大空の戦士ウィンディアス   作:hirosnow

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Endgame――決着!

 

 災害の発生源――建設中のビル現場から、二台の車両が飛び出してきた。

 赤色灯を回転させるパトカー。

 もう一台は、場違いなほど古びた、オンボロのクラシックカー。

 新旧、対照的な二台。

 だが、その目的は同じだった。

 一刻も早く、この場から離脱すること。

 

 背後では、瓦礫が崩れ、黒煙が立ち上っている。

 いつ崩落が広がってもおかしくない。

 二台は競うように、アクセルを踏み込んだ。

 

 オンボロのプジョーを運転するのは、高梨美織。

 後部座席と助手席には、自分が受け持つ生徒たちを乗せている。

 早く、この子たちを安全な場所へ。

 教師としての使命感が、アクセルを踏む足に力を込めさせる。

 

 ――だが。

 それ以上に、彼女の神経を逆撫でしているものがあった。

 謎のカーナビ音声である。

 

 クラッチを踏み、アクセルを踏み込もうとすると。

『もっとじゃ。もっと、ワシを踏んづけてくれ!』

 

 ギアを入れ替えようとすれば。

『優しくな。ワシのレバーは、もっと優しく扱ってくれ』

 

 座席に体重を預ければ。

『ウホホ。若い女性の尻は最高じゃの』

 

 ……全部アウトだ。

 

(システム開発者、変態なの?)

 心の中で冷静に結論が出る。

 そして、その推測は限りなく正解に近かった。

 

「おおっ、スゲえ!こいつ、喋るぞ!」

 助手席の山田カケルは、危機感をどこかに置き忘れ、テンションを上げていた。

『なんじゃ小童。下の毛も生え揃ってないくせに、偉そうに』

(怖っ……)

 なんで年齢まで把握しているのか。

 美織は、別の意味で背筋が冷える。

 

 そのとき、急カーブが迫る。

 ハンドルを強めに切った。

 

『急カーブはいいぞ。なぜなら、女の子の胸がぶるんぶるんじゃからな』

(だからセクハラ!!)

 カーナビが倫理を無視していい理由にはならない。

 

「おい!カーナビ!」

 カケルが食ってかかる。

「そういうの、セクハラって言うんだぞ!」

 

(よく言った……!)

 美織は内心で頷く。

 

「あと、高梨先生は胸がないから、そんなに弾まないぞ」

 ――それは言わなくていい。

 

『マジか……』

 なぜか本気で落ち込むカーナビ。

「大マジだよ!」

『……』

「……」

 妙な沈黙が車内を包む。

 

『すまんかった……』

(だからやめて、この空気……!)

 

 変態カーナビに神経をかき乱された挙げ句――

 ガコン。鈍い衝撃と共に、車体が跳ねた。

 

「せ、先生……?」

「ご、ごめんごめん。先生、ほら……ペーパードライバーだからさ。てへぺろ」

「……」

「……」

「……」

『……』

 

 ――スベった。

 完全に。

 車内の空気が、凍りつく。

 

「……ちょっと、車体の様子見てくるわ」

 耐えきれず、美織は逃げるようにシートベルトを外した。

 ドアを開け、外へ出る。

 縁石に乗り上げただけだ。

 バックに入れれば、なんとか復帰できるはず――

 そう思った、そのとき、視界の端に、違和感を感じる。

 美織たちとは逆方向――災害の発生源となった建設現場へ向かって、上空を、一直線に突き進む影があった。

 

 ジェット機。

 低空を、異様な速度で飛行していた。

 

 

■■■

 

 屋上に出た遥斗を待っていたのは、逃げ場のない戦場だった。

 

 フロッギーの前肢が、横薙ぎに振るわれる。

 水掻きのついた掌。

 面積を広げることで、回避の余地を削ぐ設計。

 風圧だけで、体が持っていかれそうになる。

 しゃがみ込み、すんでのところでやり過ごす。

 

 間髪入れず、次の攻撃。

 口腔部が開き、ゴムのように伸びる“舌”が射出された。

 絡め取るための一撃。

 遥斗は横に転がるように回避する。

 

 だが――

 バンッ!

 叩きつけられた舌がコンクリートを砕き、破片が飛び散る。

 直撃は避けている。

 それでも。

 余波だけで、確実に体力が削られていく。

 息が乱れる。

 足が、わずかに鈍る。

 

(……火器は使ってこない)

 この怪物は、あえて“殴り合い”を選んでいる。

 ――いたぶっている。

 即座に殺せる力があるはずなのに。

 時間をかけ、追い詰め、嬲る。

 その意図が、透けて見えた。

 

(クソ……)

 遥斗は歯を食いしばる。

 回避はできている。

 だがそれは――見えない掌の上で、転がされている感覚だった。

 じわじわと締め上げられるような圧迫。

 苛立ちが、胸の奥で燻る。

 

 痺れを切らしたのは、敵の方だった。

 フロッギーの後肢が、大きく沈み込む。

 

 次の瞬間――バネのように弾けた。

 巨体が、宙を舞う。

 落下点はただ一つ。

 この屋上――遥斗ごと、押し潰すために。

 

 回避は、不可能。

 直撃を免れても、屋上は崩落する。

 逃げ場はない。

 圧死か。

 それとも、瓦礫に呑まれての転落か。

 

(ここまでか――)

 その刹那、視界の端に、光が走った。

 

 ――来た。

 ジェットウィンド。

 彼の愛機が、一直線に飛び込んでくる。

 

 そして――

 半径五十メートル。

 “コントロール領域”へと侵入した。

 

 世界が、切り替わる。

「――捕まえた」

 引き金を引くように、意識を同期させる。

 

 ジェットウィンドの機首が閃き、バルカン砲が火を噴いた。

 弾丸の雨が、空中のフロッギーを貫く。

 衝撃で姿勢が崩れる。

 軌道が逸れた巨体は、そのまま、地面へと叩きつけられた。

 轟音と共に土煙が舞い上がる。

 

 フロッギーは、仰向けに転がっていた。

 その隙を、逃さない。

 

「――チェンジ! ウィンディアス!!」

 機体が悲鳴のような軋みを上げた。

 

 外装が分割され、展開する。

 内部から、人型フレームがせり出した。

 機首が割れ、胴体へと再構成される。

 主翼が折り畳まれ、背部ユニットへ。

 脚部が伸長し、関節が固定される。

 

 ドン――

 両脚が、大地を踏み抜くように着地した。

 

 遅れて、衝撃が地面を震わせる。

 腕部が展開。

 胸部装甲が、重々しい音を立てて閉じる。

 最後に――

 背部の二枚のウィングが広がった。

 

 白を基調とした人型機動兵器――ウィンディアスが戦場に、降り立った。

 

 一方で、フロッギーもまた、ただの機械ではない。

 地球の科学と、精神生命体の“力”が融合した異形。

 本来ならば不可能なはずの動き。

 仰向けの体勢から――生物のように、しなやかに身を捻る。

 後肢を支点に、反動を利用し、起き上がる。

 赤いカメラアイが、光を宿した。

 

 両者の間に、音の消えた空間が生まれる。

 次の一撃を待つような、緊迫が走った。

 鉄骨がむき出しの建設現場にて、夕陽に照らされる中、巨体同士が対峙した。

 

「いくぞ!」

 ウィンディアスが地を蹴った。

 

 鉄骨が震え、コンクリートが砕ける。

 一直線に、フロッギーへと突進する。

 

 対するカエル型機。

 巨体に似合わぬ素早さで脚を折りたたみ――

 次の瞬間、弾けた。

 

 爆発的な跳躍。

「――ッ!」

 正面衝突。

 そう見えた刹那――

 

 バーニアが閃いた。

 

 ウィンディアスの背部推進器が赤く燃え、軌道をわずかにずらす。

 すれ違いざま。

「はああッ!!」

 右脚が、弧を描く。

 鋼鉄の一撃が、フロッギーの顔面を捉えた。

 甲高い衝撃音。

 巨体が弾き飛ばされ、仰向けに叩きつけられる。

 鉄骨が歪み、砂塵が舞い上がった。

 

 だが、フロッギーは、即座に反応する。

 両腕を地面に叩きつけ、反動で体を起こす。

 

 ギロリ。

 赤い光が、再び標的を捉えた。

「まだ来るか……!」

 

 背部ハッチが開く。

 ミサイルが、複数――打ち上げられた。

 

 一直線に上昇。空中で一瞬静止し__

 そして、“落ちた”。

 

 軌道が、あり得ない角度で折れ曲がり、標的を狙い澄ましたように、急降下した。

 

「なっ……上から!?」

 ウィンディアスは横へ跳ぶ。

 

 爆撃が連続して着弾する。

 地面が抉れ、炎が噴き上がる。

 回避しきれない。

 

 一発が、肩部に直撃した。

 轟音。

 爆炎。

 火花が散り、装甲が焼ける。

 機体が大きくよろめいた。

 

 

■■■

 

 ラボの暗室。

 壁一面のモニターに、戦場の映像が映し出されている。

 白衣のDr.エンビーは、目を見開いた。

 指先が、無意識に唇を押さえる。

「こ……これは……想定以上だ」

「フロッギーが、ここまで俊敏に動くとは……」

 モニターには、ミサイルの発射ログ。

 軌道計算の数値が並ぶ。

「通常なら、軌道は固定される……」

「なのに、あの急降下……!」

 理解が追いつかない。

「どういうことだ?」

 傍らのジーグリードは、視線を外さない。

「俺の能力だ」

 淡々と、告げる。

「軌道を“書き換えている”。その場でな」

 エンビーの背筋に、冷たいものが走る。

 

 計算ではない。

 制御でもない。

 ――支配だ。

 

「……恐ろしい……」

 だが、その口元は歪む。

「だが――頼もしいな」

 

 モニターの中。

 フロッギーは、赤い光を宿したまま、

 次の獲物を狙い――

 低く、構え直していた。

 

 

■■■

 

 フロッギーの背部ハッチが再び開き、数発のミサイルが空へと打ち上げられた。

 だが、その軌道は先ほどとは異なっていた。

 一直線に上昇したミサイルは、軌道を変えることなく、重力に従ってそのまま落下していく。

 

 一見すれば、単純な放物線。

 ――しかし、遥斗はその違和感に気づいた。

 

 狙いが違う。その着弾地点は、現場から離脱した二台の車両――逃げ延びた人々に向けられている。

 

「まずい……!」

 ウィンディアスは即座に対応に移る。

 

 背部のウィングが展開し、そこから羽根のような金属片が次々と射出された。

 

――フェザー・スプレッダー。

 

 それらは攻撃力を持たない。空気抵抗すらほとんど受けず、ウィンディアスの意思に従って自在に空中を駆け巡る制御兵装である。

 

 放たれたフェザーは、それぞれがミサイルを追尾し、接触と同時に起爆を誘発する。

 空中で爆炎が連鎖し、地上へ被害が及ぶ前に次々と無力化されていった。

 

 だが――

 一発だけ、取りこぼした。

 ミサイルは軌道をわずかに変え、フェザーの追撃をすり抜ける。

 その先にあるのは、停車したままのプジョー。

「え……」

 助手席の美織が息を呑む。

 直撃は避けられない――

 そう思われた瞬間だった。

 

「ならば――」

 

 三枚の羽根(フェザー)が空中で静止し、正三角形を描く。

 次の瞬間、それらの間にエネルギーが干渉し、不可視の面――バリアが形成された。

 

 落下してきたミサイルは、その防壁に激突し、爆炎を上げる。

 だが、衝撃も熱も、すべて外側で遮断された。

 内側にいる者たちへは、一切届かない。

 ウィンディアスの精密な制御能力があってこそ成立する、防御機構だった。

 

「無抵抗の人たちを、狙うな!!」

 それは、ウィンディアスの怒りだった。

 普段は抑え込まれている感情が、明確な形を持って噴き出す。

 

 次の瞬間。

 機体が地を蹴った。

 一直線の突進。

 

「……馬鹿のひとつ覚えだな」

 ジーグリードが、薄く笑う。

 

 その意志は、言葉を介さずフロッギーへ伝達される。

 迎撃。

 フロッギーが脚を折り畳み、跳躍体勢に入る。

 ――来る。

 

 だが。

 ウィンディアスは、その先を読んでいた。

 突進の最中、背部バーニアが点火する。

 推力を一気に上乗せし、機体が浮き上がる。

 

 跳ぶフロッギー。

 そのさらに上へ。

 制空位置を奪う。

 

 フロッギーの口腔が開き、舌が射出された。

 空中で捕縛するつもりだ。

 しかし――

 

 ウィンディアスは、さらに推進をかける。

 軌道を変え、舌の射線を外す。

 すれ違いざま。

 体勢をひねる。

 

「はあッ!」

 鋼鉄の脚が振り抜かれる。

 

 狙いは――胴体。

 鈍い衝撃音。

 フロッギーの脇腹に、直撃した。ウィンディアスは、反撃の(いとま)を与えない。

 

 間合いを詰める。

 追撃。

 

――スカイハイソード。

 

 脚部装甲が展開し、形状を変える。

 細身の長剣が、機体の手に収まった。

 

 踏み込み。

 一閃。

 袈裟懸け。

 

 鋼鉄の刃が、フロッギーの装甲を切り裂く。

 肩口から腹部へ――深々と、のめり込んだ。

 

 ゲ・コ・ゲ……

 断末魔めいた駆動音が漏れる。

 

 だが――

 フロッギーは、まだ止まらない。

 

 口腔が開き、舌が射出される。

 ウィンディアスを絡め取り、巻き添えにするつもりか。

 しかし__その動きよりも早く、ウィンディアスは、後方へ跳躍していた。

 

 距離を取る。

 そして――

 腰部ホルスターから、一基のライフルを引き抜く。

 照準を定める。

 

 同時に、フロッギーの背部ハッチが開く。

 ミサイル発射。その“直前”。

 

「――ブリザード・カノン!!」

 引き金が引かれる。

 銃口から放たれたのは、弾丸ではない。

 冷気を伴う、白き奔流。

 

 渦巻く氷嵐が、一直線にフロッギーを呑み込む。

 関節が、装甲が、内部機構が――一瞬で凍りつく。

 ミサイルごと、凍結させた。

 

 静止。

 次の瞬間。

 

 ――バキン。

 亀裂。

 

 凍りついた巨体は、自重に耐えきれず――粉々に崩壊した。




■フロッギー(AMC002)
カエルを模したメタルキメラ。強靭な後肢による高い跳躍力を持ち、広範囲を同時に捉える複眼型カメラアイを備える。伸縮自在の舌による捕縛と、背部から発射されるミサイルによる遠距離攻撃を併せ持つ機体。
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