Vicious! 悪魔の同盟
一人の老人が、苦々しい表情でモニターを見つめていた。
どこからともなく現れた航空機がロボットへと変形し、カメラアイを粉砕する。
長い年月をかけ、心血を注いできたマシン――サイクロトプスが破壊されたのだ。
屈辱に似た感情が、胸の奥から噴き上がる。
彼は、
もっとも、あれはあくまで試作機――初期型に過ぎない。
実戦投入を前提とした量産モデルには、さらなる改良を施す予定だった。
「……ふん、人型に固執する低脳な連中め」
低く呟く。
現代のロボット工学は、二足歩行にこだわりすぎている。だが、人間の歩行は、極めて繊細な重心移動の上に成り立つものだ。
その再現を、この時代の技術で実現するのは不可能に近い。
「だからこそ、“尾”を与えた」
サイクロトプスの設計図を指でなぞる。
二足歩行を維持しつつ、尻尾によって重心を制御する。
人ではなく、“獣”の構造を取り入れることで、安定性と機動力を両立させた。
それは、エンビーが提唱する設計思想――
人間以外の生物機構を取り入れた兵器群、メタルキメラシリーズの一端に過ぎない。
「人の形に縛られるから、限界が来るのだ」
鼻で笑う。
世の中では今、ロボットが産業や医療、さらには警察の分野にまで進出し始めている。
だが、それらはまだ黎明期――未完成な技術の寄せ集めに過ぎない。
それでも、人々はそれを“進歩”と呼ぶ。
「くだらん」
吐き捨てるように言った。
本来、世に広まるべきは、自らの研究成果であるはずだった。
それが理解されないことへの苛立ちが、彼の内側で燻り続けている。
だからこそ、サイクロトプスを辺境の地へ出現させ、テスト運用を行った。
結果として、二足歩行型の警察機体を半壊にまで追い込む。
本来であれば、それだけで十分に“優位性の証明”となるはずだった。
――あの乱入者さえ、いなければ。
「随分と熱心だな」
背後から、低い声が響いた。
ここは自分の研究ラボだ。
エンビー以外に人間はいない――はずだった。
得体の知れない気配に、額から汗が一筋、流れ落ちる。
ゆっくりと振り返る。
そこにあったのは――
アンドロイド。人を模して作られた人造の器。
そのうちの一体が、確かに“動いていた”。
「馬鹿な……!」
それはエネルギー供給すら行っていない。
自律プログラムも組み込まれていない、ただの空の器――木偶のはずだ。
「驚くなよ。お前が作ったものだろう?」
アンドロイドは、ぎこちなさのない動きで歩き出す。
まるで、この場所の構造を最初から知っているかのように。
研究室を気ままに歩き回り、棚に収められていた人工皮膚を手に取る。
それを顔に貼り付け、次いで、金属繊維の頭髪を頭部へと装着していく。
無機質な素体が、徐々に“人間”へと近づいていく。
やがて――
ひとりの成人男性の姿を取ったそれが、エンビーの前に立った。
「き、貴様……何者だ」
英米の俳優がスクリーンから抜け出してきたような、整った顔立ち。
だが、その眼光は鋭く、どこか暴力の気配を帯びている。
「ジーグリード」
男は、あっさりと名乗った。
「余所から来た生命体だ」
一拍、間を置く。
「これで、十分だろ?」
口の端をわずかに歪め、笑みを浮かべた。 ジーグリードは、腕の関節を回し、視界を調整する。
先ほどまでは、体を持たない精神体だった。
だが、アンドロイドという器に身を宿したことで、触覚、視覚、聴覚――失われていた感覚が、順に立ち上がってくる。
そして、長い脚で壁を蹴った。
ボゴッ――
鈍い音とともに、壁に亀裂が走り、一部が陥没する。
「お前、何をする!」
エンビーの叫びも、彼は意に介さない。
よくできた器だ。
精巧で頑丈。無機質でありながら、有機的な動きすら再現している。
発展途上と見下していた地球の技術も、評価を改める必要があるかもしれない。
――もっとも、それを成し得たのが、この科学者個人の資質である可能性もあるが。
「人の形は無駄だ、と言っていたな」
ジーグリードは、周囲の素体へ視線を巡らせる。
「その割には、随分と手が込んでいる」
エンビーの眉が、ぴくりと動いた。
「……実験用だ。並行して研究しているに過ぎん」
「そうかい?」
よほどこの身体を気に入ったのか、ジーグリードは上機嫌だった。それ以上、詮索する気もないらしい。
「ジーグリード、と言ったな。貴様は何をしに――ここへ来た?」
エンビーが問い返す。
その言葉には二つの意味が込められていた。
地球へ来た目的。そして、この研究所を選んだ理由。
ジーグリードは、その意図を正確に汲み取る。
口の端を歪め、あっさりと言い放った。
「この星を征服するためだ」
一拍、置く。
「それと――お前の研究所には、面白い材料が揃っている。拠点にするには、ちょうどいい」
「……暗に、手を貸せと言っているのか?」
「察しがいいな」
エンビーは、その言葉を肯定と受け取った。
――自分に拒否権はあるのか。
そんな思考が、脳裏をよぎる。
「だが、これは命令じゃない」
ジーグリードは肩をすくめる。
「俺とアンタに主従関係はないからな。対等な――パートナーシップだ」
「見返りは?」
即座に返す。迷いはない。
「そうだな……」
わずかに考える素振りを見せてから、軽く言った。
「どこかの土地でも、国でも。好きに治めさせてやる」
まるで、ありふれた商品でも勧めるような口調だった。
「政治に興味がないなら――一等地でも用意してやる。金でも、資源でも、好きなだけな」
「いいだろう。その話、引き受けよう」
即答だった。
「この世界に未練や愛着はないのか?」
「ないな」
間を置かず、エンビーは続ける。
「あるのは、不満と憤り――そして、恨みだ」
「……いい答えだ」
ジーグリードは、わずかに口元を歪めた。
宇宙の犯罪者と、倫理観の欠落した地球人。
世界にとって最悪の二人が、誰に知られることもなく、同盟を結ぶ。
それは、この仄暗い研究所の一室で、静かに交わされた約束だった。