大空の戦士ウィンディアス   作:hirosnow

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EP3:秘密、抱えたまま……
井戸端会議


 ジーグリードは、宇宙に名を轟かせる凶悪犯罪者である。

 それが何の因果か。今は、Dr.エンビーの研究施設に身を置いていた。

 

 人間でありながら、人間社会に強い憎悪を抱く男。

 その歪んだ思想が、異星の存在と結びついた。

 エンビーが開発中のアンドロイド。ジーグリードは、それを仮初めの肉体として利用し、己の“力”を蓄えている。

 

 だが、その振る舞いは、どこか奇妙だった。

 度数の高い酒を好み、紙巻き煙草に火をつける。

 無機質な肉体には、本来不要なはずの行為だ。

 

「機械の体が、アルコールやニコチンを欲するのか?」

 エンビーは、純粋な興味から問いかけた。

 返答はない。

 

 ただ、ジーグリードは、グラスを傾ける。

 中身は、ジャックダニエル。

 それを、まるで味わうかのように一息で飲み干す。

 

「……地球人は、なかなかいい嗜好品を持ってるな」

 ぽつり、と呟いた。

 煙が、ゆっくりと天井へ昇っていく。

 その言葉が、味覚によるものなのか。

 それとも――別の何かによるものなのか、エンビーには、判別がつかなかった。

 

「フ……フフ……」

 低い笑いが、喉の奥から漏れる。

「フハハハハ!!」

 抑えきれないように、ジーグリードは高笑いを響かせた。

 エンビーは眉をひそめる。

「……情緒不安定か?」

 冷めた声音だった。

「酔ったのか? まさか、薬物か?」

 問いかけるが、この機械の身体に、アルコールやドラッグが作用するとは考えにくい。

 だが――目の前の反応は、明らかに異常だった。

「そうだ」

 ジーグリードは、笑みを残したまま言う。

「ここに、俺の“同志(ダチ)”を呼ぶか」

「仲間がいるのか?」

 エンビーが即座に食いつく。

 その言葉に、ジーグリードの口元が歪んだ。

「仲間?」

 鼻で笑う。

「そんな、ちゃっちい関係じゃねえよ」

 言いながら、その表情は――どこか楽しげだった。

 

 無邪気な子どもが、新しい遊びを思いついたかのように。

 

■■■

 

 場面は変わる。

 宇宙へと続く回線が開かれていた。

 黒幕博士の研究所から、遥斗の上官――司令官フリットへの通信が試みられている。

「今度は音声だけじゃなくて、映像も加えてみたぞ」

 黒幕博士が得意げに胸を張る。

 いわゆる、テレビ電話会議というやつだ。

 

 だが、回線は安定しているとは言い難い。

 音声はかろうじて届くものの、映像は著しく遅延し、ほとんど静止画に近い。

 フリットの表情は、数秒ごとにコマ送りのように更新されていた。

 

「……聞こえておるか?」

 博士が画面に向かって手を振る。

 返答は、わずかに遅れて返ってくる。

 

 そんな中。

「博士。パウンドケーキが焼けましたよ」

 遥斗の声が、妙に場違いに響いた。

 

 手にしているのは、焼きたてのケーキ。

 粉糖のフォンダンがかかった、レモン風味のウィークエンドシトロン。

 ほのかに甘い香りが、研究所に広がる。

 

 宇宙との通信中だというのに、その空気は、どこか呑気だった。

 まるで――井戸端会議のように。

 

 博士はケーキをフォークで無造作に切り分け、そのまま大きな塊を口に放り込んだ。

 むぐむぐ、と咀嚼し――

 間髪入れず、コーヒーで流し込む。

 ウィークエンドシトロン本来の上品さなど、どこにもない、気品とは、まるで無縁の食べ方だった。

 

 一方で、遥斗は、通信の向こうにいるフリットへ、地球での戦績を報告していた。

 

「なるほど。ご苦労だった」

 まず、労いの言葉が返る。

「どうやら、地球側にも、彼に協力する者がいるようだ」

 フリットは静かに結論づけた。

 

 短期間であの規模の機体を用意するのは困難――そこから導かれた推測である。

 

「そんな……自分の母星が脅威に晒されるのに?」

 遥斗の声に、わずかな困惑が滲む。

「まあ、そんなもんじゃよ」

 横から、黒幕博士が口を挟む。

 相変わらずの調子で、ケーキを頬張りながら。

「地球には何億もの人間がおる。考えなど、十人十色じゃ」

 達観した口調だった。

 

「さて、ウィンディ……いや」

 通信の向こうで、フリットが言い直す。

 映像は相変わらず途切れ途切れで、声だけが辛うじて届く。

 

「地球での呼び名に従い、“ハルト”の方がいいかな?」

「遥斗で、お願いします」

 即答だった。

「よほど気に入った名のようだね」

 遥斗は、何も言わずに小さく頷く。

「いい知らせと、悪い知らせがある」

「そういう言い方じゃと、悪い知らせが本命じゃな」

 横から黒幕博士が口を挟む。

「博士は、少し黙っていてください」

「いやじゃ。この国には“表現の自由”というものがあっての――」

「“空気を読む”という習慣もありますよね?」

 遥斗の一言で、ぴたりと口をつぐむ博士。

 わずかな沈黙。

 その隙を逃さず、フリットが本題に入る。

 

「順番など些末な問題だ。本質は別にある」

 声音が、わずかに低くなる。

「ジーグリードには、結託する存在がいる。関係性は不明だが――同盟と見ていい」

 回線の向こうで、ノイズが走る。

「それらが、地球へ侵入する可能性が高い」「な……!?」

 遥斗が思わず声を上げた。

 

 ジーグリード__あの男ひとりですら、圧倒的な脅威だった。

 それが――複数?

 

「ジーグリードと同様、我々、宇宙保安機構が認定する凶悪犯罪者たちだ」

 フリットは、感情を交えずに告げる。

 ただ事実を並べるだけの声音だが、その言葉は重かった。

 遥斗の肩に、見えない重圧がのしかかる。

 

「ジーグリードを含め、総数は六名。我々は彼らを“ディザスター”――六つの災厄と呼称している」

 背筋に、冷たいものが走る。

 

 六つの災厄。

 その言葉が、ただの比喩ではないことを、遥斗は理解していた。

「……陽キャがパーティーでも開くみたいなもんじゃの」

 横から、場違いな声が差し込む。

 黒幕博士だった。

 

 声色は、いつも通り。

 まるで深刻さなど感じていないかのように。

「徒党を組むのは弱さの証じゃ」

 フォークをくるくる回しながら続ける。

「本当に強いヤツはな、一匹狼じゃよ。他人とつるまん」

 軽口のようでいて、どこか達観した響きがあった。

 

「その代わり――いい知らせもある。気休め程度ではあるが、援軍を手配した。近日中に地球へ到達するだろう」

 

 その言葉に、遥斗の胸の奥に、わずかな安堵が広がる。

 仲間がいるか、いないか。

 それは、決定的な違いだった。

 

 地球に来てからというもの。

 一人で戦うことの孤独も、重責も、嫌というほど思い知らされてきた。

 

「気心の知れた相手だ。連携は取りやすいはずだ」

「……ありがとうございます」

 短く、だが確かに感謝を込めて答える。

 

「ところで」

 フリットが、少しだけ話題を変えた。

「本来の任務――地球との交流は、順調かな?」

 一瞬、遥斗は言葉を選ぶように間を置いた。

 そして。

「はい」

 小さく頷く。

 

「俺――学校の先生になれました」

 その報告は、戦況とはあまりにもかけ離れた、穏やかなものだった。

 

「なお、面接はすっぽかした模様じゃがな」

 黒幕博士が最後に茶々を入れた。

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