井戸端会議
ジーグリードは、宇宙に名を轟かせる凶悪犯罪者である。
それが何の因果か。今は、Dr.エンビーの研究施設に身を置いていた。
人間でありながら、人間社会に強い憎悪を抱く男。
その歪んだ思想が、異星の存在と結びついた。
エンビーが開発中のアンドロイド。ジーグリードは、それを仮初めの肉体として利用し、己の“力”を蓄えている。
だが、その振る舞いは、どこか奇妙だった。
度数の高い酒を好み、紙巻き煙草に火をつける。
無機質な肉体には、本来不要なはずの行為だ。
「機械の体が、アルコールやニコチンを欲するのか?」
エンビーは、純粋な興味から問いかけた。
返答はない。
ただ、ジーグリードは、グラスを傾ける。
中身は、ジャックダニエル。
それを、まるで味わうかのように一息で飲み干す。
「……地球人は、なかなかいい嗜好品を持ってるな」
ぽつり、と呟いた。
煙が、ゆっくりと天井へ昇っていく。
その言葉が、味覚によるものなのか。
それとも――別の何かによるものなのか、エンビーには、判別がつかなかった。
「フ……フフ……」
低い笑いが、喉の奥から漏れる。
「フハハハハ!!」
抑えきれないように、ジーグリードは高笑いを響かせた。
エンビーは眉をひそめる。
「……情緒不安定か?」
冷めた声音だった。
「酔ったのか? まさか、薬物か?」
問いかけるが、この機械の身体に、アルコールやドラッグが作用するとは考えにくい。
だが――目の前の反応は、明らかに異常だった。
「そうだ」
ジーグリードは、笑みを残したまま言う。
「ここに、俺の“
「仲間がいるのか?」
エンビーが即座に食いつく。
その言葉に、ジーグリードの口元が歪んだ。
「仲間?」
鼻で笑う。
「そんな、ちゃっちい関係じゃねえよ」
言いながら、その表情は――どこか楽しげだった。
無邪気な子どもが、新しい遊びを思いついたかのように。
■■■
場面は変わる。
宇宙へと続く回線が開かれていた。
黒幕博士の研究所から、遥斗の上官――司令官フリットへの通信が試みられている。
「今度は音声だけじゃなくて、映像も加えてみたぞ」
黒幕博士が得意げに胸を張る。
いわゆる、テレビ電話会議というやつだ。
だが、回線は安定しているとは言い難い。
音声はかろうじて届くものの、映像は著しく遅延し、ほとんど静止画に近い。
フリットの表情は、数秒ごとにコマ送りのように更新されていた。
「……聞こえておるか?」
博士が画面に向かって手を振る。
返答は、わずかに遅れて返ってくる。
そんな中。
「博士。パウンドケーキが焼けましたよ」
遥斗の声が、妙に場違いに響いた。
手にしているのは、焼きたてのケーキ。
粉糖のフォンダンがかかった、レモン風味のウィークエンドシトロン。
ほのかに甘い香りが、研究所に広がる。
宇宙との通信中だというのに、その空気は、どこか呑気だった。
まるで――井戸端会議のように。
博士はケーキをフォークで無造作に切り分け、そのまま大きな塊を口に放り込んだ。
むぐむぐ、と咀嚼し――
間髪入れず、コーヒーで流し込む。
ウィークエンドシトロン本来の上品さなど、どこにもない、気品とは、まるで無縁の食べ方だった。
一方で、遥斗は、通信の向こうにいるフリットへ、地球での戦績を報告していた。
「なるほど。ご苦労だった」
まず、労いの言葉が返る。
「どうやら、地球側にも、彼に協力する者がいるようだ」
フリットは静かに結論づけた。
短期間であの規模の機体を用意するのは困難――そこから導かれた推測である。
「そんな……自分の母星が脅威に晒されるのに?」
遥斗の声に、わずかな困惑が滲む。
「まあ、そんなもんじゃよ」
横から、黒幕博士が口を挟む。
相変わらずの調子で、ケーキを頬張りながら。
「地球には何億もの人間がおる。考えなど、十人十色じゃ」
達観した口調だった。
「さて、ウィンディ……いや」
通信の向こうで、フリットが言い直す。
映像は相変わらず途切れ途切れで、声だけが辛うじて届く。
「地球での呼び名に従い、“ハルト”の方がいいかな?」
「遥斗で、お願いします」
即答だった。
「よほど気に入った名のようだね」
遥斗は、何も言わずに小さく頷く。
「いい知らせと、悪い知らせがある」
「そういう言い方じゃと、悪い知らせが本命じゃな」
横から黒幕博士が口を挟む。
「博士は、少し黙っていてください」
「いやじゃ。この国には“表現の自由”というものがあっての――」
「“空気を読む”という習慣もありますよね?」
遥斗の一言で、ぴたりと口をつぐむ博士。
わずかな沈黙。
その隙を逃さず、フリットが本題に入る。
「順番など些末な問題だ。本質は別にある」
声音が、わずかに低くなる。
「ジーグリードには、結託する存在がいる。関係性は不明だが――同盟と見ていい」
回線の向こうで、ノイズが走る。
「それらが、地球へ侵入する可能性が高い」「な……!?」
遥斗が思わず声を上げた。
ジーグリード__あの男ひとりですら、圧倒的な脅威だった。
それが――複数?
「ジーグリードと同様、我々、宇宙保安機構が認定する凶悪犯罪者たちだ」
フリットは、感情を交えずに告げる。
ただ事実を並べるだけの声音だが、その言葉は重かった。
遥斗の肩に、見えない重圧がのしかかる。
「ジーグリードを含め、総数は六名。我々は彼らを“ディザスター”――六つの災厄と呼称している」
背筋に、冷たいものが走る。
六つの災厄。
その言葉が、ただの比喩ではないことを、遥斗は理解していた。
「……陽キャがパーティーでも開くみたいなもんじゃの」
横から、場違いな声が差し込む。
黒幕博士だった。
声色は、いつも通り。
まるで深刻さなど感じていないかのように。
「徒党を組むのは弱さの証じゃ」
フォークをくるくる回しながら続ける。
「本当に強いヤツはな、一匹狼じゃよ。他人とつるまん」
軽口のようでいて、どこか達観した響きがあった。
「その代わり――いい知らせもある。気休め程度ではあるが、援軍を手配した。近日中に地球へ到達するだろう」
その言葉に、遥斗の胸の奥に、わずかな安堵が広がる。
仲間がいるか、いないか。
それは、決定的な違いだった。
地球に来てからというもの。
一人で戦うことの孤独も、重責も、嫌というほど思い知らされてきた。
「気心の知れた相手だ。連携は取りやすいはずだ」
「……ありがとうございます」
短く、だが確かに感謝を込めて答える。
「ところで」
フリットが、少しだけ話題を変えた。
「本来の任務――地球との交流は、順調かな?」
一瞬、遥斗は言葉を選ぶように間を置いた。
そして。
「はい」
小さく頷く。
「俺――学校の先生になれました」
その報告は、戦況とはあまりにもかけ離れた、穏やかなものだった。
「なお、面接はすっぽかした模様じゃがな」
黒幕博士が最後に茶々を入れた。