カエル型ロボット――フロッギー。
その怪物が暴れ回る様を、ジーグリードは戦場から遥か離れた場所で
否――フロッギーを通じて、破壊そのものに“加担している”と言うべきだった。
衝撃。
瓦礫の崩落音。
逃げ惑う人間の気配。
すべてが、直接、流れ込んでくる。
「人間どもめ……もっと、怖がれ」
低く、湿った声が漏れる。
「苦しめ。そして――」
言葉の端に、明確な愉悦が滲む。
「俺の糧となれ」
一方で。
Dr.エンビーは、モニター越しに現場を見つめていた。
映像と音声のみで状況を追う者と、感覚を共有する者。
その差は、あまりにも大きい。
背筋に、冷たいものが走る。
理解したのだ。
この存在は、自分とは根本から異なる。
だが――
恐怖より先に、別の感情が浮かび上がる。
この力。
この性質。
利用できる。
いや――
エンビーは、ゆっくりと口元を歪めた。
この同盟は、誤りではない。そう、確信していた。
フロッギーのカメラアイは二つ。
人間のように焦点を合わせることはない。
それぞれが独立して動き、広範囲を同時に捉える。
そして――
その視界に、二つの車両が映り込んだ。
現場から離脱しようとする影。
逃がすつもりはない。
だが――
「「こっちだ!」
割り込む声があった。
半壊したケーナインのスピーカーを通じて、一人の青年――遥斗が叫んでいた。
「あいつは……!」
ジーグリードの声色が変わる。
精神生命体である彼は、対象の“波長”で個体を識別する。忘れるはずがない。
自分に痛手を与えた存在。
憎悪を向けるべき敵。
「逃げる雑魚はどうでもいい」
声音が、冷たく研ぎ澄まされる。
「アイツを叩き潰せ」
一拍。
「完膚なきまでにな」
ジーグリードは、フロッギーへ
■■■
遥斗は、敵の標的を自分へ引きつけることに成功した。
現場を離脱する車両を追うか、それとも別の対象へ攻撃を向けるか。
その選択は偶然に委ねられていた。
だが――賭けには、勝った。
とはいえ。
生身のままでは、太刀打ちできない。
遥斗は、敵襲によって鉄骨が剥き出しとなった、半壊状態の建設中ビルへと身を滑り込ませた。
遮蔽物は多い。
時間も、わずかだが稼げる。
ゴン、ゴン、ゴン。
鈍い衝撃音が、構造体を揺らす。
外壁が、叩かれている。
(……力任せか)
崩落を狙っているのか。
それとも、瓦礫ごと押し潰すつもりか。
どちらにせよ、長くは持たない。
天井から砂塵がぱらぱらと落ち、鉄骨が軋む。一階から屋上へと繋がる簡易エレベーター。
工事用に設置された、むき出しの昇降機――フォークリフトに近い構造だ。
操作盤を叩く。パネルが明滅し、かろうじて電源が生きていることを示した。
「動け……」
低く呟く。
次の瞬間、装置が軋みを上げながら上昇を始めた。
その間に、遥斗はポケットから端末を取り出す。
宇宙保安機構から支給された携帯端末。
地球の通信網に接続するため、専用のSIMが組み込まれている。
手早く回線を開く。
コールは一度で繋がった。
「ワシじゃよ」
間の抜けた声。
だが今は、それが頼もしい。
悠長に説明している時間はない。
「怪物が出ました」
遥斗は、要点だけを叩きつけるように伝えた。
「なんじゃと!?なんで学校に面接に行って、怪物と遭遇するんじゃ!」
事情を知らない黒幕博士の反応としては、もっともだった。
――だが。
「学校の怪談的なやつか?」
「何ですか、それ」
「モンスターペアレントにでも遭遇したか?」
「不正解です」
悠長なやり取りに、遥斗は小さく息を吐く。
説明している時間はない。
「ニュースを見てください」
その一言で十分だった。
黒幕博士は、自他ともに認める天才である。
理解も、判断も早い。
すぐさま端末を操作し、ローカル局の速報を確認する。
映し出される映像。
暴れる巨大な影。
崩壊した建設現場。
状況は、一目で把握できた。
「……こうしちゃおれん!」
声音が一変する。
「博士。“ジェットウィンド”を発進させてください。
ジェットウィンド。
黒幕博士が開発した航空機に、遥斗が後付けで与えた名称だ。
「オート?正気か?」
即座に返ってくる疑念。
「正気ですよ。時間がありません」
短く、断言する。
それはつまり――目標座標を固定し、ロケットやミサイルのように打ち上げるということ。
離陸後は自動操縦へ移行し、上空で安定飛行に入る。
問題は、着陸だった。
この機体の自動制御プログラムには、
“着陸”という工程が存在しない。
目標へ突入するか。
あるいは――燃料が尽きるまで、空を彷徨い続けるか。
「半径五十メートル――俺の“コントロール領域”に入ります」
遥斗は断言した。
「その範囲内なら、ジェットウィンドは俺の能力で制御できます」
だが、それは同時に――遥斗を中心とした半径五十メートル。
その射程から、一切外せないということを意味する。
「アホか!!」
黒幕博士が即座に怒鳴った。
「誤差五十メートル以内で機体を打ち上げる!?そんなもん、至難の業っちゅーもんじゃ!」
空には目印がない。
建造物も、電柱も、道路も。
基準となる座標が存在しない空間で、ピンポイントに機体を送り込む。
それは、ほとんど神業に等しい。
「お前の現在位置もザックリとしか掴めとらん!」
苛立ちが滲む。
「手動で入射角を計算しとったら、日が変わってしまうわい!」
「だったら――」
遥斗は即座に切り返した。
「博士のプジョー。搭載されているGPS、使えますか?」
黒幕博士は、プジョーを魔改造する際、加速装置だけでなく、位置把握のためのGPSも組み込んでいた。
その車両は、つい先ほどまで遥斗のいた建設現場に存在していた。
進行方向。
最終確認された座標。
建設現場のおおよその位置。
それらを基に――
“今この瞬間”の遥斗の位置を割り出す。
要求されているのは、ほぼ不可能な演算だった。
「チッ……」
黒幕博士の舌打ちが響く。
「三十秒……理論上は可能じゃ」
「では、ローンチをお願いします」
即答だった。
「……」
沈黙。
説得も、制止も、もはや無意味だと理解する。
「責任は取れんぞ」
「大丈夫です。俺も取れません」
そして――
黒幕博士は、腹を括った。
「ええい!ジェットウィンド――発進じゃ!!」
次の瞬間。
孤島に構えられた研究施設から、轟音とともに、航空機が射出された。
弾丸のように撃ち出された、一機の機体。
轟音を残し、ジェットウィンドは夜空へと消えていく。
その軌跡を、黒幕博士は滑走路から見上げていた。
「あのドアホウめが……」
吐き捨てるように呟く。
「成功確率は――よくて二割じゃぞ」
誰に聞かせるでもない独り言。
だが、その声にはわずかに、焦りと苛立ちが滲んでいた。
「外したら、ただの空飛ぶ鉄屑じゃ……」
腕を組み、空を睨む。
もはや、できることは何もない。
「……外すなよ」