広大な建設予定地。
最寄りの駅からは距離があり、アクセスは決して良いとは言えない。
だが、その不便さとは裏腹に、この一帯は今、再開発の目玉として注目を集めていた。
剥き出しの地面。
その上に、鉄骨が骨組みのように組み上げられている。
幾重にも垂らされたビニールシートが風にあおられ、ばさばさと音を立てる。
その奥では、打ち立てのコンクリートの壁が、ゆっくりと輪郭を持ち始めていた。
工事が始まったのは、ごく最近のことだ。
長らく続いていた区画整理が、ようやく完了したのだ。
――区画整理。
それは、単なる工事ではない。
近隣住民の理解と協力が不可欠な、気の遠くなるような調整の積み重ねだ。
当然、反対の声も少なくなかった。
幾度となく開かれた説明会。
繰り返される交渉。
そして、そのたびに提示される補償――立退料。
そうした積み重ねの末に、ようやく着工に至ったのが、この現場である。
建設会社のロゴが入った作業着を身につけた作業員たちが、せわしなく行き交っている。
建築図面を片手に、声を張り上げて指示を出す者。
無言で資材を運び、黙々と作業に没頭する者。
それぞれが、自分の持ち場を守りながら、この巨大な建造物を形作っていた。
そして、この現場にはもう一つ――
ひときわ異質な存在があった。
最新式の建設用ロボット。
それが導入されていることで、この工事現場は世間の注目を集めていた。
導入された建設用ロボットは、安定性を最優先に設計されていた。
横幅は広く、脚部は太い。
重心を低く保ち、転倒を防ぐための無骨なシルエット。
その太い脚が地面を踏みしめ、巨体をびくともしない姿勢で支える。
二本の腕――大型のマニピュレーターが資材を掴み上げ、ゆっくりと持ち上げていく。
頭部は人型とはかけ離れた構造で、内部には操縦席が設けられていた。
作業員が乗り込み、レバーとモニターを操作しながら、資材をミリ単位で調整し、正確に配置していく。
人の手では不可能な精度と力を両立した、“現場の主力”だった。
「うっひゃー!すげぇ……!」
「な?来てよかっただろ?」
「ああ、ロマンあるわ、これ!」
ロボットを見上げる三人組。
中学生くらいの少年たちだ。
制服姿のままということは、学校帰りに立ち寄ったのだろう。
それぞれスマートフォンを取り出し、夢中になってシャッターを切り始める。
「おい、こら。勝手に撮影するな」
近くにいた作業員が、眉をひそめて声をかけた。
「えー、いいじゃん。減るもんじゃないし」
中心にいる少年――山田カケルが、不満げに口を尖らせる。
「ダメだ。まだ公開前の設備もある。一応、企業秘密なんだよ」
作業員は、きっぱりと言い切る。
すると――
「まあまあ、そのへんにしとけ」
別の社員が苦笑しながら割って入った。
「完全に隠せる時代でもないだろ。もうネットに上がってるかもしれないしな」
「それに、話題になって悪いことばかりでもない」
もう一人の社員も肩をすくめる。
「広報的にはプラスかもな」
現場の空気は、思ったよりも緩やかだった。
牧歌的な空気を、轟音が切り裂いた。
「なんだ!?」
作業員たちの表情に、驚きと緊張が入り混じる。
程なく、けたたましい警報が鳴り響く。
消防車や救急車のサイレンとは異なる、工場特有の金属的な警告音だった。
「不審者か……?」
誰かが口にするが、泥棒一人や犬猫程度では、この警報は作動しない。
地震や津波のような自然災害か、あるいは、複数の車両が一斉に敷地内へ雪崩れ込んだのか――
現場は瞬時に緊張に包まれた。
「おい!」
少年の一人が天を指さした。
「あれ、見ろよ。あれ!」
指差す先には、巨大なカエルの姿があった。
見た目は確かにカエルの形をしていたが、よく見ると無機質な金属の集合体であることがわかる。
「でっけー、カエルだ」
「カエル型のロボットだ」
慌てふためく作業員たちとは対照的に、少年たちはどこか呑気で、まるで映画やテレビのワンシーンを眺めているかのようだった。
恐怖よりも、好奇心が勝っているように見える。大人たちは、一瞬でパニックになった。巨大ロボットの襲撃など、緊急時マニュアルには書かれていないのだから。
だが、それでも咄嗟に機転を利かせ、この危機を打破すべく、各々が動いた。
ある者は会社の上席へ報告し、ある者は警察や救急へ連絡。
ハシゴや非常階段を使い、可能な限り現場から退避する。
一方、悠長なのは少年たちだった。
「君らも、早くここから逃げるんだ」
現場監督の必死の声にも、少年たちは反応を鈍らせる。
「なんでだよ!? こんなチャンス、滅多にないじゃん」
まだ生命の危機より好奇心が勝っているのだ。
そんなやり取りを尻目に、マスコミ関係者たちは自身の安全を確保できる位置まで後退し、カメラをスタンバイさせる。
フロッガーは、赤いセンサーを光らせながら、ゆっくりとその場を見渡し、まるで標的を探すかのように装甲を軋ませた。
無邪気な少年たちが振り向きざまに目を見開く。
巨大な金属の足が、地面を踏みしめるたびに、わずかに振動が伝わる。
そして、この異常な光景のレポートが、ニュース速報として全国に流れたのは、まさにその瞬間だった。