遥斗と黒幕博士は、着陸した場所へと戻ってきた。
「仕方ない。帰るか」
黒幕博士は、あっさりとそう言った。
「いえ。帰りません」
遥斗は、はっきりと否定する。
「阿呆。ワシらにできることなんてないぞ」
言いかけた博士は、ふと、言葉を止めた。
「お前さん、宇宙保安機構の隊員と言っていたな」
遥斗は小さく頷く。
宇宙保安機構の役目は、宇宙――すなわち星々の平和と安全を守ること。
その“星々”には、当然ながら地球も含まれている。
「勝算はあるのか?」
「勝算というより――戦う手段は、あります」
遥斗は視線を、ジェット機へと向けた。
「おい……まさか、あれをぶつけるつもりか?」
遥斗は、肯定も否定もしなかった。
「“ぶつける”。ある意味では、そうです」
静かに告げる。
「こいつを――“ぶつけます”」
「正気か?」
「正気ですよ」
一拍置いて、続ける。
「でも、博士の考えている“ぶつける”とは違います」
遥斗は目を閉じた。
深く息を吐き、意識を集中させる。
――力を、航空機へ。
博士の目には、遥斗の全身が蒼白いオーラに包まれて見えた。
その光は、彼の身体から、まるで流れ込むように――自ら開発したジェット機へと注ぎ込まれていく。
そして――
遥斗の体からオーラが消えると同時に、まるで力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。
「おい! 大丈夫か? 助手2号!」
博士はすぐさま駆け寄り、遥斗の体を巨木の根元へ横たえる。意識を失った人間の体は、想像以上に重かった。
「……何が起こったんじゃ?」
博士は動揺を抑えながら脈を確かめる。
さらに、心臓に耳を近づける。
――ある。
脈動は弱いが、確かに続いている。
心音も、かすかに聞こえた。
「博士」
そのとき。
どこからともなく声が響いた。
「俺は、大丈夫です」
博士ははっとして周囲を見回す。
目の前に横たわる遥斗の口から発せられた声ではない。
「まさか……」
音源は――ジェット機だった。
外部スピーカーから、はっきりと声が聞こえてくる。
「俺――小鳥遊遥斗の意識を、このジェット機へ移しました」
「意識を……移す? そんなことが可能なのか!」
「はい。俺は、精神生命体ですから」
その言葉と同時に、無人のジェット機が低く唸りを上げた。
ノズルが吹き、機体が揚力を得てゆっくりと浮上する。
「博士! 今から二人を助けに行きます。少しの間、俺の体を頼みます」
突風が吹きつける。
「うおっ!」
風圧に目を細める博士の前で――
ジェット機は、そのまま加速し、空へと飛び立っていった。
やがて機影は、森の向こうへと消えていく。
「……あいつめ」
博士は一人残され、ぽつりと呟いた。
「顔に落書きでもしてやろうかのう」
――緊迫した状況の中でも、黒幕博士の思考は、どこかズレていた。
■■■
突進する単眼の怪物――サイクロトプス。
両腕を破壊され、反撃の手段を失ったポリスウォーカー。
その危機を救ったのは、一台の航空機だった。
機首のバルカン砲が火を噴き、サイクロトプスの動きを止める。
「な、なんだ? 味方なのか?」
混乱する犬養。
だが、少なくとも敵意がないことは理解できた。
「早く、この場から離脱しろ!」
「逃げたいのは山々だが、ハッチが開かない!」
犬養は拡声器を握り、声を張り上げる。
「ハッチだと……?」
遥斗――ウィンディアスはポリスウォーカーの構造データを瞬時に解析していた。
装甲の厚さ、ジョイントの位置。その一部に狙いを定める。
バルカンの火力を制御し、極限まで抑えて――発射。
小さな爆発が起きた。
同時に。
ポリスウォーカーの操縦席内で、楢原はハッチを力任せに蹴りつける。
――一度、二度、三度。
繰り返すうちに、金属が歪み、ついにハッチが破損した。外の景色が見えた。
「外は柔らかい土だ。飛び降りろ」
犬養の指示に従い、楢原は操縦席から飛び降りた。
手はひどく擦りむき、足も捻っている。
骨にヒビが入っているかもしれない。
それでも――命に別状はなさそうだ。
犬養は、ようやく安堵の息を吐いた。
■■■
サイクロトプスは、半壊したポリスウォーカーには興味を失ったようだった。
新たな標的――空を舞うジェット機へと、その単眼を向ける。
ギザギザに裂けた口が開き、灼熱の炎が吐き出された。
ジェット機は機体を傾け、大きく旋回してそれを躱す。炎の軌跡を背に受けながら、機体は滑空を続ける。
――その最中。
変形が始まった。
尾翼が分解し、機体後部から脚部を形成していく。
主翼が関節のように角度を変え、滑らかにスライド。
機首が折り畳まれるように沈み込み、内部から頭部が現れる。
推進音が変わる。
空を切り裂いていたジェット機は、次の瞬間――
二足歩行の姿へと、その姿を変えた。
「チェンジ。ウィンディアス」
ウィンディアスは着地の勢いのまま、回し蹴りをサイクロトプスの頭部へ叩き込んだ。
かかとが単眼――モノアイを正確に捉える。
鈍い破砕音が響いた。
ウィンディアスは反動を利用して後方へ跳び、そのまま着地する。
静かにセンサーを起動。
周囲をスキャンする。
内部に搭乗者はいない。
逃げ遅れた人間の反応もない。
「生体反応はなし……ならば、遠慮はいらないな」
単眼を失ったサイクロトプスは、索敵能力を著しく欠いていた。
動きは鈍く、先ほどまでの機敏さは見る影もない。
「一気に決める」
ウィンディアスの脚部装甲が展開する。
パーツが再構成され、一本の剣を形成した。
――スカイハイ・ソード。
剣を構え、ウィンディアスは空へと跳び上がる。
その機体は、朝日に照らされて白く輝いていた。
犬養は思わず、その姿を見上げる。
上空から――
袈裟懸けに、サイクロトプスを斬り裂いた。
斬撃の軌跡が一瞬遅れて現れ、巨体が崩れ落ちる。
直後、サイクロトプスは爆散した。
ウィンディアスは、その直前にすでに後方へ跳び退いている。
爆風をかわし、静かに着地した。
爆煙に包まれたまま、単眼の巨人――サイクロトプスは二度と起き上がることはなかった。
ウィンディアスは、撃破を確信する。
機体を再びジェット機形態へと変形させると、周囲への延焼を防ぐために消火弾を放った。
炎が鎮まりゆくのを見届けると、その場を離脱する。
残されたのは、犬養と部下の楢原だった。
楢原は激痛に耐えかね、すでに意識を失っている。
朝日に向かって飛び去っていくウィンディアスへ、犬養は静かに敬礼を向けた。
「感謝する。……おかげで、部下を死なせずに済んだ」
空は、ただ静かに光を湛えていた。
■■■
ジェット機が、黒幕博士の元へと戻ってきた。
それに呼応するように、遥斗がゆっくりと目を開く。
「起きたか、助手2号」
魂は、機体から肉体へと戻っていた。
「終わったようじゃな」
「ええ……なんとか」
「では帰るとするか。朝飯にしようかの」
「いいですね。でも、帰りは博士が操縦してくださいね」
「なんじゃと?」
「この“能力”、結構、消耗するんですよ……」
遥斗はそう言うと、コックピット後部の座席に身を預けた。
そのまま、静かに眠りに落ちていった。
サイクロトプス
近畿地方の山奥、湖畔付近に出現した機械の怪物。
制作者は不明だが、ジーグリードの関与が疑われている。
二足歩行を基本とするが、尻尾によって重心を制御し、安定した機動を可能としている。
頭部は単眼のカメラアイを備え、視覚映像によって敵や目標を識別する。
主な武装は口部から放たれる火炎放射。
遠距離攻撃よりも、突進による格闘戦を主体とする設計である。
外殻装甲は極めて高い強度を持ち、ポリスウォーカーのライオットガン程度では損傷を与えることができない。