その頃。
奇しくも、遥斗たちが宇宙との通信を行っていたまさに同時刻――
Dr.エンビーの研究施設では、異変が起きていた。
計器が、異常な数値を弾き出す。
それに連動した警報が、一斉に鳴り響いた。
「なんだ……!?」
エンビーがモニターに身を乗り出す。
波形は乱れ、既存の理論では説明できない数値を示していた。
「このエネルギー反応は……何だ!?」
苛立ちと興奮が入り混じる。
未知の現象。
それは科学者にとって、恐怖であり――同時に、歓喜でもある。
「ようやく来たか」
背後から、低い声が響く。
「待ちわびたぜ」
ジーグリードだった。
その口元には、明確な笑みが浮かんでいる。
「……貴様の同胞か?」
振り返りもせず、エンビーが問う。
「ああ」
あっさりと、肯定。
「俺と同じ“精神体”だ。だからセンサーが拾ったんだろうな」
まるで、当然のことのように言う。
だが、その一言は――
エンビーにとって、新たな未知の扉を開くものだった。
「そこに転がっている機械人形、好きに使え」
ジーグリードは、まるで道具でも投げ与えるかのように言い放った。
エンビーの眉がわずかに動く。
アンドロイドは、自分が開発したものだ。
本来ならば、その所有者は自分のはず――だが、抗議の言葉は、喉の奥で消えた。
この場の主導権が、誰にあるのか__それは、もはや明白だったからだ。
無数に並ぶアンドロイドの一体が、微かに震えた。
ぎこちない動きで、ゆっくりと上体を起こす。
「よう……ジーグリード」
低く、濁った声。
機械の口から発せられているとは思えない、生々しさがあった。
「グラドか」
ジーグリードが、わずかに口元を歪める。
「ここじゃ、派手に暴れていいのか?」
アンドロイドの身体を借りた“大男”が言う。
頭髪はない。代わりに、顎には無精とも言えるほどの濃いヒゲ。
全身から、粗野な気配が滲み出ていた。
巨軀――その言葉が、これほど似合う存在も珍しい。
身長ではジーグリードの方が上。
だが、横幅、厚み、圧迫感。
すべてにおいて、グラドが勝る。
次に目を覚ましたのは、グラドとは対照的な男だった。
痩身で、中年。無精ヒゲに無造作な髪。どこか無気力で、怠惰さすら漂わせている。
だが――その生気のない瞳だけが、異様な気配を放っていた。
「ジーグリード。それ、なんだ?」
男の視線は、ただ一点――酒瓶に向けられていた。
「やるよ、テースロス」
ブン、と空気を裂く音。
酒瓶はメジャーリーガーの剛速球のごとき速度で投げ放たれる。
だが、テースロスはそれを難なく片手で受け止めた。
そのまま瓶口に口をつける。
グイッ――。
喉が鳴る。
琥珀色の液体が、一気に流し込まれていく。
「……これ、いいな」
短く、だが確かな評価。
「この星じゃ、ウイスキーって呼ぶらしいぜ」
ジーグリードが口の端を歪める。
テースロスは瓶を軽く揺らし、中身を確かめるように目を細めた。
「へえ……悪くない」
その声音には、わずかな興味が混じっていた。
「やあ、みんな。おはよう――そして、久しぶり」
三人目に目を覚ましたのは、この場にあってなお“異質”としか言いようのない存在だった。
場の空気とはまるで噛み合わない、爽やかな気配を纏った美青年。
「それにしても、みんな品がないなぁ。初対面の相手には、礼節をもって接するべきだろう?」
柔らかな物腰。穏やかな声音。
地球の社会であれば、至極まっとうな意見だ。
――だが、ここは違う。
犯罪者の巣窟において、その言葉はあまりにも大仰で、あまりにも“ズレて”いた。
「はじめまして」
青年は一歩前に出る。
「僕は、スプラウドと言います。以後、お見知りおきを」
片膝をつき、胸に手を当てる。
そして、恭しく頭を垂れる。
まるで舞台の上の役者のような、芝居がかった所作。
その洗練された振る舞いは、この場の誰よりも“浮いていた”。
四人目は、ジーグリードと同質の凶暴さを持ちながら、そこから一切の抑制を取り払ったような男だった。
目覚めた瞬間から、殺意が溢れている。
「おい、ジーグリード。こんな茶番はいい。さっさと、俺に破壊と殺戮をさせろ」
あまりにも直截な要求だった。
人間社会に対して憎悪を抱くエンビーでさえ、ここまで露骨に感情を剥き出しにはしない。
「ラースベルト。焦るな。こういうのはな、じわじわ愉しむもんだ」
「フン。くだらねえ」
ラースベルトは鼻で笑う。
「ここには、もっとデカい兵器があるだろ? それを使わせろ」
視線の先にあるのは、エンビーが開発したメタルキメラ群だった。
「……テメエ、俺に指図する気か?」
ジーグリードの声色が低く沈む。
「勘違いすんな。俺はお前の配下じゃねえ」
ラースベルトの口調は鋭利だった。
高い鷲鼻、逆立てた髪、そしてその言葉の一つ一つが、刃物のように神経を逆撫でする。
「上等だ。やるか?」
「いいぜ。派手に暴れてやるよ」
次の瞬間――
二人の機械の身体からエネルギーが噴き上がった。
バチバチ、と空間そのものが軋む。
「ジーグリード!!」
「ラースベルト!!」
二人は激突した。
衝突のたびに火花が散り、鋼鉄の壁に亀裂が走る。
単なる殴り合いではない。
打撃と同時に放たれるエネルギーの余波が、プラズマの奔流となって周囲を薙ぎ払う。
配線が焼き切れ、ケーブルが弾け、機材が次々と破壊されていく。
「や、やめろ! ここは私の研究所だぞ!」
エンビーが必死に制止する。
だが、怒りに火のついた二人には届かない。
「……おい、お前たち。止めないのか?」
藁にもすがる思いで、残る三人へと視線を向ける。
しかし――
「俺には関係ねえな。好きにやらせとけ」
テースロスは酒瓶を傾けたまま、興味すら示さない。
「うーん、困ったね。僕は痛いのは遠慮したいかな」
スプラウドは肩をすくめるが、その目はどこか愉しげだった。
「おいおい……マジかよ、あいつら……」
グラドだけが、わずかに焦りをにじませる。
エンビーは、三人を見回し、内心で吐き捨てた。
――アルコール中毒。
――サイコパス。
――小心の臆病者。
ろくな連中ではない。
この“統率のなさ”は、彼らの危険性だった。
「身内での諍いはご法度よ」
静かな女の声が、場の空気を一変させた。
拳を振り上げたままのジーグリードとラースベルト。その間に、いつの間にか一人の女が立っていた。
ピタリ、と。
激突寸前だった拳が止まる。
つい先ほどまで荒れ狂っていた衝撃と熱が、嘘のように引いていく。まるで嵐が一瞬で凪いだかのようだった。
Dr.エンビーは、思わず息を呑む。
「ラスティナ……」
ジーグリードが低く名を呼ぶ。
「チッ……邪魔しやがって。せっかくノってきたのによ」
ラースベルトは舌打ちし、拳を下ろした。だが、その視線にはまだ燻る殺意が残っている。
「フフ……血の気が多いのは結構。でもね」
ラスティナは、ゆっくりと二人を見渡した。
その笑みは柔らかい。だが、どこか底知れないものを孕んでいる。
「潰し合う相手は、“外”にいるでしょう?」
甘やかな声色とは裏腹に、その一言は鋭く、的確だった。
やがて、ジーグリードが小さく笑う。
「……クク。確かにな」
「ケッ。最初からそう言えよ」
ラースベルトも完全ではないにせよ、矛を収めた。
緊張が解ける。
だが、それは決して安堵ではない。
――この女もまた、危険だ。
直感が、そう告げていた。