行く。
「そうじゃ。このジェット機に多目的トイレを設置するか!」
なぜ多目的なのか。
ツッコミは不在だった。
「……誰かいるのか?」
近くで男の声がした。
遥斗のものとは違う、がさつで野太い声。
「取り込み中じゃ。近寄るんじゃない」
「なんだ、その偉そうな口は。近所の農家のじいさんか?」
男は構わず近づいてくる。
「俺は警察だ。聞き込みに協力してもらいたい」
犬養刑事――幾度となく顔を合わせた、あの男だ。
「お前さんは国家の犬!!」
「貴様はマッドサイエンティストの露出狂!!」
――最悪の再会だった。
しかも博士は、下半身を露出したままである。
「逮捕だ、逮捕」
「逮捕するなら令状持って来いや」
「現行犯逮捕だ」
■■■
一時休戦となった。
状況が状況だ。立件は難しいと判断され、さらに目の前の任務を優先する形で、黒幕博士の件は不問となった。
犬養は若い警察官を一人、部下として連れてきていた。そこへ遥斗も加わり、四人で簡単な休憩を取ることになる。
湯気の立つ紙コップを手にしているのは、インスタントコーヒーだ。
遥斗が持参していた緊急用の食料の中に、コーヒーとミネラルウォーターがあり、それを沸かして用意したものだった。
「お前ら、なんでこんな時間に関西の山奥にいる?」
ギロリ、と。
猜疑心に満ちた視線が突き刺さる。
「それは、ウーマを探そうと思って」
遥斗は、黒幕博士の言葉をそのまま口にした。
「ふん……お気楽なもんだな」
「なんじゃと!」
「俺はな、この怪物騒動――ロボット犯罪だと睨んでいる」
断言だった。
近年、科学技術は飛躍的な進歩を遂げている。
ロボットはすでに日常へ入り込み、工場、医療、飲食と、あらゆる分野で活用されていた。
だが――
利便性の裏には、必ず悪用がある。
「俺も、いくつかロボット犯罪を解決してきた」
犬養は腕を組み、誇らしげに語る。
「ドローンを使った下着盗難事件」
「掃除用ロボットを使った賽銭泥棒事件」
……。
(それ、ロボット犯罪って言っていいのか?)
遥斗は、心の中でそっとツッコミを入れた。
だが――犬養の考えと、遥斗の直感は一致していた。
もっとも、“誰が仕掛けているか”という一点を除いては、だが。
「で、警察でも、こういう凶悪事件に対処するために、ロボットが導入されたわけです」
軽い調子で語る、若い警官。
「おい! 機密事項を勝手に喋るな!」
犬養が即座に怒鳴りつける。
「あ、すみません……」
一瞬、空気が張り詰める――が。
「……まあ、いい。どうせ、そのうち公になる話だ」
犬養は舌打ち混じりにそう言って、肩をすくめた。
そして、顎で後方を指し示す。
そこには、一台の軽量トラック。
荷台はビニールシートで覆われている。ビニールシートを、犬養と部下の二人が剥ぎ取る。
現れたのは――二足歩行のロボットだった。
だが、スタイリッシュとは言いがたい。
むしろ、「ずんぐりむっくり」という表現がしっくりくる体型だ。
「こいつ、本当に動くんかのう?」
黒幕博士が、すかさず茶々を入れる。
「なんだと!」
青筋を立てて噛みつく犬養。
「俺も博士と同じ意見ですね」
遥斗が、さらりと追撃する。
「人間の歩行っていうのは、絶妙な重心移動の上に成り立ってるんです。今の地球の技術で、それを完全に再現するのは難しいと思いますよ」
「地球の技術?」
犬養の眉が、ぴくりと動く。
その言い回しに、わずかな違和感を覚えたらしい。
「せいぜい、ヨチヨチ歩きが関の山じゃ!」
間髪入れず、博士が割って入る。
遥斗の発言を、強引に上書きするように。
「……まあ、その指摘は当たってる」
若い警官が、苦笑いを浮かべた。
「完全な二足歩行はまだ無理です。移動はホバリングで補助してます」
そのとき、轟音が鳴った。
「どうやら、怪物のお出ましのようだ」
犬養はヘルメットを被り、簡易のプロテクターを装着する。
「犬養警部!」
若い警官が、ロボットの胸部――操縦席に乗り込む。
ハッチが閉じられた。
犬養はロボットの手の上に立ち、メガホンを手にする。
「ありゃ。お前さんは乗らんのか?」
「支給されたのは、今のところこの一体だけです。それに……」
犬養は一瞬だけ言葉を切る。
「俺は、こういうのは苦手なんでな」
後方支援の司令塔、といったところか。
「警部は、アナログですもんね」
若い警官が軽口を叩く。
「うるさーい! とりあえず出動しろ! ポリスウォーカー!!」
「了解!!」
警官の号令とともに、ポリスウォーカーはホバリングで浮上し、音のした方角へ向かっていく。
「それから――」
犬養が、後方の二人を見やる。
「民間のお前らは絶対に来るな。危険だからな」
ぶっきらぼうな言い方だが――
その根底には、確かな配慮があった。
■■■
山林を抜けた先にある湖のほとり。
警察の二足歩行型ロボット――ポリスウォーカーと、“怪物”は対峙していた。
人々の証言通り、それは“怪物”としか形容できない姿だった。
特撮に出てくる怪獣のような巨体。
頭部は単眼。口はワニのように大きく裂けている。
「警部!」
「ふん……俺の睨んだ通り、ロボット絡みか」
装甲には溶接の跡が残り、鈍く光を反射している。
その表皮は――無機質だった。
「警部、あの、俺……」
警官――
「怖じ気づいたのか?」
「い、いえ……実は」
楢原はホルスターから大型拳銃を引き抜くと、即座に引き金を絞った。
弾丸の嵐が、“怪物”へと叩き込まれる。
「俺、警察になって、銃をぶっ放したかったんで!!」
――ハイになっていた。
「ヒャッハー!! 食らいやがれ!!」
その豹変ぶりに、犬養は開いた口が塞がらない。
■■■
勝敗は、火を見るより明らかだった。
合計六発。
怪物に撃ち込まれた弾丸は、いずれも弾かれ、かすり傷ひとつ与えられない。
弾切れ。
リボルバーに残された弾丸は、これで全てだった。
そして――
怪物が、突進した。
大柄な体躯に反して、その動きは俊敏。
ポリスウォーカーでは回避が間に合わない。
「うわっ!」
咄嗟に両腕で防御する。
だが――
左腕が吹き飛び、残された右腕も重量に押し潰されるように機能を失った。
「脱出だ! ハッチを開けて飛び降りろ!」
犬養の判断は、その時点で最善だった。
だが、落下すれば骨折は免れない。
打ちどころが悪ければ重傷は必至。
それでも――
怪物がもう一度突進すれば。
――即死。
その二文字が脳裏をよぎる。
「……ダメです」
操縦席から、若い警官の声が震える。
「さっきの衝撃で、ハッチが開きません!」
犬養は、言葉を失った。
その瞬間。
怪物が――再び体当たりを仕掛けてきた。
ポリスウォーカー。
ロボットを用いた犯罪に対抗するため、警察が導入した二足歩行型機体である。
ただし、完全な二足歩行は技術的制約により不可能なため、移動にはホバリングを併用している。
武装はライオットガン。弾丸は最大六発まで装填可能。
あえて「ずんぐりむっくり」とした体型なのは、バランスを崩して転倒することを防ぐためである。